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福岡県

海御前(うみごぜん)とはどんな妖怪か|姿と伝承

海御前  / ウミゴゼン

水の妖怪 各地の伝説

福岡県に伝わる海の妖怪。河童の女親分とされ、壇ノ浦で入水した平家の女性が化身したという。

海御前の姿を描いた図

C2revenge 「大積の河童像と説明板(北九州市門司区)」 2021年 / CC BY-SA 出典

海御前とはどんな妖怪か

海御前はひとことで言えば、河童の女親分です。

福岡県の旧宗像郡東郷村、現在の宗像市と、北九州市門司区大積に伝わる海の妖怪です。

かつて壇ノ浦の戦いで敗れた平家が海へ身を投じた際、武将・平教経の奥方が福岡まで流れ着き、河童に化身したものとされます。

奥方ではなく母親という説もあります。

ほかの女官たちは手下の河童に、武将たちはヘイケガニに化身したと言い伝えられます。

普段はほかの河童たちを支配していますが、毎年五月五日だけは支配を解いて河童たちを自由に放します。

その際、ソバの花が咲く前に帰るようにと告げるといいます。

海御前の漢字表記と読み方

読みは「うみごぜん」です。「あまごぜ」とも読まれます。

「御前」は、身分の高い女性に対する敬った呼び方です。妖怪の名でありながら敬称が付いているところに、この存在の扱われ方が表れています。

平教経の奥方、あるいは母親であったとされることから、その身分に応じた呼び名が保たれたとみられます。

「あま」と読む場合は、海に潜って漁をする者を指す言葉とも重なります。

同じ字で二通りの読みがあり、どちらが古いかは分かっていません。

なお、裏門司地区の大積には、教経の奥方を葬ったという「海御前の碑」が現在も建てられています。

海御前(うみごぜん)

もっとも一般的な書き方と読み。

海御前(あまごぜ)

同じ字を別に読んだ形。

海御前の碑(うみごぜんのひ)

門司区大積に建てられている碑。

海御前の姿と特徴

海御前の姿は、話のなかで具体的には描かれません。

立場 … 河童の女親分。ほかの河童たちを支配する。
もとの姿 … 平教経の奥方、あるいは母親。
手下 … 河童となった女官たち。
同じときに化身したもの … 武将たちはヘイケガニになった。
恐れるもの … 白いソバの花。

顔かたちや体つきについての伝えは確かめられませんでした。

河童に化身したとされる以上、河童の姿と考えるのが自然ですが、それを明記した記述は見当たりません。

かわりに詳しいのは、振る舞いです。

河童たちを支配し、年に一度だけ自由にし、期限を告げる。人に危害を加える際にも相手を選ぶ。

姿ではなく、統率する者としての立ち居振る舞いで語られる妖怪です。

なお、ヘイケガニは甲羅の模様が人の顔のように見えるカニで、平家の亡霊と結び付けて語られてきました。

海御前の伝承物語

  1. 壇ノ浦から流れ着いた
  2. ヘイケガニと平家の亡霊
  3. ソバの花が咲く前に帰れ
  4. 白い色を恐れ続ける
  5. 源氏以外に手を出さなかった
  6. 平家の記憶を持ち続ける

