新潟県弥彦山に伝わる、狼の群れに呼ばれて現れる鬼婆。

竹原春泉 「絵本百物語 鍛冶が嬶」 1841年 / パブリックドメイン 出典
弥三郎婆とはどんな妖怪か
弥三郎婆はひとことで言えば、狼の群れが呼ぶ親玉です。
新潟県の弥彦山を中心に、山形県・福島県・静岡県にも伝わります。
オオカミの大群に襲われた人が木の上に登り、オオカミたちが梯子のように肩車を組んで襲おうとするものの、あと一歩で届かない。そこでオオカミが自分たちの親玉を呼びつけるという話の型に属します。
この型は「千疋狼」と呼ばれ、「鍛冶が嬶」「小池婆」など、似た話が日本全国に伝わります。
弥三郎婆の場合、呼ばれて現れたのは自分の母親でした。
弥三郎婆の漢字表記と読み方
読みは「やさぶろうばば」です。
「弥三郎」は息子の名です。妖怪の名が、その息子の名で呼ばれている点が独特です。「弥三郎の婆」、つまり「弥三郎のところの婆さん」がそのまま名になりました。
これは、オオカミが「弥三郎の婆を呼べ」と吠えたことに由来します。呼ばれ方がそのまま名になったわけです。
なお、同じ型の話では「鍛冶が嬶」「小池婆」といった呼び名が使われます。いずれもその土地の誰かの身内を指す形です。
弥三郎婆(やさぶろうばば)
もっとも一般的な表記。
千疋狼(せんびきおおかみ)
この話の型全体を指す呼び名。
妙多羅天(みょうたらてん)
改心した後の呼び名とする異説がある。
弥三郎婆の姿と特徴
弥三郎婆の姿は、次のように伝えられます。
もとの姿 … 弥三郎の老いた母。
正体 … 鬼婆。あるいは老いたネコとする異説もある。
現れ方 … 暗雲の中から毛むくじゃらの腕が伸びる。
傷 … 斬られた腕、肩口からの出血。
全身の姿は語られません。現れるのは腕だけです。
空に暗雲が垂れこめ、その中から毛むくじゃらの腕が現れて弥三郎を掴む。斬りつけると雲もオオカミも消える。
つまり、この妖怪は姿を見せないまま話が進みます。
正体が明かされるのは家に帰ってからです。布団をかぶって妙な声で呻いていた母に斬り落とした腕を見せると、母は叫びます。
これは俺の腕だ
そして肩口から血を滴らせつつ逃げ去りました。
弥三郎婆の伝承物語
肩車の梯子 ─ 千疋狼の型
弥三郎婆の話は、「千疋狼」と呼ばれる話の型に属します。
多くは次のような筋です。
夜間にオオカミの大群に襲われた人間が木の上に登ります。オオカミたちは木の上へは爪が届かないので、梯子のように肩車を組んで樹上の人間を襲おうとします。
しかし、あと一歩で届きません。
そこでオオカミたちは、自分たちの親玉である化け物を呼びつけます。
動物学者の平岩米吉は、これらの話について次のように述べています。オオカミが夜に活動する習性、指揮をとる者のもとに集団で行動する習性を意味するものであり、肩車を組むのはオオカミの高く飛び上がる身の軽さを表現したものではないか、というものです。
送り狼と並んで、オオカミの説話として有名なものとされています。
弥彦山の話 ─ 母の正体
弥彦山の麓に、弥三郎という男が老いた母親と共に暮らしていました。
ある日、弥三郎は山の中でオオカミの群れに出くわしてしまい、大木に登って難を逃れようとします。
オオカミたちは梯子のように肩車を組んで近づいてきましたが、あと少しのところで高さが足りません。
一番上のオオカミが吠えたてました。
弥三郎の婆を呼べ
すると空に暗雲が垂れこめ、その中から毛むくじゃらの腕が現れて弥三郎を掴みました。
斬り落とした腕が母のものだった
弥三郎が必死に刀でその腕を斬りつけると、雲もオオカミも消えてしまいます。
弥三郎は、オオカミたちはなぜ自分の母を呼んだのだろうと不思議に思いつつ、斬り落とした腕を持って帰宅しました。
家では母が布団を被って妙な声で呻いています。事情を話して腕を見せると、母は「これは俺の腕だ」と叫び、肩口から血を滴らせつつ逃げ去りました。
この母の正体は鬼婆であり、本物の母はすでに鬼婆に食べられてしまった後だったといいます。
同じ型の別の話 ─ 鍛冶が嬶と小池婆
千疋狼の話は各地に伝わります。二つを挙げます。
鍛冶が嬶 … 高知県室戸市の話です。身重の女が峠でオオカミに襲われ、通りかかった飛脚に助けられて木の上へ逃げました。オオカミたちは「佐喜浜の鍛冶嬶を呼べ」と言い出し、白毛に覆われた一際大きいオオカミが鍋をかぶった姿で現れます。飛脚が脇差しを振り下ろすと鍋が割れ、人の叫びのような声が響きました。血痕を辿って佐喜浜の鍛冶屋へ行くと、嬶が頭に傷を負って寝込んでいました。斬り倒すと、床下には多くの人骨、そして本物の嬶の骨も転がっていたといいます。
