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全国に伝わるもの

覚(さとり)とはどんな妖怪か|姿と伝承・登場する作品

覚  / サトリ

人型の妖怪獣の妖怪 各地の伝説鳥山石燕の絵

山中で人の考えを言い当てる怪。思わぬ偶然に驚いて自分から逃げ去る。

覚の姿を描いた図

鳥山石燕 「今昔画図続百鬼 覚」 1779年 / パブリックドメイン 出典

覚とはどんな妖怪か

覚はひとことで言えば心を読む山の怪です。

腹の中で思ったことを、そのまま口に出して言い当てます。逃げようと考えれば「逃げようと思っているな」と先に言われます。

怖ろしくて、どうにもこうにもなりません。

ところがこの怪は、人間の予定していない動きにだけは勝てませんでした。

考えて打つ手はすべて先回りされます。考えずに起きたことだけが、この怪に届きます。

そして退治されるわけでもありません。驚いた怪のほうが、自分から見切りをつけて去ります。

覚の漢字表記と読み方

読みは「さとり」です。「覚る」、つまり見抜くという言葉がそのまま名前になりました。

同じ話が土地によって別の名で語られます。四国では山爺、中部日本では天狗です。正体の名前は入れ替わっても、話の形は変わりません。

覚(さとり)

心を覚る意味の字を当てた書き方。

サトリ(さとり)

柳田国男が記した表記。

山爺(やまじじい)

四国で同じ話を担う呼び名。

覚の姿と特徴

姿の描写はほとんど残っていません。

四国の山爺として語る型では、木葉の衣を着て出てきたといいます。中部日本では天狗なので、鼻が高いことになっています。

姿より先に、言い当てられた言葉のほうが記憶されました。

覚の伝承物語

  1. 山でサトリに出会う ─ 考えを先に言われる
  2. 桶屋の手がすべる ─ 竹の輪が相手を打つ
  3. 「油断がならぬ」と言って逃げていく
  4. 四国では山爺、中部では天狗の鼻を弾く

山でサトリに出会う ─ 考えを先に言われる

柳田国男は、この怪の話が方々の田舎で聴けると書いています。

山中にサトリという怪物がいる話はよく方々の田舎で聴くことである。人の腹で思うことをすぐ覚って、遁げようと思っているななどといいあてるので、怖しくてどうにもこうにもならぬ。

逃げようと思えば、逃げようと思っていると言われる。考えることが、そのまま相手に渡ってしまいます。

手の打ちようがありません。逃げる算段も、黙ってやり過ごす算段も、思いついた時点で相手に渡ります。

柳田国男は、この怪を山伏姿の護法とは別に置きました。自由な森林の中にいる者は、僧らしい気分を微塵も持ちません。

非凡な怪力、強烈な感情、極端に清浄を好んで人の近づくのを憎む性質。むしろ日本固有の山野の神に近い姿です。

桶屋の手がすべる ─ 竹の輪が相手を打つ

話の相手は決まって、山で手を動かしている人です。桶屋か、杉の皮を剥く者。

対談しているうちに、不意に手がすべります。

杉の皮の端、あるいは輪にした竹の端が、勢いよく相手を打ちました。

桶屋は竹を輪にして桶の胴を締めます。杉の皮を剥く者は、剥いだ皮を手元で扱います。どちらも、手元がすべりやすい仕事です。

山で手を動かしていた人だから、この偶然が起きました。座って話しているだけの相手なら、何も起こりません。

仕事の道具が、そのまま身を守る道具になりました。

誰も、そうしようと思っていませんでした。

「油断がならぬ」と言って逃げていく

打たれた怪は、こう言い残します。

人間という者は思わぬことをするから油断がならぬ

そして逃げ去りました。

心を読める相手に、考えていないことだけが効いたわけです。

狙って勝ったのではなく、手がすべっただけです。人間の側に、勝った自覚すらありません。

だからこの話には、退治の場面が置かれません。武器も、呪文も、助けを呼ぶ場面も出てきません。

怪のほうが勝手に見切りをつけて去ります。追い払ったのではなく、相手が帰っただけです。

山で働く人にとって、これは十分な結末でした。相手が二度と近づかなければ、それでよいのです。

四国では山爺、中部では天狗の鼻を弾く

同じ話が、土地ごとに主役を替えて伝わります。

四国などでは山爺の話とし、木葉の衣を着て出てきたともいいます。

中部日本では天狗様がやってきて、桶屋の竹に高い鼻を弾かれたと語られました。

柳田国男は、これを名前の借り物と見ます。その土地で通用する怪の名を当てはめれば、話はそのまま成立しました。

鬼という名も同じで、その古来の表現は千変万化でした。

柳田国男は、諸国の山中に残る遺跡や伝説から、鬼が近世に天狗と名づけた魔物の所業の大部分を、ある時代には管轄していたと見ます。

そのうえで、山の怪への恐れがどこから来たのかを、はっきり書いています。

いずれにしても我々の畏怖には現実の基礎があった。単に輸入の名称によって、空に想像し始めたものではなかったのである。

覚の伝承地域

柳田国男は、この話が方々の田舎で聴けると書いています。四国では山爺、中部日本では天狗として語られました。特定の一地域の伝承ではありません。

覚の正体と考えられているもの

覚は、人の心の速さを試す怪です。

考えを読まれるという恐怖と、考えていない動作にだけ負けるという抜け道が、一つの話に収まっています。

備えた手はすべて読まれ、備えなかった手だけが当たりました。

覚をめぐる妖怪のつながり

覚が登場する作品

覚の面白さは、負け方にあります

心を読まれるかぎり、人は何を仕掛けても先回りされます。 ところが物語では、囲炉裏の木片がはじけて覚に当たるという偶然で決着します。

考えていないことは読めない。 岡山のスイトンが竹のはじける音に驚いて逃げるのと、まったく同じ形です。 心を読む妖怪は、決まって偶然に敗れます。

覚が登場する妖怪画

今昔画図続百鬼

鳥山石燕の妖怪画集。飛騨や美濃の山中にいて、人の心を読んで言い当てるものとして描かれます。

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覚が登場する漫画・アニメ

ゲゲゲの鬼太郎

心を読む妖怪として登場します。考えを先回りされるという設定が、そのまま話の仕掛けに使われます。

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覚についてよくある質問

覚(さとり)とはどんな妖怪ですか。

山中に現れ、人が腹の中で思ったことをそのまま言い当てる怪です。逃げようと考えれば、逃げようと思っているなと先に言われます。

覚はどうやって撃退されましたか。

桶屋や杉の皮を剥く者と話しているとき、手がすべって竹の輪や杉の皮の端が当たりました。怪は「人間という者は思わぬことをするから油断がならぬ」と言って逃げ去ります。

覚は各地でどう呼ばれますか。

四国などでは山爺として語られ、木葉の衣を着て出てきたともいいます。中部日本では天狗様がやってきて、桶屋の竹に高い鼻を弾かれたと伝えられます。

覚と併せて覚えたい言葉・用語

桶屋(おけや)

桶を作る職人。竹を輪にして胴を締める。その竹の端が覚を打ったと語られる。

木葉の衣(このはのころも)

木の葉で作った衣。四国で山爺が着ていたとされる。

山爺(やまじじい)

四国で山にいる者を指す呼び名。覚と同じ話を担うことがある。

覚の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 青空文庫 柳田国男『山の人生』