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徳島県

子泣き爺(こなきじじい)とはどんな妖怪か|姿と伝承

児啼爺  / コナキジジイ

人型の妖怪 各地の伝説遠野物語

赤ん坊の声で泣く老人の妖怪。抱き上げると重くなり離れない。

子泣き爺の姿を描いた図

Zigiru 「児啼爺像(徳島県三好市山城町)」 2012年 / CC BY-SA 3.0 出典

子泣き爺とはどんな妖怪か

子泣き爺は、徳島県の山間部などで伝承される妖怪です。児啼爺とも書きます。

民俗学者柳田國男の著書『妖怪談義』に記述のある妖怪のひとつで、本来は老人の姿だが、夜道で赤ん坊のような産声をあげるとされます。

一般には、泣いている子泣き爺を見つけた通行人が憐れんで抱き上げると、体重が次第に重くなり、手放そうとしてもしがみついて離れず、ついには命を奪ってしまうとされます。

ただし、柳田自身はこうした特徴について、おばりよん産女に近いものとして創作と指摘しています。

『民間伝承』第四巻第二号に寄せられた「山村語彙」には、三好郡三名村字平(現在の三好市)の口承として、「子供の泣声を真似る怪」と記述されているのみです。

抱くと重くなるという話は、もとの記録にありません。

子泣き爺の漢字表記と読み方

読みは「こなきじじい」です。

子泣きは、子供のように泣くという意味です。は老人を指します。つまり「子供のように泣く老人」という、そのままの名前です。

『民間伝承』に載る口承では、この妖怪は「子供の泣声を真似る怪」と記されるだけです。姿が老人であるとも、抱くと重くなるとも書かれていません。

柳田國男の『妖怪談義』では老人の姿とされ、そこから現在の子泣き爺の像が広まりました。

声を真似る怪から、老人の姿の妖怪へ。 この変化がどこで起きたかは、後に調査で明らかになります。

子泣き爺(こなきじじい)

もっとも一般的な表記。

児啼爺(こなきじじい)

漢字での表記。石像もこの字を使う。

こなきじじ(こなきじじ)

短く呼ぶ形。

子泣き爺の姿と特徴

子泣き爺の姿は、記録によって大きく違います。

『民間伝承』の口承 … 「子供の泣声を真似る怪」。姿の記述はありません。

『妖怪談義』(柳田國男) … 本来は老人の姿だが、夜道で赤ん坊のような産声をあげる。

一般に広まった姿 … 赤ん坊のような顔をした老人。着物を着て、山道に座り込んで泣いている。抱き上げると石のように重くなる。

現在よく知られている姿は、水木しげるの漫画によるものです。『ゲゲゲの鬼太郎』では、鬼太郎をサポートする名脇役として描かれ、正義の妖怪として一躍有名になりました。

特徴として語られる「抱くと重くなる」は、柳田自身が創作と指摘しています。 おばりよんや産女に近いものだ、というのがその理由です。

おばりよんは、背中に負ぶさってきて次第に重くなる妖怪です。産女は、抱いた子が重くなる妖怪です。性質が重なっています。

子泣き爺の伝承物語

  1. 伝説は存在しなかった ─ 郷土史家の調査
  2. 実在した老人 ─ 名前の由来
  3. 妖怪として認められた ─ 京極夏彦の指摘
  4. 石像と碑が建つ

