もとは中国の川にいたとされる生き物。日本では河童の呼び名にも用いられた。

鳥山石燕 「今昔画図続百鬼 水虎」 1779年 / パブリックドメイン 出典
水虎とはどんな妖怪か
水虎はひとことで言えば、中国から来た河童の呼び名です。
もとは中国の湖北省などの川にいたとされる伝説上の生き物です。
三、四歳ぐらいの子供の大きさをしており、体は矢も通さないほどに硬い、センザンコウのような鱗に覆われています。秋になると沙の上に身を曝すといいます。
「水虎」という呼び名は、虎に似た要素を体に持っていることに由来します。
日本では、江戸時代に河童のような川に住む妖怪の総称として、主に知識人のあいだで「水虎」という呼称が用いられていました。
ただし、寺島良安『和漢三才図会』は「水虎」と「川太郎」を別の項目に分けており、両者を区別しています。
水虎の漢字表記と読み方
読みは「すいこ」です。
「水」の「虎」と書きます。この呼び名は、虎に似た要素を体に持っていることに由来しています。
何が虎に似ているのかについては、解釈が分かれてきました。
中国での改められた解釈では、虎のような頭や膝、あるいは虎のような掌爪をもつが、これらは常に水中に隠れており、膝頭のみを水上に曝して人間の目に触れる、とされます。
従来の日本での解釈では、水虎の膝頭に虎の掌爪のようなものがついている、とされてきました。
寺島良安『和漢三才図会』にこのように漢文で記載され、図解されています。
この解釈が、日本での水虎の姿を決めました。
水虎(すいこ)
もっとも一般的な読み。
川太郎(かわたろう)
『和漢三才図会』が水虎とは別項に立てた日本の河童。
水虎考略(すいここうりゃく)
各地の河童の図を集めた江戸の書物の名。
水虎の姿と特徴
水虎の姿は、『和漢三才図会』とそれを受けた石燕の絵によって、日本に伝わりました。
大きさ … 三、四歳の児童ぐらい。
体 … 矢も通さないほどに硬い、センザンコウのような鱗に覆われている。
膝頭 … 虎の爪に似たものがついている。
習性 … 秋になると沙の上に身を曝す。
鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』には、次のように記されています。
水虎はかたち小児のごとし。甲は綾鯉のごとく、膝頭虎の爪に似たり。もろこし速水の辺にすみて、つねに沙の上に甲を曝すといへり
これは『和漢三才図会』の内容をそのまま下敷きにしており、河童ではなく中国の水虎をそのまま描いている例です。
つまり石燕の水虎は、中国の書物の水虎を描いたものです。
中国の書物に書かれた生き物を、そのまま絵にしたものです。
日本の河童のような皿や甲羅は、ここには出てきません。
水虎の伝承物語
- 中国の書物に記された水虎
- 鱗と膝 ─ 外見の読み方が動く
- 鼻をつまめば使役できるという誤読
- 摘出するのは膝だった ─ 誤読の中身
- 水虎と河童は同じか、違うか
- 貝原益軒が河童の項で引く
- 水中で人を捕り殺すもの ─ 河童と並べて数える
中国の書物に記された水虎
水虎については、明の時代に編まれた『本草綱目』に記載され、ここから広く知られるようになりました。
その原典は、八世紀初頭の『襄沔記』です。
そこには、水虎は中廬県、現在の湖北省襄陽市襄城区の涑水が沔水にそそぐ合流点にいたと記されています。
姿については、次のように書かれます。
三、四歳の児童ぐらいの大きさで、体は矢も通さないほどに硬い、センザンコウのような鱗に覆われている。秋になると沙の上に身を曝す。
鱗と膝 ─ 外見の読み方が動く
外見の特徴については、解釈の推移があります。
のちに改められた解釈では、虎のような頭や膝、または虎のような掌爪をもつが、これらは常に水中に隠れており、膝頭のみ水上に曝して人間の目に触れる、とされます。
そして、それに悪戯をしかけるような子供は、人間といえどもこれに噛みつく、というのです。
つまり、水虎は水中に本体を隠しています。
