本文へ移動

滋賀県

シコブチとはどんな妖怪か|姿と伝承・登場する作品・伝承地域

シコブチ  / シコブチ

水の妖怪神になった妖怪 各地の伝説

安曇川の筏師が祀った水難除けの神。川の河童を叱りつけて人を守るとされた。

シコブチの姿を描いた図

先従隗始 「志子淵神社 拝殿(滋賀県高島市朽木岩瀬)」 2022年 / CC0 出典

シコブチとはどんな妖怪か

シコブチは、河童を叱る神です。

滋賀県の安曇川(あどがわ)流域。山から切り出した材木を筏に組み、川を下って運ぶ筏流しが行われてきました。

急流を木の筏で下る仕事です。水難が絶えませんでした。

その事故を、川にひそむガタロウ(河童)のしわざと考える。そして、その河童を叱りつけて人を守る神として祀られたのがシコブチです。

高島市の文化財の説明では、社の建つ場所が決まっています。

川の流れが急な所や川の合流点に設けられた作業場の近くに立地

危ない場所の隣に、必ず社があります。

流域には十数社が点在し、字も社の大きさも集落ごとに違います。

シコブチの漢字表記と読み方

しこぶち」と読みます。字が定まっていません。

高島市の説明はこう書いています。

「シコブチ」に使われている漢字や神社の大きさも様々で集落ごとに違いがあります

思子淵、志子淵、思古淵。 集落ごとに別の字を当てています。

このため、片仮名で「シコブチ」と書くのがふつうです。

「ブチ」はでしょう。川の深くよどんだところを指します。名の後ろ半分だけは、どの集落でも同じ です。危ない淵に、この神がいます。

シコブチ(しこぶち)

片仮名で書くのがもっとも一般的。字が統一されていないため。

思子淵(しこぶち)

安曇川町中野などで使われる字。

志子淵(しこぶち)

朽木などで使われる字。

シコブチ明神(しこぶちみょうじん)

神としての呼び方。

シコブチさん(しこぶちさん)

土地での呼び方。

シコブチの姿と特徴

シコブチの姿は、語られません

角も牙もなく、絵も残っていません。社に祀られる神なので、姿を見せるものとして扱われていない のです。

代わりにあるのが、社の位置です。急流のそば、川の合流点のそば、筏の作業場のそば。どこに建っているかが、この神の輪郭になっています。

社殿には見どころがあります。中野の思子淵神社では、覆屋のなかに三棟が並びます。中央が本殿、南に蔵王権現社、北に熊野社

蔵王権現社は応安四年(1371年)の建立で、ほかの二棟も同じころと見られます。室町前期の社殿三棟がそろって残る例は、きわめて稀です。国の重要文化財に指定されています。

シコブチの伝承物語

  1. 筏を組んで急流を下る
  2. 事故を河童のしわざとする
  3. 河童と交わす約束
  4. 十数社が川沿いに点在する
  5. 七シコブチ ─ 数えられた七社

筏を組んで急流を下る

シコブチが生まれた背景には、筏流しがあります。

山で木を伐り、川まで運び、筏に組んで流す。トラックも道路もない時代、山の材木を運び出す唯一の方法 でした。

高島市の説明はこう書きます。

川には危険な箇所もあり、時には命がけの仕事

安曇川は琵琶湖へ注ぐ川です。上流の針畑川は山間を流れ、流れが急なところがあります。

筏師は、その上に乗って下ります。 岩に当たれば筏は割れ、投げ出されれば流されます。

仕事の危険が、そのまま信仰の理由になりました。 危ない場所の数だけ、社が建っています。

事故を河童のしわざとする

水の事故には、原因が要ります

流れが速かった、岩があった、では気が済みません。誰かのしわざにしないと、次に備えようがない のです。

そこで名指しされたのが、ガタロウでした。

柳田国男は、この呼び名の分布を書いています。

私の郷里の方ではガタロウ(河太郎)とよぶが、この区域は存外広くない。

(柳田の郷里は兵庫県福崎町)

