新潟県佐渡に伝わる化け狸の総大将。日本三名狸の一つ。

河鍋暁斎 「狂斎百図 佐渡国同三狸」 江戸時代 / パブリックドメイン 出典
団三郎狸とはどんな妖怪か
団三郎狸の漢字表記と読み方
読みは「だんざぶろうだぬき」です。佐渡では「だんざぶろうむじな」とも呼ばれます。
佐渡ではタヌキを「狢」と呼びました。 本州では狢はアナグマを指すことが多く、地域によって指すものが違います。
「団三郎」は人の名です。タヌキが人の名で呼ばれている点は、この妖怪の性格をよく表しています。実際、団三郎とは越後国の人間の商人の名だったとする説もあります。
団三郎狸(だんざぶろうだぬき)
もっとも一般的な表記。
団三郎狢(だんざぶろうむじな)
佐渡ではタヌキを狢と呼んだことによる。
同三狸(だんざぶろうだぬき)
錦絵に見られる表記。
二つ岩大明神(ふたついわだいみょうじん)
のちに相川町でこの名で扱われた。
団三郎狸の姿と特徴
団三郎狸の姿は、タヌキです。
正体 … タヌキ(佐渡では狢)。
術 … 夜道に壁を作る。蜃気楼を出す。木の葉を金に見せる。
住処 … 相川町下戸村の穴倉。
変化 … 人、若い女、大名行列。
姿かたちの怪奇な描写はありません。ふつうのタヌキです。恐ろしいのは、その術です。
もっとも得意としたのが蜃気楼です。自分の住処である穴倉に蜃気楼をかけ、豪華な屋敷に見せかけて人を招き入れたといいます。
夜道を歩いているところに壁のようなものを作り出すこともありました。塗壁と同じ働きです。
病気になったときには人に化けて人間の医者にかかっていた、という話もあります。術が生活のために使われているところが、この妖怪の面白さです。
団三郎狸の伝承物語
借用書を置けば金が届く
団三郎狸は、悪さをするばかりではありませんでした。
困った人には金を貸していたといいます。
その金は、人に化けて金山で働いたり、盗んだりして稼いでいたとされます。
貸し方には決まりがありました。団三郎の住処は相川町下戸村にあり、借用書に金額、返却日、自分の名を記して判を押して置いておけば、翌日にはその借用書は消え、代りに金が置いてあったといいます。
これは、当時の相川が佐渡金山の町だったことと結びついています。金の出入りが激しく、人の貸し借りも多い土地でした。
手続きがきちんとしている点が、この話の特徴です。金額と返済日を書き、判を押す。相手が妖怪であっても、証文は交わします。
のちに団三郎は相川町の二つ岩大明神として扱われ、人々に厚く信仰されました。
佐渡にキツネがいない理由
佐渡にキツネがいないのは、団三郎が追い払ったためだという伝説があります。二つの話が伝わります。
一つ目。団三郎が旅の途中でキツネに出会い、「佐渡へ連れて行ってください」と頼まれました。団三郎は「連れて行ってはやるが、その姿ではまずい。わしの草履に化けなさい」と言います。キツネは言われたとおり草履に化け、僧姿の団三郎がそれを履いて船に乗りました。やがて海の真っ只中で草履を脱いで海に放り込みました。以来、キツネは佐渡に渡ろうとは考えなくなったといいます。
海を渡る狐を沈める ─ 二つ目の理由
二つ目。自分の術を自慢するキツネに対し、団三郎は「自分は大名行列に化けるのが得意なので、お前を驚かせてやる」と言って姿を消しました。間もなく大名行列がやって来ます。キツネは殿様の駕籠のもとに躍り出て「うまく化けやがったな」とからかい、たちまち捕えられ、狼藉の罪で斬殺されてしまいました。
行列は団三郎ではなく本物であり、彼はあらかじめ行列が通ることを知っていたのです。
知恵比べに負けた日
団三郎の人化かしは数多く続きましたが、人間との知恵比べに負けたため、人を化かすことをやめたという伝説もあります。
団三郎は若い農夫を見つけ、化かそうと若い女に化けて具合の悪そうなふりをしました。心配して声をかけてきた農夫に「腹痛で動けない」と答えます。
農夫は女を送ろうと背負いましたが、もしや団三郎かと直感し、女を縄でしばりつけました。
慌てる団三郎に、農夫は「お前さんがずり落ちないように」と答えます。
降ろして下さい ─ 頼み込む総大将
危険を感じた団三郎は「降ろして下さい」と必死に頼みました。「具合が悪いのに、なぜ降りる」と農夫が降ろさずにいるので、団三郎は「おしっこがしたいのです」と答えます。
農夫は笑って言いました。
お前さんのような美しい娘さんのおしっこならぜひ見てみたい。わしの背中でしなされ
やがて着いたのは農夫の自宅でした。「団三郎、もうお前の正体はわかっている」と言われ、平謝りする団三郎は散々懲らしめられました。