伝説は存在しなかった ─ 郷土史家の調査

子泣き爺については、重要な調査結果があります。

阿南市の郷土史家多喜田昌裕によれば、伝承地とされる徳島県地方に、実際には子泣き爺の伝説は存在しないことが判明しています。

ただし、まったく無関係というわけでもありません。徳島の伝説を採取した書籍『木屋平の昔話』には、次のような妖怪の話が記されています。

山中で不気味な赤ん坊の声で泣く妖怪。
人間が抱き上げると重たくなって離れない妖怪。

これらの妖怪譚が一体となって、子泣き爺の話が生まれた可能性が指摘されています。

つまり、

声で泣く妖怪の話があった。
抱くと重くなる妖怪の話があった。
この二つが合わさって、子泣き爺という一体の妖怪になった。

という筋道です。

もとから一つの妖怪だったわけではありません。

実在した老人 ─ 名前の由来

多喜田昌裕のその後の調査で、さらに具体的なことが明らかになりました。

『民間伝承』第四巻第二号の口承があった地では、かつて赤ん坊の泣き声を真似た奇声をあげる実在の老人が徘徊していたというのです。

その老人は、子供にとって非常に不気味な存在でした。そのため、子供を親が叱る際に「(その老人の名)がやって来るよ」と使われていました。

つまり、こういうことになります。

実在の老人がいた。
その老人は赤ん坊の泣き声を真似た。
子供を叱るときに、その老人の名が使われた。
その話が「子供の泣声を真似る怪」として記録された。
記録が柳田國男に報告される過程で、実在の人物であることなどの情報が脱落した。
さらに、おばりよんや産女の伝承が混同された。
結果として、子泣き爺の特徴が形作られた。

実在の老人が、妖怪になった。これが、現時点でもっとも整合的な説明です。

妖怪として認められた ─ 京極夏彦の指摘

ここまでの説に基づくと、民俗学的な観点から見れば、子泣き爺という妖怪が存在することは疑問ということになります。

しかし、話はそこで終わりません。

妖怪研究家の京極夏彦は、次のように述べています。昭和・平成以降では多くの書籍で妖怪として紹介されていることなどから、子泣き爺が一般的に妖怪として認められていることも事実である。

これは重要な指摘です。

もとの伝承が疑わしいことと、現在の妖怪として存在することは、両立します。

石像と碑が建つ

決定的だったのは、水木しげるの漫画・アニメ『ゲゲゲの鬼太郎』です。

子泣き爺は主人公の鬼太郎をサポートする名脇役として描かれ、正義の妖怪として一躍有名になりました。

そして2001年、多喜田と地元の有志団により、徳島県三好郡山城町(現在の三好市)が伝承の発祥地と認定されました。

現地には「児啼爺」の名の石像と、京極夏彦による「児啼爺の碑」が建てられています。

調査によって伝承の疑わしさを明らかにした人が、同時に発祥地を定めました。

珍しい成り行きです。

子泣き爺の伝承地域

子泣き爺の伝承地は、徳島県三好市山城町です。2001年に発祥地として認定され、石像と碑が建てられました。

ただし、この土地の位置づけには注意が要ります。郷土史家の調査によって、徳島県地方に子泣き爺の伝説は実際には存在しないことが判明しています。 それでも発祥地が定められたのは、記録のもとになった口承がこの地域のものだったためです。

口承が採取されたのは、三好郡三名村字平(現在の三好市)です。そこには「子供の泣声を真似る怪」という記述だけがありました。

もとの記録がある土地と、石像が建つ土地は、同じ三好市にあたります。

確かめられた範囲で、そのまま書いています。

児啼爺の石像(こなきじじいのせきぞう)

子泣き爺の伝承の発祥地とされる場所

地図で開く

児啼爺の石像の所在地:徳島県三好市山城町

2001年、郷土史家の多喜田昌裕と地元の有志団により、この地が子泣き爺の伝承の発祥地と認定されました。

現地には「児啼爺」の名の石像と、妖怪研究家の京極夏彦による「児啼爺の碑」が建てられています。

山城町は妖怪の里として、地域おこしに取り組んでいます。伝承の疑わしさを調べた人が、同時に発祥地を定めたという珍しい成り行きの土地です。

徳島県西部の山間部。吉野川沿いの国道から入る。

子泣き爺の正体と考えられているもの

子泣き爺の正体については、調査によってかなりの部分が明らかになっています。

まず、伝承地とされる徳島県地方に、子泣き爺の伝説は存在しません。 郷土史家の多喜田昌裕による調査結果です。

では、何があったのか。

一つめは、実在の老人です。『民間伝承』の口承があった地では、かつて赤ん坊の泣き声を真似た奇声をあげる実在の老人が徘徊していました。子供にとって非常に不気味な存在だったため、子供を叱るときに「(その老人の名)がやって来るよ」と使われていました。