河太郎、ガタロウ、ガタロ。 近畿から中国地方にかけての河童の呼び名です。安曇川の筏師も、この呼び方の圏内にいました。

シコブチは、そのガタロウを叱ります。 退治するのでも封じるのでもなく、叱って人に手を出させない 。神の役目が、はっきり限定されています。

河童と交わす約束

河童との関わり方には、型があります

柳田国男は、奈良県天川村の一族に伝わる話を書きとめました。

奈良縣吉野郡天川村坪ノ内の寺井といふ家名の一族の人々には、耳たぶに針で突いたほどの穴があるといふ。是は昔ガタロ(川童)と約束して、此家の子孫の者は決して取らぬといふので、其しるしに耳たぶに穴をあけて置くことにした

約束の印を、体に付ける。 この一族は取らない、と河童に決めさせた わけです。

この家では、河童を退治した経緯も伝わります。釣り糸に蜘蛛が糸をかけてくるのを警戒し、逆に陸へ引き上げて退治した、という筋です。

退治する。約束する。祀る。 河童との付き合い方は、この三つに分かれます。 シコブチ信仰は、三つめの形にあたります。

十数社が川沿いに点在する

シコブチの社は、流域にいくつもあります

高島市の説明では、こうあります。

現在も十数社点在しています

十七社とシコブチ講が確認されているという記述もあります。どこか一社が本社という形をとっていません。

危ない場所ごとに、その場所の社がある。 川の流れが急なところ、合流点、作業場のそば。

字も大きさもばらばらです。集落ごとに祀り、集落ごとに字を当ててきました。

中野の思子淵神社では、毎年12月と1月に「神事(じんじ)」と呼ばれる行事が続いています。

筏流しは、鉄道と道路が通って終わりました。 仕事が消えても、社と行事は残っています。

七シコブチ ─ 数えられた七社

流域の社のうち、七社をまとめて「七シコブチ」と呼びます。

国立国会図書館のレファレンス記録が、『朽木村志』(1974年)の記述を引いています。

安曇川筋には七シコブチといってシコブチカミを祀るところが七ヵ所ある

坂下・坊村・梅ノ木・久多・小川・岩瀬・中野。 上流から下流へ、川筋に沿って並びます。

このうち久多は京都市左京区です。安曇川は京都府から滋賀県へ流れるため、信仰の範囲が県境をまたいでいます。

地元では「しこぶっつぁん」と呼ばれてきました。同じ記録は、その役目をこう伝えています。

シコブチ神は、地元では『しこぶっつぁん』と親しまれ、かつて盛んだった筏乗りの護り神とされています

七という数は、危ない場所の数でもあります。 川筋のどこで気をつけるかが、社の並びに刻まれています。

シコブチの伝承地域

シコブチの社は、安曇川と針畑川の流域に十数社が点在します。

いずれも、川の流れが急なところや合流点の近くに建っています。社の位置そのものが、どこが危ないかを示しています。

中野の思子淵神社は国の重要文化財です。社殿は覆屋のなかにあります。

思子淵神社(しこぶちじんじゃ)

室町前期の社殿三棟が残るシコブチ社

地図で開く

思子淵神社の所在地:滋賀県高島市安曇川町中野

覆屋のなかに三棟が並びます。中央が本殿、南に蔵王権現社、北に熊野社

蔵王権現社は応安四年(1371年)の建立で、ほかの二棟も同じころと見られます。室町前期の社殿三棟が一体で残る、きわめて稀な例 として国の重要文化財に指定されました。

毎年12月と1月に「神事(じんじ)」と呼ばれる行事が行われています。

JR湖西線 安曇川駅から。社殿は覆屋の中にあり、外からの拝観となる。

志子淵神社(しこぶちじんじゃ)

