福島県会津に伝わる、恐ろしい顔を見せて人を驚かす妖怪。

月岡雪鼎 「朱の盆」 1776年 / パブリックドメイン 出典
朱の盆とはどんな妖怪か
朱の盆はひとことで言えば、顔を見せるだけの妖怪です。
福島県会津に伝わります。本来の名は「しゅのばん」で、『諸国百物語』(一六七七年刊とされる)では「首の番」、『老媼茶話』(一七四二年)では「朱の盤」と書かれます。
襲いかかるわけでも、連れ去るわけでもありません。ただ恐ろしい顔を見せる。それだけで人は死にます。
この妖怪に会うと魂を抜かれるとされました。
「しゅのぼん」という読みは昭和以降に生まれたものです。
朱の盆の漢字表記と読み方
本来の読みは「しゅのばん」です。 いま広く使われる「しゅのぼん」は、昭和以後に生まれた読み方です。
『老媼茶話』をはじめとして、江戸期の資料では「しゅのばん」あるいは「しゅばん」という名が一般的でした。
「しゅのぼん」という呼び方が先にあり、そこへ「朱の盆」という漢字が当てられたと考えられています。
この読みが広まったきっかけは、水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』に「しゅのぼん」という表記で登場したことです。
なお、細川幽斎による『源氏物語』への註に「朱ノ盤トイフ絵物語アリ」との記述があり、内容は分かりませんが、古い絵巻物にこの名のものがあったらしいことが確認できます。
朱の盤(しゅのばん)
本来の表記。『老媼茶話』による。
首の番(しゅのばん)
『諸国百物語』での表記。
朱の盆(しゅのぼん)
昭和以後に生まれた読みに漢字を当てたもの。
しゅばん(しゅばん)
縮めた呼び方。
朱の盆の姿と特徴
朱の盆の姿は、『老媼茶話』に詳しく書かれています。
顔 … 満面が朱を流したように赤い。
髪 … 針のように立っている。
額 … 一本の角。
目 … 星のように輝く。
口 … 耳まで裂けている。
牙 … 噛み鳴らす音は雷鳴のよう。
もう一つの話では、六尺(およそ一・八メートル)もある赤い顔をした坊主として現れます。
いま知られる姿は、水木しげるが描いたものです。 頭に角を持つ点などは『老媼茶話』の文章をもとにしていると考えられます。
二〇一一年、兵庫県立歴史博物館の香川雅信が入手した『化物づくし絵』の中に「朱のばん」と記された、一つ目で赤い顔の火に包まれた妖怪の絵が見つかりました。江戸期の絵画例の一つとみられています。
朱の盆の伝承物語
二度出る ─ 会津諏訪の宮の話
『諸国百物語』の「巻之一 十九 会津須波の宮首番と云ふばけ物の事」にある話です。
会津の諏訪の宮に化け物が出ると聞いた山田角之進という若侍が、正体を見届けようと夜中に出かけました。
道で別の若い侍に出会い、世間話のついでに尋ねます。
ここには朱の盤というものが出るそうであるが、貴殿はご存知か
すると相手の侍は「それはこのようなものでござるか」と言って顔を見せました。満面が朱を流したように赤く、髪は針のよう、額には一本の角、口は耳まで裂けています。
角之進は恐ろしさのあまり気を失いました。
息を吹き返し、夜道を急ぐと一軒の家があり、女房が一人で留守番をしています。ようやく安堵して、いま化け物に会ったと話すと、女房は「してその化け物はこんな顔でありましたか」と言い、またさっきの化け物の顔になりました。
角之進は逃げ帰りましたが、百日寝込んだ末に亡くなったといいます。
舌長姥と組んで ─ もう一つの話
『老媼茶話』には、もう一つ別の話が載っています。
越後(いまの新潟県)から江戸へ向かう二人の男がいました。途中で道に迷い、日が暮れたところに一軒のあばら家があり、老婆が一人います。
宿を請うと老婆は快く招き入れ、一人の男はすぐに熟睡してしまいました。
もう一人が見ていると、老婆の舌が五尺(一・五メートル)も伸び、眠っている男の頭をなめ回しています。
気味悪く思っていると、外から声がしました。
舌長姥、なぜ早くやらないか
誰だと老婆が問うと、「朱の盤坊だ、手伝おうか」と言って入ってきます。見ると六尺もある赤い顔をした坊主でした。
男がとっさに道中差を抜いて斬りつけると朱の盤は消え失せ、舌長姥も眠っている男を抱えて飛び出し、家も消えました。
日が昇って見ると、連れ去られた男は遠くの草むらで、全身の肉をすっかりなめ取られて白骨になっていました。
再度の怪 ─ 同じ型の話
会津諏訪の宮の話は、再度の怪と呼ばれる型に属します。
化け物が二度続けて同じ人を驚かす、という形です。
