川から黒い毛だらけの手が出て鉄砲を奪った。
川熊とはどんな妖怪か
川熊は、秋田県に伝わる妖怪です。
秋田県雄物川流域に現れたとされます。
菅江真澄による江戸時代の書物『月乃出羽路』に記述があります。
話は、猟の最中です。
猟師が雄物川で猟をしていた最中に、川の中から真っ黒な毛だらけの手が現れ、殿様の鉄砲を奪いました。
殿様の鉄砲です。
取り返しに行きました。
悪戦苦闘の末に家来が、雄物川でも最大の真所といわれる洪福寺淵という場所に潜り、川熊から鉄砲を取り返しました。
その鉄砲はのちに「川熊の鉄砲」「川熊の御筒」と呼ばれるようになりました。
川熊の漢字表記と読み方
読みは「かわぐま」です。
川にいる熊、という形の名です。
ただし、熊の姿とは伝わっていません。
真っ黒な毛だらけの手とだけあります。
別の話では、猫の足でした。
それは猫の前足のようなものだったといいます。
そして、名古屋では改名されました。
文政10年(1827年)には中津川で鼠色で光沢のある川熊が捕獲され、名古屋で見世物にされました。
その際に「川は水に縁があるので、雨にならないように」との理由で「猪熊」と名づけられました。
川熊(かわぐま)
もっとも一般的な表記。
猪熊(いのくま)
名古屋で見世物にされた際の名。
河熊(かわぐま)
信濃川に伝わる同発音の妖怪。
川熊の鉄砲(かわぐまのてっぽう)
取り返された鉄砲の名。
川熊の姿と特徴
川熊の姿は、手だけが伝わっています。
川の中から真っ黒な毛だらけの手が現れたといいます。
黒い毛だらけの手です。
別の話では、猫でした。
それは猫の前足のようなものだったといいます。
捕獲された話では、色が違います。
中津川で鼠色で光沢のある川熊が捕獲されたといいます。
鼠色で、光沢があります。
全身の姿は、どの話にも書かれていません。
川熊の伝承物語
殿様の鉄砲を取り返した
最初の話は、猟の最中です。
猟師が雄物川で猟をしていた最中に、川の中から真っ黒な毛だらけの手が現れ、殿様の鉄砲を奪いました。
殿様の物です。
捨て置けません。
悪戦苦闘の末に家来が、雄物川でも最大の真所といわれる洪福寺淵という場所に潜りました。
いちばん深い淵です。
川熊から鉄砲を取り返しました。
取り返しました。
その鉄砲には、名がつきました。
その鉄砲はのちに「川熊の鉄砲」「川熊の御筒」と呼ばれるようになりました。
道具のほうに名が残っています。
ナタで斬った手が残った
別の話では、船頭が出会いました。
ある船頭が雄物川の岸に船をつけたところ、水音と共に何者かが船の淵に手を掛けました。
船べりに手が掛かりました。
驚いて、斬ります。
驚いてナタで斬り落としたところ、それは猫の前足のようなものでした。
猫の前足です。
その手は、残されました。
雄物川下流の河辺郡川添村椿川(現・秋田市雄和)で川熊の手として残されたといいます。
物として残っています。
鉄砲と手、二つの品が伝わりました。
見世物にされ、改名された
捕らえられた記録も、あります。
文政10年(1827年)には中津川で鼠色で光沢のある川熊が捕獲され、名古屋で見世物にされました。
見世物です。
そのとき、名を変えられました。
その際に「川は水に縁があるので、雨にならないように」との理由で「猪熊」と名づけられました。
雨が降ると客が来ません。
そこで、川の字を外しました。
同じ発音の妖怪が、信濃川にもあります。
信濃川では、これと同発音の河熊なる妖怪が堤を切って大水をもたらすといいます。
「あの土手が潰れたのは河熊の仕業だ」などと言うそうです。
この信濃川の河熊がどのようなものかは、伝承に残っていません。
川熊の伝承地域
川熊は、秋田県雄物川流域に現れたとされます。
雄物川でも最大の真所といわれる洪福寺淵が舞台です。
雄物川下流の河辺郡川添村椿川(現・秋田市雄和)で川熊の手として残されたといいます。
同じ名は、ほかの土地にもあります。
中津川(1827年に捕獲され、名古屋で見世物)。
信濃川(河熊が堤を切って大水をもたらす)。
訪ねる際は、現地の案内をご確認ください。
川熊の正体と考えられているもの
川熊については、次のように整理できます。
一つめは、出どころです。菅江真澄による江戸時代の書物『月乃出羽路』に記述があります。
二つめは、鉄砲です。川の中から真っ黒な毛だらけの手が現れ、殿様の鉄砲を奪い、家来が洪福寺淵に潜って取り返し、「川熊の鉄砲」「川熊の御筒」と呼ばれるようになりました。
三つめは、手です。船の淵に手を掛けたのでナタで斬り落としたところ、それは猫の前足のようなものであり、川熊の手として残されたといいます。
四つめは、見世物です。文政10年には中津川で鼠色で光沢のある川熊が捕獲され、名古屋で見世物にされ、「猪熊」と名づけられました。
五つめは、信濃川の河熊です。堤を切って大水をもたらすといい、どのようなものかは、伝承に残っていません。
この妖怪は、品物として残りました。 鉄砲と手が、その証拠として伝えられています。
川熊をめぐる妖怪のつながり
川熊が登場する作品
川熊は、品物が残った妖怪です。
奪った鉄砲と斬られた手が、それぞれ土地に伝えられました。
資料は菅江真澄の書物が中心です。
川熊が登場する古典
月乃出羽路
菅江真澄。秋田の地誌。川熊の記述があります。
川熊が登場する漫画・アニメ
水の妖怪を扱う作品
河童や川男と並べて取り上げられます。
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川熊についてよくある質問
川熊とは何ですか。
秋田県雄物川流域に現れたとされる妖怪で、菅江真澄による江戸時代の書物『月乃出羽路』に記述があります。
どんな姿ですか。
川の中から真っ黒な毛だらけの手が現れたといい、別の話では猫の前足のようなものでした。
鉄砲の話とは何ですか。
殿様の鉄砲を奪い、家来が洪福寺淵に潜って取り返し、「川熊の鉄砲」「川熊の御筒」と呼ばれるようになりました。
なぜ猪熊と呼ばれたのですか。
「川は水に縁があるので、雨にならないように」との理由です。名古屋で見世物にされた際のことです。
川熊と併せて覚えたい言葉・用語
雄物川(おものがわ)
秋田県を流れる川。
真所(まどころ)
川のいちばん深いところ。
菅江真澄(すがえますみ)
江戸時代の旅行家・記録者。東北を巡った。