落雷とともに落ちてくるとされた獣。江戸時代にはきわめて知名度が高かった。

伴蒿蹊 「雷獣」 1806年 / パブリックドメイン 出典
雷獣とはどんな妖怪か
雷獣は、落雷とともに現れるとされた獣です。
空から落ちてくるともいわれます。東日本を中心に各地に伝説が残り、江戸時代の随筆や近代の民俗資料に名が数多く見えます。
現在では河童や人魚に比べて知名度が低くなりましたが、江戸時代の雷獣の知名度は、きわめて高いものでした。
理由ははっきりしています。空を飛ぶ手段のなかった当時、空の上は完全な未知の世界でした。そこには知られていない生き物が住んでおり、落雷などの天変地異のときに地上へ落ちてくる。そう考えられていたのです。
姿をごく簡単にまとめると、体長二尺前後(およそ六十センチ)の仔犬か狸に似た獣で、尾は七、八寸、鋭い爪を持つとなります。ただし細かい描写は文献や伝承によってまるで違います。
『平家物語』で源頼政に退治された鵺は、実は雷獣だったという説もあります。
雷獣の漢字表記と読み方
読みは「らいじゅう」です。字のとおり、雷の獣という意味です。
注意したいのは、雷獣は一つの決まった生き物の名ではないことです。落雷のあとに見つかった正体不明の獣を、その場その場で雷獣と呼びました。だから記録ごとに姿が違います。
信州では、蓼科山を雷岳とも呼びました。雷獣が住むからです。同じ雷獣を、冬は穴を掘って土中に入ることから千年鼹とも呼びました。
下野国烏山(現在の栃木県那須烏山市)の雷獣は、鼬より大きな鼠のようだとされます。同じ名前で、犬にも猫にも鼠にも似た獣が語られています。
雷獣(らいじゅう)
もっとも一般的な表記。
雷岳(かみなりだけ)
信州の蓼科山の別名。雷獣が住むためこう呼ばれた。
千年鼹(せんねんもぐら)
『信濃奇勝録』での呼び方。冬は土中に入るため。
雷神獣(らいじんじゅう)
書物によって用いられる表記。
雷獣の姿と特徴
雷獣の姿は、記録ごとに大きく違います。主なものを並べます。
『玄同放言』(曲亭馬琴) … 形は狼のようで、前脚が二本、後脚が四本。尾は二股に分かれる。
『駿国雑誌』 … 駿河国の高草山(現在の静岡県藤枝市)の雷獣。全長二尺あまり、鼬に類し猫のようでもある。薄赤く黒みがかった体毛、円い眼、鼠に似た小さな耳。指は前足に四本、後足に一本で水かきがあり、爪は鋭く内側に曲がる。
『和訓栞』 … 信州の雷獣。灰色の仔犬のような獣で、頭が長く、狐より太い尾と鷲のように鋭い爪を持つ。
『北窻瑣談』 … 下野国烏山の雷獣。鼬より大きな鼠のようで、四本脚の爪がとても鋭い。
『越後名寄』 … 落雷とともに落ちた獣を捕らえたところ、形も大きさも猫のようで、艶のある灰色の毛。日中は黄茶色に金色に輝く。
共通しているのは「小型で、爪が鋭い」という一点だけです。
雷獣の伝承物語
雲に飛び移る ─ 雷獣の暮らし
雷獣がどう暮らしているかについては、具体的な記述が残っています。
『北窻瑣談』によれば、下野国烏山の雷獣は、夏の時期に山のあちこちにできた穴から首を出して空を見ています。そして、自分が乗れる雲を見つけると、たちまち雲に飛び移る。そのときは必ず雷が鳴るといいます。
『駿国雑誌』の雷獣は、激しい雷雨の日に雲に乗って空を飛びます。誤って墜落するときは激しい勢いで木を裂き、人を害したといいます。
『越後名寄』には、安永年間に松城という武家の屋敷へ落雷とともに獣が落ちた話があります。捕らえてみると猫のような姿で、天気のよい日は眠るように頭を下げ、風雨の日は元気になったといいます。捕らえられたのは、落ちたときに足を痛めていたためでした。傷が治ってから逃がしたそうです。
雲に乗る動物という発想が、これらの話の底にあります。
記録に残る雷獣 ─ 見世物と剥製
雷獣は、実物が捕らえられたという記録が数多く残っている点で、ほかの妖怪と違います。
落雷のあった場所で見慣れない獣が見つかると、それは雷獣とされました。捕らえられた獣は絵に描かれ、記録され、ときには見世物にされました。
相州(現在の神奈川県)大山の雷獣を描いた絵には、明和二年(1765年)十月二十五日という日付が入っています。日付の入った妖怪の絵は多くありません。
江戸時代には、雷獣の剥製と称するものが各地に伝わりました。多くは既存の動物を加工したものと考えられています。
妖怪でありながら、実物として扱われた。 これが雷獣の大きな特徴です。河童のミイラと同じ位置にあります。
そして明治以降、近代化が進むにつれて、雷獣の名は急速に忘れられていきました。空の上に何があるかがわかったからです。
正体は何だったのか ─ 実在の動物との重なり
雷獣の記述を読むと、実在の動物と重なる部分が多く見つかります。
候補として挙げられるのは、ハクビシンです。南方系の動物でありながら九州におらず、本州と四国にいる。日本での生息が比較的近年まで確認されなかったため外来種とされますが、在来種であってムジナやタヌキと混同され、あるいは雷獣として認識されていたという説があります。
