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全国に伝わるもの

古庫裏婆とはどんな妖怪か|姿と伝承・登場する作品

古庫裏婆  / こくりばば

人型の妖怪 鳥山石燕の絵

寺の庫裏に長く住みついた老婆が、新しい死者の皮を剥いで売ったとされる妖怪。

古庫裏婆の姿を描いた図

鳥山石燕 「今昔画図続百鬼 古庫裏婆」 1779年 / パブリックドメイン 出典

古庫裏婆とはどんな妖怪か

古庫裏婆は、寺の台所に住みついた老婆です。

庫裏(くり)は、寺で僧の食事を作る場所を指します。そこに長く勤めた老婆が、年を経て化けたとされました。

することは、ひとつです。葬られたばかりの死者の皮を剥ぎ、それを売る。

鳥山石燕が『今昔画図続百鬼』に描き、賛にはこう記しました。

古庫裏婆 傍の妻を梵嫂とつゞり

(梵嫂=ぼんそう。僧の妻を指す語)

僧の妻を意味する「梵嫂」の字を、石燕はこの妖怪の名の隣に置いています。 寺に長くいた女、という一点が出発点です。

三途の川で亡者の衣を剥ぐ奪衣婆と重ねて説明されてきました。

古庫裏婆の漢字表記と読み方

こくりばば」と読みます。

庫裏」は寺の台所です。僧の住まいと食事を作る場所を兼ねます。寺の中でも、もっとも生活に近い一角 にあたります。

」は、そこに長くいたことを表します。古い庫裏の婆。名がそのまま来歴になっています。

石燕は賛に「梵嫂」の字を使いました。僧の妻を指す語です。寺に女がいることを、当時どう見ていたかが、この一語に出ています。

古庫裏婆(こくりばば)

もっとも一般的な表記。石燕の絵の題。

古庫裡婆(こくりばば)

裏を裡と書く場合。庫裡も同じ意味。

コクリババ(こくりばば)

片仮名で書く場合。

梵嫂(ぼんそう)

僧の妻を指す語。石燕の賛に見える。

古庫裏婆の姿と特徴

古庫裏婆の姿は、ただの老婆です。

石燕の絵では、寺の一室に座り、糸を手繰っています。障子があり、床には草履が転がり、そばにがいます。

角も牙もありません。異形の要素が一つもない のが、この妖怪の特徴です。

恐ろしいのは、その手元にあるものです。剥いだ皮を縫っているとも、繕っているとも読めます。絵に描かれた日用の道具が、そのまま作業の道具になります。

猫がいることも見落とせません。 死者に猫を近づけないという習俗は各地にあり、火車の話とも地続きです。

古庫裏婆の伝承物語

  1. 死んだばかりの者の皮を剥ぐ
  2. 三途の川の奪衣婆と重ねられる
  3. もとはやさしい顔だった ─ 姥神の変化
  4. 名も記録も残らない女が化ける

死んだばかりの者の皮を剥ぐ

古庫裏婆がすることは、皮を剥ぐことです。

葬られたばかりの死者から皮を剥ぎ、それを売ったと語られました。石燕の賛には「新死の」という語が見え、死んで間もない者を選ぶ ことが示されています。

なぜ寺なのか。 死者が集まる場所だからです。

寺には遺体が運ばれ、葬儀が行われ、墓地が続きます。寺の台所に長くいる者は、その全部を毎日見ています。

日常のすぐ隣に死がある。 その位置に立つ者が化けたとき、こういう妖怪になりました。

三途の川の奪衣婆と重ねられる

古庫裏婆は、奪衣婆と並べて語られます。

奪衣婆は、三途の川の岸で亡者の衣を剥ぐ老婆です。柳田国男は、その広まり方をこう書いています。

地獄の途中の三途河という川の岸に関をすえて、この世から行く悪い亡者の、衣類を剥ぎ取るというので有名になっております。

衣を剥ぐ婆と、皮を剥ぐ婆。 剥ぐ対象が、衣から体に移っています。

柳田は、この像がどこから来たかも記しました。

仏説地蔵菩薩発心因縁十王経という日本でつくった御経に、この事が詳しく書いてありまして

(十王経=日本で作られた偽経)

もとになった経典は、日本で作られたものです。地獄の細部は、日本側で書き足されました。 古庫裏婆も、その延長に置かれます。

もとはやさしい顔だった ─ 姥神の変化

柳田国男は、奪衣婆の顔について大きな指摘をしています。

各地の寺にある婆の像は、もとは姥神(うばがみ)でした。子どもを守る神です。それが十王経の広まりとともに、恐ろしい奪衣婆に変わったといいます。

十王経はうその御経でしたが、これに基づいて地獄の絵解きをする者が全国を旅行しており、それがまた婦人でありました為に、わずかな間に方々の御姥子様が、見るもおそろしい奪衣婆になってしまいました。

そして、こう続けます。

以前はこれよりずっとやさしい顔であったことと思います。そうでなければわざわざ地獄からやって来て、活きた人間の子供のために、こんなに親切に心配をしてくれるはずはないからであります。

