日本各地の山中に伝わる大男。荷を運び、仕事を手伝ってくれるとされる。

竹原春泉 「絵本百物語 山おのこ」 1841年 / パブリックドメイン 出典
山男とはどんな妖怪か
山男はひとことで言えば、山で会う大きな人です。
日本各地の山中に伝わります。山人、大人などとも呼ばれ、中世以降の怪談集・随筆、近代の民俗資料に記述があります。
姿は毛深い半裸の大男とされることが多く、言葉を話すかどうかは土地によって伝えが分かれます。
人を襲う、出遭うと病気になるといった有害な話もありますが、基本的には人に友好的で、煙草や食べ物といった少しの礼で、荷運びや木の皮剥ぎといった大仕事を手伝ってくれます。
柳田國男によれば、遭遇談は日本のおよそ決まった十数か所の山地にしか伝わらず、小さな島には居ないといいます。
その柳田が『遠野物語』に書きとめた話に、山男の姿がはっきり出てきます。山にさらわれた女が、久しぶりに里の者と出会って語る場面です。
自分には並の人間と見ゆれど、ただ丈きわめて高く眼の色少し凄しと思わる。子供も幾人か生みたれど、我に似ざれば我子にはあらずといいて食うにや殺すにや、みないずれへか持ち去りてしまうなり
背が高く、目の色が少し違う。 化け物としてではなく、人に見えるが人ではない者として語られているのが山男です。
山男の漢字表記と読み方
読みは「やまおとこ」です。
「山人」と書けば「やまびと」と読みます。柳田國男はこの呼び名を好んで用いました。
青森県の赤倉岳などでは「大人」と書いて「おおひと」と読みます。同じものを指しながら、土地ごとに呼び名が違います。
なお、女性の場合は「山女」「山姫」と呼ばれ、別に扱われます。妖怪図鑑では山姫を別の項目として立てています。
『北越雪譜』では「異獣」と書かれ、人とも獣とも決めかねる書き方がされています。
山男(やまおとこ)
もっとも一般的な表記。
山人(やまびと)
柳田國男が好んで用いた呼び名。
大人(おおひと)
青森県の赤倉岳などでの呼び名。
異獣(いじゅう)
『北越雪譜』で使われた語。
山男の姿と特徴
山男の姿は、次のように伝えられます。
体格 … 毛深い半裸の大男。身長は二丈とも、六尺(およそ一八〇センチメートル)とも。
髪 … 赤い髪、あるいは乱れ髪。長く背に垂れている。
肌 … 灰色とするものもある。
衣 … 裸身に木の葉や樹皮を纏う。
声 … 牛のような声を出すのみで言葉は喋らない、とするものが多い。
身長の伝えは大きく食い違います。 『絵本百物語』は二丈(およそ六メートル)としますが、『北越奇談』は六尺(およそ一八〇センチメートル)とします。
言葉が通じなくても、意思は通じます。 遠州の話では、身振り手振りで言葉を伝えることができ、それらを憶えるのは非常に早いといいます。越後の話でも、牛のような声を出すのみで言葉は喋らないものの、人間の言葉は理解できたとされます。
山男の伝承物語
荷を運んでくれる ─ 遠州秋葉の話
江戸時代の奇談集『絵本百物語』によれば、遠州秋葉(いまの静岡県浜松市)に山男がいました。
身長は約二丈。木こりの荷物運びを助けて里近くまで同行し、手伝いを終えるとまた山へ帰って行くといいます。
礼を与えようとしても金銭は受け取らず、酒なら喜んで受け取ったといいます。
言葉は通じませんが、身振り手振りで伝えることができ、それを憶えるのは非常に早いとされました。
こんな話も残ります。遠州の又蔵という者が、病人のために医者を呼びに行く途中、誤って谷に落ち、足を痛めて身動きがとれなくなりました。
そこへ山男が現れ、又蔵を背負って医者のところまで辿り着くと、かき消えるように姿を消しました。
後に又蔵が礼の酒を持って谷を訪れたところ、山男が二人現れ、喜んで酒を飲んで立ち去ったといいます。
獣の皮を教えてやった ─ 越後の話
北陸地方の奇談集『北越奇談』にも、人と山男の交流の記述があります。
越後国高田藩(いまの新潟県上越市近辺)で山仕事をしている人々が夜に山小屋で火を焚いていると、山男が現れて一緒に暖をとることがよくあったといいます。
身長は六尺(およそ一八〇センチメートル)。赤い髪と灰色の肌のほかは人と変わらず、牛のような声を出すだけで言葉は話しませんが、人の言葉は分かりました。
腰に木の葉を巻いただけの裸身だったので、ある者が獣の皮を纏うことを教えたところ、翌晩には鹿を捕えて現れたので、獣皮の作り方を教えてやったといいます。
柳田國男は、山男が米の飯に心を引かれた例として『北越雪譜』の記事を挙げています。焼飯を食べていた竹助という者の前に猿に似たものが現れ、欲しがるそぶりをするので与えると嬉しそうに食べ、竹助の荷を肩に掛けて山道を先に立って歩いたという話です。
黒髪を取り返しに来る ─ 遠野の話
『遠野物語』には、山男が奪われたものを取り返しに来る話があります。
猟師が山奥で、岩の上に長い黒髪を梳く色白の女を見つけ、鉄砲で撃ち倒しました。証拠にと髪を切り取り、束ねて懐に入れて帰ります。ところが帰り道でひどい眠気に襲われ、物陰でまどろみました。
これも丈の高き男一人近よりて懐中に手を差し入れ、かの綰ねたる黒髪を取り返し立ち去ると見ればたちまち睡は覚めたり。山男なるべしといえり
(綰ねた=束ねた)
撃った男は眠らされ、証拠だけを持ち去られました。 山男は仕返しをしていません。取られたものを取り返しただけです。
大人と弥十郎 ─ 青森の話
青森県の赤倉岳では「大人」と呼ばれました。
