新しい死体から生じた気が化けた怪鳥。供養を怠る僧のもとに現れる。

鳥山石燕 「今昔画図続百鬼 陰摩羅鬼」 1779年 / パブリックドメイン 出典
陰摩羅鬼とはどんな妖怪か
陰摩羅鬼は、中国や日本の古書にある怪鳥です。陰魔羅鬼とも書きます。
経典『大蔵経』によれば、新しい死体から生じた気が化けたものとされます。
十分な供養を受けていない死体が化けたものであり、経文読みを怠っている僧侶のもとに現れるともいいます。
鳥山石燕の画集『今昔画図続百鬼』に描かれており、解説文には中国の古書『清尊録』からの引用があります。それによれば姿は、
鶴のようで、体色が黒く、眼光は灯火のようで、羽を震わせて甲高く鳴く。
日本では江戸時代の書物『太平百物語』に、『清尊録』に類似した陰摩羅鬼の話があります。
名の由来には、仏教で悟りを妨げる魔物の摩羅に「陰」「鬼」の字をつけて意味を強調したものとする説があります。
陰摩羅鬼の漢字表記と読み方
読みは「おんもらき」です。
名の由来には、二つの説があります。
一つめ … 仏教で悟りを妨げる魔物の摩羅(魔羅)に、「陰」「鬼」の字をつけることで鬼・魔物の意味を強調したものとする説。
二つめ … 障害を意味する「陰摩」と「羅刹鬼」が混合されたものとする説。
どちらも、仏教の語から来ています。
『大蔵経』は、仏教の経典を集大成したものです。そこに陰摩羅鬼の記述があるとされることが、この妖怪の性格を決めています。
新しい死体から生じた気が化けたもの。
十分な供養を受けていない死体が化けたもの。
経文読みを怠っている僧侶のもとに現れる。
これは、僧への戒めです。
陰摩羅鬼(おんもらき)
もっとも一般的な表記。
陰魔羅鬼(おんもらき)
同じものの表記。
摩羅(まら)
仏教で悟りを妨げる魔物。名の由来とされる。
羅刹鬼(らせつき)
「陰摩」と混合されたという説がある。
陰摩羅鬼の姿と特徴
陰摩羅鬼の姿は、『清尊録』の記述で定まっています。
姿 … 鶴のよう。
体色 … 黒い。
眼光 … 灯火のよう。
鳴き声 … 羽を震わせて甲高く鳴く。
鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』の絵は、この記述に忠実です。黒く、鶴のように首と脚の長い鳥が、羽を広げて描かれます。目が光っています。
鶴という選び方に意味があります。 鶴は、めでたい鳥です。その鶴を黒く塗り、目を光らせただけで、不吉なものになります。
人の顔を持つ鳥の系統──以津真天、姑獲鳥、羅刹鳥──と並べて扱われることもあります。
ただし陰摩羅鬼には、人の顔という記述はありません。 鶴のような鳥です。
死体の気が化けたものでありながら、姿は骨や腐肉を思わせません。黒い鳥です。
陰摩羅鬼の伝承物語
清尊録の話 ─ 寺で目覚めた男
中国の古書『清尊録』に、陰摩羅鬼の話があります。
宋の時代のことです。鄭州の崔嗣復という人物が、都の外の寺の宝堂の上で寝ていたところ、自分を叱る声で目を覚ましました。
見ると、鶴のようで、体色が黒く、眼光は灯火のようで、羽を震わせて甲高く鳴く怪鳥がいます。
崔が逃げると、怪鳥は姿を消しました。
崔が寺の僧侶に事情を尋ねると、ここにはそのような妖怪はいないが、数日前に死人を仮置きしたという返事でした。
都に戻って寺の僧に尋ねると、こう教えられます。
それは、新しい死体の気が変化して生まれた陰摩羅鬼である。
死体を仮に置いた場所に、鳥が現れた。
死体と怪鳥が、時間と場所で結びついています。これがこの話の構造です。
太平百物語 ─ 日本での同じ話
日本にも、これとよく似た話があります。江戸時代の書物『太平百物語』です。
山城国(現在の京都府)で、宅兵衛という男が寺でうたた寝をしていると、自分を呼ぶ声で目を覚ましました。
見るとそこには怪鳥がいます。
驚いた宅兵衛が逃げ出して陰から様子をうかがっていると、そのまま怪鳥は姿を消しました。
宅兵衛が寺の長老に尋ねたところ、こう教えられます。
新しい屍の気が陰摩羅鬼になると『大蔵経』にある。最近寺に仮置きした死人によるものだろう。
『清尊録』の話とほぼ同じです。寺で寝ていて、声で目を覚まし、怪鳥を見て、逃げ、僧に尋ねると死体の話が出てくる。
中国の話が、日本の話として書き直されています。
江戸時代の怪談集には、こうした例が数多くあります。舞台と人名を日本のものに置き換えて、同じ筋を語る。 翻案です。
僧への戒め ─ 何を言おうとしているか
陰摩羅鬼の話が何を言おうとしているかは、はっきりしています。
供養を怠るな。
『大蔵経』によれば、陰摩羅鬼は十分な供養を受けていない死体が化けたものであり、経文読みを怠っている僧侶のもとに現れるとされます。
