京都の鞍馬山僧正ヶ谷に住むとされる大天狗。牛若丸に剣を教えたと伝わる。

月岡耕漁 「能画 鞍馬天狗」 1917年以前 / パブリックドメイン 出典
鞍馬天狗とはどんな妖怪か
鞍馬天狗の漢字表記と読み方
読みは「くらまてんぐ」です。別名の鞍馬山僧正坊は「くらまやまそうじょうぼう」と読みます。
「僧正」は僧の位を表す語です。天狗の名にこれが使われるのは、天狗がしばしば僧の姿で語られてきたためです。
住処とされる僧正ヶ谷も同じ語からきています。
なお、大佛次郎の時代小説『鞍馬天狗』の主人公は、幕末の勤王志士です。この名を二つ名として名乗るだけで、山の天狗とは別のものです。同じ名で、まったく違う二人が広く知られています。
鞍馬天狗(くらまてんぐ)
もっとも一般的な呼び方。
鞍馬山僧正坊(くらまやまそうじょうぼう)
別名。天狗としての正式な呼び名にあたる。
僧正坊(そうじょうぼう)
縮めた呼び方。
鞍馬天狗の姿と特徴
鞍馬天狗の姿は、大天狗のものです。
位 … 大天狗。天狗のなかでも高い位にあるとされる。
住処 … 鞍馬山の奥、僧正ヶ谷。
役割 … 剣術を教える。
別の呼び名 … 鞍馬山僧正坊。
天狗のなかでも「大天狗」と呼ばれるものは限られます。 鞍馬天狗はその代表格です。
鞍馬寺の教えでは、鞍馬寺に祀られる尊天の一尊である大天狗護法魔王尊、またの名を鞍馬山魔王大僧正が、鞍馬山僧正坊を配下に置くとされます。あるいは両者を同じものとみます。
ただし、この教義が現在の形になったのは、鞍馬弘教が天台宗から独立した一九四九年以降のことです。護法魔王尊という尊格と、山の大天狗である僧正坊が一つに束ねられたのは、この独立のときです。
姿かたちの詳しい描写は、能や絵によって作られてきました。
鞍馬天狗の伝承物語
僧正ヶ谷に夜ごと通う ─ 牛若丸が剣を習う
鞍馬天狗の名を高めたのは、牛若丸への剣術指南の伝説です。
牛若丸は、のちの源義経です。幼くして鞍馬寺に預けられ、そこで育ちました。
伝説によれば、牛若丸は夜ごと僧正ヶ谷へ通い、鞍馬天狗から剣術を学んだといいます。
この話は、義経が後に見せた戦の巧みさを説明します。なぜあれほど強かったのか。天狗に習ったからだ。
義経が鞍馬寺で過ごしたことは記録に残っています。天狗に習ったという話は、後の世が足したものです。
護法にして魔王 ─ 守る顔と八つ裂きにする顔
歴史学者の喜田貞吉は、天狗を寺社に付いた護法として捉え、その二面を並べて書いています。
護法としての天狗達は、その所属の社寺を護り、またしばしば牛若丸に剣法を授けた鞍馬の僧正坊の様に、真面目な事もやってはみるが、もし一朝その怒りにでも遇おうものならば、たちまち八つ裂きに引き裂かれて樹の股にかけられたり、或いは恐ろしい罰に苦しめられたりするものだとして怖れられていた。
剣を授ける師と、怒れば人を八つ裂きにするもの。同じ一体の、表と裏です。
鎌倉時代に入ると、恐ろしい側の顔が前に出ます。喜田はこう続けました。
ことに鎌倉時代の思想では、その恐ろしい方面のみが頻りに宣伝せられて、鞍馬の天狗の大将が魔王大僧正と呼ばれている
魔王大僧正。寺を守る護法が、そのまま魔の頭領の名で呼ばれています。
鬼一法眼と重なる ─ 師がもう一人いる
鞍馬天狗は、鬼一法眼と同一視されることがあります。
鬼一法眼は、義経に兵法書『六韜』を授けたとされる人物です。
義経に武を授けた者が二人いる。しかも両方とも鞍馬に関わる。ならば同じものではないか、と考えられたわけです。
ただし、二つの伝説はもともと別に成り立ったものとみられます。
天狗が剣を教え、法眼が兵法を教える。 分けて語られていたものが、後に一つにまとめられたと考えられます。
義経は死後、数多くの伝説を集めた人物です。強さの理由を説明する話が、次々と作られました。
能と小説 ─ 名が広がる
鞍馬天狗の名は、芸能を通じて広まりました。
能の演目「鞍馬天狗」は、この天狗に取材した五番目物の天狗物です。鞍馬寺の稚児たちの花見に現れた山伏が、後に大天狗として姿を現し、牛若丸に兵法を授けるという筋です。
能の五番目物は、鬼や天狗が登場する演目を指します。動きが激しく、見せ場の多い形式です。鞍馬天狗はその代表的な演目の一つになりました。
さらに近代に入ると、大佛次郎の時代小説『鞍馬天狗』が生まれます。
こちらは幕末を舞台とした話であり、主人公が「鞍馬天狗」という二つ名を持つだけで、天狗とは無関係です。
