岩手県などで、途方もない年を経た獣が化けたものとされる妖怪。

ひでわく 「釜石漁港(岩手県釜石市)」 2010年 / CC BY 2.1 日本 出典
経立とはどんな妖怪か
経立はひとことで言えば、年を経すぎた獣です。
岩手県と青森県に伝わります。生きものとして考えられる年齢をはるかに越えて生きたサル・ニワトリ・魚などが、そのままふつうでないものになるとされます。
特定の一種を指す名ではなく、「長く生きすぎた」という状態そのものに付けられた名です。だから、サルの経立もいれば、ニワトリの経立も、タラの経立もいます。
『遠野物語』には、岩手県上閉伊郡栗橋村(いまの釜石市)などで語られたイヌ(オオカミ)やサルの経立の話が載ります。青森県ではヘェサンとも呼ばれました。
経立の漢字表記と読み方
読みは「ふったち」です。「けいりつ」ではありません。
「経」は年を経ること、「立」は一人前になることを指すとみられます。長い年月を経て、ただの獣ではなくなった状態を一語で言い表しています。
同じ考え方は猫又や狐にも見られますが、経立はそれを種類を問わず当てはめる点で異なります。
経立(ふったち)
もっとも一般的な表記。
ふったち(ふったち)
仮名書き。
ヘェサン(へぇさん)
青森県での呼び名。
経立の姿と特徴
経立の姿は、元になった獣によって変わります。
サルの経立 … 体毛を松脂と砂で固め、鎧のようにしている。
ニワトリの経立 … 雌のニワトリが化けたもの。
タラの経立 … 美男子の姿で人の家に通う。
イヌ(オオカミ)の経立 … 『遠野物語』に記述がある。
もっともよく語られるのはサルの経立です。体毛を松脂と砂で鎧のように固めているため、銃弾も通らないとされました。
そして人里から女性を好んで盗み去るといいます。この伝えのある土地では、「サルの経立が来る」という言い回しが、子供を脅すために使われました。
姿かたちより、倒せないことが恐れの中心にあります。
経立の伝承物語
銃弾が通らない ─ サルの経立
経立のうちもっともよく知られるのが、サルの経立です。
『遠野物語』には、岩手県上閉伊郡栗橋村、いまの釜石市などで語られた話が載ります。
猿の経立はよく人に似て、女色を好み里の婦人を盗み去ること多し。松脂を毛に塗り砂をその上につけておる故、毛皮は鎧のごとく鉄砲の弾も通らず。
毛に松脂を塗り、その上から砂をつける。 自分で鎧を作る猿 です。鉄砲が効かないという話は、猟師にとって現実の恐れでした。
実際に出遭った話も載っています。六角牛山で鹿を撃ちに行った男が、鹿笛を吹いていたところ──
猿の経立あり、これを真の鹿なりと思いしか、地竹を手にて分けながら、大なる口をあけ嶺の方より下り来たれり
男は肝を潰して笛をやめ、経立は谷へ逸れていきました。
この地方では「六角牛の猿の経立が来るぞ」が子供を脅す言葉でした。山へ行くな、日が暮れる前に帰れ。 その戒めが、一言に詰まっています。
卵の恨み ─ ニワトリの経立
國學院大學説話研究会が集めた岩手県の説話に、次の話があります。
下閉伊郡安家村、いまの岩泉町での話です。
昔、雌のニワトリが経立となりました。 自分の卵を人間たちに食べられることを恨んでのことです。
そしてそのニワトリは、自分を飼っていた家で生まれた子供を次々に取り殺したといいます。
サルの経立が山から来るものであるのに対し、ニワトリの経立は家の中で育ったものが化けます。
長く飼われ、長く卵を取られ続けた末に、飼い主の家の子を殺す。恨みの向かう先が、いちばん近いところにあるのがこの話の恐ろしさです。
小豆の湯で正体が知れる ─ タラの経立
同じ安家村には、魚が経立となった話も残ります。
昔、ある家の娘のもとに、毎晩のように男が通ってきていました。あまりに美男子なので、まわりの人々は怪しみ、化け物ではないかと疑います。
人々は娘に、小豆を煮た湯で男の足を洗うように言いました。
娘がそのようにしたところ、急に男は気分が悪くなって帰ってしまいました。
翌朝、娘が海辺へ行くと、大きなタラが死んでいました。 あの男はタラの経立だったといいます。
正体を見破る方法として小豆の湯が使われるのは、この土地の話に共通する型です。安家村は内陸ですが、海辺まで話がつながっているところに、当時の人の行き来がうかがえます。