小池婆 ─ 松江に残る同じ型
小池婆 … 島根県松江市の話です。オオカミたちが「小池婆を呼べ」と吠えると、一匹の巨大なネコがやって来ました。男が刀でネコの眉間を切りつけると金属音が響き、足元に茶釜の蓋が落ちていました。それは主の家の茶釜の蓋でした。主の母が厠で転んで額に大怪我をしたと大騒ぎになっており、布団の上から刀で突き刺すと、そこには老いたネコの死骸がありました。
身内の中に化け物がいたというのが、この型に共通する結末です。
弥三郎婆の伝承地域
弥三郎婆の伝承地は、新潟県の弥彦山です。もっともよく知られる話がここに伝わります。
同じ話は山形県・福島県・静岡県にも伝わります。改心した後の名とされる妙多羅天の祠は、山形県東置賜郡高畠町にもあります。
なお、同じ型の千疋狼の話は日本全国に分布し、高知県室戸市の「鍛冶が嬶」、島根県松江市の「小池婆」などが知られます。
弥彦山(やひこやま)
弥三郎婆の伝わる山
弥彦山の所在地:新潟県西蒲原郡弥彦村・長岡市
弥三郎婆の伝説がもっともよく知られる山です。
弥三郎はこの山の麓に、老いた母と暮らしていました。 山の中でオオカミの群れに出くわし、大木に登って難を逃れようとしたのがこの山です。
新潟平野の西にそびえ、日本海に面しています。 山頂へはロープウェイと道路が通じています。
妙多羅天の名の祠は、山形県東置賜郡高畠町にもあります。
弥三郎婆の正体と考えられているもの
弥三郎婆の正体については、次のように考えられています。
鬼婆とする見方が、伝えの中心です。本物の母はすでに食われており、母のふりをしていたのが鬼婆だった、というものです。
老いたネコとする異説もあります。同じ型の「小池婆」では、正体は老いた巨大なネコでした。猫又の話と重なります。
オオカミの習性を写したとする見方は、動物学者の平岩米吉が示したものです。オオカミが夜に活動すること、指揮をとる者のもとに集団で行動することを表しており、肩車を組むのは高く飛び上がる身の軽さを表現したものではないか、というものです。
身内が化け物だったという恐れが、この型の芯にあります。外から来る化け物ではなく、一緒に暮らしていた者が化け物だった。しかも本物はすでに食われている。逃げ帰った先が、いちばん危険な場所でした。
改心の話も伝わります。 鬼婆が後に改心して妙多羅天になったという異説があり、その名の祠は山形県東置賜郡高畠町にもあります。恐れられたものが、後には祈りの対象になるという筋です。
弥三郎婆をめぐる妖怪のつながり
弥三郎婆が登場する作品
弥三郎婆は、千疋狼という話の型のなかで語られることが多い妖怪です。
「鍛冶が嬶」「小池婆」と並べて紹介されるため、単体としての知名度は高くありません。
一方、オオカミが肩車を組んで木に登るという図は絵になりやすく、『絵本百物語』の挿絵などで知られています。
弥三郎婆が登場する書物
平岩米吉の研究
千疋狼の話をオオカミの習性から説明しています。
弥三郎婆が登場するゲーム
日本の妖怪を扱う各種のゲーム
鬼婆の系統として実装されることがあります。
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弥三郎婆についてよくある質問
弥三郎婆とは何ですか。
新潟県弥彦山に伝わる鬼婆です。オオカミの群れが「弥三郎の婆を呼べ」と吠えると現れました。正体は弥三郎の母のふりをしていた鬼婆でした。
弥三郎婆はどこに伝わりますか。
新潟県の弥彦山を中心に、山形県・福島県・静岡県にも伝わります。改心後の名とされる妙多羅天の祠は、山形県東置賜郡高畠町にもあります。
千疋狼とは何ですか。
オオカミの大群に襲われた人が木に登り、オオカミが肩車を組んで襲おうとするが届かず、親玉を呼びつけるという話の型です。日本全国に伝わります。
本物の母はどうなったのですか。
すでに鬼婆に食べられてしまった後だったといいます。母のふりをしていたのが鬼婆でした。
弥三郎婆と併せて覚えたい言葉・用語
千疋狼(せんびきおおかみ)
オオカミの群れが肩車を組み、親玉を呼びつける話の型。全国に分布する。
鍛冶が嬶(かじがかか)
高知県室戸市に伝わる同じ型の話。正体は鍋をかぶった白毛のオオカミだった。
妙多羅天(みょうたらてん)
弥三郎婆が改心した後の名とする異説。山形県高畠町にも同名の祠がある。