主のいない蕎麦の屋台。行灯に火をつけると必ず不幸が起きるとされた。

三代歌川国輝 「本所七不思議之内 燈無蕎麦」 1886年 / パブリックドメイン 出典
燈無蕎麦とはどんな妖怪か
燈無蕎麦はひとことで言えば、誰もいない屋台です。
本所(いまの東京都墨田区)を舞台とする本所七不思議の一つ。幽霊屋敷の屋台版ともいえる怪異です。
江戸時代、本所の南割下水のあたりには、夜になると二八蕎麦の屋台が出ました。そのうちの一軒は、いつ行っても主がいません。
夜明けまで待っても現れず、その間、店先の行灯の火はいつも消えています。
この行灯にうかつに火をつけると、家へ帰ってから必ず不幸が起きるとされました。
燈無蕎麦の漢字表記と読み方
読みは「あかりなしそば」です。浮世絵では「無灯蕎麦」と書かれ、「むとうそば」とも読まれます。
「二八蕎麦」は、当時の屋台の蕎麦の代表格でした。名の由来は二八の十六文だとも、粉の配合が二対八だともいわれ、定まっていません。
なお「行灯」は、油皿に火を灯して紙で覆った照明具です。屋台の目印であり、営業中の証しでもありました。
火が消えている屋台は、それだけで「開いていない」ことを示します。
燈無蕎麦(あかりなしそば)
もっとも一般的な表記。
無灯蕎麦(むとうそば)
歌川国輝の浮世絵での表記。
消えずの行灯(きえずのあんどん)
逆に火が消えないとする伝えの呼び名。
燈無蕎麦の姿と特徴
燈無蕎麦の姿は、屋台そのものです。
形 … 二八蕎麦の屋台。
主 … いない。夜明けまで待っても現れない。
行灯 … 火が消えている。
場所 … 本所の南割下水付近。
時刻 … 夜。
妖怪の姿はどこにも現れません。あるのは「無人の屋台」という状態だけです。
面白いのは、逆の伝えもあることです。「消えずの行灯」といって、誰も油を足していないのに火が一晩じゅう燃え続けているという話もあり、こちらでも立ち寄れば不幸になるとされました。
火が消えていても、消えていなくても悪い。 どちらにしても、この屋台に近づいてはいけません。
歌川国輝の浮世絵『本所七不思議之内 無灯蕎麦』では、店先にタヌキが描かれています。
燈無蕎麦の伝承物語
火をつけてはいけない
この怪異の要点は、やってはいけないことがはっきりしている点です。
本所の南割下水付近に出る蕎麦の屋台。そのうちの一軒は、いつ行っても主がいません。夜明けまで待っても現れず、店先の行灯の火はいつも消えています。
親切心からか、あるいは気味悪さからか、この行灯にうかつに火をつけると、家へ帰ってから必ず不幸が起きるといいます。
やがて、火をつけなくても、立ち寄っただけで不幸に見舞われるという噂まで立つようになりました。
禁を破ると罰が下るという形は、怪談の基本の型です。
ただしこの話には、破ってよい理由がありません。誰も困っていない。誰も助けを求めていない。それでも火をつけると不幸になります。理不尽さが、この怪異の持ち味です。
消えずの行灯 ─ 裏返しの伝え
燈無蕎麦には、まったく逆の伝えがあります。
「消えずの行灯」です。
こちらでは、誰も給油していないのに行灯の油が一向に尽きず、一晩たっても燃え続けているといいます。
そしてこの店に立ち寄ると、やはり不幸に見舞われるとされました。
火が消えているのが不吉だという話と、火が消えないのが不吉だという話が、同じ土地に並んで伝わっています。
矛盾しているようですが、要点は同じです。どちらも「あるはずのない状態」です。
主のいない屋台の火が消えているのも、油を足す者のいない行灯が燃え続けているのも、どちらも説明がつきません。
説明のつかないものには近寄らない。それがこの怪異の教えるところです。
正体はタヌキか
燈無蕎麦の正体は、タヌキの仕業ともいわれています。
歌川国輝による浮世絵『本所七不思議之内 無灯蕎麦』には、この説にもとづき、燈無蕎麦の店先にタヌキが描かれています。
本所七不思議のうち、タヌキが正体だとされるものはほかにもあります。置行堀、狸囃子、そして足洗邸の別筋にもタヌキが現れます。
本所という土地では、説明のつかないことをタヌキのせいにする習慣があったとみられます。
