河内の枚岡に現れたという怪火。神社の油を盗んだ老女の祟りとされた。

鳥山石燕 「画図百鬼夜行 姥ヶ火」 1776年 / パブリックドメイン 出典
姥ヶ火とはどんな妖怪か
姥ヶ火はひとことで言えば、老女が変わったという火の玉です。
社の油を盗んだ老女です。
河内国、現在の大阪府東大阪市の枚岡に伝わる怪火です。丹波にも異なる伝えがあります。
『諸国里人談』によれば、雨の夜、大きさ一尺ほど、およそ三十センチメートルの火の玉として現れました。
かつてある老女が枚岡神社から灯油を盗み、その祟りで怪火となったのだといいます。
河内に住むある者が夜道を歩いていたところ、どこからともなく飛んできた姥ヶ火が顔に当たりました。よく見ると、鶏のような鳥の形をしています。
やがて飛び去ると、その姿は鳥の形から元の火の玉に戻っていたといいます。
鳥山石燕も『画図百鬼夜行』に、火の中に老女の顔が浮かぶ姿を描きました。
姥ヶ火の漢字表記と読み方
読みは「うばがび」です。
「姥」は年老いた女を指す語です。つまり「老女の火」という意味になります。
名がそのまま、この怪火の由来を語っています。 油を盗んだ老女が変わったものだ、という説明が名前に組み込まれています。
鳥山石燕は「姥が火」と題し、「河内国にありといふ」という短い解説を添えました。この一文から、石燕が描いたのは河内の伝承のほうだと分かります。
『西鶴諸国ばなし』では、この話は「身を捨て油壷」という別の題で語られています。
同じ話が、書物ごとに違う名で呼ばれてきました。
姥ヶ火(うばがび)
もっとも一般的な表記。
姥が火(うばがび)
鳥山石燕『画図百鬼夜行』での題。
身を捨て油壷(みをすてあぶらつぼ)
『西鶴諸国ばなし』での話の題。
姥ヶ火の姿と特徴
姥ヶ火の姿は、見る距離によって変わります。
遠くから … 大きさ一尺ほどの火の玉。
近くで … 鶏のような鳥の形。
石燕の絵では … 怪火の中に老女の顔が浮かび上がっている。
速さ … 一里、およそ四キロメートルをあっという間に飛び去る。
出る時 … 雨の夜。
顔に当たるほど近づいて初めて、鳥の形をしていることが分かる。 この段階のある描かれ方が、姥ヶ火の特徴です。
そして飛び去るときには、また元の火の玉に戻っています。
このため、妖怪漫画家の水木しげるは、姥ヶ火の正体は鳥だった可能性を示唆しました。
石燕の絵は、火の中に老女の顔を描くことで、名の由来をそのまま画面にしています。鳥の形については描いていません。
書物が伝える姿と、絵が定めた姿が食い違っている例です。
姥ヶ火の伝承物語
枚岡神社の油を盗んだ老女
姥ヶ火の由来として語られるのは、次のような話です。
かつて、ある老女が枚岡神社から灯油を盗みました。
その祟りによって、老女は怪火になったのだといいます。
『諸国里人談』によれば、姥ヶ火は雨の夜、河内の枚岡、現在の大阪府東大阪市に、大きさ約一尺の火の玉として現れました。
河内に住むある者が夜道を歩いていたときのことです。
どこからともなく飛んできた姥ヶ火が、顔に当たりました。
驚いてよく見ると、それは鶏のような鳥の形をしていました。
やがて姥ヶ火が飛び去ると、その姿は鳥の形から元の火の玉に戻っていたといいます。
油を盗むという行いが罪として語られるのは、灯油が貴重だったからです。社の灯明の油を盗むことは、単なる盗みを超えた行いとみなされました。
この話には、老女がなぜ油を盗まねばならなかったのかは書かれていません。
「油さし」と言えば消える
この老女が姥ヶ火となった話は、井原西鶴の『西鶴諸国ばなし』でも「身を捨て油壷」として語られています。
そこでは、姥ヶ火についてさらに詳しい性質が記されます。
速さ … 一里、およそ四キロメートルをあっという間に飛び去る。
危うさ … 姥ヶ火が人の肩をかすめて飛び去ると、その人は三年以内に死んでしまう。
しかし、逃れる手立てもありました。
「油さし」と言うと、姥ヶ火は消えてしまうというのです。
なぜその一言が効くのか。
姥ヶ火の由来が油を盗んだことにある以上、「油さし」という言葉は、その罪を言い当てるものになります。名指しされた怪異は力を失う、という考え方が背景にあるとみられます。
日本の怪異には、正体を言い当てられると消えるものが少なくありません。姥ヶ火もその一つに数えられます。
言葉一つで消えるという点は、恐ろしさと同時に、この怪火のどこか気の毒な性質を示しています。
丹波の保津川に出る姥ヶ火
姥ヶ火は河内だけのものではありません。京都府にも伝承があります。
『古今百物語評判』によれば、かつて亀山、現在の京都府亀岡市の近くに住む老女が、子供を人に斡旋すると言って親から金を受け取り、その子供を保津川に流していました。
やがて天罰が下ったのでしょうか、老女は洪水に遭って溺死します。
それ以来、保津川には怪火が現れるようになり、人はこれを姥ヶ火と呼んだといいます。
河内の話と丹波の話は、罪の内容が違います。
河内では、社の油を盗んだこと。丹波では、子供を川に流したこと。
しかしどちらも、老女が罪を犯し、その報いとして火になったという形は共通しています。
枚岡神社の姥ヶ池
河内の話には、続きがあります。
