顔に目も鼻も口もない妖怪。驚かせる以上のことはほとんどしない。

竜斎閑人正澄 「狂歌百物語 のっぺらぼう」 1853年 / パブリックドメイン 出典
のっぺらぼうとはどんな妖怪か
のっぺらぼうは、顔に目・鼻・口がない妖怪です。漢字では野箆坊と書きます。
外見は人に近く、後ろ姿では見分けがつきません。振り向いた瞬間に、顔が平らであることがわかる。それだけの妖怪です。
害は、人を驚かすことだけです。それ以上の危害を加える話はまれで、日本の妖怪のなかでもとりわけ穏やかな部類に入ります。
古くから落語や講談などの怪談、妖怪絵巻に登場してきました。世界的に知られているのは、小泉八雲の『貉』です。顔のない女に驚いて逃げ込んだ蕎麦屋が、「こんな顔ですかい」と振り向く。この再度の怪という落ちが、のっぺらぼうの話の型になりました。
本所七不思議の『置行堀』と組み合わされ、魚を置いて逃げた先でのっぺらぼうに出くわす、という展開もよく語られます。
正体はタヌキやキツネ、ムジナが化けたものとされることが多いのですが、これも八雲の作品に由来する可能性があります。
のっぺらぼうの漢字表記と読み方
読みは「のっぺらぼう」です。
のっぺりは、平らで凹凸のない様子を表す語です。坊は人を指す接尾語で、赤ん坊、けちん坊などと同じ使い方です。つまり「のっぺりした者」という意味になります。
転じて、凹凸がほとんどない平らな状態を「のっぺらぼう」と形容することがあります。妖怪の名がそのまま形容の言葉になった例です。
野箆坊という漢字は、後から当てられたものです。音に字を当てただけで、意味に対応していません。
『新説百物語』(1767年)では「ぬっぺりほう」と呼ばれ、肉塊の妖怪ぬっぺふほふ(ぬっぺっぽう)と名前が近いことがわかります。
のっぺらぼう(のっぺらぼう)
もっとも一般的な表記。
野箆坊(のっぺらぼう)
漢字を当てた表記。
ぬっぺりほう(ぬっぺりほう)
『新説百物語』(1767年)での呼び方。
のっぺら坊(のっぺらぼう)
交ぜ書きの表記。
のっぺらぼうの姿と特徴
のっぺらぼうの姿は、たった一点で決まります。
顔に目・鼻・口がない。
それ以外は人と変わりません。着物を着て、髪を結い、歩き、しゃべる。しゃべるところがまた不思議で、口がないのに声は出ます。
大きさについては記録があります。寛文三年(1663年)の『曽呂利物語』では、京の御池町に身の丈七尺(およそ二.一メートル)ののっぺらぼうが現れたとあります。ふつうの人より頭ひとつ大きい姿です。
明和四年(1767年)の『新説百物語』では、京都の二条河原に「ぬっぺりほう」が現れ、襲われた者の服に太い毛が何本も付着していたとあります。獣が化けていたことをうかがわせる描写です。
妖怪画では、女の姿で描かれることが多くあります。振り向いた顔が平らという、絵にしたときの効果が大きいためです。
のっぺらぼうの伝承物語
小泉八雲の『貉』 ─ 再度の怪
のっぺらぼうを世界に知らしめたのが、小泉八雲の『貉』です。
江戸の赤坂にある紀伊国坂は、日が暮れると誰も通らない寂しい道でした。ある夜、京橋の老商人が通りかかると、若い女がしゃがみこんで泣いています。心配して声をかけると、振り向いた女の顔には目も鼻も口もありませんでした。
驚いた商人は無我夢中で逃げ出し、屋台の蕎麦屋に駆け込みます。蕎麦屋は後ろ姿のまま、愛想のない口調で「どうしましたか」と問う。商人は今見た化け物のことを話そうとしますが、息が切れて言葉になりません。
すると蕎麦屋が言いました。
こんな顔ですかい
振り向いた蕎麦屋の顔も、やはり何もありませんでした。商人は気を失い、その途端に蕎麦屋の明かりが消えたといいます。
この「再度の怪」という落ちが、のっぺらぼうの話の型になりました。 なお、作中に「のっぺらぼう」という言葉は出てきません。
