足の異様に長い者と手の異様に長い者。組になって海の漁をするとされる。

歌川国芳 「浅草奥山生人形 足長手長」 1855年ごろ / パブリックドメイン 出典
足長手長とはどんな妖怪か
足長手長はひとことで言えば、二人一組で漁をする者です。
足長と手長という二体で一組です。足長人と手長人の二種をまとめた呼び名です。
足長人は「足長国」の住民、手長人は「手長国」の住民とされ、その名のとおり体格に比べて脚と腕が異様に長いとされます。
海で漁をするときは常に一人ずつの組で出て、足長人が手長人を背負い、手長人が獲物を捕らえます。
もとは中国の古い地理書『山海経』にある長股・長臂という異国人の伝説とみられています。
日本ではこれを画題とした絵が、御所の荒海障子に描かれています。
足長手長の漢字表記と読み方
読みは「あしながてなが」です。
書物によって呼び方が変わります。『山海経』では長股・長臂、『三才図会』と『和漢三才図会』では長脚・長臂です。
いずれも「脚が長い」「腕が長い」という意味をそのまま漢字にしたものです。
なお、混同しやすい点があります。『甲子夜話』に出てくる平戸の「足長」は、この足長手長とは別のものです。足の長い点から「足長」と呼ばれているだけで、手長のようなものは付き添っていません。
足長手長(あしながてなが)
二種をまとめた呼び名。
長脚・長臂(ちょうきゃく・ちょうひ)
『和漢三才図会』での呼び方。
長股・長臂(ちょうこ・ちょうひ)
『山海経』での呼び方。
足長(あしなが)
『甲子夜話』の平戸の妖怪。手長を伴わない別のもの。
足長手長の姿と特徴
足長手長の姿は、次のように伝えられます。
足長人 … 脚の長さ三丈(『和漢三才図会』による)。
手長人 … 腕の長さ二丈(同)。
組み方 … 足長人が手長人を背負う。
役割 … 手長人が獲物を捕らえる。
二人が一組になってはじめて働ける、という点がこの妖怪の要です。 どちらか一方では漁ができません。
足長人は深いところまで歩いて行けますが、手が短くて魚を捕れません。手長人は遠くまで手を伸ばせますが、脚が短くて海に入れません。互いの足りないところを補い合っています。
葛飾北斎『北斎漫画』第三編(一八一五年)に描かれています。河鍋暁斎も『暁斎百図』の一枚「柿の曲食」に足長と手長を描きました。
都市部で行われた生人形の題材としても作られました。
足長手長の伝承物語
御所の障子に描かれた
足長手長は、日本では御所の中に描かれてきました。
荒海障子です。清涼殿に置かれたもので、ここに足長と手長が描かれています。
なぜ宮中に妖怪の絵があるのでしょうか。
『塵添壒嚢鈔』(一五三二年)には、次のように記されています。中国の王宮には奇仙・異人・仙霊のあやしき人といった画題の絵画を描く風習があり、それにならって我が国の皇居の荒海障子も描かれたのではないだろうか。
つまり、遠い異国の不思議な者を描くことが、宮中の装飾の型だったわけです。
これは妖怪というより、世界の広さを示す絵でした。海の向こうには、脚の長い国も、腕の長い国もある。その知識を絵にして置いておく。
中世ころの仏教説話では、龍宮に足長と手長が存在しているという物語もあったようで、そこでは龍王の眷属として登場しています。
山海経から和漢三才図会へ
足長手長の元をたどると、中国に行き着きます。
『山海経』 … 中国の古代の地理書。長股(脚の長い者)、長臂(腕の長い者)という異国人の伝説が記されています。これが起原と考えられています。
『三才図会』(一六〇九年) … 王圻が編纂した中国の類書。ここでは長脚・長臂とされます。
『和漢三才図会』 … その記述をもとに日本で江戸時代に編纂されたもの。それぞれ脚の長さが三丈、腕の長さが二丈とあります。また、長脚人が長臂人を背負って海で魚を捕るということも記されています。
書物から書物へ、絵が写されて伝わったわけです。
日本へは、書物を通じて伝わりました。中国の本に載っていたから、日本の本にも載った。 妖怪の伝わり方として、これは珍しい形です。
そしてこの図が御所の障子に描かれ、後には浮世絵や見世物にまで広がりました。
平戸に現れた足長 ─ 別のもの
江戸時代に書かれた松浦静山の随筆『甲子夜話』(巻之二十六)には、日本で足長を見たという話が載ります。
