四国に伝わる一つ目一本足の爺の妖怪。大声比べを挑み、山に響く叫び声を上げるという。

不明 「絵本集艸 山爺」 江戸時代 / パブリックドメイン 出典
山爺とはどんな妖怪か
山爺はひとことで言えば、大声を上げる山の爺です。「山父」ともいい、土地によっては「やまんじい」とも呼ばれます。
一つ目一本足の爺の姿といわれます。
ただし『近世土佐妖怪資料』によれば、身長は三尺から四尺、全身に鼠色の短毛が生えており、目は二つだが片方が大きく片方が非常に小さいため、一つ目に見えるとあります。
一つ目の伝えは、この一つ目に見える二つ目が誤って伝わったものともいわれます。
イノシシやサルの骨を、ダイコンのようにたやすく噛み砕く頑丈な歯を持つといいます。
とてつもなく声が大きく、その叫び声は山中に響き渡り、天地を震わせ、木の葉を落とし、付近の木や岩を動かすほどだと伝えられます。
山爺の漢字表記と読み方
読みは「やまじじい」です。
「山父」と書いて「やまちち」とも呼ばれます。土地によっては「やまんじい」ともいいます。
「爺」と「父」で字が違いますが、指しているものは同じとされます。
「山爺」は姿の老いを、「山父」は山に住む者としての立場を表しているようにも読めますが、明確な区別があるわけではありません。
なお、同じ山に住む妖怪として山姥がありますが、山爺のほうが比較的おとなしいとされます。
対になる存在として語られることもありますが、夫婦であるとする伝えは確かめられませんでした。
山爺(やまじじい)
高知県をはじめ四国での一般的な書き方。
山父(やまちち)
同じものを指す別の呼び方。
やまんじい(やまんじい)
土地によってはこう呼ばれる。
山爺の姿と特徴
山爺の姿は、資料によってはっきり違います。
言い伝えの上での姿 … 一つ目一本足の爺。
『近世土佐妖怪資料』での姿 … 身長三尺から四尺。全身に鼠色の短毛。目は二つだが片方が大きく片方が非常に小さいため一つ目に見える。
歯 … イノシシやサルの骨をダイコンのように噛み砕くほど頑丈。
足跡 … 六、七尺おきに一足ずつ。杵で押したように丸く、四寸ほどの大きさ。
『土佐お化け草紙』の絵 … 二本脚で描かれている。
つまり、伝説の上のものは一つ目一本足の妖怪であり、昔話に出てくるものは人と同じ姿の巨人とされています。
人の往来する道に現れることもありますが、姿を見られることはありません。残るのは丸い足跡だけです。
猟師たちは、この山爺を餌で手なずけ、オオカミを追い払うのに使っていたといいます。
恐ろしい相手でありながら、役に立つ相手でもありました。
山爺の伝承物語
- 大声比べを挑まれる ─ 銃声で勝つ
- 心を読む
- 四国では山爺、中部では天狗 ─ 同じ話の相手が入れ替わる
- タカキビの種をもらう ─ 富を置いて去る
- 伊勢八幡大菩薩の弾 ─ 必ず当たるが、必ず出遭う
- 火の無い小屋に来る ─ 害を為す者に非ず
大声比べを挑まれる ─ 銃声で勝つ
山爺の話でもっとも知られるのが、大声比べです。
叫び声は山中に響き渡り、天地を震わせ、木の葉を落とし、岩を動かすほどといいます。この大声で鼓膜を破られて死んだ者もいる と伝わります。
山爺は、しばしば人に大声比べを挑みました。猟師は自分の声と見せかけて銃声を鳴らし、山爺を負かします。この形の昔話は四国各地にあります。
ただし話には続きがあります。騙されたと気づいた山爺は、クモに化けて家へ忍び込み、寝込みを襲って怨みを晴らすというのです。
心を読む
山爺には、人の心を読むという話もあります。
徳島の古書『阿州奇事雑話』などによれば、次のような話です。
夜の山小屋に木こりがいたところへ、山父が現れました。木こりが恐れると、山父はそれを言い当てます。いっそ殺してしまおうかと考えると、それも言い当てます。
考えることが次々に読まれ、木こりは手も足も出ませんでした。
ところが、焚き火の木が弾け飛んで山父に当たりました。山父は、自分が読み取れなかった出来事が起きたことに驚いて逃げ出したといいます。
