人を化かし、人の姿に化ける狸。腹つづみと大きな陰嚢で知られる。

寺島良安 「和漢三才図会 狸」 1713年 / パブリックドメイン 出典
化け狸とはどんな妖怪か
化け狸は、日本でいちばん化ける獣です。狐より一つ多く化けるといわれます。
記録は古く、『日本書紀』推古天皇三十五年(627年)に「陸奥国に狢あり。人となりて歌をうたう」とあります。『日本霊異記』『宇治拾遺物語』『古今著聞集』にも、狸の字で示された獣が登場します。
ただし、狸と狢と猯の区別は厳密ではありません。 もともとタヌキ・ムジナ・マミという呼び名が土地ごとにまちまちで、同じ動物に別の名が使われてきたためです。関西ではまめだ、東北ではくさいとも呼ばれます。
化け狸の特徴として名高いのが、腹つづみ(狸囃子)と、八畳敷きの陰嚢です。どちらも江戸時代から絵画や物語で確認できます。
「狐七化け狸八化け」ということわざは、狐より狸のほうがよく化けるという意味です。
化け狸の漢字表記と読み方
読みは「ばけだぬき」です。
この妖怪の名前でややこしいのは、動物としての呼び名と、妖怪としての呼び名が同じことです。狸、狢、猯。どれも実在の動物を指しますが、同時に化けるものの名でもあります。
しかも呼び名と動物の対応が土地ごとに違います。ある土地でタヌキと呼ぶ動物を、別の土地ではムジナと呼ぶ。マミという呼び名にいたっては、どの動物を指すか一定しません。
漢語では妖狸・怪狸・古狸といった熟語が使われます。文章で書くときの言い方です。
関西のまめだは、上方落語の演目名にもなっています。
化け狸(ばけだぬき)
もっとも一般的な表記。
妖狸(ようり)
漢語での言い方。
古狸(こり・ふるだぬき)
年を経た狸。化ける力を得たものとされる。
まめだ(まめだ)
関西での呼び方。豆狸・猯と書く。
くさい(くさい)
東北地方での呼び方。くさえ、くさいなぎとも。
化け狸の姿と特徴
化け狸の姿は、実物の狸そのものです。特別な姿はありません。
特徴として語られるのは、次の二つです。
腹つづみ … ふくらませた腹を叩いて音を鳴らす。狸囃子とも呼ばれます。本所七不思議の「狸囃子」もこれにあたります。
八畳敷きの陰嚢 … 巨大な陰嚢を広げて人を襲ったり、覆いかぶせたりします。「狸の金玉八畳敷き」という慣用句から生まれたものと考えられています。
八畳敷きの陰嚢を座敷や大きな寺院に見せて人を化かそうとするが、そこに煙草の火や針を落とされて失敗する──という話が、明治から昭和前期にかけて日本各地で採取されています。
化けた姿は多岐にわたります。僧、武士、美女、子供、そして入道。本所七不思議の「燈無蕎麦」「足洗邸」も、正体を狸とする絵双紙が描かれています。
『本朝食鑑』巻十一(1697年)の狸の項目にも、化ける行動を含めてこれらの挙動が記されています。
化け狸の伝承物語
狐は祟り、狸は笑われる
名を持つ狸たち ─ 三大狸と八百八狸
化け狸には、名前を持つ大物がいます。
団三郎狸(佐渡) … 佐渡の狸の総大将。佐渡には狐がいないのは、団三郎が追い出したからだと語られます。
芝右衛門狸(淡路島) … 芝居好きの狸。芝居見物に通ううちに正体が知れて犬に噛み殺された、という話が伝わります。
太三郎狸(香川県屋島) … 屋島の禿狸。源平合戦の様子を幻術で見せたといわれます。
この三体を日本三大狸と呼ぶ言い方があります。
さらに、隠神刑部(愛媛県松山)は八百八匹の狸を率いた総帥です。
昔話としては、分福茶釜(群馬県館林市)と証城寺の狸囃子(千葉県木更津市)が広く知られます。この二つと『松山騒動八百八狸物語』を合わせて日本三大狸話と呼びます。
狸は、日本の妖怪のなかで固有名詞をもっとも多く持つ部類です。
狸寝入りから狸囃子まで ─ 化ける理由
狸が化けるとされた理由については、いくつかの説明があります。
一つめは、擬死です。狸は驚くと動かなくなることがあります。「狸寝入り」という言葉はここから来ています。死んだふりをして、また動き出す。 これは化けると受け取られても不思議のない行動です。
二つめは、夜行性と人里への出没です。夜に人里へ現れ、ごみをあさり、姿がよく見えない。狐と同じ条件が揃っています。
三つめは、腹つづみの音です。夜の山中で聞こえる正体不明の音は、狸のしわざとされました。実際には木の実が落ちる音や獣の動く音でしょうが、狸囃子として語られました。
四つめは、狐のいない土地です。佐渡島には狐がいません。狐のいない土地では、狸が化ける役をすべて引き受けます。
狸か狢かで裁判になる ─ 名が定まらない獣
この獣は、名前からして定まっていません。柳田国男は、狸と狢の違いを問われて答えた内容を書きとめています。
第一に狸は尻尾が太く、ムジナの尻尾は細い。第二には狸の毛は筆になり、ムジナの毛はならない。第三に狸は樹に登ることができないが、ムジナは木のぼりをして、小柿などをよく食うものだ。
ところが動物学の側からは、狸と狢は同じ一種の二つの名だという反論が出ました。栃木では、この呼び分けが裁判にまでなっています。
県令で狸を捕った者は罰するという禁止令が出ているのに、ムジナはよかろうと公然これを打った者が告発せられたのである。