相撲の力士よりも背の高いもので、山から里に降りることもあり、これを目にすると病気になるという伝えがある一方、魚や酒を報酬として与えることで農業や山仕事などを手伝ってくれたといいます。
弘前市には次の話が残ります。
かつて大人が弥十郎という男と仲良しになって彼の仕事を手伝い、さらに田畑に灌漑をするなどして村人に喜ばれました。
しかし弥十郎の妻に姿を見られたために村に現れなくなり、大人を追って山に入った弥十郎も大人となったといいます。
村人はこの大人を鬼と考えており、鬼沢(いまの弘前市)の地名はこれに由来するとされます。現地の鬼神社は、村人が仕事ぶりを喜んで建てたものといわれ、彼らが使ったという大きな鍬が残されています。
山男の伝承地域
山男の伝承地は、日本各地の山地です。一県に定まりません。
柳田國男によれば、遭遇談は日本のおよそ決まった十数か所の山地のみに伝えられており、小さな島には居ないといいます。
具体的な話が残るのは、静岡県(遠州秋葉・駿府)、新潟県(高田藩・魚沼)、神奈川県(箱根)、青森県(赤倉岳・鬼沢)、秋田県北部、岩手県(遠野)、高知県(豊永郷)、宮崎県(日向国南部)です。
近世の史料では駿府と土佐の記事が最も古いとされます。
鬼沢(弘前市)(おにさわ(ひろさきし))
大人の伝説が残る土地
鬼沢(弘前市)の所在地:青森県弘前市鬼沢
大人が弥十郎という男の仕事を手伝ったとされる土地です。
当時の村人たちはこの大人を鬼と考えており、岩木町鬼沢(いまの弘前市)の地名はこれに由来するとされます。
現地にある鬼神社は、村人が彼らの仕事ぶりを喜んで建てたものといわれ、彼らが使ったという大きな鍬が残されています。
岩木山の麓にあたる地域です。
弥十郎は大人を追って山に入り、自らも大人となったと伝わります。
秋葉山(浜松市)(あきはさん(はままつし))
『絵本百物語』の山男が伝わる山
秋葉山(浜松市)の所在地:静岡県浜松市天竜区
『絵本百物語』に、この地の山男の話が載ります。
身長は約二丈。木こりの荷物運びを助けて里近くまで同行し、手伝いを終えるとまた山へ帰ったといいます。
礼に金銭は受け取らず、酒なら喜んで受け取りました。
柳田國男は、近世の史料における山男記事は駿府と土佐のものが最も古いとしています。
天竜川の上流にあたる山深い地域です。
遠州秋葉は現在の浜松市天竜区にあたります。
山男の正体と考えられているもの
山男の正体については、いくつかの見方があります。
山で働く人々を指したとする見方が有力です。木こり、狩人、山を渡り歩く人々。里の人から見れば、山で暮らす者は理解しにくい存在でした。柳田國男は、こうした人々を「山人」として研究の対象にしました。
荷運びを手伝う、煙草や酒で礼をする、言葉は通じないが意思は通じる。これらはいずれも、里とは違う言葉を話す人々との交流として読むことができます。
遭難者や漂泊の人とする見方もできます。『東武談叢』には、慶長十四年四月四日、駿府御殿の庭に、破れた着物を着て四肢に指がなく青蛙を食べる乱れ髪の男が現れたという記録があります。居所を尋ねると手で天を指すのみでした。徳川家康の側近は殺そうとしましたが、家康が殺すなと命じたため城外に放たれ、行方は分からなくなりました。
実際の獣とする見方もあります。『北越雪譜』では「異獣」と書かれ、猿に似たものとされます。
分かっていないこともあります。 身長の伝えは二丈から六尺まで大きく食い違い、どれが元の姿かは決められません。
山男をめぐる妖怪のつながり
山男が登場する作品
山男は、書物を通じて知られてきた妖怪です。
『絵本百物語』『北越奇談』『譚海』『遠野物語』と、江戸から近代まで繰り返し記録されました。
一方、姿が一つに定まらないため、絵や映像での代表的な図像はありません。 作品での登場も多くはありません。
山男が登場する書物
北越奇談・北越雪譜
越後の山男の話を伝えます。獣の皮の作り方を教えたという話が載ります。
山男が登場するゲーム
日本の妖怪を扱う各種のゲーム
山の妖怪として実装されることがあります。
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山男についてよくある質問
山男とは何ですか。
日本各地の山中に伝わる大男です。毛深い半裸の姿とされ、煙草や食べ物といった少しの礼で、荷運びなどの大仕事を手伝ってくれるといいます。
山男はどこに出ますか。
各地の山地です。静岡県、新潟県、神奈川県、青森県、秋田県、岩手県、高知県、宮崎県に具体的な話が残ります。柳田國男は小さな島には居ないとしています。
山男は危ないのですか。
人を襲う、出遭うと病気になるという話もありますが、基本的には友好的とされます。小田原の城主は、人に害をなすものではないので銃で撃つなと制していました。
山男の正体は何ですか。
山で働く人々を指したとする見方が有力です。ほかに遭難者や漂泊の人とする見方、実際の獣とする見方もあります。定説はありません。
山男と併せて覚えたい言葉・用語
山人(やまびと)
山男の別の呼び名。柳田國男が研究の対象として用いた語。
大人(おおひと)
青森県の赤倉岳などでの呼び名。鬼沢の地名の由来ともされる。
北越雪譜(ほくえつせっぷ)
越後の暮らしを記した書物。山男を「異獣」として記す。
山男の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。