馬を突然に殺すという魔性の風。馬を飼う地方で恐れられた。

三好想山 「想山著聞奇集 頽馬」 1821年 / パブリックドメイン 出典
頽馬とはどんな妖怪か
頽馬は、馬を殺す風です。本州や四国各地に伝わり、馬を飼う地方では非常に恐れられました。
路上を歩いている馬が、突然に死にます。
そして、死に方に特徴があります。
倒れた馬は、口から肛門にかけて太い棒を差し込んだかのように肛門が開いているといいます。
そこから、説明が生まれました。
馬の鼻から魔物が入り込んで、尻から抜け出すために起こる怪異である、と。
浅井了意『御伽婢子』には、詳しい様子が記されています。
急につむじ風が起き、馬の前方で砂煙が車輪のように回り、砂煙が馬の首に近づくとたてがみが1本1本逆立ち、そのたてがみの中に赤い光が差し込み、悲鳴と共に馬が倒れ、馬が死ぬと共に風が消えてゆく。
頽馬の漢字表記と読み方
読みは「たいば」です。
「頽」は、崩れる、倒れるという字です。馬が倒れる、と読めます。
尾張国(現・愛知県)や美濃国(現・岐阜県)などでは「ギバ」といい、「馬魔」の字を当てます。
頽馬を擬人化したものがギバとの説もあります。
そして、被害には地域差があります。
美濃では白馬のみが被害に遭い、遠州(現・静岡県)では栗毛や鹿毛の馬が被害に遭いやすいといい、老婆や牝の馬は被害に遭わないともいいます。
発生時期も決まっています。
4月から7月にかけて、特に5月から6月、晴れたり曇ったりと天候の変化の激しい日に多いとされます。
頽馬(たいば)
もっとも一般的な表記。
ギバ(ぎば)
尾張・美濃などでの呼び名。
馬魔(ぎば)
ギバに当てる漢字。
頽馬の姿と特徴
頽馬とギバでは、姿がまったく違います。
頽馬(風として)
つむじ風。馬の前方で砂煙が車輪のように回る。たてがみの中に赤い光が差し込む。
ギバ(擬人化された姿)
小さな女性のような姿。緋色の着物と金の頭飾り。玉虫色の小馬に乗る。
ギバは、空から襲います。
馬は危険を感じてひどく嘶きますが、脚を絡み付けて馬が抵抗できないようにします。
そして、ギバがにっこりと微笑むと姿を消します。
標的の馬は右に数回回り、命を落とすといいます。
微笑んで、消えます。
頽馬の伝承物語
皮はぎの家の娘
ギバには、由来の話があります。
常陸国(現・茨城県)の民話です。
馬の皮はぎをしていた家の娘が、自分たちが周囲から差別されることを悲しんで自殺し、ギバに生まれ変わり、その怨念から馬を襲うようになったといいます。
不景気による生活苦を悲嘆して、との説もあります。
そして、滋賀県大津市にも同様の伝説があります。
ギバとなった娘は、馬を殺すことで、馬の皮はぎをする父の商いを助けているといいます。
父を助けています。
差別されて死んだ娘が、父の仕事を増やすために馬を殺す。
重い話です。
馬が死ねば、皮はぎの仕事が来ます。
防ぎ方と、助け方
頽馬には、具体的な対策が伝わっています。
防ぐには。
馬の首を布で覆う。
虻よけの腹当てをする。
馬の首に鈴をつける。
首を守ります。
そして、遭ってしまった後にも手があります。
馬の耳を切って少量の血を出す。
馬の尾骨の中央に針を打ち込んで馬を刺激する。
そうすれば、馬は正気に戻って助かるといいます。
『御伽婢子』には、人の側の対処法もあります。
馬の前方を刀で斬り払って光明真言を唱えれば、怪異を逃れられる。
風を、刀で斬ります。
空中放電か
頽馬について、近代の説明があります。
明治時代の物理学者・吉田寅彦は、著書『怪異考』でこれを取り上げました。
頽馬の発生場所、時期、被害の状況などから、一種の空中放電現象による感電死ではないかと考察しています。
発生は4月から7月、特に5月から6月。天候の変化の激しい日。
雷が起きやすい条件と、重なります。
そして、中世にも記録があります。
『吾妻鑑』建保6年(1218年)2月19日条に、路地で馬が原因もなく急死したという記述があります。
怪異と関連付けられてはいません。
しかし、中世前半の日本人が、馬が原因不明の急死をすることがあると認識していた記録の一つです。
いまも配られる札
頽馬をめぐる信仰は、いまも続いています。
滋賀県大津市三井寺町の長等神社です。
