物の怪のいる家で、月明かりに障子へ映る女の影。

鳥山石燕 「今昔百鬼拾遺 影女」 1781年 / パブリックドメイン 出典
影女とはどんな妖怪か
影女は、障子に映る女の影です。鳥山石燕の『今昔百鬼拾遺』(1781年)にあります。
石燕の解説文には、こう書かれています。
あるかなき家に月しづかなる夜 女のかたち障子にうつるといふ
物の怪のいる家で、月に照らされた女の姿の影が、障子に映る。
絵を見ると、その通りです。描かれているのは、障子と影だけです。
影を落としているはずの女は、どこにも描かれていません。
縁側があり、松が枝を伸ばし、空には月がかかっています。障子の向こうに、うっすらと人の形が浮かんでいます。
それだけの絵です。 そして、それで十分に怖い絵です。
影女の漢字表記と読み方
読みは「かげおんな」です。
影の女。名前が、そのまま絵の説明になっています。
「影」には二つの意味があります。光が遮られてできる暗い形と、月や灯りそのものです。
「月影」といえば月の光のことです。石燕の解説文にある「月しづかなる夜」の月影も、光のほうを指します。
つまり、光の名と、影の名が、一つの語に重なっています。
障子は、その二つが出合う場所です。外の光が、内側に形をつくります。
影女は、その仕組みそのものに名をつけたものといえます。
影女(かげおんな)
鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』での表記。
影女郎(かげじょろう)
影の女を指す別の呼び方。
カゲオンナ(かげおんな)
カタカナで書くこともある。
影女の姿と特徴
石燕の描く影女は、次のような姿です。
障子 … 画面の中央。桟が細かく並ぶ。
影 … 障子の中ほどに、うっすらと人の形。
月 … 左上。雲に半ば隠れている。
松 … 左手に枝を伸ばす。
縁側 … 手前。弓矢が置かれている。
本体は描かれていません。
障子に映る影だけがあり、影を落としているものは画面のどこにもいません。
影の輪郭ははっきりしません。髪の形と、肩から下の線が見える程度です。
縁側に置かれた弓矢が、この絵を締めています。武家の家であること、そして手を出せる道具がそこにあることを示します。
それでも、誰も動いていません。
影女の伝承物語
物の怪のいる家
石燕の解説文には、条件が書かれています。
「あるかなき家」 ─ 物の怪のいる家。
つまり影女は、どこにでも出るものではありません。すでに何かがいる家に、後から現れます。
これは、順番が逆になっています。
ふつう、怪異は「何かがいる」ことの最初のしるしとして現れます。影女は違います。すでにいることが前提で、その上に映ります。
言い換えれば、影女は印です。
家に何かがいる。そのことが、月の夜、障子の上に形になって出る。
知らせるためだけに現れる怪異といえます。
石燕の解説は短いものですが、この一語で影女の位置が決まっています。
本体を描かなかった絵
鶴岡城下の夜
山田野理夫の『東北怪談の旅』(1974年)に、山形県の話として「影女」が載っています。
増田という者が、鶴岡城下に住む友人・酒井吉左衛門の家を訪ねました。
家の近くまで来ると、窓から若い女の姿が見えます。
家に入り、二人で酒を酌み交わしていると、やがて障子越しに女の影が見えました。
吉左衛門が言うには、それは影女であるとのことでした。
話しているうちに、今度は庭に女の姿が現れます。しかし、家の中には近づいて来ませんでした。
この話の要は、吉左衛門の落ち着きにあります。
見えても、驚かない。名前を言って、酒を続ける。慣れている、ということです。
影女の伝承地域
影女には、訪ねられる伝承地がありません。
石燕の絵に描かれた妖怪であり、土地の言い伝えとして採られたものではないためです。
山田野理夫の『東北怪談の旅』には、山形県鶴岡城下の話として影女が出てきます。ただし、この本の怪談は別の話に妖怪の名を当てはめたものが多いと指摘されています。
鶴岡に、影女を伝える碑や祠は見つかっていません。
無い場所を、あるように書くことはしません。この欄は空のままにしてあります。
なお、影女が現れるのは特定の土地ではなく、条件のそろった家です。 物の怪がいて、月が出ていて、障子がある家です。
影女の正体と考えられているもの
影女の正体については、次のように整理できます。
一つめは、物の怪のいる家の印です。石燕の解説文がそう書いています。すでに何かがいる家に、月の夜、その形が障子に出る。 怪異そのものというより、しるしです。
二つめは、障子という仕組みです。紙一枚を隔てて、外の光が内に形をつくる。影が本体より大きく、輪郭が曖昧になるのは、障子の性質そのものです。
三つめは、女の霊です。昭和以降の本では、恨みを残した女の霊が影となって映るという説明が加えられました。石燕は、そこまでは書いていません。
四つめは、見間違いです。月明かりの夜、風で揺れる木の枝や干し物は、障子の上で人の形になります。そして、影は本体を教えません。
影女が何であったかは、わかっていません。 ただ、障子に人の形が映り、外には誰もいないという一場面は、いまの家でも起こりえます。
隔てのすぐ向こうに現れるものには、屏風闚もあります。屏風の外から人を覗き込み、七尺もの屏風の向こうをも覗くとされます。
影女をめぐる妖怪のつながり
影女が登場する作品
影女は、石燕の一枚が原典です。
解説文が短いながらもついているため、他の絵よりは手がかりがあります。 物の怪のいる家、月の夜、障子。三つの条件が書かれています。
昭和以降の話は、そこから派生したものです。
影女が登場する古典
影女が登場する研究
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影女についてよくある質問
影女はどんな家に出るのですか。
石燕は「あるかなき家」、つまり物の怪のいる家に出ると書いています。すでに何かがいる家に、月の夜、その形が障子に映ります。 どこにでも出るものではありません。
影を落としている本体は何ですか。
石燕は描きませんでした。 絵にあるのは障子と影だけで、影を落としているものは画面のどこにもいません。影しか無いものを描くには、影を描くほかにありません。
影女は人に害をなしますか。
害をなすとは書かれていません。 山田野理夫が伝える鶴岡の話でも、影は庭に現れたものの、家の中には近づいてきませんでした。
いまの家でも起こりますか。
障子に人の形が映り、外には誰もいない。この一場面は、条件がそろえば起こりえます。 月明かりの夜、風で揺れる木の枝や干し物が、人の形になることがあります。
影女と併せて覚えたい言葉・用語
月影(つきかげ)
月の光のこと。「影」には光そのものを指す用法がある。
物の怪(もののけ)
人に取り憑いたり祟ったりする霊。影女はこれのいる家に現れる。
今昔百鬼拾遺(こんじゃくひゃっきしゅうい)
鳥山石燕の妖怪画集。1781年。影女はこの本にある。