人を化かす獣。狐・狸と並ぶが、指す動物そのものが土地によって違う。

鳥山石燕 「今昔画図続百鬼 ムジナ」 1779年 / パブリックドメイン 出典
ムジナとはどんな妖怪か
ムジナは、狐・狸と並んで人を化かすとされてきた獣です。漢字では貉または狢と書きます。
ややこしいのは、ムジナが指す動物そのものが定まっていないことです。多くの土地ではアナグマを指しますが、タヌキを指す土地もハクビシンを指す土地もあり、区別せずまとめて呼ぶ土地もあります。「マミ」などの地方名が加わって、事情はさらに入り組んでいます。
大正時代には、ムジナはタヌキと同じ動物かが裁判で争われました。狩猟法違反をめぐる裁判で、大審院まで持ち込まれています。
文献では『日本書紀』推古天皇三十五年(627年)の条が古く、「陸奥国に狢有り。人となりて歌う」と記されます。この時点ですでに、化けるものと考えられていました。
小泉八雲の怪談『貉』は、のっぺらぼうの話としてよく知られています。
ムジナの漢字表記と読み方
読みは「むじな」です。
この言葉の難しさは、指す動物が一定しないことにあります。標準的にはアナグマを指しますが、地方によってタヌキ、あるいはハクビシンを指します。しかもタヌキを指す地方名「マミ」がアナグマを指す地方もあり、名前と動物の対応が土地ごとにねじれています。
ことわざの「同じ穴のムジナ」は、一見違うように見えて実は同類だ、という意味で使われます。多くは悪い意味です。もとは、ムジナがタヌキと同じ穴で暮らす習性によるとされます。実際にアナグマの掘った巣を、タヌキやキツネが共同で使うことは確認されています。
貉(むじな)
もっとも一般的な表記。
狢(むじな)
同じものの表記。こちらもよく使われる。
マミ(まみ)
地方名。ムジナと同じものを指したり、別のものを指したりする。
おおむじな(おおむじな)
人を何人も殺すとされる凶悪なものを、一部の地域でこう呼ぶ。
ムジナの姿と特徴
民話に出てくるムジナの姿は、次のように語られます。
大きさ … 犬ほど。
足 … 後ろ足に比べて前足が短い。
毛の色 … 茶色。
年を経たもの … 背中に白い(あるいは黒い)毛が十字に生え、人を化かせるようになる。
速さ … 人の三倍の速さで走るという土地もある。
化けた姿としては、下総地方(現在の千葉県・茨城県)の「かぶきり小僧」がよく知られます。妙に丈の短い着物を着たおかっぱ頭の小僧で、人気のない夜道や山道に出て「水飲め、茶を飲め」と声をかけたといいます。ただし、こうした話は戦後には語られなくなりました。
化かし方は三つに分けられます。田や道を深い川に見せる、馬糞を饅頭に、肥溜めを風呂に見せる、方角をわからなくする。
どれも、旅の途中で困るものばかりです。 山道を歩く人の恐れが、そのまま化かし方になっています。
ムジナの伝承物語
日本書紀の狢 ─ 人となりて歌う
ムジナが文献に現れるのは、かなり古い時期です。
『日本書紀』推古天皇三十五年(627年)の条に、こうあります。
春二月、陸奥国に狢有り。人となりて歌う
わずか一行ですが、七世紀の段階ですでに、ムジナが人に化けると考えられていたことがわかります。狐や狸より早い記録です。
注目したいのは「歌う」という点です。化けて人をだますのではなく、人の形になって歌った、と書かれています。害をなしたとは記されていません。
化かす獣として狐・狸・ムジナの三つが並ぶのは、後の時代のことです。最初の記録のムジナは、人をだます獣ではなく、人になって歌う獣でした。
小泉八雲の『貉』 ─ のっぺらぼうの話
ムジナの名を世界に広めたのは、小泉八雲の怪談『貉』です。
夜、赤坂の紀国坂。濠のふちで女が泣いています。声をかけた商人が肩に手を置くと、女は振り向きました。戸川明三の訳ではこうです。
するとそのお女中なるものは向きかえった。そしてその袖を下に落し、手で自分の顔を撫でた――見ると目も鼻も口もない――きゃッと声をあげて商人は逃げ出した。
坂を駆け上がった男は、遠くに提灯を見つけます。夜鳴きの蕎麦屋でした。事情を話すと、屋台の主人が問い返します。
『へえ! その見せたものはこんなものだったか?』と蕎麦屋は自分の顔を撫でながら云った――それと共に、蕎麦売りの顔は卵のようになった……そして同時に灯火は消えてしまった。
逃げ込んだ先が、逃げてきた相手だった。 この結び方が、のっぺらぼうという妖怪の型を決めました。八雲はこれをムジナの仕業と見て、題を『貉』としています。
創作かもしれない怪談 ─ それでも名が残る
この筋が日本に伝わっていたかは、疑われています。
八雲の曾孫にあたる小泉凡は、夜道に現れて人を脅かす化け物の伝承に、八雲自身の子供時代の体験が重なって生まれた可能性を指摘しました。八雲はアイルランドとギリシャで育ち、暗い道を怖がる少年でした。
日本の記録をたどっても、顔のない女が濠のふちで泣き、蕎麦屋がもう一度それを見せる、という完成した筋は八雲以前に見あたりません。
日本でもっとも知られたのっぺらぼうの話が、八雲の手で組み上げられたのかもしれない。 それでも、この一篇が「ムジナ」という名を世界に運びました。化けた獣の名だけが、話より遠くまで届いたのです。
