釣った魚を置いていけと堀から声がする怪。「置いてけぼり」の語源。

三代歌川国輝 「本所七不思議之内 置行堀」 1886年 / パブリックドメイン 出典
置行堀とはどんな妖怪か
置行堀の漢字表記と読み方
読みは「おいてけぼり」です。「おいてきぼり」とも読みます。
置いてけぼりという日本語は、この怪談が語源とされます。仲間から取り残されることを指す言葉として、今も日常的に使われています。妖怪の名がそのまま現代語になった、数少ない例です。
堀は、江戸の町に張り巡らされた水路のことです。本所は隅田川の東側にあたり、水路が縦横に走っていました。魚がよく釣れる土地でもありました。
舞台は本所とされることが多いのですが、亀戸(東京都江東区)を舞台とすることもあります。
置行堀(おいてけぼり)
もっとも一般的な表記。
置行堀(おいてきぼり)
こう読む場合もある。
置いてけ堀(おいてけぼり)
交ぜ書きの表記。東京の堀切や埼玉県川越にも同名の場所がある。
本所七不思議(ほんじょななふしぎ)
置行堀を含む、本所の怪談の総称。
置行堀の姿と特徴
置行堀の怪異には、姿がありません。
あるのは声だけです。
置いていけ
堀の中から聞こえる、恐ろしい声。それだけです。姿を見たという話はありません。
派生した筋では、水の中から手が伸びてくることがあります。魚籠を持ったまま逃げようとした友人が、水の中から伸びてきた手に引きずり込まれて殺された、というものです。
妖怪画では、堀から河童が顔を出している姿で描かれることがあります。ただしこれは正体を河童とする説にもとづく後からの絵であって、伝承そのものに姿の描写はありません。
逃げた先での怪異と組み合わされることも多く、その場合はのっぺらぼうの顔が現れます。
声だけの怪異が、日本でもっとも有名な怪談のひとつになりました。
置行堀の伝承物語
本所七不思議 ─ 江戸の都市伝説
置行堀は、本所七不思議のひとつです。
本所(現在の東京都墨田区)に江戸時代ころから伝わる奇談・怪談で、江戸の典型的な都市伝説といえます。落語などの噺のネタとして親しまれてきました。
七不思議といいながら、伝承によって登場する話が違うため、八種類以上の話があります。
堀から「置いていけ」と声がする
正体は河童か狸か
置行堀の正体については、大きく二つの説が根強く語られてきました。
河童説の根拠は、本所周辺に河童の伝承が多いことです。隅田川のほか、向島の源森橋、江東橋の錦糸堀、仙台堀(現在の仙台堀川)などに河童の伝承があります。水の中から声がして、水の中に引き込む。 河童の性質とよく合います。
狸説の根拠は、本所七不思議に狸の話が多いことです。近づいても囃子の主がわからない「狸囃子」、正体を狸とした「燈無蕎麦」や「足洗邸」の絵双紙が描かれています。置行堀の狸が、足洗邸と同じように屋敷から大足を突き出す怪異を起こしたという話もあります。
隅田川七福神めぐりの多聞寺には狸塚があり、この地に狸の存在感があったことを示します。
どちらとも決められません。 そしておそらく、決める必要もありませんでした。 江戸の人にとって重要なのは、声が聞こえて魚が消えたという事実のほうです。
ほかの置いてけ堀 ─ 全国にある同じ話
「置いてけ」と声がする話は、本所の外にもあります。
東京都の堀切駅近く … かつて置いてけ堀と呼ばれた池がありました。ここで魚を釣った際には三匹逃がすと無事に帰れるが、逃がさないと道に迷って帰れなくなったり、釣った魚をすべて取り返されたりするといいます。千住七不思議のひとつに数えられました。
埼玉県の川越地方 … 「置いてけ堀」という場所があり、やはり魚がよく釣れるにもかかわらず、帰ろうとすると「置いてけ、置いてけ」という声が、魚を返すまで続いたといいます。
東京都江東区の亀戸 … 本所ではなく亀戸を舞台とする伝えもあります。
どの話にも共通するのは、「釣りすぎた者が咎められる」という形です。
堀切の話に「三匹逃がせば帰れる」という条件があるのは示唆的です。全部持ち帰るなという、漁の掟がそのまま怪談になっています。
置行堀の伝承地域
置行堀の伝承地は、東京都墨田区にあります。ただし注意が必要です。
江戸時代の堀は、そのほとんどが埋め立てられています。 錦糸堀も大横川も、いまは埋め立てられています。「ここが置行堀だ」と断定できる水面は残っていません。
ここに挙げたのは、堀の跡地に整備され、置行堀にちなむものが置かれている場所です。錦糸堀公園には河童の像があり、大横川親水公園には本所七不思議のレリーフがあります。