両方の話で、舞台は寺です。そして両方の話で、死体が寺に仮置きされています。
弔われていない死体が寺にある。 その気が鳥になって現れ、寝ている者を叱る声を出す。
『清尊録』では「自分を叱る声」、『太平百物語』では「自分を呼ぶ声」とされます。
寺で寝ている者が起こされる。
これは、僧が本来すべきことをしていないという指摘です。死体があるなら経を読むべきです。寝ている場合ではありません。
陰摩羅鬼は、恐ろしい妖怪というより、職務怠慢を告げに来る存在です。
火車が葬列から死体を奪うのに対し、陰摩羅鬼は弔われていない死体そのものから生まれます。
陰摩羅鬼の伝承地域
陰摩羅鬼には、訪ねられる伝承地がありません。
陰摩羅鬼は中国の古書と経典に由来する怪鳥であり、日本の土地の言い伝えとして記録されたものではないためです。
『清尊録』の話の舞台は、宋の時代の鄭州の、都の外の寺です。『太平百物語』の話の舞台は、山城国(現在の京都府)の寺です。
どちらも、寺の名が記されていません。
そして、この妖怪には配慮が要ります。陰摩羅鬼の話は、寺に仮置きされた死体から生まれます。 実在の寺を「弔われていない死体があった場所」として結びつけることは、決してしません。
現れるとされるのは、供養が行き届いていない場所です。 特定の場所ではなく、状態です。
無い場所を、あるように書くことはしません。この欄は空のままにしてあります。
陰摩羅鬼の正体と考えられているもの
陰摩羅鬼の正体については、次のように整理できます。
一つめは、経典に由来する存在です。『大蔵経』によれば、新しい死体から生じた気が化けたものとされます。仏教の教えのなかで説かれるものであり、土地の伝承ではありません。
二つめは、僧への戒めです。十分な供養を受けていない死体が化けたものであり、経文読みを怠っている僧侶のもとに現れるとされます。これは明確に、僧の職務怠慢を戒める話です。
三つめは、中国からの流入です。『清尊録』の話が『太平百物語』で日本の話として書き直されました。翻案です。
四つめは、実際の鳥です。鶴のようで黒いという記述から、実在の鳥を思わせます。夜に寺の境内に降りた鳥が、鳴き声を上げる。それだけのことが、供養の行き届かない状況と結びつけば、怪異になります。
五つめは、名前の作りです。仏教の魔物である摩羅に「陰」「鬼」の字をつけて意味を強調したもの、あるいは「陰摩」と「羅刹鬼」の混合という説があります。
陰摩羅鬼が何であったかは、わかっていません。 ただし、この妖怪が何を言おうとしているかは明快です。弔われていない死者がいるなら、そちらを先にせよ。
陰摩羅鬼をめぐる妖怪のつながり
陰摩羅鬼が登場する作品
陰摩羅鬼は、名前の響きで知られる妖怪です。おんもらき、という音が独特で、覚えられやすいものです。
京極夏彦の小説『陰摩羅鬼の瑕』によって、名前が広く知られるようになりました。題名として使われることで妖怪が知られるという例です。鉄鼠と同じ経緯です。
姿は黒い鳥という単純なものですが、死体の気から生まれるという設定が作品で使われます。
陰摩羅鬼が登場する古典
清尊録
中国の古書です。鄭州の崔嗣復が寺で怪鳥に出会う話が載ります。
陰摩羅鬼が登場する小説
陰摩羅鬼の瑕
京極夏彦の小説です。題名にこの妖怪の名を用いています。
陰摩羅鬼が登場する漫画・アニメ・ゲーム
Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。
陰摩羅鬼についてよくある質問
陰摩羅鬼とは何ですか。
中国や日本の古書にある怪鳥です。『大蔵経』によれば、新しい死体から生じた気が化けたものとされます。
どんな姿ですか。
『清尊録』によれば、姿は鶴のようで、体色が黒く、眼光は灯火のようで、羽を震わせて甲高く鳴くとされます。
なぜ僧のもとに現れるのですか。
十分な供養を受けていない死体が化けたものであり、経文読みを怠っている僧侶のもとに現れるとされます。僧への戒めの話です。
名前の由来は何ですか。
仏教で悟りを妨げる魔物の摩羅に「陰」「鬼」の字をつけて意味を強調したものとする説と、障害を意味する「陰摩」と「羅刹鬼」が混合されたものとする説があります。
陰摩羅鬼に会える場所はありますか。
ありません。中国の古書と経典に由来する怪鳥であり、日本の土地の言い伝えではないためです。
陰摩羅鬼と併せて覚えたい言葉・用語
大蔵経(だいぞうきょう)
仏教の経典を集大成したもの。陰摩羅鬼の記述があるとされる。
清尊録(せいそんろく)
中国の古書。陰摩羅鬼の姿と話を伝える。
摩羅(まら)
仏教で悟りを妨げる魔物。陰摩羅鬼の名の由来とされる。
太平百物語(たいへいひゃくものがたり)
江戸時代の書物。『清尊録』に類似した話を日本の話として載せる。