子を守る神が、亡者から衣を剥ぐ鬼になった。 地獄の絵解きを担ったのが女性だったことまで、柳田は指摘しています。

古庫裏婆は、この変わり果てた側の像を受け継いでいます。

名も記録も残らない女が化ける

この妖怪には、寺と女という主題が入っています。

石燕が賛に使った「梵嫂」は、僧の妻を指す語です。当時、僧の妻帯は表向き認められていませんでした。庫裏にいる女の立場は、はっきりしないままでした。

名もなく、記録にも残らない。 そういう位置にいた者が、化け物の名を与えられています。

同じ構図は、ほかの妖怪にもあります。山姥は山に住む女、磯女は海辺の女、濡女は水辺の女。村の外にいる女に名を付ける話は、数多く残りました。

古庫裏婆は、寺の内側にいた女の話です。外ではなく、いちばん近いところにいた者が、いちばん恐ろしく描かれています。

古庫裏婆の伝承地域

古庫裏婆には、訪ねられる伝承地がありません。

石燕の絵に描かれた妖怪で、特定の寺の名は伝わっていません。 「ある山寺」とだけ賛に記されています。

そのかわり、奪衣婆の像なら各地の寺で見られます。柳田国男が挙げた例では、青森県むつ市の正津川の姥堂、名古屋の熱田の姥堂が古くから知られていました。

いずれも、もとは姥神を祀った堂です。

古庫裏婆の正体と考えられているもの

古庫裏婆の正体は、死のそばで働いた人です。

一つめは、寺の労働。庫裏には、飯を炊き、掃除をし、葬儀の支度をする者がいました。その多くが女性で、記録に名を残していません。

二つめは、遺体の扱い。土葬の時代、遺体を清め、着せ替え、納める作業は誰かがやっていました。その手つきを知る者は、村では特別な目で見られます。

三つめは、奪衣婆の像。柳田国男が書いたとおり、子を守る姥神が地獄の鬼へ変わりました。古庫裏婆は、その像を寺の内側へ持ち込んだ形です。

石燕の絵に、角も牙もないのは偶然ではありません。恐ろしいのは姿ではなく、その人がどこにいたかです。

死者のいちばん近くにいた者が、いちばん恐ろしく語られました。

古庫裏婆をめぐる妖怪のつながり

古庫裏婆が登場する作品

古庫裏婆は、石燕の絵から先へ広がらなかった妖怪です。

土地の言い伝えとして採られた記録がなく、資料はほぼ石燕の一頁とその解説に限られます。 そのぶん、重ねて語られる奪衣婆のほうから読むと像がつかめます。

寺の台所に長く居た名も残らない女が、死者の皮を剥ぐ者にされました。 誰がそう決めたのかは、書かれていません。

古庫裏婆が登場する妖怪画

今昔画図続百鬼

鳥山石燕、1779年。寺の一室で糸を手繰る老婆と猫を描き、庫裏に長く住みついた者として説きます。

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古庫裏婆が登場する古典・記録

地獄草紙

平安末の絵巻。亡者と地獄を描いた一連の絵で、古庫裏婆が重ねられる奪衣婆の世界を目で見られます。

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古庫裏婆が登場する事典

妖怪事典

村上健司編著。古庫裏婆を石燕の項に立て、奪衣婆との重なりを整理しています。

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古庫裏婆が登場する漫画・アニメ

ゲゲゲの鬼太郎

水木しげるの代表作。寺に棲む老婆の妖怪として描かれます。

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古庫裏婆についてよくある質問

古庫裏婆とはどんな妖怪ですか。

寺の台所である庫裏に長く住みついた老婆が化けたものです。葬られたばかりの死者の皮を剥ぎ、それを売ったとされます。鳥山石燕『今昔画図続百鬼』に描かれました。

庫裏とは何ですか。

寺で僧の食事を作る場所です。僧の住まいを兼ねることもあり、寺のなかでもっとも生活に近い一角にあたります。

古庫裏婆と奪衣婆は同じですか。

別のものですが、重ねて語られます。奪衣婆は三途の川で亡者の衣を剥ぐ老婆、古庫裏婆は寺で死者の皮を剥ぐ老婆です。剥ぐ対象が衣から体に移っています。

奪衣婆はもとから恐ろしい顔でしたか。

柳田国男は、もとは子どもを守る姥神で「ずっとやさしい顔であった」と書いています。十王経にもとづく地獄の絵解きが広まるなかで、恐ろしい像に変わったという見方です。

古庫裏婆に会える場所はありますか。

伝承地はありません。石燕の賛に「ある山寺」とあるだけです。奪衣婆の像なら、青森県むつ市の正津川や名古屋の熱田などの姥堂で知られてきました。

古庫裏婆と併せて覚えたい言葉・用語

庫裏(くり)

寺で僧の食事を作る場所。住まいを兼ねることもある。

梵嫂(ぼんそう)

僧の妻を指す語。石燕が古庫裏婆の賛に用いた。

奪衣婆(だつえば)

三途の川の岸で亡者の衣を剥ぐ老婆。

十王経(じゅうおうきょう)

日本で作られた経典。地獄の十王による裁きを説き、奪衣婆の像を広めた。

古庫裏婆の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 青空文庫 柳田国男『日本の伝説』