かつて馬の病気が大流行した際、その病害を鎮めるために建てられた「馬神神社」があります。
そして、具体的な品がありました。
馬方が街道を旅していた時代には、ギバ除け(頽馬除け)として「大津東町馬神」「大津東町上下仕合」と記した馬神神社の腹掛けが用いられました。
馬に着せる腹掛けです。
そして、いまも残っています。
荷物運搬の手段が馬から自動車となった現在でも、馬を愛する人たちから馬の守護神として信仰されており、馬用のギバ除けの札も配られています。
競馬や乗馬の関係者の訪問も多いといいます。
頽馬の伝承地域
頽馬に関わる場所としては、滋賀県大津市三井寺町の長等神社が挙げられます。
境内に馬神神社があり、かつて馬の病気が大流行した際、その病害を鎮めるために建てられたものです。
馬方が街道を旅していた時代には、ギバ除け(頽馬除け)として「大津東町馬神」「大津東町上下仕合」と記した腹掛けが用いられました。
いまも馬の守護神として信仰されており、馬用のギバ除けの札が配られています。 競馬や乗馬の関係者の訪問も多いといいます。
そのほか、ギバの由来を伝える土地として常陸国(現・茨城県)と滋賀県大津市があります。
参拝の際は、社の案内に従ってください。
頽馬の正体と考えられているもの
頽馬の正体については、次のように整理できます。
一つめは、魔性の風です。つむじ風が起き、馬の前方で砂煙が車輪のように回り、たてがみに赤い光が差し込むと馬が倒れると『御伽婢子』は記します。
二つめは、鼻から入る魔物です。倒れた馬の肛門が開いていることから、馬の鼻から魔物が入り込んで尻から抜け出すために起こると説明されました。
三つめは、ギバです。小さな女性のような姿で、緋色の着物と金の頭飾りを身につけ、玉虫色の小馬に乗って空から襲うとされます。頽馬を擬人化したものとの説もあります。
四つめは、皮はぎの家の娘です。差別を悲しんで自殺した娘がギバに生まれ変わり、父の商いを助けるために馬を殺すという伝説があります。
五つめは、空中放電です。吉田寅彦は、発生場所・時期・被害の状況から空中放電現象による感電死ではないかと考察しました。
頽馬が何であったかは、わかっていません。 ただ、馬が突然死ぬという出来事は、馬に頼る暮らしにとって深刻でした。
頽馬をめぐる妖怪のつながり
頽馬が登場する作品
頽馬は、実害のあった怪異です。
馬を飼う地方で恐れられ、防ぎ方も助け方も具体的に伝わっています。 そして、大津の馬神神社ではいまも札が配られています。
資料は江戸の怪談集と、近代の考察に分かれます。
頽馬が登場する古典
御伽婢子
浅井了意。つむじ風から馬が倒れるまでを詳しく記します。
吾妻鑑
建保6年2月19日条に、路地で馬が原因もなく急死した記述があります。
頽馬が登場する漫画・アニメ
妖怪をまとめて扱う作品
風の妖怪として、鎌鼬と並べて取り上げられます。
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頽馬についてよくある質問
頽馬とは何ですか。
馬を殺すといわれる魔性の風です。本州や四国各地に伝わり、路上を歩いている馬を突然にして死に至らしめてしまうといいます。
どうして肛門が開くのですか。
倒れた馬は口から肛門にかけて太い棒を差し込んだかのように肛門が開いているといい、そこから馬の鼻から魔物が入り込んで尻から抜け出すために起こると説明されました。
防ぐ方法はありますか。
馬の首を布で覆う、虻よけの腹当てをする、馬の首に鈴をつけるとよいといいます。遭ってしまった際は、馬の耳を切って少量の血を出すか、尾骨の中央に針を打ち込んで刺激すると正気に戻るとされます。
いまも信仰されていますか。
されています。 滋賀県大津市の長等神社にある馬神神社では、荷物運搬が自動車になった現在でも馬の守護神として信仰され、馬用のギバ除けの札が配られています。
頽馬と併せて覚えたい言葉・用語
ギバ(ぎば)
尾張・美濃などでの頽馬の呼び名。「馬魔」と書く。
御伽婢子(おとぎぼうこ)
浅井了意の怪談集。頽馬の様子を詳しく記す。
馬神神社(うまがみじんじゃ)
滋賀県大津市の長等神社にある社。ギバ除けの札を配る。