これは本所に限りません。江戸の周辺は農地や藪が残り、タヌキが実際にいました。人を化かす獣として、キツネと並んでタヌキの名が挙がるのは自然なことです。
ただし、タヌキが屋台を出すという話ではありません。 タヌキが人を惑わせて、そこに屋台があるように見せたのだ、という説明です。
燈無蕎麦の伝承地域
燈無蕎麦の伝承地は、東京都墨田区の南割下水付近です。
南割下水はすでに埋め立てられ、いまは道路になっています。 屋台の出た場所を特定することはできません。
本所七不思議をたどる散策の一点として訪ねる形になります。
南割下水跡(みなみわりげすいあと)
燈無蕎麦の屋台が出たとされる場所
南割下水跡の所在地:東京都墨田区 北斎通り一帯
江戸時代、本所を東西に走っていた排水路の一つです。
夜になると、このあたりに二八蕎麦の屋台が出ました。そのうちの一軒が燈無蕎麦だったとされます。
南割下水はすでに埋め立てられ、いまは道路になっています。
葛飾北斎の生誕地に近いことから、通りには北斎の名が付けられています。両国駅・錦糸町駅から歩ける範囲です。
水路そのものは残っていません。通りの位置がかつての水路にあたります。
燈無蕎麦の正体と考えられているもの
燈無蕎麦の正体については、次のように考えられています。
タヌキの仕業とする見方が、江戸時代からありました。歌川国輝の浮世絵には、この説にもとづいて店先にタヌキが描かれています。
単に主が留守だっただけとする見方もできます。屋台の主が用足しや仕入れで席を外すことは珍しくありません。それが繰り返し目撃され、噂として固まった可能性があります。
火が消えている理由も、実際にはありふれています。油が切れる、風で消える、客が来ないので灯さない。どれも起こりうることです。
しかし、この怪異が語り継がれたのは、説明よりも禁のほうが大事だったからだと考えられます。「うかつに火をつけるな」「立ち寄るな」という戒めが、話の中心にあります。
夜の街で、誰もいない場所に近づくな。 そう言い換えれば、この怪談はいまでも通じます。
なぜ蕎麦の屋台なのかは、はっきりしていません。当時もっとも身近な夜の店だったから、というのが自然な説明です。
燈無蕎麦をめぐる妖怪のつながり
燈無蕎麦が登場する作品
燈無蕎麦は、浮世絵で姿が定まった怪異です。
歌川国輝の『本所七不思議之内 無灯蕎麦』が、いま思い浮かべられる図像のもとになっています。
姿を持たない怪異が絵になるとき、絵師は何かを描き足さなければなりません。 ここではタヌキが描き足されました。
燈無蕎麦が登場する浮世絵
歌川国輝『本所七不思議之内 無灯蕎麦』
店先にタヌキを描き、正体をタヌキとする説を示しています。
燈無蕎麦が登場する漫画・アニメ
本所七不思議を扱う諸作
七不思議をまとめて扱う話の中に現れます。
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燈無蕎麦についてよくある質問
燈無蕎麦とは何ですか。
本所の南割下水付近に出たとされる、主のいない蕎麦の屋台です。店先の行灯の火が常に消えており、うかつに火をつけると必ず不幸が起きるとされました。
燈無蕎麦はどこに出ましたか。
東京都墨田区の南割下水付近です。水路はすでに埋め立てられ、いまは道路になっています。屋台の出た場所を特定することはできません。
火をつけるとどうなりますか。
家へ帰ってから必ず不幸が起きるとされました。やがて、火をつけなくても立ち寄っただけで不幸になるという噂まで立ちました。
消えずの行灯とは何ですか。
燈無蕎麦の逆の伝えです。誰も給油していないのに油が尽きず、一晩じゅう燃え続けているというもので、こちらも立ち寄れば不幸になるとされました。
燈無蕎麦と併せて覚えたい言葉・用語
南割下水(みなみわりげすい)
本所を東西に走っていた排水路。いまは埋め立てられて道路になっている。
二八蕎麦(にはちそば)
江戸の屋台の蕎麦の代表格。名の由来は十六文とも粉の配合ともいわれ、定まっていない。
行灯(あんどん)
油皿に火を灯して紙で覆った照明具。屋台では営業中の目印にもなった。