見えているのは膝だけ。近づけば噛まれる。
川で遊ぶ子供への戒めとして、たいへんよくできた話です。
鼻をつまめば使役できるという誤読
水虎については、日本で長く誤って読まれてきた箇所があります。
『本草綱目』は、生け捕りにした水虎の効能について述べています。
日本では従来、これを「鼻をつまむことで使役することが出来る」と解釈してきました。
しかしこの箇所については、いまでは薬用としての解釈がなされています。
「生け捕りして鼻を摘出、あるいは採取すれば、その部分はささいなことに利用できる」といった訳出です。
これでは曖昧ですが、ほかの注釈からより具体的にすることができます。
摘出するのは膝だった ─ 誤読の中身
生きた水虎から摘出するのは、実は「膝」です。
方以智『通雅』などによれば、それは「鼻厭」、あるいは「皋厭」であるとされます。
そしてその部位は、生物の「陰」あるいは「勢」のことだと説明されます。
皋厭を摘むということは、すなわち去勢であり、つまりは生殖器の採取です。
その部位は媚薬に使われるのだと『通雅』などに記載されています。
つまり、「鼻をつまんで使役する」という話は、漢文の読み違いから生まれたものでした。
書物を通じて伝わる知識が、どのように変わっていくかを示す例といえます。
水虎と河童は同じか、違うか
日本では江戸時代以降、『本草綱目』など中国の本草書を引用した『和漢三才図会』などを通じて「水虎」の知識が知られました。
そして、二つの立場が生まれます。
区別する立場
寺島良安の『和漢三才図会』は、「水虎」の項に、ひきつづき「川太郎」、つまり河童の項をおいて別種として区別しています。見た目などの相違点から、日本の河童を水虎とは少し異なるものであるとしました。
同書は、漢名由来で同種とされている動植物についての差異をしばしば本文に取り上げており、この記述もその一例といえます。
小野蘭山『本草綱目啓蒙』でも、本文は日本の河童の情報、注として中国の水虎についての引用文を分けて掲載しています。
貝原益軒が河童の項で引く
貝原益軒『大和本草』の「河童」の項でも、『本草綱目』の水虎とは「あい似て同じからず」と区別しており、その立場が『和漢三才図会』に踏襲されたとみられます。
同じとする立場
しかしながら江戸時代以降、多くの書物では「水虎」を、単に日本の「河童」の同義に充てた場合も多くあります。
『水虎之図』『水虎説』『水虎考略』『水虎十二品之図』などは、日本各地の河童の捕獲写生図と称するものを集めて模写し、解説を添えたものです。
題に「水虎」とありますが、中身は日本の河童です。
学者は区別し、世間は混ぜたというのが、実際のところに近いようです。
水中で人を捕り殺すもの ─ 河童と並べて数える
江戸の随筆は、水で人を殺すものを並べて数えました。南方熊楠が『善庵随筆』から引いています。
水中で人を捕り殺すもの一は河童、一は鼈、一は水蛇、江戸近処では中川に多くおり、水面下一尺ばかりを此岸より彼岸へ往く疾さ箭のごとし。
(鼈=すっぽん。箭=矢)
河童、すっぽん、水蛇。 怪異と実在の生きものが、同じ列に並んでいます。 水辺の死は原因が見えないので、候補をすべて挙げるほかありませんでした。
南方は、水死体の様子から犯人が決められていたことも書いています。
さればこの蛇の害に依って水死せる者を、その肛門の常ならざるについて、皆水虎の業とはいい習わしたるものか
遺体に残った痕から、水虎のしわざと決める。 尻から手を入れて尻子玉を抜くという河童の伝えも、同じ観察の上に立っています。
水虎の伝承地域
水虎には、日本国内の特定の伝承地がありません。
もとは中国の川にいたとされる生き物で、『襄沔記』には中廬県、現在の湖北省襄陽市襄城区の涑水が沔水にそそぐ合流点にいたと記されています。
日本では書物を通じて入った知識で、土地の語りとしては伝わっていません。
江戸時代には河童のような川に住む妖怪の総称として、主に知識人のあいだで用いられた呼称です。そのため、この名で呼ばれた河童の伝承地は各地にありますが、それらは河童そのものの伝承地です。
