顔と体の区別がつかない、一頭身の肉の塊。絵巻に名と姿だけが残る。

鳥山石燕 「画図百鬼夜行 ぬっぺふほふ」 1776年 / パブリックドメイン 出典
ぬっぺふほふとはどんな妖怪か
ぬっぺふほふは、江戸の妖怪絵巻に描かれた妖怪です。『画図百鬼夜行』『百怪図巻』などにあります。ぬっぺっぽうとも呼ばれます。
姿は、顔と体の皺の区別がつかない、一頭身の肉の塊です。短い四肢が付いています。
この妖怪について、まず正直に書いておくことがあります。絵巻には名前と絵があるだけで、解説文がほとんどありません。 何をする妖怪なのか、どこに出るのか、当時の記録は語っていません。
手がかりは、洒落本『新吾左出放題盲牛』(1781年)の一行です。
ぬっぺっぽうといふ化けもの有り。目もなく耳も無く
ここからのっぺらぼうの一種と見られています。同書には「死人の脂を吸い、針大こくを喰う。昔は医者に化けて出てきたが、今はそのまま出てくる」とも書かれます。
わかっていることより、わかっていないことのほうが多い妖怪です。
ぬっぺふほふの漢字表記と読み方
読みは「ぬっぺふほふ」です。「ぬっぺっぽう」とも読みます。
表記が定まっていないのが、この妖怪の特徴です。ぬっぺふほふ、ぬっぺっぽう、ぬっべっほう、ぬっぺらぱふ。資料ごとに違います。
名の由来としては、のっぺりという語との関係が考えられます。のっぺらぼうと同じ系統の言葉です。
妖怪研究家の多田克己は、顔に白粉をぬっぺりと塗った様を指す「白化(しらばけ)」という語に注目しています。この語には「しらばっくれる」「明け透けに打ち明けると見せかけて騙す」「露骨になる」「白粉で装う」「白い化物」といった意味があります。
ぬっぺふほふ(ぬっぺふほふ)
『画図百鬼夜行』での表記。
ぬっぺっぽう(ぬっぺっぽう)
洒落本などでの呼び方。こちらのほうが言いやすい。
ぬっべっほう(ぬっべっほう)
紫水文庫所蔵の古写絵本での表記。
ぬっぺらぱふ(ぬっぺらぱふ)
藤沢衛彦『妖怪画談全集』での表記。
ぬっぺふほふの姿と特徴
ぬっぺふほふの姿は、絵巻に描かれたものがすべてです。
全体 … 一頭身。顔と体の区別がつかない肉の塊。
皺 … 全身に皺があり、それが顔の皺なのか体の皺なのか判別できない。
四肢 … 短い手足が付いている。
大きさ … 人より小さく描かれることが多い。
乾猷平は、紫水文庫所蔵の古写絵本(年代不明)に「ぬっべっほう」という妖怪が描かれていることを紹介しています。そこには「古いヒキガエルが化けたものとも、狐狸の類ともいう」とあり、絵は「皺の多い琉球芋に短い四肢を配したやうな化物」と表現されています。
琉球芋はサツマイモのことです。皺の多い芋に手足が生えたような姿。 この形容が、ぬっぺふほふの姿をもっともよく伝えています。
のっぺらぼうと違い、目鼻がないのではなく、あるのかないのかわからないという姿です。
ぬっぺふほふの伝承物語
解説のない妖怪 ─ 絵巻に残るだけのもの
ぬっぺふほふは、絵巻に名前と絵があるだけの妖怪です。
鳥山石燕の『画図百鬼夜行』にも、佐脇嵩之の『百怪図巻』にも描かれていますが、解説文はほとんどありません。何をするのか、どこに出るのか、なぜそういう名なのか。何も書かれていません。
江戸時代の妖怪絵巻には、こうした妖怪がいくつもあります。姿と名前だけが伝わり、由来のわからないものです。
この状態は、後の時代に問題を生みます。解説がないところに、後から誰かが説明を書き足すことになるからです。ぬっぺふほふは、その典型例になりました。
洒落本『新吾左出放題盲牛』(1781年)に「目もなく耳も無く」とあることから、のっぺらぼうの一種と見られています。ただしこれも、妖怪の説明として書かれたものではなく、洒落本のなかの一節です。
後から加わった説明 ─ 廃寺と腐肉
昭和・平成以降の本には、ぬっぺふほふについて次のような記述が見られます。
廃寺などに現れる。
死肉が化けて生まれた妖怪で、通った跡に腐肉のような臭いが残る。
これらは、もとの資料にありません。
「廃寺に現れる」という記述は、民俗学者・藤沢衛彦の『妖怪画談全集 日本篇 上』で「古寺の軒に一塊の辛苦の如くに出現するぬっぺらぱふ」と解説されたことに由来します。そして藤沢がそう書いたのは、『画図百鬼夜行』の絵の背景からの連想にすぎないと指摘されています。絵の背景に寺が描かれていたから、寺に出ると書いた。それだけです。
「腐肉の臭い」については、一次出典が不明です。
わからないことに説明が付け足され、それが繰り返されて定着する。 ぬっぺふほふは、その過程がはっきり追える妖怪です。ここは正直に書いておく必要があります。
駿府城の肉人 ─ 似た話
ぬっぺふほふに似たものが現れた話が、文化年間の随筆『一宵話』にあります。
慶長十四年(1609年)、駿府城の中庭に肉塊のようなものが現れました。形は小児のようで、手はあるが指はない。肉人とでもいうべきものでした。