以来、団三郎が人を化かすことはなくなったといいます。
ダンザはタヌキのこと ─ 名が先にあった
団三郎という名そのものにも、来歴があります。柳田国男はこう書きました。
鹿児島県などでは、ダンザというのがタヌキのことだそうなが、遠く離れて佐渡にも団三郎狸というのが有名であった
鹿児島でタヌキを指す「ダンザ」が、佐渡では総大将の名になっている。 獣の呼び名が、そのまま一匹の固有名になった 例です。
柳田はこの続きで、名から生息の有無を決める危うさを戒めています。
うっかり名に基いてムジナはいないだの、タヌキは棲息せずだのということはできない
佐渡にキツネがいないという言い伝えも、名と実物の対応を疑ってかかる 必要があります。
団三郎狸の伝承地域
団三郎狸の伝承地は、新潟県佐渡市の相川です。江戸時代には佐渡金山で栄えた町でした。
住処は相川の下戸村にあったと伝わります。のちに二つ岩大明神として扱われました。
佐渡にキツネがいないのは団三郎が追い払ったためだ、という話が島全体に伝わります。 つまり、島そのものが伝承地ともいえます。
相川(佐渡市)(あいかわ(さどし))
団三郎狸の伝わる土地
相川(佐渡市)の所在地:新潟県佐渡市相川
団三郎狸の伝承地です。佐渡金山の町として栄えた地域にあたります。
住処は相川の下戸村にあったとされ、借用書を置いておけば翌日に金が置いてあったと伝わります。
団三郎はのちに二つ岩大明神として扱われ、人々に厚く信仰されました。
佐渡島は新潟港からフェリーで渡ることができます。
二つ岩大明神の詳しい所在については、訪ねる前に現地の案内で確かめてください。
団三郎狸の正体と考えられているもの
団三郎狸の正体については、次のように考えられています。
実在の人物とする説があります。団三郎とは越後国の人間の商人の名であり、明暦三年(一六五七年)に佐渡金山で用いる鞴の押皮をとるために繁殖用の子ダヌキを売っており、後に佐渡で養狸を始めた団三郎が島民から敬われ、タヌキ自体も氏神のように扱われた、というものです。
この説は多くのことを説明します。なぜタヌキが人の名を持つのか。なぜ金と結びつくのか。なぜ相川なのか。 金山で使う鞴の皮を扱う商人であれば、金山の町にいて当然です。
金山の町の性格を映したとする見方もできます。金の出入りが激しく、貸し借りも多い土地でした。借用書を置けば金が届くという話は、そうした暮らしから生まれたとみられます。
佐渡にキツネがいない理由を説明する話でもあります。実際、佐渡島にはキツネが生息していません。その理由を語る話として、団三郎の伝説が働いていました。
日本三名狸のうち、なぜこの三つなのかは、はっきりしていません。佐渡・淡路島・屋島と、いずれも本州から切り離された土地である点は共通します。
団三郎狸をめぐる妖怪のつながり
団三郎狸が登場する作品
団三郎狸は、日本三名狸の一つとして語られることが多い妖怪です。
芝右衛門狸・太三郎狸と並べて紹介されるため、三体まとめて名が挙がります。
単独で作品の主題になることは多くありませんが、佐渡を舞台にした話では欠かせない存在です。
団三郎狸が登場する浮世絵
団三郎狸が登場するゲーム
日本の妖怪を扱う各種のゲーム
化け狸の頭領として実装されることがあります。
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団三郎狸についてよくある質問
団三郎狸とは何ですか。
新潟県佐渡に伝わる化け狸の総大将です。蜃気楼を出し、木の葉を金に見せて人を化かしました。困った人には金を貸したとも伝わります。
団三郎狸はどこに伝わりますか。
新潟県佐渡市の相川です。住処は下戸村にあったとされ、のちに二つ岩大明神として扱われました。
日本三名狸とは何ですか。
佐渡の団三郎狸、淡路島の芝右衛門狸、香川県の太三郎狸の三つを指します。いずれも本州から切り離された土地に伝わります。
佐渡にキツネがいないのは本当ですか。
佐渡島にキツネは生息していません。その理由を、団三郎がキツネを追い払ったためだとする伝説が島に伝わります。
団三郎狸と併せて覚えたい言葉・用語
狢(むじな)
佐渡ではタヌキを指す。本州ではアナグマを指すことが多く、地域によって違う。
二つ岩大明神(ふたついわだいみょうじん)
のちに相川で団三郎が扱われた名。
下戸村(おりとむら)
団三郎の住処があったとされる相川の地。借用書を置くと金が届いたと伝わる。
団三郎狸の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。