四国では山爺、中部では天狗 ─ 同じ話の相手が入れ替わる
この筋の昔話は、土地ごとに違う相手で語られます。柳田国男が書きとめた形はこうです。
人間という者は思わぬことをするから油断がならぬといって、逃げ去ったというのが昔話である。それを四国などでは山爺の話として伝え、木葉の衣を着て出てきたともいえば、中部日本では天狗様が遣ってきて、桶屋の竹に高い鼻を弾かれたなどと語っている。
四国では山爺、中部では天狗、東北では「覚(さとり)」。相手の名は入れ替わっても、勝ち方だけは変わりません。
心を読む相手に勝つのは、心ではなく偶然です。 考えていないこと、意図していないことだけが、相手の裏をかきます。
タカキビの種をもらう ─ 富を置いて去る
山爺は、人に富をもたらすという説もあります。
高知県物部村、いまの香美市の中尾という者が、山爺にタカキビの種をもらいました。蒔くと大豊作になります。
その年の末に山爺が現れ、餅がほしいというので、たくさん食べさせました。翌年も大豊作となり、さらに多く食べさせます。この繰り返しの挙句、山爺は三斗もの餅を平らげるほどになりました。
家計を危ぶんだ中尾は、餅と偽って焼き石を食べさせ、茶と偽って熱い油を飲ませます。山爺は驚いて逃げ帰り、途中で命を落としました。
以来、豊作だった中尾家は一気に衰えたといいます。 恵みを断つと、恵みごと消える。 山の富を分けてもらう話の、よくある終わり方です。
伊勢八幡大菩薩の弾 ─ 必ず当たるが、必ず出遭う
そのため猟師は、特別な銃弾を用意しました。
大晦日の晩に「伊勢八幡大菩薩」と祈りながら作り、その名を刻み込んだ弾です。
この弾には二つの性質があります。狙わなくても命中する。 そして、携帯していると一度は必ず妖怪に出遭う。
必中の弾を持つ代償が、怪異との遭遇です。 かつての猟師は、必ず一つは持っていたといいます。山爺に「この弾を撃つぞ」と脅すと、恐れおののいて逃げ去ったと伝わります。
火の無い小屋に来る ─ 害を為す者に非ず
山爺は、必ずしも人を襲いません。柳田国男が『山の人生』に写した記事には、小屋を覗きに来るだけの山父が出てきます。
西村という者の小屋へ、夜ごと現れる。声をかけても答えず、しばらくして立ち去る。追っても闇に紛れて行方が知れない。
西村、又来たか、今宵は火は無きぞと言ひければ、其まゝ帰りけると也。里人に其事を語りければ、山父と云ふもの也。人に害を為す者に非ず。之を犯すことあれば、山荒るゝと謂ひけると也。
(山荒るる=山が荒れる。天候が崩れ、猟が不猟になること)
火に当たりに来ていただけです。 追い払っても怒らず、そのまま帰る。害を為す者ではないが、こちらから手を出せば山が荒れる。 里人はそう言い置きました。
大声で挑み、心を読み、餅を食い、そして黙って火に寄る。山爺は、山で人が出会うものの幅をそのまま持っています。
山爺の伝承地域
山爺の伝承地は、高知県をはじめとする四国地方です。
このうち具体的な土地の名が伝わるのは、高知県香美市の旧物部村です。中尾という者がタカキビの種を授かり、大豊作となったという話が残ります。
徳島県にも伝えがあり、古書『阿州奇事雑話』に心を読む山父の話が載ります。
ただし、いずれも山中の出来事として語られており、場所を特定する記述は確かめられませんでした。
山爺を祀る祠は確かめられませんでした。猟師が餌で手なずけたという伝えはありますが、信仰の対象ではありません。
旧物部村(きゅうものべそん)
タカキビの種を授けたと伝わる地
旧物部村の所在地:高知県香美市
山爺が中尾という者にタカキビの種を与え、大豊作をもたらしたと伝えられる土地です。
しかし餅の量が増えすぎたため、中尾が焼き石と熱い油で山爺を欺き、山爺は途中で命を落としました。
以来、中尾家は一気に衰えたといいます。
山の妖怪が富をもたらす話として知られます。
中尾家の場所を特定する記述は確かめられませんでした。
阿波(あわ)
心を読む山父の話が伝わる地
阿波の所在地:徳島県
徳島の古書『阿州奇事雑話』に、心を読む山父の話が載ります。