警戒の厳しい城内に入り込めるのは妖怪の類だろうと思われましたが、捕まえようにも素早く動いて捕まりません。当時駿府城にいた徳川家康が外へ追い出すよう命じたため、家来たちは捕獲をあきらめ、城から山のほうへ追い出しました。
後にこの話を聞いた薬学に詳しい者は、それは中国の古書にある「封」というもので、『白沢図』にも記載があり、この肉を食べれば多力を得る仙薬になったと口惜しがったといいます。
ぬっぺふほふとは別の話です。しかし、肉の塊のようなものが現れるという発想が、当時の日本にあったことを示しています。
ぬっぺふほふの伝承地域
ぬっぺふほふには、訪ねられる伝承地がありません。
理由ははっきりしています。この妖怪には、そもそも土地の伝承がありません。 絵巻に名前と絵があるだけで、どこに出るという記録が残っていないからです。
「廃寺に現れる」という説明を見かけることがありますが、これは昭和になってから、絵の背景からの連想で書かれたものと指摘されています。絵に寺が描かれていた、というところまでです。
類話とされる駿府城の「肉人」の話については、駿府城跡(静岡県静岡市葵区)が実在します。しかしこれはぬっぺふほふの話ではなく、別の記録に載る別の出来事です。 混同を招くため、ここには挙げていません。
無い場所を、あるように書くことはしません。この欄は空のままにしてあります。
ぬっぺふほふの正体と考えられているもの
ぬっぺふほふの正体については、はっきりした答えがありません。 資料が乏しいためです。
そのうえで、いくつかの見方があります。
一つめは、のっぺらぼうの一種です。洒落本『新吾左出放題盲牛』の「目もなく耳も無く」という記述が根拠です。妖怪研究家の多田克己は、のっぺらぼうは古くはこのぬっぺふほふのように、顔と体の区別がつかない形態だったとしています。つまり、順序としてはぬっぺふほふのほうが古い形になります。
二つめは、化けた獣です。紫水文庫の古写絵本には「古いヒキガエルが化けたものとも、狐狸の類ともいう」とあります。
三つめは、「白化」という言葉からの読み解きです。多田克己は、白粉をぬっぺりと塗った様を指す「白化」の意味から、この妖怪の行動を説明しています。まず人になりすまして(しらばっくれて)通行人に近づき、親しげに話し(明け透けに打ち解け)、相手が油断したところで正体を現し(露骨になり)、本来の姿(白粉をべったり塗ったような白い化物)を見せる、というものです。
これは言葉からの読み解きです。
ぬっぺふほふが何であったかは、わかっていません。 絵と名前だけが残った妖怪であり、それ以上のことを断定できる資料はないというのが正確な答えです。
ぬっぺふほふをめぐる妖怪のつながり
ぬっぺふほふが登場する作品
ぬっぺふほふは、姿の奇妙さだけで生き残った妖怪です。伝承も物語もありませんが、一頭身の肉の塊という姿は一度見たら忘れられません。
水木しげるが取り上げたことで、名前が広く知られるようになりました。 現在この妖怪を知る人のほとんどは、絵巻ではなく漫画から知っています。
ぬっぺふほふが登場する古典
新吾左出放題盲牛
1781年の洒落本です。「目もなく耳も無く」という一節が、性格を知る数少ない手がかりになっています。
ぬっぺふほふが登場する漫画・アニメ
妖怪をまとめて扱う作品
石燕由来の妖怪を並べる作品では、必ず収録される部類に入ります。
Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。
ぬっぺふほふについてよくある質問
ぬっぺふほふとは何ですか。
江戸時代の妖怪絵巻に描かれた、顔と体の区別がつかない一頭身の肉の塊です。絵巻には名前と絵しかなく、解説はほとんどありません。
ぬっぺふほふは何をする妖怪ですか。
わかっていません。洒落本に「死人の脂を吸い、昔は医者に化けて出てきた」という記述があります。戯文の一節です。
廃寺に現れるというのは本当ですか。
もとの資料にはありません。昭和の本で「古寺の軒に出現する」と解説されたことに由来しますが、それは絵の背景からの連想にすぎないと指摘されています。
のっぺらぼうとは同じですか。
別のものですが、関係があると見られています。洒落本に「目もなく耳も無く」とあることから、のっぺらぼうの一種と考えられています。
ぬっぺふほふに会える場所はありますか。
ありません。土地の伝承がなく、どこに出るという記録が残っていないためです。
ぬっぺふほふと併せて覚えたい言葉・用語
画図百鬼夜行(がずひゃっきやこう)
鳥山石燕の妖怪画集。ぬっぺふほふの姿を伝える。
百怪図巻(ひゃっかいずかん)
佐脇嵩之の妖怪絵巻。石燕より前の系統にあたる。
白化(しらばけ)
顔に白粉をぬっぺりと塗った様。しらばっくれる、白い化物などの意味を持つ語。
一宵話(いっしょうわ)
文化年間の随筆。駿府城に現れた「肉人」の話を載せる。