夜中に枕をひっくり返す妖怪。姿ははっきり伝わっていない。

鳥山石燕 「画図百鬼夜行 枕返し」 1776年 / パブリックドメイン 出典
枕返しとはどんな妖怪か
枕返しは、寝ている間に枕を返す妖怪です。夜中に枕元へやってきて、枕をひっくり返す、または頭と足の向きを変えるとされます。反枕とも書きます。
具体的な話は江戸時代・近代以後に多く見られます。その姿は子供、坊主であるともいわれますが、明確な外見は伝わっていません。
江戸時代の妖怪画集『画図百鬼夜行』には、小さな仁王のような姿で描かれています。
妖怪と見なされるほか、その部屋で死んだ人間の霊が枕返しになるとも考えられていました。
宿泊した大金を持った旅人を、その家の者がだまして殺害し金を奪ったところ、その旅人の霊が夜な夜な泊まった人の枕を動かしたという話などがあります。旅人の職業は座頭、六部、薬売りなど、語られる土地によって異なりますが、いずれも各地を移動する旅行者です。
東北地方では、座敷童子の悪戯といわれることが多くあります。
枕返しの漢字表記と読み方
読みは「まくらがえし」です。
枕を返すという、動作がそのまま名前になっています。反枕という字も同じ意味です。
枕小僧(まくらこぞう)と呼ぶ地方もあります。静岡県磐田郡では、枕小僧は身長約三尺(およそ九十センチ)で、一人で寝ていると枕を返すなどの悪戯をするといいます。
枕は、日本では特別な意味を持つ道具でした。枕元は、霊が現れる場所とされます。夢を見る場所であり、死者が別れを告げに来る場所でもあります。
枕の向きにも決まりがありました。死者を寝かせるときの北枕は、日常では避けられます。
頭と足の向きを変えられるという怪異は、この習わしと関わっています。
枕返し(まくらがえし)
もっとも一般的な表記。
反枕(まくらがえし)
同じものの表記。
枕小僧(まくらこぞう)
枕をひっくり返す童子姿の妖怪の呼び方。静岡県磐田郡など。
枕返しの姿と特徴
枕返しの姿は、はっきり伝わっていません。
子供とも坊主ともいわれますが、明確な外見の記述がありません。
江戸時代の妖怪画集『画図百鬼夜行』には、小さな仁王のような姿で描かれています。仁王は寺の門を守る力士の像です。 筋骨たくましい姿で、枕元に立っています。
姿より、痕跡が語られます。
民話研究家佐々木喜善の著書『遠野のザシキワラシとオシラサマ』によれば、枕を返されるほかにも、
寝ている人が体を押しつけられる。
畳を持ち上げられる。
周りには小さな足跡が残っていた。
といいます。小さな足跡。これが、枕返しが子供の姿とされる根拠のひとつでしょう。
静岡県磐田郡の枕小僧は、身長約三尺(およそ九十センチ)とされます。
枕返しの伝承物語
殺された旅人 ─ 枕を動かす霊
枕返しの話でもっとも重いのが、殺された旅人の型です。
宿泊した大金を持った旅人を、その家の者がだまして殺害し、金を奪う。
すると、その旅人の霊が夜な夜な、泊まった人の枕を動かしたといいます。
旅人の職業は、話される土地によって異なります。座頭(盲目の芸人)、六部(諸国を巡る行者)、薬売り。
いずれも各地を移動する旅行者です。
この共通点には意味があります。移動する人は、行方がわからなくなっても気づかれにくい。 家族も、その土地の人も、いつどこで消えたかを知りません。
だから、殺されても発覚しにくい。
この型の話は、日本各地にあります。宿を貸すことと、旅人を殺して金を奪うことは、紙一重でした。
枕を動かすというささやかな怪異が、実際にあったかもしれない事件を伝えています。
座敷童子の悪戯 ─ 東北での枕返し
東北地方では、枕返しは座敷童子の悪戯といわれることが多くあります。
民話研究家佐々木喜善の著書『遠野のザシキワラシとオシラサマ』によれば、枕を返されるほかにも、
寝ている人が体を押しつけられる。
畳を持ち上げられる。
周りには小さな足跡が残っていた。
といいます。
同書によれば、岩手県九戸郡侍浜村南侍浜や下閉伊郡宮古町字向町のある家では、不思議な柱があり、枕をその柱に向けて寝ると枕返しに遭い、とても眠れなかったといいます。
特定の柱に向けて寝ると起こる。 家のなかの決まった場所と結びついた怪異です。
岩手県下閉伊郡小本村では、ある家で亡くなった人を棺に入れて座敷に置いておいたところ、火事で棺も畳も焼けてしまいました。その後に畳を替えたにもかかわらず、その畳の上で寝た者は枕返しに遭ったといいます。
この枕返しの正体には諸説あり、狸や猿のしわざともいわれました。
寺と屋敷の枕返し
特定の部屋や建物のなかで枕返しに遭うという話は、日本各地の寺院にいくつか見られます。
栃木県大田原市の大雄寺には、幽霊を描いた「枕返しの幽霊」と呼ばれる掛軸があります。これを掛けて眠ると、翌朝には枕の位置が変わっているといわれます。
この掛軸は江戸時代中期に古抑園鴬居という絵師が描いたものです。
