山奥に住む老女の妖怪。旅人を食う恐ろしい姿と、富をもたらす姿の両方で語られる。

鳥山石燕 「画図百鬼夜行 山姥」 1776年 / パブリックドメイン 出典
山姥とはどんな妖怪か
山姥は、奥山に住む老女の姿をした妖怪です。「やまうば」とも「やまんば」とも読みます。
もっとも広く語られるのは、恐ろしい側の顔です。山道で日が暮れた旅人に宿を貸し、やさしく食事を出しておいて、寝入ったところを食おうとする。『牛方山姥』『食わず女房』『三枚の御札』のような、追われて必死に逃げる話が全国にあります。
ところが同じ山姥が、まったく逆の顔でも語られます。『糠福米福』では、継母にいじめられる心やさしい娘に宝を与えます。『姥皮』では人に福を授けます。高知県には、山姥が憑いた家は急に富むという伝承があり、山姥を守り神として祀った家すらありました。
食う者と与える者が、同じ名前で呼ばれている。 この二面性が、山姥という妖怪のいちばんの特徴です。
足柄山で金太郎を育てた母を山姥とする話も広く知られています。
山姥の漢字表記と読み方
「やまうば」と「やまんば」はどちらも正しい読みです。文章では山姥(やまうば)、語りや芸能では山んばと使い分けられることが多くあります。
姥は年老いた女を指す字です。ただし山姥は必ずしも老女とは限らず、宮崎県えびの市の「ヤマヒメ」は洗い髪で美声で歌う姿、岡山県の「ヤマヒメ」は二十歳ほどの美しい女とされます。同じものが、老女とも若い女とも語られてきました。
長野県東筑摩郡には「ウバ」という、髪の長い一つ目の妖怪が伝わり、名前から山姥の一種と考えられています。
山姥(やまうば)
もっとも一般的な表記と読み。
山姥(やまんば)
口語での読み。昔話や芸能ではこちらが多い。
山母(やまはは)
母として見る呼び方。対になる山爺を山父と呼ぶ土地がある。
山姫(やまひめ)
宮崎県や岡山県で語られる、若く美しい姿のもの。
山女郎(やまじょろう)
同じものを指す地方名。香川では川にいるものを川女郎と呼ぶ。
山姥の姿と特徴
山姥の姿は、話の役割によって変わります。
恐ろしい側 … 白髪を振り乱し、口が耳まで裂け、大きな体で走る。追いかける場面ではきわめて速い。
やさしい側 … ふつうの老婆と見分けがつかない。静岡県磐田郡に伝わる「ヤマババ」は、木の皮を綴ったものを着た柔和な女で、縁側に腰かけたときに床がミリミリと鳴っただけだったといいます。
若い姿 … 山姫と呼ばれるもの。長い黒髪に珍しい色の小袖。岡山では、猟師が撃った弾を手でつかんで微笑んだと伝わります。
八丈島の「テッジ」は、体に瘡が出て、乳を襷のように両肩に掛けているとされます。行方不明の子供を三日も養ってくれたこともあるといいます。
能面では山姥という専用の面があり、鬼女の面とは別に作られます。人を食う鬼というより、山そのものを背負った存在として表されます。
山姥の伝承物語
牛方山姥 ─ 追われて逃げる話
山姥の話でもっとも型がはっきりしているのが『牛方山姥』です。
牛に魚を積んで峠を越える男が、山姥に出会います。山姥は魚を一匹ずつよこせと迫り、魚が尽きると牛を食い、ついには男そのものを狙います。男は逃げて一軒家に隠れ、天井裏や長持のなかでやり過ごし、最後に熱湯や煮えた油で山姥を倒す──というのが大筋です。
似た形の話に『三枚の御札』があります。小僧が山姥に追われ、和尚から授かった三枚の札を投げると、川になり、山になり、火になって行く手を塞ぐ。
この構造は、イザナギが黄泉の国から逃げ帰る神話とそっくりです。 追われながら物を投げて障害を作るという型が、神話から昔話へそのまま受け継がれています。
襲われるのは牛方・馬方・桶屋・小間物屋といった旅の職人です。山道を歩き、山に住む人と接する彼らが、この話を運んだと考えられています。
福を授ける山姥 ─ もう一つの顔
山姥は、与える側にも回ります。柳田国男は『日本の伝説』で、里から見た山姥の親切さをこう書いています。
