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奈良県

木の子(きのこ)とはどんな妖怪か|姿と伝承・登場する作品

木の子  / キノコ

人型の妖怪山の妖怪 各地の伝説

大和吉野の山中にいた三、四歳ほどの者。木の葉を着て弁当を盗む。

木の子とはどんな妖怪か

木の子はひとことで言えば弁当を盗む小さな山の者です。

大和・吉野の山中にいたとされ、大きさはおよそ三、四歳の小児ほど。身には木の葉を着ていました。

姿があるともないとも定まらない、漠然とした話です。それでも山働きの人はよく知っていました。

油断すると弁当を盗まれるので、見えたらすぐ棒で追い散らすのが常でした。

似た者は各地にいます。豊後の山奥には、顔の真中に眼が一つあるせこ子が二三十ずつ連れだって歩いていました。

木の子の漢字表記と読み方

読みは「きのこ」です。食べる茸ではなく、木の子どもという意味に取ります。

木の葉を着ているという点が、名前と結びついています。山にあるもので身を包んだ、小さな者という姿です。

木の子(きのこ)

『扶桑怪談実記』での呼び名。

せこ子(せこご)

豊後の山奥で語られた、似た性質の者。

木の子供(きのこども)

木の葉を着た小さな者、という意味で読む形。

木の子の姿と特徴

大きさは三、四歳の小児ほど。身には木の葉を着ています。

ただし『扶桑怪談実記』は、その姿はありともなしとも定まらずと書いています。はっきり見えるとは限りません。

それでも、弁当が無くなるという実害だけは確かでした。

木の子の伝承記録

  1. 吉野の山で、弁当が無くなる
  2. 見えたら、棒で追い散らす
  3. 豊後には、一つ目のせこ子がいた
  4. 声はひゅうひゅうと高く響く

吉野の山で、弁当が無くなる

大和・吉野の山中に、およそ三、四歳の小児ほどの者がいました。身には木の葉を着ています。

『扶桑怪談実記』が記すところは、たいへん漠然としています。

その姿ありともなしとも定まらず

いるとも、いないとも決まらない。 それが記録された姿でした。

ところが実害ははっきりしています。山働きの者がおりおり油断をすると、木の子に弁当を盗まれるのです。

姿は定まらないのに、弁当だけが確実に無くなります。

山で働く者にとっては、目に見えるかどうかより、昼飯が残るかどうかが問題でした。

木の葉を着た三、四歳ほどの者。それが山のどこかにいて、隙を見て弁当へ手を伸ばします。

見えたら、棒で追い散らす

そこで、山で働く人たちの対処が決まっていました。

木の子が見えるや否や、棒をもってこれを追い散らすのを常としました。

柳田国男は、この一点を重く見ます。追い払う作法が決まっているということは、少なくとも多数の者が知っていたということです。

一人の見間違いなら、対処法までは共有されません。

似た者は各地にいました。秋田の早口沢の奥には鬼童が住むと『黒甜瑣語』にあり、土佐の大忍郷の山中には笑い男という十四五歳の少年が出て笑うと『土州淵岳志』が書き留めています。

豊後には、一つ目のせこ子がいた

似た者が、ほかの土地にもいます。

二百年ほど前の『観恵交話』は、豊後の国かと思われる山奥にせこ子という怪物がいると記します。

形は三尺から四尺、顔の真中に眼がただ一つあるほかは、まったく人間のとおり。身には毛もなく、何も着ず、二三十ずつ連れだって歩きます。

人に逢っても害を加えません。ただし大工の持つ墨壺をことのほか欲しがり、杣たちは「遣れば悪し」として与えませんでした。

木の子が弁当を狙い、せこ子が墨壺を欲しがる。どちらも、山で働く人の持ち物に手を伸ばします。

奪うのは、食べ物と道具です。山の中で人が持っているものは、その二つしかありません。

杣たちが墨壺を渡さなかったのは、仕事ができなくなるからでした。「遣れば悪し」という言い方に、その用心が残っています。

渡してはいけない、と決まっていたわけです。害を加えない相手にも、線は引かれていました。

声はひゅうひゅうと高く響く

せこ子には、言葉がありません。

杣たちは、こう語りました。

言葉は聞えず、声はひゅうひゅうと高く響く由なり

言葉ではなく、音として届きます。

眼が一つという点は、突然聞けば仰天します。しかし柳田国男によれば、土佐でも越後でも、朝鮮でも、遠く離れたヨーロッパの田舎でも、この種の存在にはおりおり付いて回る噂です。

どうしてそう見えたのかは、まだ明白に判らない。まずは怪物の証拠とでもいうべきものでした。

柳田国男は、誇張や誤解であることは細かく読まずとも断定してよいとしたうえで、こういう偶然の一致がある以上、誤解にもなお尋ねるべき原因があると書いています。

どうしてそう見えたのかは、まだ明白に判りません。それでも、離れた土地で同じ形の噂が立つことには理由があるはずです。

木の子の伝承地域

木の子は大和・吉野(奈良県)の山中の話です(『扶桑怪談実記』)。似た性質のせこ子は豊後(大分県)かと思われる山奥に記録されました(『観恵交話』)。

木の子の正体と考えられているもの

木の子は、山で働く人だけが知っていた者です。

姿ははっきりしません。それでも弁当が無くなり、棒で追い散らす作法が決まっていました。

姿の確かさより、対処法の共有のほうが、その存在をよく示しています。

木の子をめぐる妖怪のつながり

木の子が登場する作品

木の子は、山に住む小さなものです。

山中で人の前へ現れ、子どものような姿をしているとされます。 害をなす話は少なく、山にいる気配としてだけ語られます。

山童山爺山姫。山には、人に似た姿のものが数多く置かれてきました。木の子も、その並びのなかにあります。

木の子が登場する事典

日本妖怪大事典

村上健司による大部の事典。地方の小さな伝承まで、出典を添えて収めています。

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妖怪事典

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木の子についてよくある質問

木の子とはどんな妖怪ですか。

大和・吉野の山中にいたとされる、三、四歳の小児ほどの者です。木の葉を着ており、山働きの人が油断すると弁当を盗みました。

木の子にどう対処しましたか。

見えたらすぐに棒で追い散らすのが常でした。柳田国男は、対処法が決まっていることから多数の者が知っていたと見ています。

せこ子とは何ですか。

豊後の山奥にいたとされる怪物です。形は三尺から四尺、顔の真中に眼が一つあり、二三十ずつ連れだって歩き、大工の墨壺を欲しがったと記録されます。

木の子と併せて覚えたい言葉・用語

扶桑怪談実記(ふそうかいだんじっき)

江戸期の怪談集。大和吉野の木の子を記す。

せこ子(せこご)

豊後の山奥にいたとされる一つ目の小さな怪物。『観恵交話』が記す。

墨壺(すみつぼ)

大工が直線を引くのに使う道具。せこ子がことのほか欲しがったとされる。

木の子の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 青空文庫 柳田国男『山の人生』(一九二六年)