絵が怪異を起こすという話は、日本の怪談にしばしば見られます。
群馬県吾妻郡東吾妻町でいう枕返しは、猫が化けたものである火車のしわざとされます。東向きに寝ている人を、西向きに変えるといわれます。
東から西へ。 西は、死者の赴く方角です。
枕の向きを変えられるという怪異には、死の予兆という意味が重ねられています。
寝ている人の頭と足の向きが変わっているというのは、自分が動いたのか、何かが動かしたのかわからないという点で、静かに不気味な体験です。
枕返しの伝承地域
枕返しには、訪ねられる伝承地を挙げません。
伝承の記録がある土地としては、次のものが挙げられます。
岩手県久慈市(旧九戸郡侍浜村南侍浜) … 不思議な柱に枕を向けて寝ると枕返しに遭うという家。
岩手県宮古市(旧下閉伊郡宮古町字向町) … 同様の話。
岩手県岩泉町(旧下閉伊郡小本村) … 火事で焼けた畳を替えた後も枕返しに遭ったという家。
群馬県吾妻郡東吾妻町 … 火車のしわざとされます。
静岡県磐田郡 … 枕小僧。
栃木県大田原市の大雄寺 … 「枕返しの幽霊」と呼ばれる掛軸があります。
このうち、寺の掛軸を除けば、すべて個人の家です。
実在の家を怪異の起こる場所として名指しすることは、そこに住む人に迷惑をかけることになります。 前の書き手が犬神やトイレの花子さんで取った判断と、同じ理由です。
大雄寺については、掛軸の公開の有無を確かめられませんでした。 確かめられなかったものを、見られるように書くことはしません。
この欄は空のままにしてあります。
枕返しの正体と考えられているもの
枕返しの正体については、次の見方があります。
一つめは、殺された旅人の霊です。もっとも重い型で、大金を持った旅人を家の者がだまして殺害し金を奪ったところ、その霊が枕を動かすようになったとされます。座頭、六部、薬売りといった移動する旅行者が対象であることには、意味があります。 消えても気づかれにくい人々でした。
二つめは、座敷童子です。東北地方では、枕返しは座敷童子の悪戯といわれることが多くあります。小さな足跡が残っていたという記述が、この見方を支えます。
三つめは、火車です。群馬県吾妻郡東吾妻町では、猫が化けた火車のしわざとされます。東向きに寝ている人を西向きに変えるといい、死の方角である西へ向けられるという意味が読み取れます。
四つめは、狸や猿です。岩手県下閉伊郡小本村の枕返しは、狸や猿のしわざともいわれました。
五つめは、寝相です。身も蓋もありませんが、寝ているあいだに自分で動くことは実際にあります。朝起きて頭と足の向きが変わっていれば、驚きます。
そして、枕元は霊が現れる場所とされてきました。夢を見る場所であり、死者が別れを告げに来る場所でもあります。
枕返しが何であったかは、決められていません。
枕返しをめぐる妖怪のつながり
枕返しが登場する作品
枕返しは、害の小ささと不気味さの落差が特徴です。枕をひっくり返すだけ。それだけなのに、寝ているあいだに何かが枕元にいたという一点で恐ろしくなります。
作品では、眠りにまつわる怪異として扱われます。姿が定まっていないため、作り手が自由に設定できます。
枕返しが登場する古典・記録
遠野のザシキワラシとオシラサマ
佐々木喜善の著書です。東北での枕返しと座敷童子の関係が記されています。
枕返しの幽霊
栃木県大田原市の大雄寺にある掛軸です。掛けて眠ると枕の位置が変わるといわれます。
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枕返しについてよくある質問
枕返しとは何ですか。
夜中に枕元にやってきて、枕をひっくり返す、または頭と足の向きを変えるとされる妖怪です。
枕返しはどんな姿ですか。
はっきり伝わっていません。子供とも坊主ともいわれ、『画図百鬼夜行』には小さな仁王のような姿で描かれています。
座敷童子と関係がありますか。
あります。東北地方では枕返しは座敷童子の悪戯といわれることが多く、周りに小さな足跡が残っていたという記述もあります。
なぜ殺された旅人の話が多いのですか。
座頭、六部、薬売りといった移動する旅行者は、消えても気づかれにくい人々でした。宿を貸して殺し、金を奪うという事件が実際にあったことを、この話は伝えている可能性があります。
枕返しに会える場所はありますか。
特定の場所は挙げません。伝承の残る場所の多くは個人の家であり、名指しすることは避けています。
枕返しと併せて覚えたい言葉・用語
六部(ろくぶ)
諸国を巡って経を納める行者。枕返しの話で殺される旅人としてよく登場する。
座頭(ざとう)
盲目の芸人。同じく旅をする人として語られる。
枕小僧(まくらこぞう)
枕をひっくり返す童子姿の妖怪。静岡県磐田郡などでの呼び方。
大雄寺(だいおうじ)
栃木県大田原市の寺。「枕返しの幽霊」の掛軸がある。