平戸のある武士が月の綺麗な夜に海で夜釣りをしていたところ、九尺(およそ二・七メートル)もの脚を持つ者が海辺をさまよっており、ほどなく天候が急転して土砂降りに遭ったといいます。
その者の従者の語るところによれば、それは足長と呼ばれる妖怪で、足長が出没すると必ず天気が変わるとされていました。
ただし、注意が必要です。
『甲子夜話』の原文では前半に『和漢三才図会』の文を引いて長脚と長臂について述べていますが、この平戸に現われた「足長」は、中国の伝説にもとづく「足長手長」とは別に読む必要があります。
足の長い点から「足長」と呼ばれているもので、手長のようなものも付き添っていません。
そして中国の伝説には無い性質、つまり天気を変えるという性質を持ちます。
同じ名でも、別のものです。
足長手長の伝承地域
足長手長には、伝承地がありません。
もとは中国の『山海経』にある異国人の伝説であり、日本のどこかの土地に伝わってきたものではないためです。書物を通じて伝わり、絵として広まりました。
日本で描かれた場所としては、御所の荒海障子が知られます。
なお、『甲子夜話』にある平戸(いまの長崎県平戸市)の「足長」は別のものです。 足の長い点から同じ名で呼ばれているだけで、手長を伴わず、天気を変えるという中国の伝説には無い性質を持ちます。
会いに行ける場所はありません。
足長手長の正体と考えられているもの
足長手長の正体については、次のように考えられています。
中国の異国人伝説とする見方が定説です。『山海経』にある長股・長臂という、遠い国に住む人々の伝説が起原と考えられています。
世界の広さを表す絵とする見方もできます。中国の王宮には異人や仙霊を描く風習があり、それにならって日本の御所の荒海障子も描かれたのではないかと『塵添壒嚢鈔』は記しています。恐れる対象ではなく、知識としての絵でした。
書物から書物へ移った知識です。 日本で足長手長を見たという目撃談は、確認できませんでした。
中国の説話には日本の要素が加えられました。 中世の仏教説話では龍宮にいるとされ、龍王の眷属として登場します。これは中国の地理書には無い設定です。
平戸の「足長」は別のものです。 『甲子夜話』に載るこちらは、天気を変えるという性質を持ち、手長を伴いません。同じ名で呼ばれているために混同されがちですが、区別する必要があります。
足長手長をめぐる妖怪のつながり
足長手長が登場する作品
足長手長は、絵として受け継がれてきた妖怪です。
御所の荒海障子に描かれ、葛飾北斎・歌川国芳・河鍋暁斎といった絵師が戯画に取り上げました。
都市部などで興業が行われていた生人形の題材としても作られ、見世物として人を集めました。
物語の主人公になることはほとんどありません。
足長手長が登場する書物
山海経
中国の古代の地理書。長股・長臂という異国人の伝説を載せます。
足長手長が登場する浮世絵
葛飾北斎『北斎漫画』第三編
一八一五年。足長と手長が描かれています。
河鍋暁斎『暁斎百図』
「柿の曲食」の一枚に足長と手長が描かれています。
足長手長が登場する戯作
風来山人『風流志道軒伝』
平賀源内の戯作。巻四に足長と手長が登場し、挿絵にも描かれています。
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足長手長についてよくある質問
足長手長とは何ですか。
足の異様に長い足長人と、腕の異様に長い手長人の二種をまとめた呼び名です。海では足長人が手長人を背負い、手長人が獲物を捕らえるとされます。
足長手長はどこに出ますか。
伝承地はありません。中国の『山海経』にある異国人の伝説が起原で、書物と絵を通じて日本に伝わりました。御所の荒海障子に描かれています。
どれくらいの長さなのですか。
『和漢三才図会』では、脚の長さが三丈、腕の長さが二丈とあります。
平戸の足長とは違うのですか。
違います。『甲子夜話』に載る平戸の足長は、足が長い点から同じ名で呼ばれているだけで、手長を伴いません。出没すると必ず天気が変わるとされました。
足長手長と併せて覚えたい言葉・用語
荒海障子(あらうみのしょうじ)
御所に置かれた障子。足長と手長が描かれている。
山海経(せんがいきょう)
中国の古代の地理書。長股・長臂という異国人の伝説を載せる。
生人形(いきにんぎょう)
生きているように作られた等身大の人形。都市部で見世物として興行された。