木に登り、夜に活動し、見慣れない姿をした獣。落雷で驚いて木から落ちたところを捕らえられれば、雷獣と呼ばれても不思議はありません。
このほか、ムササビ、テン、イタチ、ハクビシン以外の外来動物などが候補に挙げられてきました。
『玄同放言』の「前脚が二本、後脚が四本」という記述だけは、どの動物にも当てはまりません。伝聞が重なるうちに生じた誇張と考えられます。
雷獣は、正体不明の獣に与えられた名前でした。だから中身が一つに定まらないのです。
雷獣の伝承地域
雷獣には、訪ねられる伝承地がありません。
雷獣は落雷があった場所で語られる妖怪であり、決まった場所に住むものではないからです。雷は、どこにでも落ちます。
伝承が濃い土地としては、次のものが挙げられます。
長野県 … 蓼科山を雷岳とも呼び、雷獣が住むとされました(『信濃奇勝録』)。
栃木県那須烏山市 … 下野国烏山の雷獣(『北窻瑣談』)。
静岡県藤枝市 … 高草山の雷獣(『駿国雑誌』)。
神奈川県伊勢原市 … 大山の雷獣の絵が残ります。
新潟県 … 落雷とともに獣が落ちた記録(『越後名寄』)。
いずれも記録に書かれた土地であって、目印の残る場所ではありません。
雷獣の剥製と称するものが各地の社寺に伝わったという話もありますが、現在も確かに所蔵されていると確かめられたものはありませんでした。確かめられなかったものを、あるように書くことはしません。
雷獣の正体と考えられているもの
雷獣の正体については、次のように整理できます。
一つめは、実在の獣の見誤りです。もっとも有力な見方で、候補としてハクビシン、ムササビ、テン、イタチなどが挙げられます。とくにハクビシンは、在来種であってムジナやタヌキと混同され、あるいは雷獣として認識されていたという説があります。
落雷に驚いて木から落ちた獣、あるいは雷雨のあとに現れた見慣れない獣。これを雷獣と呼んだ、という説明です。
二つめは、空への想像です。飛ぶ手段のなかった時代、空の上は完全な未知でした。そこに生き物が住んでいると考えるのは自然なことです。落雷は、その生き物が落ちてきた証拠と受け取られました。
三つめは、雷そのものの説明です。なぜ雷が落ちるのか、なぜここに落ちたのか。原因のわからない現象に姿を与えるという、妖怪のもっとも基本的な働きがここにあります。
四つめは、鵺との関係です。『平家物語』で源頼政に射落とされた鵺を、実は雷獣だったとする説があります。黒雲とともに現れ、射落とされて地上に落ちるという筋は、確かに雷獣の伝承と重なります。
雷獣が何であったかは、決められていません。 ただし、明治以降に急速に忘れられたという事実は、この妖怪の性格をよく表しています。空の上がわかった時点で、役目を終えたのです。
雷獣をめぐる妖怪のつながり
雷獣が登場する作品
雷獣は、江戸時代にもっとも知られ、近代にもっとも忘れられた妖怪です。
作品での扱いも、河童や天狗に比べると少なめです。ただし雷とともに現れる獣という設定そのものは、形を変えて数多くの作品に受け継がれています。
雷獣が登場する古典・随筆
玄同放言
曲亭馬琴の著作です。前脚二本、後脚四本という奇妙な姿で描かれています。
駿国雑誌
天保時代の地誌です。駿河国高草山の雷獣を詳細に記録しています。
信濃奇勝録
天保時代の書です。蓼科山を雷岳と呼ぶ由来を記します。
越後名寄
江戸中期の百科全書です。落雷とともに落ちた獣を捕らえた記録が載ります。
雷獣が登場するゲーム
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雷獣についてよくある質問
雷獣とは何ですか。
落雷とともに現れる、あるいは空から落ちてくるとされた獣です。東日本を中心に伝説が残り、江戸時代には非常によく知られていました。
雷獣はどんな姿ですか。
記録ごとに違います。おおよそ体長六十センチほどの仔犬か狸に似た獣で、鋭い爪を持つとされますが、狼のようだとするもの、鼠のようだとするものもあります。
雷獣の正体は何ですか。
実在の獣を見誤ったとする見方が有力で、ハクビシンやムササビ、テンなどが候補に挙げられます。決着はしていません。
なぜ明治以降に知名度が下がったのですか。
雷獣は、空の上に未知の生き物がいるという考えから生まれたためです。近代化によって空のことがわかると、役目を終えました。
雷獣に会える場所はありますか。
ありません。落雷があった場所で語られる妖怪で、決まった住処を持たないためです。
雷獣と併せて覚えたい言葉・用語
雷岳(かみなりだけ)
信州の蓼科山の別名。雷獣が住むとされた。
千年鼹(せんねんもぐら)
冬に土中へ入る雷獣の呼び名。
ハクビシン(はくびしん)
顔に白い線のある獣。雷獣の正体の候補に挙げられる。
玄同放言(げんどうほうげん)
曲亭馬琴の著作。雷獣の絵を載せる。