たぬき・むじな事件 ─ 裁判になった呼び名
ムジナという言葉の曖昧さが、実際の裁判になったことがあります。
大正時代、狩猟が禁じられていたタヌキを捕った男が起訴されました。男は「自分が捕ったのはムジナであってタヌキではない」と主張します。土地では両者を別の動物として扱っていたためです。
このたぬき・むじな事件は大審院まで進み、土地の人々が別の動物と考えていた以上、罪に問えないという判断が示されました。法律を学ぶ人にはよく知られた事件です。
妖怪の話としてではなく、呼び名の混乱そのものが記録に残ったという点で、ムジナは珍しい存在です。
アイヌ文化ではタヌキとムジナを区別せず、叙事詩「モユㇰ キムンカムイ」は一般に「ムジナと熊」と訳されます。熊と暮らしたムジナが人の世界へ行き、言いつけを破って神の世界へ帰れなくなり、家の入り口を守る神・病を治す神になったという内容です。
ムジナの伝承地域
ムジナには、訪ねられる一か所の伝承地がありません。
理由は二つあります。ひとつは、ムジナが全国に広く分布し、しかも土地ごとに指す動物が違うことです。ここが本場だと言える場所がありません。
もうひとつは、ムジナの話が特定の塚や祠に結びついていないことです。狐に稲荷があり、狸に佐渡や松山の伝承地があるのに対し、ムジナにはそれがありません。
伝承の濃い土地としては、かぶきり小僧を伝えた下総地方(千葉県・茨城県)、小泉八雲の『貉』の舞台である東京都港区の紀国坂が挙げられます。紀国坂は皇居の外堀に沿った現在の赤坂見附あたりで、坂そのものは今も歩けます。土地の言い伝えより、作品の舞台として知られた坂です。
確かめられなかったものを、あるように書くことはしません。この欄は空のままにしてあります。
ムジナの正体と考えられているもの
ムジナの正体は、そもそも何の動物かというところから問題になります。
一つめは、アナグマです。標準的にはこれを指します。夜行性で、地面に穴を掘って暮らし、人里近くに現れます。
二つめは、タヌキです。タヌキを指す土地も多く、大正時代の裁判の原因になりました。
三つめは、ハクビシンです。南方系の動物でありながら九州におらず、本州と四国にいる。日本での生息が比較的近年まで確認されなかったことから外来種とされますが、在来種であってムジナやタヌキと混同され、あるいは雷獣とされてきたという説もあります。
では、なぜ化けるとされたのか。夜に現れ、姿がよく見えず、人里に近いという三つが揃った獣は、どこでも化かすものとされてきました。狐も狸も同じです。
アナグマの巣をタヌキやキツネが共同で使うことは実際に確認されており、同じ穴から違う獣が出てくるという経験が、呼び名の混乱を後押ししたと考えられます。
ムジナが何を指すのかは、今も土地ごとに違います。 これは決着していない、というより、決着させる必要のなかった問題です。
ムジナをめぐる妖怪のつながり
ムジナが登場する作品
ムジナが作品に登場するとき、多くはのっぺらぼうと結びついています。小泉八雲の『貉』の影響がそれだけ大きいということです。
一方、化かす獣としては狐と狸に押されて、単独で主役になることはほとんどありません。「同じ穴のムジナ」ということわざのほうが、妖怪としてのムジナより広く知られています。
ムジナが登場する文学
貉(怪談)
小泉八雲の作品です。のっぺらぼうの話としてもっとも知られ、ムジナの名を広めました。
ムジナが登場する漫画・アニメ
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ムジナについてよくある質問
ムジナとは何ですか。
狐・狸と並んで人を化かすとされてきた獣です。多くの土地ではアナグマを指しますが、タヌキやハクビシンを指す土地もあります。
ムジナとタヌキは同じですか。
土地によって違います。同じものとする地方と別のものとする地方があり、大正時代にはこれをめぐる裁判が大審院まで争われました。
「同じ穴のムジナ」とはどういう意味ですか。
一見違うように見えて実は同類だ、という意味です。多くは悪い意味で使われます。アナグマの巣をタヌキやキツネが共同で使うことは実際に確認されています。
小泉八雲の『貉』はムジナの伝承ですか。
そう題されていますが、八雲の創作である可能性が指摘されています。小泉凡は、日本の伝承と八雲自身の子供時代の体験が結びついて生まれた話ではないかと述べています。
ムジナに会える場所はありますか。
特定の伝承地はありません。伝承の濃い土地としては、かぶきり小僧を伝えた下総地方が挙げられます。
ムジナと併せて覚えたい言葉・用語
かぶきり小僧(かぶきりこぞう)
下総地方で、ムジナが化けたとされたおかっぱ頭の小僧。
アナグマ(あなぐま)
イタチ科の獣。標準的にムジナが指す動物。
同じ穴のムジナ(おなじあなのむじな)
一見違って見えて実は同類だ、という意味のことわざ。
紀伊国坂(きいくにざか)
小泉八雲の『貉』の舞台とされる坂。東京都港区。
ムジナの参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。