その話は日本のものか ─ 疑われている出どころ
『貉』は日本の民話だと思われがちですが、出どころが疑われています。
八雲の曾孫にあたる小泉凡は、この話は巨大な化け物が夜道に現れて人を驚かすという日本の伝承にヒントを得て、八雲自身の子供時代の体験と結びついてできた八雲の創作だとしています。
実際、八雲は顔のない女の幽霊の話や、よく似た筋立ての伝承を、日本に来る前から新聞記事や作品で繰り返し取り上げていました。
研究者の牧野陽子は、次のような経緯を指摘しています。八雲が、ダブリンの大伯母の屋敷に滞在中、いるはずのない従姉妹の顔がなく、そこに青白くぼんやりしたものがあるだけだった、という話を語った。それを聞いていた稲垣トミが「それは狢の悪戯だがネ」と言った。八雲はこれを参照した、というものです。
題名が『貉』なのは、この一言に由来する可能性があります。
日本でもっとも知られたのっぺらぼうの話が、実は輸入と創作の産物かもしれません。
日本の記録に残るのっぺらぼう
八雲の話とは別に、日本の記録に残るのっぺらぼうもあります。
寛文三年(1663年)『曽呂利物語』 … 京の御池町(現在の京都市中京区)に、身の丈七尺ののっぺらぼうが現れた。正体については何も書かれていません。
明和四年(1767年)『新説百物語』 … 京都の二条河原(現在の京都市中京区、二条大橋付近)に、顔に目鼻や口のない化け物「ぬっぺりほう」が現れた。襲われた者の服に太い毛が何本も付着していたといいます。
民間伝承としては、大阪府や、香川県仲多度郡琴南町(現在のまんのう町)などに現れたと伝えられています。
本所七不思議の『置行堀』と組み合わされる形も広く語られました。魚を置いて逃げた男が、その先でのっぺらぼうに出くわす、という展開です。
正体を獣とする話は、八雲の『貉』の影響を受けている可能性があります。 ただし『新説百物語』の「太い毛」の記述は八雲以前のものです。
のっぺらぼうの顔は面だった ─ 折口信夫の見方
顔のない顔は、面として実在しました。折口信夫は、宮廷の行事に出る一行の顔をこう説明しています。
譬へば、踏歌節会の高巾子のことほぎ一行の顔は、正しくはのっぺらぽうの物だつたらしいのです。
(踏歌節会=正月に宮中で行われた歌舞の行事。高巾子=背の高い冠)
目鼻を彫らない面が、実際に使われていた。 折口はこの黒い面を、山人のしるしと見ました。
此黒面は、私は山人のしるしだと思ふのであります。
山から里へ降りてきて祝いを述べる者が、顔を消した面をかぶって現れる。 のっぺらぼうという妖怪は、その面の記憶の上に立っていることになります。
顔がないことは、個人でないことの表れです。誰でもない者が、外から来る。 それが恐ろしさの正体でした。
のっぺらぼうの伝承地域
のっぺらぼうには、訪ねられる伝承地がありません。
小泉八雲の『貉』の舞台は、東京都港区赤坂の紀伊国坂です。この坂は実在し、現在も歩くことができます。ただしこれは作品の舞台で、土地の言い伝えとしては確かめられていません。 八雲の創作である可能性が指摘されている以上、これを伝承地として挙げることはしません。
日本の記録に現れる場所としては、京の御池町(『曽呂利物語』)、京都の二条河原(『新説百物語』)があります。どちらも現在の京都市中京区にあたりますが、目印は何も残っていません。
民間伝承の伝わる土地としては、大阪府、香川県まんのう町が挙げられます。
無い場所を、あるように書くことはしません。この欄は空のままにしてあります。
のっぺらぼうの正体と考えられているもの
のっぺらぼうの正体については、次のような見方があります。
一つめは、化ける獣です。タヌキ、キツネ、ムジナ。各地の物語で、これらが正体として当てられます。『新説百物語』に「太い毛が付着していた」という記述があり、この見方には江戸時代からの根拠があります。