判決は無罪でした。その土地に「タヌキ」という言葉が無かったからです。どの獣を指すかも決まらないものが、日本一よく化ける。
狸が実際に何をしたわけでもありません。 人里の近くにいて、夜に動き、姿がよく見えない獣だった。それだけで十分でした。
化け狸の伝承地域
化け狸の伝承は全国にあります。ここに挙げたのは、狸そのものを祀る、あるいは弔う目印が今も残る場所に絞ったものです。
個別の狸については、団三郎狸は佐渡島(新潟県)、芝右衛門狸は淡路島(兵庫県)、隠神刑部は愛媛県松山市、分福茶釜は群馬県館林市の茂林寺と、それぞれ別の土地に伝承地があります。
このうち隠神刑部については、封じられた洞窟である山口霊神(愛媛県松山市久谷中組)を、別項に挙げています。
證誠寺(しょうじょうじ)
狸囃子の伝説が伝わる寺
證誠寺の所在地:千葉県木更津市富士見
証城寺の狸囃子の伝説が伝わる寺です。童謡『証城寺の狸囃子』の題材になりました。
伝説では、月夜に狸たちが庭に集まって腹つづみを打ち、寺の和尚がそれに合わせて三味線を弾いた、と語られます。狸たちは夢中で腹を叩き続け、腹が破れて死んでしまったという結末が伝わります。
境内には狸塚があり、狸を弔っています。
木更津駅から歩ける距離にある。
屋島寺(蓑山大明神)(やしまじ(みのやまだいみょうじん))
太三郎狸を祀る社
屋島寺(蓑山大明神)の所在地:香川県高松市屋島東町
屋島の山上にある寺で、四国八十八箇所の第八十四番札所です。境内に蓑山大明神があり、太三郎狸を祀ります。
太三郎狸は屋島の禿狸とも呼ばれ、日本三大狸のひとつに数えられます。源平合戦の様子を幻術で見せたと語られ、家庭円満や縁結びの神として信仰されてきました。
化け狸が神として祀られている、数少ない例です。
屋島の山上にある。展望台からは瀬戸内海が一望できる。
化け狸の正体と考えられているもの
化け狸の正体については、実在の動物である狸を出発点として考えることになります。
一つめは、擬死です。狸は驚くと動かなくなります。狸寝入りという言葉はここから来ています。死んだと思ったものが動き出すのは、化けたと受け取られても不思議はありません。
二つめは、夜行性と人里への出没です。夜、人里の近くに現れ、姿がよく見えない。狐と同じ条件が揃っています。
三つめは、狐のいない土地です。佐渡島には狐がいません。狐のいない土地では、狸が化ける役をすべて引き受けます。佐渡や淡路島に狸の伝説が多いのは、この事情によると説明されます。
四つめは、名前の混乱です。狸・狢・猯の呼び名は土地ごとにまちまちで、どの動物を指すか一定しません。正体のはっきりしない獣という状態が、そのまま化ける獣という像を助けました。
五つめは、笑いの必要です。狐の話が恐ろしいのに対し、狸の話は間が抜けています。化けそこない、正体を見破られ、失敗する。怖い話ばかりでは息が詰まります。狸は、その受け皿になりました。
狸が化けたという証拠はありません。 ただ、日本人が長いあいだ狸に何を託してきたかは、はっきりしています。
化け狸をめぐる妖怪のつながり
化け狸が登場する作品
化け狸は、日本の妖怪のなかでもっとも親しまれている部類です。怖さより愛嬌が先に立ちます。
腹つづみ、化け比べ、失敗する化け方といった要素が、そのまま物語の楽しさになります。狐が怖い話を引き受け、狸が笑い話を引き受けるという分担は、現在の作品にも受け継がれています。
化け狸が登場する昔話
証城寺の狸囃子
千葉県木更津市の證誠寺に伝わる話です。童謡としても広く知られます。
化け狸が登場する漫画・アニメ
化け狸が登場するゲーム
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化け狸についてよくある質問
化け狸とは何ですか。
人をたぶらかし、人の姿に化けるとされる狸の妖怪です。『日本書紀』にすでに人に化けて歌う獣の記述があります。
狐と狸ではどちらがよく化けますか。
「狐七化け狸八化け」ということわざでは、狸のほうがよく化けるとされます。ただし狐は神の使いという面を持ち、性格が違います。
狸の腹つづみとは何ですか。
ふくらませた腹を叩いて音を鳴らすことです。狸囃子とも呼ばれ、本所七不思議のひとつにも数えられます。
日本三大狸とは何ですか。
佐渡の団三郎狸、淡路島の芝右衛門狸、香川県屋島の太三郎狸を指す言い方です。
化け狸に会える場所はありますか。
千葉県木更津市の證誠寺には狸塚があり、香川県高松市の屋島寺には太三郎狸を祀る蓑山大明神があります。
化け狸と併せて覚えたい言葉・用語
狸囃子(たぬきばやし)
狸が腹を叩いて鳴らすとされる音。本所七不思議のひとつでもある。
狸寝入り(たぬきねいり)
眠ったふりをすること。狸が驚くと動かなくなる習性から。
団三郎狸(だんざぶろうだぬき)
佐渡の狸の総大将。佐渡に狐がいないのは団三郎が追い出したからだという。
日本三大狸話(にほんさんだいたぬきばなし)
分福茶釜・証城寺の狸囃子・松山騒動八百八狸物語の三つ。
化け狸の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。