壇ノ浦から流れ着いた

海御前の由来は、壇ノ浦の戦いにさかのぼります。

平家が敗れ、人々が海へ身を投じたときのことです。

武将平教経の奥方は、福岡まで流れ着き、河童に化身したとされます。奥方ではなく母親という説もあります。

このとき、ほかの女官たちは手下の河童に、武将たちはヘイケガニに化身したと言い伝えられます。

つまりこの話では、平家一門がまるごと海の生き物に姿を変えたことになります。

ヘイケガニと平家の亡霊

ヘイケガニは、甲羅の模様が人の顔のように見えるカニです。壇ノ浦の近い海でとれることから、古くから平家の亡霊と結び付けて語られてきました。

海御前の話は、その連想をさらに広げたものといえます。

女は河童になり、男はカニになった。

敗れた者が海の生き物になるという発想は、日本の各地に見られます。

伝承地が宗像市と北九州市門司区であることも、壇ノ浦から流れ着くという筋書きに合っています。

門司区の大積には、教経の奥方を葬ったという碑がいまも建っています。

ソバの花が咲く前に帰れ

海御前の話でもっとも印象的なのは、ソバの花にまつわる部分です。

普段はほかの河童たちを支配していますが、毎年五月五日だけは支配を解いて河童たちを自由に放します。

このとき、河童たちにソバの花が咲く前に帰るようにと告げるといいます。

なぜソバの花なのか。

自分たち平家を滅ぼした源氏の旗印が白であるため、白い色のソバの花を恐れているのだといいます。

海御前自身も、ソバの花が咲く時期には住処にこもって一歩も外へ出ず、わなわなと震え上がりながら過ごすといいます。

白い色を恐れ続ける

滅ぼされてから何百年も経ってなお、白い色を恐れ続けている。

この一点が、海御前という妖怪の性格をすべて語っています。

恐ろしい妖怪でありながら、恐れているのは花です。

支配する立場でありながら、その支配を年に一度は自ら解きます。

そして、放った手下に対して告げるのは、危険を避けるための期限です。

親分でありながら、守る者でもある。 そうした姿が、この話には描かれています。

源氏以外に手を出さなかった

海御前には、もう一つ変わった性質があります。

平家出身であるため、人に危害を加える際も、源氏の人間以外に手を出すことは決してなかったと伝えられています。

河童は、人を水に引き込むもの、生き胆を抜くものとして各地で恐れられてきました。

しかし海御前は、相手を選びます。

恨みの対象が定まっているという点で、ただ人を襲う妖怪とは性格が違います。

これは、海御前が「もとは人であった」ことを前提にした語り方です。

平家の記憶を持ち続ける

平家の女性であった記憶を持ち続けているからこそ、源氏を恨み、それ以外には手を出しません。

同じ理由で、白いソバの花を恐れます。

妖怪になっても、生前の立場を捨てていないのです。

この伝えの名残として、裏門司地区の大積には現在も「海御前の碑」が建てられています。教経の奥方を葬ったとされる場所です。

碑があるということは、この存在が弔われるべき人として扱われてきたことを示します。

恐れる相手であると同時に、悼む相手でもありました。

海御前の伝承地域

海御前の伝承地は、福岡県の二か所です。

一つは旧宗像郡東郷村、現在の宗像市。もう一つは北九州市門司区大積です。

このうち門司区大積には、平教経の奥方を葬ったという「海御前の碑」が現在も建てられています。

壇ノ浦の戦いの舞台からそう遠くない土地であり、流れ着いたという筋書きに合っています。

宗像市の側に碑や祠があるかは確かめられませんでした。

伝えのなかで具体的に確かめられる場所は、門司区大積の碑だけです。

海御前の碑(うみごぜんのひ)

奥方を葬ったと伝わる地

地図で開く

海御前の碑の所在地:福岡県北九州市門司区大積

裏門司地区の大積にある碑です。

平教経の奥方を葬ったという言い伝えの名残として、現在も建てられています。

海御前が伝わる二つの土地のうち、目に見える形で残っているのはこちらです。

妖怪でありながら弔われてきたことを示す場所にあたります。

碑の建てられた年は確かめられませんでした。

旧宗像郡東郷村(きゅうむなかたぐんとうごうむら)

海御前が伝わる地

地図で開く

旧宗像郡東郷村の所在地:福岡県宗像市

海御前の伝承地の一つです。現在の宗像市にあたります。

河童の女親分として、ほかの河童たちを支配していたと伝えられます。

毎年五月五日だけ支配を解き、ソバの花が咲く前に帰るよう告げたといいます。

門司区大積とともに、この妖怪が伝わる土地です。

この土地に碑や祠があるかは確かめられませんでした。

海御前の正体と考えられているもの

海御前の正体については、次のように考えられています。

平家の亡霊が姿を変えたものとする見方が、伝えのなかにそのまま書かれています。壇ノ浦で入水した平教経の奥方が福岡まで流れ着き、河童に化身したというものです。

平家伝説の一つとする見方も重要です。ヘイケガニは甲羅の模様が人の顔に見えることから、古くから平家の亡霊と結び付けて語られてきました。海御前の話は、その連想を女官や奥方にまで広げたものといえます。

河童を束ねる存在への説明とする見方もあります。河童が群れをなすものとされる土地では、その頭にあたるものが必要になります。海御前はその役を担っています。

五月五日という日付にも意味があるとみられます。この日は節句にあたり、水にまつわる行事が各地にあります。河童を放つ日として選ばれたことは偶然ではないでしょう。

弔いの対象でもあります。 門司区大積に碑があることは、この存在が恐れられただけでなく、悼まれてきたことを示しています。

海御前をめぐる妖怪のつながり

海御前が登場する作品

海御前は、平家伝説と河童伝説が重なったところにある妖怪です。

江戸時代の絵師が描いた例は確かめられませんでした。姿の記述もほとんど残っていません。

かわりに、五月五日の解放、ソバの花への恐れ、源氏以外に手を出さないという性質が、はっきりした形で伝わっています。

門司区大積の碑は、この話が土地に根づいていたことを示す数少ない手がかりです。

海御前が登場する伝え

宗像市の言い伝え

河童の女親分として、五月五日に河童を放つ話を伝えます。

門司区大積の言い伝え

教経の奥方を葬ったという海御前の碑が残されています。

海御前が登場する書物

妖怪を扱う各種の事典

河童の女親分として、九州の河童の話とともに紹介されます。

海御前が登場するそのほか

平家の伝説を扱う各種の作品

ヘイケガニとあわせて、敗れた者の化身として語られます。

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海御前についてよくある質問

海御前とは何ですか。

福岡県の旧宗像郡東郷村、現在の宗像市と、北九州市門司区大積に伝わる海の妖怪です。河童の女親分といわれ、壇ノ浦の戦いで海へ身を投じた平教経の奥方が福岡まで流れ着いて河童に化身したものとされます。

なぜソバの花を恐れるのですか。

自分たち平家を滅ぼした源氏の旗印が白であるため、白い色のソバの花を恐れているのだといいます。花の咲く時期には住処にこもり、震えながら過ごすとされます。

五月五日には何が起きますか。

普段は河童たちを支配していますが、この日だけは支配を解いて自由に放します。その際、ソバの花が咲く前に帰るようにと告げるといいます。

人を襲うのですか。

平家出身であるため、人に危害を加える際も源氏の人間以外に手を出すことは決してなかったと伝えられています。

ゆかりの場所はありますか。

福岡県北九州市門司区大積に「海御前の碑」が建てられています。平教経の奥方を葬ったという言い伝えの名残とされます。

海御前と併せて覚えたい言葉・用語

平教経(たいらののりつね)

平家の武将。その奥方あるいは母親が海御前になったとされる。

ヘイケガニ(へいけがに)

甲羅の模様が人の顔に見えるカニ。武将たちが化身したと伝わる。

大積(おおしゃく)

北九州市門司区の地区。海御前の碑が建てられている。

御前(ごぜん)

身分の高い女性への敬った呼び方。妖怪の名に残っている。