朽木のシコブチ社

地図で開く

志子淵神社の所在地:滋賀県高島市朽木

安曇川の上流、朽木に鎮座します。同じシコブチでも、この地では「志子淵」の字を当てます。

流域には十数社のシコブチ社があり、どこか一つが総本社という形をとっていません。 危ない場所ごとに、その場所の社が祀られてきました。

JR安曇川駅からバス。朽木は鯖街道の宿場としても知られる。

シコブチの正体と考えられているもの

シコブチの正体は、危険の地図です。

一つめは、事故の説明。急流での水難に原因を与える言葉として、河童ほど便利なものはありませんでした。相手が決まれば、対処も決まります。

二つめは、場所の記憶。社は危ない場所のそばに建ちます。どこで人が死んだかを、社の位置が覚えています。 地図に印を打つのと同じ働きです。

三つめは、仕事の共同体。筏師たちはシコブチ講を作り、社を守ってきました。同じ危険を負う者が、同じ神を祀ります。

シコブチは、河童を退治しません。叱るだけです。

川から河童を追い出してしまえば、川そのものが安全になってしまう。 そうではなく、危ないものはそこにいる。だが手は出させない。 この距離の取り方が、この神の芯にあります。

筏流しは終わりました。それでも社は残り、行事も続いています。

シコブチをめぐる妖怪のつながり

シコブチが登場する作品

シコブチの資料は、本より社そのものが厚いものです。

安曇川と針畑川の流域に十数社が点在し、中野の思子淵神社の社殿三棟は室町前期にさかのぼる国の重要文化財です。 集落ごとに思子淵・志子淵と字が違うのも、現地で見るとわかります。

筏流しという仕事が消えた後も、社は残りました。

シコブチが登場する民話

日本の民話 近江の民話

滋賀県内の昔話を集めた一冊。安曇川の筏師と川の主をめぐる話が、この土地の語りとして並びます。

Amazonで本・漫画を探す

シコブチが登場する研究

綜合日本民俗語彙

各地の民俗語を集めた辞典。シコブチ・ガタロウ・筏流しといった語が引けます。

Amazonで本・漫画を探す

民間信仰辞典

講・権現・勧請などの語を引ける辞典。シコブチ講の形を理解する手がかりになります。

Amazonで本・漫画を探す

シコブチが登場する漫画・アニメ

妖怪をまとめて扱う作品

河童を叱る神という珍しい立場から、河童の項の周辺で触れられます。

近畿の妖怪の本を探す

Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。

シコブチについてよくある質問

シコブチとは何ですか。

滋賀県の安曇川流域で筏師たちが祀った水難除けの神です。川の河童(ガタロウ)を叱りつけて人を守るとされました。流域に十数社が点在します。

なぜ字が統一されていないのですか。

集落ごとに別の字を当ててきたためです。思子淵、志子淵、思古淵などがあり、社の大きさもまちまちです。そのため片仮名で「シコブチ」と書くのがふつうです。

シコブチは河童を退治するのですか。

叱るだけです。退治も封じもしません。危ないものはそこにいるが、人には手を出させない、という距離の取り方が特徴です。

なぜ筏師が祀ったのですか。

筏流しは急流を木の筏で下る危険な仕事で、水難が絶えなかったためです。高島市の説明では、社は「川の流れが急な所や川の合流点に設けられた作業場の近くに立地」しています。

シコブチの社はどこで見られますか。

高島市安曇川町中野の思子淵神社が代表です。室町前期の社殿三棟が残り、国の重要文化財に指定されています。上流の朽木にも志子淵神社があります。

七シコブチとは何ですか。

安曇川筋の七社をまとめた呼び名です。『朽木村志』に「安曇川筋には七シコブチといってシコブチカミを祀るところが七ヵ所ある」とあります。坂下・坊村・梅ノ木・久多・小川・岩瀬・中野で、久多は京都市左京区にあたります。

シコブチと併せて覚えたい言葉・用語

筏流し(いかだながし)

山から切り出した材木を筏に組み、川を下って運ぶ運搬法。

ガタロウ(がたろう)

近畿から中国地方にかけての河童の呼び名。河太郎とも書く。

シコブチ講(しこぶちこう)

筏師たちがシコブチを祀るために作った集まり。

蔵王権現(ざおうごんげん)

修験道の本尊。思子淵神社では本殿の南に社が並ぶ。

シコブチの参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. びわ湖高島文化財めぐり「シコブチ信仰」
  2. 青空文庫 柳田国男「故郷七十年」
  3. 青空文庫 柳田国男「耳たぶの穴の一例」
  4. 国立国会図書館 レファレンス協同データベース「シコブチ神・シコブチ信仰の資料」