同じ型でもっともよく知られるのがのっぺらぼうです。顔の無い者に驚いて逃げ込んだ先で、話を聞いた相手が「こんな顔でしたか」と言って同じ顔になる。
一度目より二度目のほうが恐ろしい、というのがこの型の要点です。
一度目は「そういうものがいた」で済みます。しかし二度目は、逃げ込んだ先も安全ではなかったことを示します。助けを求めた相手が同じものだった。もう逃げ場はない。
朱の盆の話でも、角之進は逃げ帰ることはできましたが、百日寝込んだ末に亡くなりました。逃げ切れたわけではありません。
この型は各地に伝わり、姿を変えながら現代の怪談にも受け継がれています。
朱の盆の伝承地域
朱の盆の伝承地は、福島県の会津です。『諸国百物語』の話は「会津須波の宮」を舞台としています。
『老媼茶話』も会津で編まれた怪談集であり、この妖怪の話が二つとも会津に集まっている点は確かです。
一方、奈良の興福寺にも伝えがあった可能性が示唆されています。 一七六二年の『咡千里新語』に「南部興福寺にいろいろの化物あり」として、七種類の妖怪の名の中に「大鳥居の主盆」とあるためです。
会いに行ける施設は確認できませんでした。
会津(あいづ)
朱の盆の伝わる土地
会津の所在地:福島県西部 会津地方
朱の盆の伝承地は会津です。『諸国百物語』の題そのものが「会津須波の宮」と土地の名を挙げています。
『老媼茶話』も会津の地で編まれた怪談集です。
会津には朱の盆のほかにも数多くの怪談が残り、『老媼茶話』はその集大成にあたります。
会津若松市を中心とする地域で、鉄道と道路が通っています。
諏訪の宮の現在地については、資料により見解が分かれるため断定を避けます。
朱の盆の正体と考えられているもの
朱の盆の正体については、次のように考えられています。
顔だけの妖怪とする見方が、伝えのそのままです。襲いかかるわけでも連れ去るわけでもなく、恐ろしい顔を見せるだけで人を殺します。手を下さずに人を死なせる点が、この妖怪の特徴です。
再度の怪という話の型にあてはめる見方もあります。のっぺらぼうと同じく、逃げ込んだ先でもう一度同じものに会う、という構造で恐怖を作っています。この型に入る妖怪は各地にあり、朱の盆はその会津版と位置づけられます。
「しゅのばん」という名の意味は、はっきりしていません。 「朱の盤」と書けば赤い盆のような顔を指すとも読めますが、『諸国百物語』の「首の番」という表記もあり、どちらが元かは分かっていません。
いま知られる姿は水木しげるが作ったものです。角を持つ点などは『老媼茶話』の文章をもとにしていますが、絵として広まったのは『ゲゲゲの鬼太郎』の第三期以降、ぬらりひょんの手下として準レギュラーで登場するようになってからです。江戸期の絵画例は『化物づくし絵』など、ごくわずかしか見つかっていません。
朱の盆をめぐる妖怪のつながり
朱の盆が登場する作品
朱の盆は、作品を通じて名前も姿も変わった妖怪です。
本来の名は「しゅのばん」でしたが、『ゲゲゲの鬼太郎』での「しゅのぼん」という表記が広まり、そこへ「朱の盆」という漢字が当てられました。
いま多くの人が思い浮かべる姿は、水木しげるのデザインによるものです。 江戸期の絵画例はごくわずかしか見つかっていません。
朱の盆が登場する書物
朱の盆が登場する演劇
朱の盆が登場する漫画・アニメ
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朱の盆についてよくある質問
朱の盆とは何ですか。
福島県会津に伝わる妖怪です。恐ろしい顔を見せて人を驚かし、会うと魂を抜かれるとされました。本来の名は「しゅのばん」です。
朱の盆はどこに出ますか。
福島県の会津です。『諸国百物語』の話は「会津須波の宮」を舞台としています。奈良の興福寺にも伝えがあった可能性が示唆されています。
正しい読み方はどちらですか。
本来は「しゅのばん」です。「しゅのぼん」は昭和以後に生まれた読みで、『ゲゲゲの鬼太郎』での表記から広まりました。
のっぺらぼうと似ているのはなぜですか。
同じ「再度の怪」という型に属するためです。逃げ込んだ先で、話を聞いた相手が同じ姿になる、という構造を共有しています。
朱の盆と併せて覚えたい言葉・用語
老媼茶話(ろうおうさわ)
一七四二年、会津で編まれた怪談集。朱の盤の話が二つ載る。
再度の怪(さいどのかい)
化け物が二度続けて同じ人を驚かす話の型。のっぺらぼうなどが属する。
舌長姥(したながうば)
『老媼茶話』でもう一つの話に登場する、舌が五尺も伸びる老婆。