年を経た猫が化けたもの。尾が二股に分かれ、人の言葉を話し人を食うとされる。

鳥山石燕 「画図百鬼夜行 猫又」 1776年 / パブリックドメイン 出典
猫又とはどんな妖怪か
猫又はひとことで言えば、長く生きた猫が化けたものです。
名の由来は尾にあります。年を重ねた猫は、尾が根元から二股に分かれる。だから猫又、というわけです。
猫又には二つの型があります。
ひとつは山の猫又です。鎌倉時代の『徒然草』に、山奥に猫またという獣がいて人を食う、という噂が記されます。この段階では飼い猫ではなく、山に住む正体不明の獣として語られています。
もうひとつは家の猫又です。江戸時代になると、飼っている猫が年を取って猫又になるという考えが広まります。手拭いをかぶって踊る、行灯の油を舐める、人の言葉を話す、死人を操る。
猫を飼う年数を決める習わしや、猫の尾を短く切る習わしは、猫又になるのを防ぐためと説明されてきました。
身近な生き物が化けるという恐れが、これほど具体的に語られた例は他にありません。
猫又の漢字表記と読み方
読みは「ねこまた」です。「又」は尾が二つに分かれることを指すとされ、「股」と書くこともあります。
ただし別の説もあります。「まただ」(山猫を指す古い言葉)が転じたとするもの、山の獣を指す言葉が先にあったとするものです。
山の猫又と家の猫又は、もともと別のものだったという見方があり、この語源の揺れはそれと関わります。
「化け猫」は化ける猫の総称で、猫又はそのなかの一種とされることが多いのですが、両者の線引きは資料によって違います。
猫又(ねこまた)
もっとも一般的な表記。
猫股(ねこまた)
尾の分かれ方を「股」と書く表記。
猫胯(ねこまた)
古い文献に見られる表記。
化け猫(ばけねこ)
化ける猫の総称。猫又はそのなかの一種とされることが多い。
猫又の姿と特徴
猫又の姿は、二股の尾という一点で決まります。
尾 … 根元から二つに分かれる。もっとも重要なしるし。
大きさ … 山の猫又は犬ほど、あるいはそれ以上とされる。家の猫又は普通の猫の大きさ。
二本足 … 後ろ足で立つ姿で描かれることが多い。
手拭い … 頭にかぶって踊る姿が定番。
行灯 … 油を舐める場面がよく描かれる。
江戸時代の妖怪画では、手拭いをかぶって二本足で踊る猫として繰り返し描かれました。この姿は歌川国芳の絵などで広く知られています。
恐ろしいというより、滑稽に描かれることが多いのが猫又の特徴です。
一方、山の猫又は違います。人を食う獣として語られ、絵でも大きく獰猛に描かれます。
同じ名前で、まったく別の姿が並存している。 猫又の絵を見るときは、どちらの型かを見分ける必要があります。
猫又の伝承物語
徒然草の猫また ─ 山に住む獣
文献に早く現れるのが、鎌倉時代の『徒然草』第八十九段です。
奥山に、猫またといふものありて、人を食らふなる。
この噂を聞いた法師が、夜道を帰る途中で足元から何かに飛びつかれます。「猫まただ」と思って川に転げ落ち、大騒ぎになりました。
正体は、飼っていた犬でした。主人を見つけて飛びついたのです。
この話が示すのは二つあります。ひとつは、鎌倉時代にはすでに猫またの噂があったこと。もうひとつは、その時点では山に住む獣とされていたことです。
ここでの猫または、山に住む獣です。
また、この段は噂の怖さを書いた話でもあります。噂を信じていたから犬を猫またと思い込んだ。兼好法師は、妖怪よりも人の思い込みを笑っています。
家の猫が化ける ─ 江戸時代の転換
江戸時代に入ると、猫又の性格が大きく変わります。
飼い猫が年を取って猫又になるという考えが広まったのです。
何年で化けるかについては、土地によって説が違います。七年、十年、十二年、あるいは十三年。猫を飼うときは年数を決めておくという習わしが各地に生まれました。決めた年数が来たら、猫を放すのです。
尾を短く切る習わしも生まれました。二股に分かれる尾が無ければ猫又にならない、という理屈です。日本の猫に尾の短いものが多いのは、この習わしの名残だとする説もあります。
年を決めて飼うという習わし
化けた猫の行いも具体的に語られます。手拭いをかぶって踊る。行灯の油を舐める。人の言葉を話す。飼い主に化ける。身近だからこそ、話が細かいのです。
山の獣から、家の中の恐れへ。猫又は、猫が家で飼われるようになったことで生まれ変わりました。
南方熊楠は『十二支考』で、飼う年限の決まりに触れています。
わが邦で猫を飼う初めに何年と時を定めて飼うと、期限来れば去ってまた来らず。余り久しく飼えば猫又に化け
年を決めて飼う。 長く飼うほど化けるという考え方が、飼い方そのものを縛っていました。
油を舐める ─ 具体的な行い
猫又の話でとくに繰り返されるのが、行灯の油を舐める場面です。
二本足で立ち、行灯に顔を寄せて油を舐める猫。この姿は江戸時代の絵に何度も描かれました。
これには現実的な背景があります。当時の行灯には魚油が使われることが多く、猫が実際に舐めることがあったのです。夜中に物音がして見に行くと、猫が行灯に顔を突っ込んでいる。
燭台の火に照らされ、影が大きく壁に映る。その光景が、化け猫の絵になりました。