二つめは、別の妖怪譚の混同です。『木屋平の昔話』には、山中で不気味な赤ん坊の声で泣く妖怪と、人間が抱き上げると重たくなって離れない妖怪の話が別々に記されています。この二つが一体となった可能性が指摘されています。

三つめは、おばりよんと産女です。柳田國男自身が、抱くと重くなるという特徴を創作と指摘し、おばりよんや産女に近いものとしています。

四つめは、報告の過程での情報の脱落です。郷土史家による採集結果が柳田國男に報告される過程で、実在の人物であることなど多くの情報が錯綜・脱落したという推測があります。

そして五つめは、水木しげるの漫画です。現在の子泣き爺の姿と性格は、この作品によるものです。

民俗学的には疑問が多い妖怪です。 ただし京極夏彦が指摘するとおり、一般に妖怪として認められていることも事実です。

子泣き爺をめぐる妖怪のつながり

子泣き爺が登場する作品

子泣き爺は、水木しげるによって性格を与えられた妖怪です。もとの伝承には性格の記述がありません。

漫画では鬼太郎の仲間、砂かけ婆の相棒として描かれ、多くの人にとって子泣き爺は怖い妖怪ではありません。

2001年には発祥地に石像と碑が建てられ、地域おこしの主役にもなっています。

子泣き爺が登場する記録

妖怪談義

柳田國男の著作です。老人の姿で赤ん坊のような産声をあげると記します。

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民間伝承 第四巻第二号

「山村語彙」に、三好郡三名村字平の口承として「子供の泣声を真似る怪」と記されます。

木屋平の昔話

徳島の伝説を採取した書籍です。泣く妖怪と重くなる妖怪が別々に記されています。

子泣き爺が登場する漫画・アニメ

ゲゲゲの鬼太郎

鬼太郎をサポートする名脇役として描かれ、子泣き爺を全国的に有名にしました。砂かけ婆と組んで登場することが多くあります。

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妖怪をまとめて扱う作品

日本の妖怪の代表として並べられます。

子泣き爺が登場するゲーム

妖怪ウォッチ

子泣き爺を下敷きにした妖怪が登場します。

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女神転生シリーズ

日本の妖怪の一体として実装されています。

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子泣き爺についてよくある質問

子泣き爺とは何ですか。

徳島県の山間部などで伝承される妖怪です。老人の姿で赤ん坊のような産声をあげ、抱き上げると次第に重くなって離れないとされます。

抱くと重くなるというのは本当の伝承ですか。

柳田國男自身が創作と指摘しています。おばりよんや産女に近いものだというのがその理由です。もとの口承は「子供の泣声を真似る怪」と記すのみです。

徳島に子泣き爺の伝説はあるのですか。

郷土史家の調査によれば、実際には存在しないことが判明しています。ただし、赤ん坊の泣き声を真似た奇声をあげる実在の老人が徘徊していたことがわかっています。

それでも妖怪といえるのですか。

妖怪研究家の京極夏彦は、多くの書籍で妖怪として紹介されていることから、一般に妖怪として認められていることも事実だと述べています。

子泣き爺に会える場所はありますか。

徳島県三好市山城町が2001年に伝承の発祥地と認定され、児啼爺の石像と京極夏彦による碑が建てられています。

子泣き爺と併せて覚えたい言葉・用語

おばりよん(おばりよん)

背中に負ぶさってきて次第に重くなる妖怪。子泣き爺の特徴と重なる。

妖怪談義(ようかいだんぎ)

柳田國男の著作。子泣き爺の記述のもと。

山村語彙(さんそんごい)

『民間伝承』に寄せられた論文。もとの口承を記録している。

妖怪の里(ようかいのさと)

徳島県三好市山城町の取り組み。子泣き爺の石像が建つ。