ただし注意が必要です。正体を獣とする説明が広まったのは、八雲の作品の題名が『貉』だったことに由来するという指摘があります。
二つめは、顔を失うことへの恐れです。人を人として認めるのは顔です。その顔がない。相手が誰かわからないという恐怖が、この妖怪の核心にあります。害を加えないのに恐ろしいのは、そのためです。
三つめは、ぬっぺふほふとの関係です。肉塊の妖怪ぬっぺふほふ(ぬっぺっぽう)とは名前が近く、関連があると考えられています。妖怪研究家の多田克己は、のっぺらぼうは古くは、ぬっぺふほふのように顔と体の区別がつかない形だったとしています。
四つめは、話の型としての完成度です。「再度の怪」という落ちは、怪談として非常によくできています。驚かせて逃がし、逃げた先でもう一度驚かせる。この構造の強さが、のっぺらぼうを生き残らせました。
のっぺらぼうが何であったかは、決められていません。 ただ、顔がないという一点だけで四百年語られ続けている事実は動きません。
のっぺらぼうをめぐる妖怪のつながり
のっぺらぼうが登場する作品
のっぺらぼうは、もっとも絵にしやすい妖怪のひとつです。人の顔から目鼻を消すだけで成立します。
そのため、怪談の入り口として繰り返し使われてきました。子供向けの本でも扱いやすく、日本の妖怪のなかで知名度は屈指です。
落語や講談でも古くから演じられ、驚かせる一点で笑いにも転じられます。
のっぺらぼうが登場する古典
新説百物語
1767年の怪談集です。京都の二条河原に「ぬっぺりほう」が現れたと記します。
のっぺらぼうが登場する文学
貉(怪談)
小泉八雲の作品です。「再度の怪」という落ちを持ち、のっぺらぼうの話の型を作りました。
のっぺらぼうが登場する漫画・アニメ・ゲーム
千と千尋の神隠し
顔のない存在が登場します。のっぺらぼうそのものではありませんが、顔がないという発想を引き継いでいます。
Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。
のっぺらぼうについてよくある質問
のっぺらぼうとは何ですか。
顔に目・鼻・口がない妖怪です。人に近い姿でありながら、振り向くと顔が平らである、というだけの妖怪で、害は人を驚かすことだけです。
のっぺらぼうの正体は何ですか。
タヌキやキツネ、ムジナが化けたものとされることが多いのですが、この説明が広まったのは小泉八雲の作品の題名が『貉』だったことに由来する可能性があります。
小泉八雲の『貉』は日本の民話ですか。
疑われています。曾孫の小泉凡は、日本の伝承と八雲自身の子供時代の体験が結びついてできた創作である可能性を指摘しています。
ぬっぺふほふとは同じですか。
別のものですが、関係があると考えられています。妖怪研究家の多田克己は、のっぺらぼうは古くは、ぬっぺふほふのように顔と体の区別がつかない形だったとしています。
のっぺらぼうに会える場所はありますか。
ありません。八雲の『貉』の舞台とされる東京都港区の紀国坂は実在し、いまも歩けます。ただし作品の舞台であって、土地の言い伝えとしては確かめられていません。
のっぺらぼうと併せて覚えたい言葉・用語
再度の怪(さいどのかい)
逃げた先でもう一度同じ怪異に遭う、という怪談の型。
紀伊国坂(きいくにざか)
東京都港区赤坂にある坂。小泉八雲の『貉』の舞台とされる。
置行堀(おいてけぼり)
本所七不思議のひとつ。のっぺらぼうと組み合わせて語られることが多い。
曽呂利物語(そろりものがたり)
1663年の奇談集。京に現れたのっぺらぼうを記す。
のっぺらぼうの参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。