手拭いをかぶって踊るという話にも、似た背景があると考えられています。猫が布に頭を突っ込んでもがく姿が、踊っているように見えたというものです。
日常の光景が、少し角度を変えると妖怪になる。 猫又は、その転換がもっとも分かりやすい妖怪です。
死人を操る ─ 猫の忌み
猫又にまつわる話で、もっとも重いのが死者との関わりです。
通夜の席に猫を入れてはならない、という禁忌が全国にあります。猫が遺体をまたぐと、死者が起き上がるとされました。
このため通夜のあいだは猫を別の部屋に閉じ込め、遺体の上に刃物を置いて守るという習わしが各地に伝わります。
この禁忌は猫又の話と結びつき、死人を操る猫又という筋が生まれました。化けた猫が死者に憑き、動かして人を襲うというものです。
背景として考えられるのは、猫が死者の匂いに寄るという現実です。また、死後硬直や腐敗によって遺体がわずかに動くことがあり、たまたま猫がそばにいれば、猫のしわざとされたでしょう。
猫は身近でありながら、人に馴れきらない生き物です。その距離感が、恐れを生み続けました。
猫又の伝承地域
猫又には、訪ねられる伝承地が定まっていません。
猫又は家と山の両方に現れるとされ、特定の土地に結びついた話ではないためです。塚も祠も伝わりません。
猫にまつわる社や、猫を祀る寺は各地にあります。しかしそれらは招き猫や猫の供養に関わる場所で、猫又そのものの伝承地とは別のもの。 混同を避けるため、ここには挙げていません。
富山県の猫又山のように猫の名を持つ山はありますが、山名の由来と猫又の伝承が結びつくかどうかは確かめられていません。
猫又の正体と考えられているもの
猫又の正体については、二つの型に分けて考える必要があります。
山の猫又については、実在の動物とする見方が有力です。ヤマネコ、あるいは野生化した猫が、山中で人を襲うことがあったと考えられます。『徒然草』の記述は、山に大きな猫のような獣がいるという噂として読めます。
家の猫又については、次の点が指摘されます。
行灯の油 … 当時の行灯には魚油が使われ、猫が実際に舐めました。光と影のなかで見た日常の光景が、化け猫の絵になったと考えられます。
猫の生態 … 猫は夜に活動し、瞳孔が大きく開き、足音を立てません。人に馴れきらないという性質もあります。この距離感が恐れを生みました。
猫の寿命 … 猫は十年以上生きます。同じ家に長く居続ける生き物が、家の歴史を見てきた存在として恐れられた面もあるでしょう。
尾の分岐については、実際に猫の尾が二股に分かれることはありません。ただし尾が曲がったり、途中で折れたりする猫は珍しくなく、それが誇張されて二股になったとする見方があります。
猫又は、身近すぎる生き物への、説明のつかない距離感から生まれた妖怪です。
猫又をめぐる妖怪のつながり
猫又が登場する作品
猫又を含む化ける猫は、日本の作品にきわめて多く登場します。猫が身近であり続けているためでしょう。
江戸時代の浮世絵では、二本足で踊る猫が繰り返し描かれました。恐ろしさよりもおかしみが前に出ており、この扱いは現代の作品にも受け継がれています。
猫又が登場する漫画・アニメ
猫を題材とした各種の作品
化ける猫、言葉を話す猫という設定は、猫又の伝承を下敷きにしています。
猫又が登場するゲーム
猫又が登場する絵画・古典
歌川国芳の猫の絵
二本足で踊る猫、手拭いをかぶった猫などが繰り返し描かれました。
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猫又についてよくある質問
猫又とは何ですか。
年を経た猫が化けたものとされる妖怪です。尾が根元から二股に分かれることからこの名があります。山に住む獣とする話と、飼い猫が化けるとする話の二つがあります。
猫又と化け猫の違いは何ですか。
化け猫は化ける猫の総称で、猫又はそのなかの一種とされることが多くあります。ただし線引きは資料によって異なり、はっきり分かれてはいません。
猫は何年で猫又になるのですか。
土地によって説が違い、七年、十年、十二年、十三年などが語られます。飼うときに年数を決めておく習わしが各地にありました。
なぜ猫の尾を切る習わしがあったのですか。
二股に分かれる尾がなければ猫又にならない、という理屈によります。日本の猫に尾の短いものが多いのは、この習わしの名残とする説もあります。
なぜ通夜に猫を入れてはいけないのですか。
猫が遺体をまたぐと死者が起き上がるとされたためです。この禁忌が猫又の話と結びつき、死人を操る猫又という筋が生まれました。
猫又に会える場所はありますか。
ありません。猫又は特定の土地に結びついた妖怪ではなく、塚も祠も伝わっていません。
猫又と併せて覚えたい言葉・用語
徒然草(つれづれぐさ)
鎌倉時代の随筆。第八十九段に猫またの噂が記される。
行灯(あんどん)
油を燃やす照明具。魚油が使われ、猫が舐めることがあった。
化け猫(ばけねこ)
化ける猫の総称。猫又はその一種とされることが多い。
猫又の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。