枚岡で神社から油を盗んだ老女は、その罪を恥じて池に身を投げたという伝説もあります。
大阪府東大阪市出雲井町の枚岡神社には、この伝説にちなむ「姥ヶ池」があります。
この池は、土砂に埋まって失われていたものを、大阪の団体が中心となって整備し、復元させたものです。
老女の悲嘆を後世に残すために、池が掘り直されました。
姥ヶ火の伝承地域
姥ヶ火の伝承地は、二か所あります。
大阪府東大阪市の枚岡が、もっとも確かな場所です。枚岡神社には伝説にちなむ姥ヶ池があり、失われていたものが後に整備・復元されました。
もう一か所は京都府亀岡市の保津川です。『古今百物語評判』に載る丹波の話で、罪の内容は異なりますが、老女が火になるという形は共通しています。
鳥山石燕は「河内国にありといふ」と書き添えており、絵に描かれたのは河内の伝承のほうです。
姥ヶ火そのものを祀る祠は確かめられませんでした。
枚岡神社(ひらおかじんじゃ)
油を盗んだとされる社と姥ヶ池
枚岡神社の所在地:大阪府東大阪市出雲井町
老女が灯油を盗んだと伝えられる社です。
境内には、この伝説にちなむ「姥ヶ池」があります。罪を恥じた老女が身を投げたという伝説にもとづくものです。
この池は土砂に埋まって失われていましたが、老女の悲嘆を後世に残すために整備・復元されました。
姥ヶ火の伝承地としては、もっとも確かな場所です。
姥ヶ池は後の世に復元されたものです。
保津川(ほづがわ)
丹波の姥ヶ火が現れた川
保津川の所在地:京都府亀岡市
『古今百物語評判』に載る、丹波の姥ヶ火の伝承地です。
子供を川に流していた老女が洪水で溺死し、以来この川に怪火が現れるようになったといいます。
河内の話とは罪の内容が異なりますが、老女が罪の報いで火になるという形は同じです。
具体的な地点は記されていません。
姥ヶ火の正体と考えられているもの
姥ヶ火の正体については、次のように考えられています。
鳥とする見方があります。顔に当たったとき鶏のような鳥の形をしていたという記述から、水木しげるは正体が鳥だった可能性を示唆しました。夜に光って見える鳥や虫は、怪火の正体としてしばしば挙げられます。
罪の報いを語る話とする見方が、伝承の本筋です。河内では社の油を盗んだ罪、丹波では子供を川に流した罪。どちらも老女が罪を犯し、その報いとして火になっています。
油の貴重さを背景とする見方も重要です。灯油は高価なものでした。社の灯明の油を盗むことは重い罪とみなされ、それを戒める話として語られたと考えられます。
言い当てれば消える怪異とする見方もあります。「油さし」と言えば消えるという性質は、正体を名指しされると力を失う怪異の型に当てはまります。
石燕によって姿が定まった面もあります。火の中に老女の顔が浮かぶという絵は、名の由来をそのまま画面にしたもので、以後この姿が広く知られました。
書物が伝える鳥の形と、絵が定めた老女の顔は食い違っています。 どちらか一方に決める必要はありません。
姥ヶ火をめぐる妖怪のつながり
姥ヶ火が登場する作品
姥ヶ火は、石燕の絵によって姿が決まった怪火です。
書物には「鶏のような鳥の形」と記されているのに、絵に描かれたのは火の中に浮かぶ老女の顔でした。
そして現代の作品に登場するのは、ほぼ例外なく石燕のほうの姿です。
名の由来を絵にしたぶん、石燕の姿は分かりやすく、記憶されやすいものになりました。書物の記述より絵が勝った例といえます。
姥ヶ火が登場する書物
姥ヶ火が登場する絵
姥ヶ火が登場するゲーム
怪火を扱う各種の作品
老女の顔が浮かぶ火の玉として、石燕の絵にもとづく姿で登場します。
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姥ヶ火についてよくある質問
姥ヶ火とは何ですか。
河内国、現在の大阪府東大阪市の枚岡に伝わる怪火です。雨の夜に一尺ほどの火の玉として現れ、かつて枚岡神社から灯油を盗んだ老女が、その祟りで怪火になったのだと伝えられます。
どんな姿ですか。
遠くからは火の玉ですが、顔に当たるほど近くで見ると鶏のような鳥の形をしていたと『諸国里人談』は記します。鳥山石燕は火の中に老女の顔が浮かぶ姿で描きました。
避ける方法はありますか。
『西鶴諸国ばなし』によれば、「油さし」と言うと姥ヶ火は消えてしまうといいます。由来である油を言い当てる言葉です。
危険なのですか。
『西鶴諸国ばなし』では、姥ヶ火が人の肩をかすめて飛び去ると、その人は三年以内に死んでしまうとされます。一里をあっという間に飛び去るともいいます。
いま行ける場所はありますか。
大阪府東大阪市出雲井町の枚岡神社に、伝説にちなむ姥ヶ池があります。土砂に埋まって失われていたものを整備・復元したものです。
姥ヶ火と併せて覚えたい言葉・用語
枚岡神社(ひらおかじんじゃ)
大阪府東大阪市の社。老女が灯油を盗んだと伝えられる。境内に姥ヶ池がある。
姥ヶ池(うばがいけ)
罪を恥じた老女が身を投げたという伝説にちなむ池。後に復元された。
諸国里人談(しょこくりじんだん)
寛保時代の雑書。姥ヶ火が鳥の形をしていたと記す。
保津川(ほづがわ)
京都府亀岡市の川。丹波の姥ヶ火が現れたとされる。