経立の伝承地域
経立の伝承地は、岩手県と青森県です。青森県ではヘェサンの名で伝わります。
岩手県では、上閉伊郡栗橋村(いまの釜石市)と下閉伊郡安家村(いまの岩泉町)に具体的な話が残ります。
会いに行ける施設や祠は確認できませんでした。 山そのものが伝承地であり、話を伝える地域の資料館などで触れられることがあります。
釜石市(旧・上閉伊郡栗橋村)(かまいしし(きゅう・かみへいぐんくりはしむら))
『遠野物語』に経立の話が載る土地
釜石市(旧・上閉伊郡栗橋村)の所在地:岩手県釜石市
『遠野物語』に、この地のイヌ(オオカミ)やサルの経立についての記述があります。
銃弾も通らないサルの経立の話は、ここで語られたものです。
山と海がすぐ近くで接する土地であり、山の話と海の話が同じ集落で語られました。
三陸海岸に面した市で、内陸へ入ると山が深くなります。
栗橋村は現在の釜石市の一部にあたります。
岩泉町(旧・下閉伊郡安家村)(いわいずみちょう(きゅう・しもへいぐんあっかむら))
ニワトリとタラの経立の話が伝わる土地
岩泉町(旧・下閉伊郡安家村)の所在地:岩手県下閉伊郡岩泉町
國學院大學説話研究会の調査で、ニワトリの経立とタラの経立の話が記録された土地です。
安家は岩泉町の北部にあたる山深い地域です。
同じ村で、家畜が化ける話と海の魚が化ける話の両方が語られていました。
安家村は現在の岩泉町の一部にあたります。
経立の正体と考えられているもの
経立の正体については、次のように考えられています。
長寿の獣が変じたものとする考え方が、そのまま伝えの中身です。猫又や狐が長く生きて力を得るという話と同じ発想ですが、経立は種類を問わない点が異なります。サルもニワトリも魚も、長く生きれば経立になります。
山で鉄砲が効かない獣がいたことの説明とみることもできます。松脂と砂で固めた毛皮という具体的な描写は、猟師の経験から出たものと考えるのが自然です。実際、獣の毛皮に泥や樹脂が固着することはあります。
子供を山へ行かせないための言葉としても働きました。「サルの経立が来る」という決まり文句がそれです。
分かっていないこともあります。 「ふったち」という語がいつから使われたのか、なぜこの音なのかは、はっきりしていません。
経立をめぐる妖怪のつながり
経立が登場する作品
経立は、作品での知名度が低い妖怪です。
姿が一つに定まらないため、絵にしにくいことが理由とみられます。サルの経立、ニワトリの経立、タラの経立を一枚の絵にまとめることはできません。
一方、『遠野物語』を読む人には古くから知られてきました。
経立が登場する書物
國學院大學説話研究会の調査
岩手県安家村のニワトリとタラの経立の話を記録しています。
経立が登場するゲーム
日本の妖怪を扱う各種のゲーム
獣が年を経て化けたものとして実装されることがあります。
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経立についてよくある質問
経立とは何ですか。
岩手県と青森県に伝わる、途方もない年を経た獣が化けたものです。サル、ニワトリ、魚、イヌなど種類を問いません。「長く生きすぎた」という状態そのものを指す名です。
経立はどこに出ますか。
岩手県と青森県です。岩手では釜石市(旧・栗橋村)と岩泉町(旧・安家村)に具体的な話が残ります。青森県ではヘェサンと呼ばれました。
サルの経立はなぜ倒せないのですか。
体毛を松脂と砂で鎧のように固めているため、銃弾も通じないとされました。この伝えのある土地では、子供を脅すのに「サルの経立が来る」と言いました。
経立の読み方は何ですか。
「ふったち」です。「けいりつ」ではありません。年を経て一人前になる、という意味からきているとみられます。
経立と併せて覚えたい言葉・用語
ヘェサン(へぇさん)
青森県での経立の呼び名。
安家(あっか)
岩手県岩泉町北部の山深い地域。ニワトリとタラの経立の話が伝わる。
小豆の湯(あずきのゆ)
正体を見破る手立てとして語られる。タラの経立はこれで足を洗われて逃げた。
経立の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。