殊に山姥は見たところは恐ろしいけれども、里の人には至って親切であって、山路に迷っていると送ってくれる。またおりおりは村に降りて来て、機織り苧績みを手伝ってくれるという話もありました。
(苧績みは、麻の繊維をつないで糸にする仕事)
『糠福米福』では、木の実を拾いに出た姉妹が山姥に出会い、継母にいじめられる姉には宝を、意地の悪い妹には不幸をもたらします。『姥皮』では、老婆の皮をかぶせて娘を守り、幸せに導きます。
高知県には、山姥が家に憑くとその家が急に富むという伝承があります。なかには山姥を守護神として祀る家もありました。
殺された山姥から宝が出る ─ オオゲツヒメと同じ形
山姥は殺されたあとにも与えます。
各地に、退治された山姥の死体から薬や金が生じたという話があります。大便が錦になった、乳が糸になったと伝える土地もあります。
これは『古事記』のオオゲツヒメと同じ形です。スサノオに斬られた女神の体から、蚕・稲・粟・小豆・麦・大豆が生じました。頭から蚕、目から稲、耳から粟、鼻から小豆、陰部から麦、尻から大豆。
殺すことで実りが出る。 山姥はこの死体化生(したいかせい)の系譜につながっています。人を食う相手として退治されながら、その体が村の富に変わる。恐ろしさと恵みが一つづきになっているのは、ここでも同じです。
金太郎の母 ─ 神童を産む山姥
山姥の話でもっとも有名なのが、足柄山の金太郎の母でしょう。
金太郎は坂田金時といい、源頼光の四天王のひとりに数えられる人物です。『今昔物語集』によれば、976年、上総から都へ上る頼光が足柄山にさしかかったとき、向かいの山に赤い雲気を見つけます。渡辺綱を遣わすと、そこには老婆と二十歳ほどの若者が茅屋に住んでいました。
老婆は、夢のなかに現れた赤い龍と通じてこの子を産んだと語ります。頼光は若者を常人ではないと見て、坂田金時と名づけて家臣にしました。
山姥は多くの神童の母として語られます。人を食う鬼女でありながら、英雄を産む。恐ろしさと母性が、山姥のなかでは矛盾していません。
長野県飯田市には、産に苦しむ山姥を山の神が助け、七万八千の子が生まれたという伝説もあります。異常な多産は、もともと山の神の性質でした。
謡曲『山姥』 ─ 山を廻るもの
世阿弥が作ったとされる能『山姥』は、この妖怪の見方を大きく変えた作品です。
山姥を題材とした曲舞で名を上げた「百ま山姥」という遊女が、善光寺詣での途中で山中に日が暮れ、一軒の家に宿を借ります。宿の主の女は、自分こそ本物の山姥だと明かし、自らの境涯を語って山廻りの舞を見せ、消えていきます。
ここでの山姥は、山を巡り、人の労苦を助けながら、自分だけが救われない者です。木を伐る人を助け、機を織る人を手伝い、それでいて成仏できない。
昔話の山姥が「山で出会う恐ろしいもの」であるのに対し、能の山姥は山そのものの化身です。この二つは、同じ名を持ちながら性格が大きく違います。
山姥の伝承地域
山姥の伝承は全国の山地にあります。ここに挙げた足柄山は、山姥そのものの伝承地というより、金太郎の母としての山姥が語られる土地です。
個別の伝承地は数えきれないほどありますが、多くは特定の峠や一軒家であって、今も訪ねられる形では残っていません。長野県佐久には山姥がまたいで用を足した跡という岩が伝わり、信州や東北にも同種の地名が点在します。
無い場所を挙げるより、山姥は山道そのものに現れる妖怪だと理解するほうが実態に合っています。
足柄山(足柄峠一帯)(あしがらやま)
金太郎を育てた山姥の伝承地
足柄山(足柄峠一帯)の所在地:神奈川県南足柄市・静岡県駿東郡小山町
神奈川県と静岡県の境にある山地で、金太郎の生まれ育った山として広く知られます。足柄山という単独の山があるわけではなく、足柄峠のまわり一帯を指す呼び方です。
南足柄市には金太郎の生家跡や産湯の池と伝わる場所があり、金太郎の母を山姥とする語り方が受け継がれています。
峠は古代の東海道が通った要地で、坂を越えることそのものが難儀だった土地です。山姥に出会う話が、そういう峠に集まるのは偶然ではありません。
足柄峠には展望所があり、晴れた日は富士山が正面に見える。