夜の山小屋にいた木こりの考えを次々に言い当てましたが、焚き火の木が弾け飛んで当たると、自分が読み取れなかった出来事に驚いて逃げ出したといいます。
高知県だけでなく、四国各地に伝わることを示す例です。
具体的な山小屋の場所は伝わっていません。
山爺の正体と考えられているもの
山爺の正体については、次のように考えられています。
一つ目に見える二つ目とする見方があります。『近世土佐妖怪資料』は、目は二つだが片方が大きく片方が非常に小さいと記します。一つ目という伝えは、これが誤って伝わったものともいわれます。
山に住む者を指したとする見方もあります。山中で暮らし、猟師と関わり、餌で手なずけられるという性質は、人ならぬものというより、山の暮らしに通じた者の姿に近いところがあります。
心を読む妖怪の一つとする見方も重要です。覚やさとりと同じく、考えを言い当てるが偶然には勝てない、という筋書きを持ちます。
山の恵みを表すとする見方もあります。タカキビの種を授けて豊作をもたらし、裏切られると富も去る。山からの恵みとその失われ方を語る話とも読めます。
伝説と昔話で姿が違います。 伝説の上では一つ目一本足の妖怪、昔話では人と同じ姿の巨人とされ、どちらが古いかは分かっていません。
山爺をめぐる妖怪のつながり
山爺が登場する作品
山爺は、資料によって姿が食い違う珍しい妖怪です。
言い伝えでは一つ目一本足、資料では一つ目に見える二つ目、絵では二本脚。
同じ名のものについて、これほど姿の記述が割れる例はそう多くありません。
『土佐お化け草紙』の挿絵は、伝説の姿とは異なる形で描かれており、伝説と昔話の違いを考えるうえで手がかりになります。
山爺が登場する書物
近世土佐妖怪資料
山爺の姿を具体的に記した資料です。
阿州奇事雑話
徳島の古書。心を読む山父の話を収めます。
土佐の妖怪
市原麟一郎の著書。土佐の妖怪をまとめています。
山爺が登場する絵
土佐お化け草紙
作者不詳。山父を二本脚の姿で描き、荷と馬を食べる話を載せます。
山爺が登場するそのほか
山の妖怪を扱う各種の作品
一つ目一本足の姿で描かれることが多いものです。
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山爺についてよくある質問
山爺とは何ですか。
高知県をはじめとする四国地方に伝わる妖怪です。一つ目一本足の爺の姿といわれます。山父ともいい、土地によってはやまんじいとも呼ばれます。
本当に一つ目なのですか。
『近世土佐妖怪資料』によれば、目は二つだが片方が大きく片方が非常に小さいため一つ目に見えるとあります。一つ目の伝えは、これが誤って伝わったものともいわれます。
大声比べとは何ですか。
山爺が人間に挑むもので、その叫び声は山中に響き渡り、鼓膜を破られて死んだ者もいるといわれます。猟師は自分の声と見せかけて銃声を鳴らし、山爺を負かすという昔話が四国各地にあります。
人に富をもたらすのですか。
そうした説があります。高知県香美市の旧物部村では、中尾という者が山爺にタカキビの種をもらって大豊作となりました。しかし餅の量が増えすぎ、中尾が焼き石と熱い油で欺いたところ山爺は死に、中尾家も衰えたといいます。
心を読むというのは本当ですか。
徳島の古書『阿州奇事雑話』に、木こりの考えを次々に言い当てる山父の話があります。ただし焚き火の木が弾け飛ぶという読み取れなかった出来事に驚いて逃げ出したとされます。
山爺と併せて覚えたい言葉・用語
山父(やまちち)
山爺の別の呼び方。心を読む話ではこの名で語られる。
近世土佐妖怪資料(きんせいとさようかいしりょう)
土佐民俗学会発行の資料。山爺の姿を具体的に記す。
大声比べ(おおごえくらべ)
山爺が人に挑む勝負。猟師は銃声を自分の声と見せかけて勝つ。
タカキビ(たかきび)
モロコシのこと。山爺が種を授けて大豊作をもたらしたという。
山爺の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。