無人の荒れ寺の鐘のそばに立つ、ぼろぼろの袈裟をまとった僧の姿のもの。

鳥山石燕 「画図百鬼夜行 野寺坊」 1776年 / パブリックドメイン 出典
野寺坊とはどんな妖怪か
野寺坊は、無人の荒れ寺に出るとされる妖怪です。鳥山石燕の『画図百鬼夜行』(1776年)にあります。
絵では、ぼろぼろの袈裟を着た僧が、寺の鐘のそばに立っています。手を前に伸ばし、鐘を見上げるような姿です。
石燕は、この絵に解説を一切つけませんでした。
そのため、どのような性質の妖怪を意図して描いたのかは、いまもわかっていません。
昭和以降の本では、荒野の廃寺に現れるものと説明されます。あるいは、村人の布施が集まらず廃寺に追い込まれた住職の恨みが妖怪になったもので、夕暮れの寺で寂しく鐘を鳴らす、と。
この説明は、後から書き足されたものです。 石燕の絵にも、江戸の記録にも、その筋書きはありません。
野寺坊の漢字表記と読み方
読みは「のでらぼう」です。
野の寺の坊、と読めます。野に打ち捨てられた寺と、そこにいる僧。 名前が場面をそのまま描いています。
「坊」は僧のことです。坊主の坊と同じです。
ただし、別の読み方もできます。野寺は、埼玉県新座市に実在する地名です。
石燕がこの地名を下敷きにしたのではないか、という説があります。野寺には鐘ヶ渕と呼ばれる池があり、鐘にまつわる話が伝わっているためです。
「野寺」を場所の名と読むか、状態の説明と読むか。それだけで、この妖怪の姿は変わります。
野寺坊(のでらぼう)
鳥山石燕『画図百鬼夜行』での表記。
野寺坊主(のでらぼうず)
「坊」を「坊主」と書き下した呼び方。
ノデラボウ(のでらぼう)
カタカナで書くこともある。
野寺坊の姿と特徴
石燕の描く野寺坊は、次のような姿です。
衣 … ぼろぼろの袈裟。裾が裂けて垂れている。
姿勢 … 立ち、片手を前へ伸ばしている。
表情 … 目を細め、口を開いている。
足元 … 裸足。草の上。
背後 … 寺の鐘。梵鐘が吊られている。
顔は老いています。 頬がこけ、皺が寄っています。
鐘と僧が、一枚に収まっています。 この構図がすべてです。鐘があるということは、そこは寺だということ。荒れているということは、人がいないということ。
伸ばした手は、鐘へ向かっているようにも、こちらへ向かっているようにも見えます。
石燕は説明をしませんでした。 見る側が、この手の意味を決めることになります。
野寺坊の伝承物語
解説文が一行も無い
布施の集まらない寺
昭和以降の本にある野寺坊の説明は、次のようなものです。
村人の布施が集まらず、寺は廃れた。
住職はそこを追われた。
その恨みが妖怪になった。
そして、夕暮れの無人の寺で、寂しく鐘を鳴らすといいます。
鐘を鳴らすのは、人を呼ぶためです。
寺の鐘は、時を告げ、人を集めるものでした。誰も来ない寺で鐘を撞く。それは、返事のない呼びかけを続けることです。
この筋書きは、石燕の絵にはありません。後の書き手が与えたものです。
それでも広く受け入れられたのは、絵の中の僧が、確かにそう見えるからでしょう。伸ばした手も、開いた口も、その読みに合います。
破戒僧を笑う絵
新座の野寺と、鐘ヶ渕
埼玉県新座市に「野寺」という地名があります。ここに、鐘にまつわる話が伝わっています。
ある男が、村人を驚かせようと、近在で有名な鐘を盗み出しました。ところが旅人が通りかかり、あわてて池に身を隠した。その拍子に、鐘も失われてしまったといいます。
この池は「鐘ヶ渕」と呼ばれています。
同じ池に、もう一つの話があります。ある小僧が、住職に頼まれた用事を放って子どもたちと遊んだ。和尚に合わせる顔がないと思いつめ、池に身を投げた。それ以来、毎晩のように池から泣き声が聞こえるといいます。
