夜の山道で人の後をつき、転べば襲うと恐れられる一方、ほかの獣から守って家や次の集落まで送るとも語られた山犬の怪異。
送り犬とはどんな妖怪か
送り犬は、夜道を歩く人の後ろへ山犬がついて来る怪異です。足を滑らせて転ぶと襲われるという緊張した話と、旅犬やほかの獣から人を守って送る話の両方があります。
無事に家へ着いた後の別れ方も土地ごとに違います。「ご苦労だった」と声をかける、塩を戸口へ置く、握り飯と草鞋を渡すなどの記録があります。転びかけたときも、休んだ、物を拾ったと声や仕草で示せば襲われないとされました。
危険な山犬と守護するお犬様が同じ距離を保って歩き、人が礼儀と平静を守れるか見届ける怪異です。
送り犬の漢字表記と読み方
「送り犬」は「おくりいぬ」と読みます。「送り狼」「山犬」「お犬様」と重なる記録があります。
犬と狼の呼び分けは、土地ごとに入り混じります。同じ話の中で送り犬と山犬を併記する例もあります。
送り犬(おくりいぬ)
夜道の人を後ろから送る山犬の呼び名。
送犬(おくりいぬ)
「り」を省いた表記。
送り狼(おくりおおかみ)
狼の名で語られる近い伝承。土地によって犬・山犬・狼の呼称が揺れる。
送り犬の姿と特徴
送り犬は大きな犬または山犬として語られますが、毛色、目の数、尾、体長は共通していません。姿を見ず、後ろの藪を進む音だけで気づく話もあります。
重要なのは外見より行動です。人と一定の距離を保って後をつき、転倒を待つように見えながら、別の獣を近づけず、集落や家の入口まで離れません。現れるのは山の犬です。
送り犬の伝承記録
夜の山道で、後ろの音が離れない
人が一人で山道を歩くと、後ろの藪や道から犬の足音が続きます。振り切ろうとして急げば転ぶ危険が増え、立ち止まれば犬も距離を取って待つとされます。
石川県鳥越村の記録では、犬が待ち構える場所から次の集落までついて来ました。腰に縄を付けると近づかなかったため、夜歩く人が縄を身につけたともいいます。
送り犬が現れる区間には始まりと終わりがあり、集落の境や橋が別れの場所になります。山中と人里の境界を越えるあいだだけ、犬の気配が同行する構造です。
転んだ瞬間に襲うと恐れられる
飛騨の採録では、送り犬に送られている間に倒れると害を受けると恐れられました。山梨の記録でも、転ぶと襲いかかる一方、物を拾うふりをして転倒ではないように見せれば助かるとされます。
山道で足元を失うことが、生死の境になります。送り犬は人を無差別に追うのではなく、転倒という一瞬を見定める存在として語られます。
「一休みした」「物を拾った」と言い繕う対処は、転倒に見せない知恵です。恐怖の中でも平静を装い、自分の動作の意味を犬へ伝える言葉の知恵です。
家まで着いたら、礼を告げて別れる
山梨の忠兵衛の話では、送り犬が人家の近くで消えても、再び暗い道へ出ると後をつきました。橋のたもとで「ごくろうよう」と声をかけると、ようやく姿を隠します。
飛騨では家の戸口に塩を一つかみ置き、労をねぎらうと帰ったとされます。播磨の記録には、握り飯と草鞋片足を与える話もあります。礼を言わず追い払うことは、危険な別れ方でした。
食べ物だけでなく旅を終えた草鞋を渡す点には、道中を共にした相手への返礼が表れます。到着は人が安全圏へ入る瞬間であると同時に、山の存在と正しく別れる儀礼でした。
旅犬から人を守る送り犬もいる
送り犬には、人を守る側の顔もあります。柳田国男が採録した妖怪名彙には、群れをなす旅犬から人を守るとも記されます。埼玉の送り狼も、ほかの動物の危険を避けながら人を送る存在です。
守っている間でも、人が転べば野性を現すとされます。護衛と捕食者が分かれず、人の振る舞いによってどちらの面が現れるか変わります。
山犬を完全な悪役にも飼い犬のような味方にもせず、畏れと恩恵を同時に語るところが特徴です。無事に歩き切り、礼を尽くした人だけが守られた経験として話が閉じます。
送り犬の伝承地域
送り犬・送り狼は石川、山梨、岐阜、長野、兵庫など広く採録され、一地点を代表住所にできません。現代の登山道では、伝承上の対処ではなく、自治体や警察の安全情報に従う必要があります。
送り犬の正体と考えられているもの
送り犬の背景には、かつて山地にいたニホンオオカミや野犬、人の後を一定距離で追う動物の行動が考えられます。暗い山道で自分の足音と別の音を聞き分けにくい状況も、気配の伝承へ重なります。
しかし、礼を理解して護衛し、塩や握り飯を受け取る筋は、人と獣の付き合い方の話です。山の獣を恐れながらも、礼を守れば共存できる相手として語った怪異です。
送り犬をめぐる妖怪のつながり
送り犬が登場する作品
送り犬の採録は、転倒すると襲う話、ほかの獣から守る話、到着後に礼や食べ物を渡す話をそれぞれ伝えます。土地によって塩、握り飯、草鞋、ねぎらいの言葉が異なります。
送り犬・送り狼・山犬は重なる呼び名で、対処の作法は土地ごとに違います。採録地と話の筋を組にして読む必要があります。
送り犬が登場する民俗採録
飛騨国朝日高根の送り犬
倒れると害を受け、戸口で塩と礼を示すと帰る話。
山梨県の送り犬・山犬
夜道について来て、橋のたもとで労をねぎらうと姿を消す話。
柳田国男「妖怪名彙」
転倒を待つ面と、旅犬の群れから守る面を併記する。
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送り犬についてよくある質問
送り犬とはどんな妖怪ですか。
夜の山道で人の後をつき、転ぶと襲う一方、旅犬やほかの獣から守って家や次の集落まで送り、礼を受けると山へ帰るとも語られた山犬の怪異です。
送り犬につかれたときはどうしたと伝わりますか。
転ばずに歩き、転びかけたら休んだ、物を拾ったと示し、到着後に労をねぎらう話があります。対処は地域ごとに異なります。
送り犬と送り狼は同じですか。
非常に近い伝承で、同じ話に犬・山犬・狼の名が併記される例もあります。ただし、転倒時の言葉や到着後の礼、送る区間などの細部は採録地ごとに異なります。
送り犬は人を守りますか。
群れをなす旅犬やほかの動物から守り、夜道を家まで送る話があります。一方で転倒すると襲うともされ、同じ山犬が守護と危険の両面を持ちます。
送り犬と併せて覚えたい言葉・用語
山犬(やまいぬ)
山にいる犬状の獣。オオカミを含む呼び方として使われることがある。
旅犬(たびいぬ)
群れで移動する犬。送り犬が人を守る相手として記録に現れる。
お犬様(おいぬさま)
狼や山犬を畏敬して呼ぶ名。守護する送り犬の性格と重なる。
送り犬の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。