しかしこの小説と、それをもとにした映画が大きな人気を得たため、いま「鞍馬天狗」と聞いて小説の主人公を思い浮かべる人も少なくありません。
同じ名で二つのものが知られている、珍しい例です。
鞍馬天狗の伝承地域
鞍馬天狗の伝承地は、京都府京都市左京区の鞍馬山です。
住処とされるのは山の奥の僧正ヶ谷で、牛若丸が夜ごと通って剣術を学んだのはここだと伝えられます。
鞍馬寺は、牛若丸が幼くして預けられ育ったとされる寺です。 二つは同じ山の中にあり、歩いて行き来できます。
叡山電鉄の鞍馬駅が起点になります。
僧正ヶ谷(そうじょうがだに)
鞍馬天狗が住むとされる谷
僧正ヶ谷の所在地:京都府京都市左京区鞍馬本町 鞍馬山内
鞍馬山の奥にある谷で、鞍馬天狗が住むとされる場所です。
牛若丸が夜ごと通って剣術を学んだのは、この谷だと伝えられます。
鞍馬山を越えて貴船へ抜ける山道の途中にあたり、木の根が地表を這う独特の景観で知られます。
叡山電鉄の鞍馬駅から山道を登ります。
山道は起伏があります。歩きやすい靴が要ります。
鞍馬寺(くらまでら)
牛若丸が育ったとされる寺
鞍馬寺の所在地:京都府京都市左京区鞍馬本町
牛若丸が幼くして預けられ、育ったとされる寺です。
鞍馬弘教では、護法魔王尊、またの名を鞍馬山魔王大僧正が、鞍馬山僧正坊を配下に置くとされます。あるいは両者を同じものとみます。
ただしこの教義が現在の形になったのは、鞍馬弘教が天台宗から独立した一九四九年以降のことです。
叡山電鉄の鞍馬駅から歩いて行けます。
拝観の時間と料金は寺の定めによります。
鞍馬天狗の正体と考えられているもの
鞍馬天狗の正体については、次のように考えられています。
山にこもった修行者とする見方が、天狗全般に共通する説明です。山伏の姿と天狗の姿は重なります。能の「鞍馬天狗」でも、最初は山伏の姿で現れます。
鞍馬山という土地の性格も関わります。鞍馬は都の北にあり、山が深く、古くから修行の場でした。都に近く、しかし都ではない場所に、こうした伝説は生まれやすいものです。
義経伝説の一部とする見方が、もっとも実際に近いと考えられます。義経が鞍馬寺で育ったことは記録に残ります。その強さの理由を説明する話として、天狗の指南が語られました。
鬼一法眼との同一視は、後から生まれたものとみられます。義経に武を授けた者が二人いることから、一つにまとめられたと考えられます。
鞍馬寺の教義は、思ったより新しいものです。 護法魔王尊と鞍馬山僧正坊の関係が現在の形になったのは、鞍馬弘教が天台宗から独立した一九四九年以降のことです。中世の鞍馬天狗は、寺を守る護法であり、また魔王大僧正でもありました。
鞍馬天狗をめぐる妖怪のつながり
鞍馬天狗が登場する作品
鞍馬天狗は、同じ名で二つのものが知られている珍しい例です。
一つは天狗そのもの。もう一つは大佛次郎の時代小説の主人公です。後者は天狗とは無関係ですが、小説と映画の人気が大きかったため、いまでもこちらを思い浮かべる人がいます。
天狗としての鞍馬天狗は、能の演目を通じて広まりました。
鞍馬天狗が登場する演劇
鞍馬天狗が登場する書物
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鞍馬天狗についてよくある質問
鞍馬天狗とは何ですか。
京都の鞍馬山の奥、僧正ヶ谷に住むと伝えられる大天狗です。別名を鞍馬山僧正坊といい、牛若丸、のちの源義経に剣術を教えたという伝説で知られます。
鞍馬天狗はどこにいますか。
京都府京都市左京区の鞍馬山、その奥の僧正ヶ谷とされます。牛若丸が夜ごと通って剣術を学んだのもこの谷だと伝えられます。
小説の鞍馬天狗と同じですか。
違います。大佛次郎の時代小説『鞍馬天狗』は幕末が舞台で、主人公がこの二つ名を持つだけです。天狗とは無関係の話です。
鬼一法眼と同じものですか。
同一視されることがあります。どちらも義経に武を授けたとされるためです。ただし二つの伝説はもともと別に成り立ったものとみられます。
鞍馬天狗と併せて覚えたい言葉・用語
僧正ヶ谷(そうじょうがだに)
鞍馬山の奥の谷。鞍馬天狗が住むとされ、牛若丸が剣術を学んだ場所と伝わる。
護法魔王尊(ごほうまおうそん)
鞍馬寺に祀られる大天狗。鞍馬山僧正坊を配下に置くとも、同じものともされる。
鬼一法眼(きいちほうげん)
義経に兵法書を授けたとされる人物。鞍馬天狗と同一視されることがある。
鞍馬天狗の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。