石燕は、この野寺という地名と鐘ヶ渕の話を下敷きにしたのではないか。そうした説があります。
地名と鐘。 絵にあるものと、よく揃っています。
野寺坊の伝承地域
野寺坊には、訪ねられる伝承地がありません。
石燕の絵に描かれた妖怪であり、解説文も無く、どの土地の言い伝えとも結びついていないためです。
埼玉県新座市の「野寺」という地名と、鐘ヶ渕という池は実在します。石燕がここを下敷きにしたとする説もあります。
ただし、それは推測の段階です。 野寺の地に、野寺坊を祀った碑や祠があるわけではありません。
無い場所を、あるように書くことはしません。この欄は空のままにしてあります。
荒れ寺そのものは各地にあります。しかし、野寺坊が出るとされた寺は、名指しで記録されていません。
野寺坊の正体と考えられているもの
野寺坊の正体については、次のように整理できます。
まず、石燕の絵に解説文がありません。 どのような妖怪を意図して描かれたものかは、推測の域を出ません。
一つめは、廃寺の住職の恨みです。昭和以降の本にある説明で、布施が集まらず寺を追われた住職が妖怪になったとします。もっとも広く知られた読み方です。
二つめは、破戒僧の風刺です。平成以降に出た見方で、戒を破った僧を笑う絵が近世に数多くあることを根拠にします。
三つめは、新座の野寺です。埼玉県新座市の地名と、鐘ヶ渕にまつわる鐘の話を石燕が下敷きにしたとする説です。
四つめは、音の錯覚です。水木しげるは、寺もない山中で鐘の音を聞き、それを野寺坊と教えられました。後に山彦のような反響だろうと考えています。
野寺坊が何であったかは、わかっていません。 ただ、誰もいない寺で鐘が鳴るという一場面だけは、二百年以上残りました。
野寺坊をめぐる妖怪のつながり
野寺坊が登場する作品
野寺坊は、石燕の一枚が出発点です。
解説文が無かったため、後の書き手がそれぞれの読みを重ねました。 廃寺の住職という筋書きも、破戒僧の風刺という読みも、いずれも後から加わったものです。
そのため、古典側に挙げられるものは『画図百鬼夜行』だけになります。
野寺坊が登場する古典
野寺坊が登場する研究
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野寺坊についてよくある質問
野寺坊は何をする妖怪ですか。
石燕は何も書いていません。 昭和以降の本では、荒野の廃寺に現れ、無人の寺で鐘を鳴らすと説明されます。ただしこれは絵から後に組み立てられた説明です。
廃寺の住職の恨みというのは本当ですか。
昭和以降の本にある説明です。 布施が集まらず寺を追われた住職の恨みが妖怪になった、とされます。石燕の絵にも江戸時代の記録にも、その筋書きはありません。
埼玉県の野寺と関係がありますか。
新座市に「野寺」という地名があり、鐘ヶ渕という池に鐘を失った話が伝わっています。石燕がこれを下敷きにしたとする説がありますが、確かめられてはいません。
寺もないのに鐘の音が聞こえることがありますか。
水木しげるが、子どものころに山中でそれを聞いたと書いています。後に、山が入り組んで音が反響したのだろうと考えています。
野寺坊と併せて覚えたい言葉・用語
画図百鬼夜行(がずひゃっきやこう)
鳥山石燕の妖怪画集。1776年。野寺坊はこの本にある。
破戒僧(はかいそう)
戒律を破った僧。近世には、これを笑う絵や説話が数多くつくられた。
鐘ヶ渕(かねがふち)
埼玉県新座市野寺の池。鐘を失った話と、身を投げた小僧の話が伝わる。