したがって、この図鑑では出現地の欄を空にしています。無いものを有ると書くことはしません。
水虎の正体と考えられているもの
水虎の正体については、次のように考えられています。
中国の伝説上の生き物とする見方が、もとの姿です。『本草綱目』に記載され、その原典は八世紀初頭の『襄沔記』です。中廬県の川の合流点にいたとされます。
河童と別種とする見方があります。寺島良安の『和漢三才図会』は「水虎」と「川太郎」を別の項目に分け、見た目などの相違点から日本の河童を水虎とは少し異なるものとしました。 貝原益軒も「あい似て同じからず」と記しています。
河童と同じとする見方も広く行われました。江戸時代以降、多くの書物では「水虎」を単に日本の河童の漢訳として用いています。『水虎考略』などは、各地の河童の図を集めたものです。
知識人の用いた呼称とする見方が、日本での実際に近いものです。中国の書物に通じた人々が、河童を漢語で呼ぶために使いました。
石燕が描いたのは中国の水虎です。 『今昔画図続百鬼』の絵は『和漢三才図会』をそのまま下敷きにしています。描かれているのは中国の水虎です。
同じ名が、二つの違うものを指してきました。
水虎をめぐる妖怪のつながり
水虎が登場する作品
水虎は、書物のなかで生きてきた妖怪です。
土地に語り継がれた話ではなく、中国の本草書から日本の知識人へ伝えられた知識でした。
そのため、伝わり方の記録がはっきり残っています。 どの書物がどれを引き、どこで解釈が変わったかをたどることができます。
「鼻をつまめば使役できる」という誤読も、その過程で生まれたものです。
現代の作品では、河童の別名として、あるいは河童とは別種の水の妖怪として扱われます。
水虎が登場する書物
本草綱目
明の時代に編まれた書。水虎の記載があり、ここから広く知られました。
水虎考略
各地の河童の図を集めて模写し、解説を添えた江戸の書物です。
水虎が登場する絵
水虎が登場するゲーム
日本の妖怪を扱う各種の作品
河童の別名として、あるいは別種の水の妖怪として登場します。
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水虎についてよくある質問
水虎とは何ですか。
もとは中国の湖北省などの川にいたとされる伝説上の生き物です。三、四歳ぐらいの子供の大きさで、体は矢も通さないほどに硬いセンザンコウのような鱗に覆われているとされます。
なぜ「虎」なのですか。
虎に似た要素を体に持っていることに由来します。虎のような頭や膝、あるいは虎のような掌爪をもつとされ、日本では膝頭に虎の掌爪のようなものがついていると解釈されてきました。
河童と同じものですか。
立場が分かれます。『和漢三才図会』や『大和本草』は水虎と日本の河童を別種として区別していますが、江戸時代以降の多くの書物では「水虎」を単に河童の漢訳として用いています。
石燕が描いたのは河童ですか。
いいえ。石燕の『今昔画図続百鬼』の水虎は『和漢三才図会』の内容をそのまま下敷きにしており、河童ではなく中国の水虎をそのまま描いている例です。
鼻をつまむと使役できるというのは本当ですか。
これは漢文の読み違いから生まれた解釈とされます。いまでは薬用としての解釈がなされ、摘出する部分は「鼻」ではなく「鼻厭」であり、それは生物の「陰」あるいは「勢」の事だと説明されています。
水虎と併せて覚えたい言葉・用語
本草綱目(ほんぞうこうもく)
明の時代に編まれた書。水虎の記載があり、ここから広く知られた。
襄沔記(じょうべんき)
八世紀初頭の書。水虎の記載の原典とされる。
川太郎(かわたろう)
日本の河童のこと。『和漢三才図会』は水虎と別項に立てた。
センザンコウ(せんざんこう)
硬い鱗に覆われた獣。水虎の体はこれに似るとされた。
水虎の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。