山姥の正体と考えられているもの
山姥の正体については、大きく三つの見方があります。
一つめは、山で暮らした人々です。里と交わらずに山中を生活の場とした人々が、里の側から山姥として語られたという見方で、鬼や天狗を山の民とする説と同じ筋道です。
二つめは、山の神に仕えた巫女です。土地によっては「山姥の洗濯日」と呼ぶ日があり、この日は水を使わない、洗濯をしないという習わしが残ります。北九州では暮れの十三日または二十日がこれにあたり、必ず雨が降るとされました。これは雨を司る山の神の巫女が、身を清めた日の名残と考えられています。
三つめは、山の神そのものが零落したという見方です。異常な多産、死体から作物が生じるという話、産に苦しむ姿。いずれも山の女神の性質と重なります。地母神が力を失って妖怪になった、という説明です。柳田国男は、山姥と水辺の機織り神が同じものだったと述べています。
そうしてその山姥ももとは水の底に機を織る神と一つであったことは、知っている者が殆どなくなりました。
淵の底から機を織る音が聞こえる、峰の岩に布が干してある。山姥の話が水と布に結びつくのは、この由来のためだというのが柳田の見立てです。
このほか、飢饉のときに山に捨てられた老女、いわゆる姥捨ての記憶が形を変えたものとする説も語られてきました。
どれか一つに決めることはできません。恐ろしい顔と恵む顔が一つの名に同居していること自体が、山姥の正体を一つに絞れない理由です。
山に住む女が里の白粉や酒を欲しがるという話は各地にあり、奈良の白粉婆もその系統に置かれることがあります。
山姥をめぐる妖怪のつながり
山姥が登場する作品
山姥は、芸能の側で特に大きく育った妖怪です。能『山姥』が「山を巡る者」という見方を作り、浄瑠璃や長唄がそれを受け継ぎました。
一方、昔話の側では追われて逃げる恐ろしい相手として定着しています。同じ名前で、まったく違う二つの伝統が並行して伝わっているのは、妖怪のなかでも珍しいことです。
山姥が登場する能・古典芸能
嫗山姥(義太夫)
金太郎伝説と能『山姥』を下敷きにした浄瑠璃です。
四季の山姥(長唄)
山姥を主題とした舞踊曲です。
山姥が登場する昔話
牛方山姥
魚を積んだ牛方が追われる話で、山姥の話の代表格です。
糠福米福
山姥が心やさしい姉に宝を与える話で、恵む側の山姥が描かれます。
山姥が登場する漫画・アニメ・ゲーム
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山姥についてよくある質問
山姥とは何ですか。
奥山に住むとされる老女の妖怪です。旅人を食う恐ろしいものとして語られる一方、福を授ける存在としても語られます。
山姥と鬼婆は同じものですか。
重なりますが同じではありません。鬼婆は人を食う側面に絞った呼び方で、安達ヶ原の黒塚の鬼婆が代表です。山姥にはこれに加えて福を授ける面があります。
金太郎の母は山姥ですか。
そう語られる伝承が広く伝わります。『今昔物語集』では、足柄山に住む老婆が夢に現れた赤い龍と通じて金時を産んだとされています。
なぜ山姥は人を食うのに宝もくれるのですか。
山の神が零落したものという見方があり、恵みと災いを同時にもたらす山そのものの性質が、山姥に残っていると説明されます。
山姥に会える場所はありますか。
特定の一か所はありません。金太郎の母としての伝承であれば、神奈川県南足柄市から静岡県小山町にかけての足柄山一帯が知られています。
山姥と併せて覚えたい言葉・用語
山爺(やまじじい)
山姥と対になる老人の妖怪。東海道や四国、九州南部で語られる。
山姥の洗濯日(やまうばのせんたくび)
水を使ってはいけないとされる日。北九州では暮れの十三日または二十日。
姥捨て(うばすて)
老人を山に捨てたとされる伝承。山姥の起源のひとつに挙げられることがある。
坂田金時(さかたのきんとき)
金太郎の名。源頼光の四天王のひとり。
山姥の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。