このほか、東京都江東区の第三亀戸中学校のあたりを舞台とする伝えもあります。ただし学校は児童の通う施設です。 生徒が通う施設であり、怪談を目当てに立ち入る場所ではないため、ここには挙げていません。
東京都の堀切、埼玉県の川越地方にも同名の場所が伝わりますが、現在の正確な位置を確かめられませんでした。
錦糸堀公園(きんしぼりこうえん)
置行堀の舞台と伝わる場所
錦糸堀公園の所在地:東京都墨田区江東橋
かつて錦糸堀があったあたりに整備された公園です。置行堀の舞台のひとつとされます。
園内には河童の像が置かれています。置行堀の正体を河童とする説にもとづくものです。
堀そのものはすでに埋め立てられており、水路の面影はありません。 錦糸町駅の近く、市街地のただ中にあります。
錦糸町駅の南側にある小さな公園。
大横川親水公園(おおよこがわしんすいこうえん)
本所七不思議のレリーフがある公園
大横川親水公園の所在地:東京都墨田区
大横川を埋め立てて造られた細長い公園です。公園を取り巻くコンクリートの壁に、本所七不思議のレリーフが掲げられています。
置行堀をはじめ、送り提灯、足洗邸、狸囃子など、各話が絵で示されています。本所七不思議をまとめて見られる、ほとんど唯一の場所です。
公園は南北に長く、北は業平橋のあたりから南は墨田区の南端近くまで続きます。
レリーフは公園の一部区間の壁面にある。
置行堀の正体と考えられているもの
置行堀の正体については、二つの説が根強く語られてきました。
一つめは、河童です。本所周辺には河童の伝承が多くあります。隅田川、向島の源森橋、江東橋の錦糸堀、仙台堀。水の中から声がして水の中に引き込むという性質は、河童とよく合います。錦糸堀公園に河童の像が置かれているのも、この説によります。
二つめは、狸です。本所七不思議には狸の話が多く、狸囃子、燈無蕎麦、足洗邸の絵双紙が描かれています。隅田川七福神めぐりの多聞寺には狸塚があります。置行堀の狸が足洗邸と同じように大足を突き出したという話もあります。
そのうえで、別の見方もあります。
三つめは、漁の掟です。堀切の伝承には「三匹逃がせば無事に帰れる」という条件があります。埼玉県川越の話でも、魚を返すまで声が続きます。全部持ち帰るなという教えが、そのまま怪談の形をとっているという読み方です。
四つめは、盗みの言い訳です。誰かに魚を盗られた者が、怪異のせいにした。身も蓋もない説明ですが、可能性としては十分にあります。
置行堀の正体は、決まっていません。 そして江戸の人々も、決めようとはしていなかったようです。
置行堀をめぐる妖怪のつながり
置行堀が登場する作品
置行堀は、言葉として生き残った妖怪です。「置いてけぼり」という語を使う人のほとんどは、その由来を知りません。
作品としてはのっぺらぼうと組み合わせた形がよく知られています。逃げた先でもう一度怖い目に遭うという構成は、怪談として非常によくできています。
置行堀が登場する落語・古典芸能
置行堀(落語)
本所七不思議のなかで、もっとも落語に取り上げられた話です。
本所七不思議もの
講談や芝居で、七不思議をまとめて扱う演目があります。
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置行堀についてよくある質問
置行堀とは何ですか。
本所(現在の東京都墨田区)に伝わる本所七不思議のひとつです。釣った魚を持ち帰ろうとすると堀から「置いていけ」と声がし、気づくと魚籠が空になっているという怪談です。
「置いてけぼり」の語源ですか。
そうとされています。仲間から取り残されることを指す現代語が、この怪談から生まれました。
置行堀の正体は何ですか。
決まっていません。河童とする説と狸とする説が根強く語られてきました。全部持ち帰るなという漁の掟が怪談になったという見方もあります。
のっぺらぼうとの関係は何ですか。
逃げた先でのっぺらぼうに出くわす、という派生した筋がよく語られます。怪異が二重になる構成です。
置行堀に行けますか。
堀そのものは埋め立てられています。東京都墨田区の錦糸堀公園に河童の像があり、大横川親水公園には本所七不思議のレリーフがあります。
置行堀と併せて覚えたい言葉・用語
本所七不思議(ほんじょななふしぎ)
本所に伝わる怪談の総称。八種類以上の話がある。
魚籠(びく)
釣った魚を入れる籠。置行堀の話では、家に着くと空になっている。
足洗邸(あしあらいやしき)
本所七不思議のひとつ。天井から巨大な足が下りてきて洗えと迫る。
狸囃子(たぬきばやし)
本所七不思議のひとつ。近づいても囃子の主がわからない。