土佐の山で笑い声を上げるという妖怪。遭った者は半死半生になるとされた。

作者不明 「笑い女」 江戸時代後期 / パブリックドメイン 出典
笑い女とはどんな妖怪か
笑い女はひとことで言えば、山で笑いかけてくる女です。
土佐国山北、現在の高知県香南市に伝わります。
江戸時代末期から明治時代初期の作とみられる妖怪絵巻『土佐化物絵本』に記述があります。
毎月一日、九日、十七日に山に入るとこれに遭い、半死半生になってしまうといわれました。
「勝賀瀬の赤頭」「本山の白姥」と並び、土佐の三大妖魔の一つとされます。
同じ高知でも、幡多郡宿毛市や土佐郡土佐山村では、夜の深山で姿を見せずに笑い声をあげるものといわれます。
土佐山村、現在の高知市では、笑い女は麦の熟す時分に現れるといいます。
タヌキが正体とされることもあります。
笑い女の漢字表記と読み方
読みは「わらいおんな」です。
同じ話が、文化年間の土佐の地誌『南路志』にもあります。しかしそこでの題は「笑い男」であり、登場するのは女ではなく十代半ばの少年です。
同じ出来事が、女の話としても男の話としても記録されているわけです。
どちらが先かは分かっていません。
鳥山石燕の妖怪画集『今昔百鬼拾遺』には「倩兮女」という妖怪があります。読みは「けらけらおんな」です。
笑い声が恐怖を与えるという趣向で描かれており、笑い男や笑い女と同種のものと解釈されています。
西土佐山村では「山女郎」が人前に現れて大笑いするといい、一緒に笑うと食われるとされます。
笑い女(わらいおんな)
『土佐化物絵本』での呼び方。
笑い男(わらいおとこ)
『南路志』では同じ話が少年の姿で語られる。
倩兮女(けらけらおんな)
鳥山石燕が描いた、同種とされる妖怪。
笑い女の姿と特徴
笑い女の姿は、次のように語られます。
年頃 … 十七、八歳ほどの女性。
行い … 人を指差して笑う。
笑い声の広がり … 次第に高くなり、周りの石、植物、水、風までもが大笑いしているように轟く。
遭った後 … 半死高生になる。笑い声が耳に残り続ける。
芸西村白髪での姿 … 若い女が現れて笑い出す。
恐ろしいのは姿ではなく、笑い声そのものです。
『南路志』の「笑い男」では、逃げ帰った者が後にその笑い声を思い出すとき、耳に鉄砲を撃ち込まれたような音がしたと記されます。
宿毛市や土佐山村では、そもそも姿を見せません。夜の深山で笑い声だけが聞こえます。
姿があってもなくても、話は成り立ちます。 この妖怪の核は、聞こえてくる笑い声にあります。
笑い女の伝承物語
樋口関太夫の話
『土佐化物絵本』には、次のような話が載ります。
樋口関太夫という者が、山に入ってはいけないという言い伝えを無視し、家来たちを引き連れて山に入りました。
すると、十七、八歳ほどの女性が関太夫を指差して笑っていました。
笑い声は次第に高くなります。
やがて周りの石、植物、水、風までもが大笑いしているかのように、笑い声が轟きました。
関太夫たちは慌てて逃げ帰ります。
家来たちは麓で気絶しましたが、関太夫はどうにか無事に帰り着きました。
しかし話には続きがあります。
関太夫が死ぬまで、あの笑い声は耳に残っていたといいます。
この結び方が、笑い女の話をとりわけ恐ろしいものにしています。
命は助かった。しかし逃れられてはいない。
『南路志』の「笑い男」では、笑い声を思い出すときに耳へ鉄砲を撃ち込まれたような音がしたと記されます。
音が体に残るという形で、怪異は続いていきます。
つられて笑ってはいけない
笑い女の伝えには、笑い返してはいけないという戒めが繰り返し出てきます。
芸西村白髪では、次のような話が伝わります。
タカサデ山という場所に、二人の老婆が山菜を採りに行きました。
すると若い女が現れて笑い出します。老婆たちもつられて笑いました。
女がいなくなった後も老婆たちは笑いこけ、その挙句、何日も熱病に侵されたといいます。
西土佐山村では、山女郎が人前に現れて大笑いし、一緒に笑うと食われるといわれます。
山姫と同じ形 ─ 笑い返せば死ぬ
この形は、山姫の伝えとまったく同じです。
山姫も、笑いかけられて笑い返すと血を吸われて死ぬとされました。
つまり「山で笑い返すな」という戒めが、四国から九州にかけて広く共有されていたことになります。
なぜ笑いが危険なのか。
笑いは、相手に応じる行いです。応じてしまえば、相手との関わりが成立します。
山で出会った正体の知れないものと関わりを結んではならない。この戒めが、笑いという分かりやすい形で語られたとみることができます。
退治に使われた剣
笑い女の話には、退治したという伝えもあります。
香我美町、現在の香南市では、笑い女を退治した際に用いたという剣が、土居城の跡地の「ツルギ様」という祠に祀られています。
姿の無い笑い声の怪異でありながら、それを退治した剣が物として残っているわけです。
一方、笑い女の正体をタヌキとする伝えもあります。
四国はタヌキの話が非常に多い土地です。人を化かし、音を立て、姿を変えるものとしてタヌキが語られてきました。
声だけが聞こえる ─ 姿を見せない笑い
笑い声だけが聞こえて姿が見えないという怪異も、タヌキの仕業として説明されました。
土佐山村、現在の高知市では、笑い女は麦の熟す時分に現れるといいます。
季節が決まっているという点は重要です。麦の刈り入れは、人手が要り、山と里を行き来する時期にあたります。
山に人が多く入る時期に、山の怪異が語られる。 偶然ではないとみられます。
なお、笑い女は「勝賀瀬の赤頭」「本山の白姥」と並んで土佐の三大妖魔の一つに数えられています。
土佐の山に笑い男 ─ 同じ話が別の性で語られる
笑うのは女だけではありません。柳田国男は、同じ土佐の山で笑い男が出るという記録を挙げています。
土佐の大忍郷の山中に、笑い男という十四五歳の少年が出て笑うことが、『土州淵岳志』に書留めてある
十四、五歳の少年が、山中で笑う。笑い女と、まったく同じ形です。
柳田はこれを誤解や誇張と切り捨てながら、そのうえで一歩踏み込みました。
こういう偶然の一致がある以上は、誤解にもなお尋ぬべき原因があるわけである
離れた土地で、同じ形の話が別々に立ち上がる。 その一致そのものに理由がある、という見方です。
山で人に出会い、笑いかけられ、返してはいけない。相手の性別が入れ替わっても、禁は変わりません。
笑い女の伝承地域
笑い女の伝承地は、高知県香南市の山北です。『土佐化物絵本』はここを舞台としています。
旧香我美町の土居城跡には、退治に用いたという剣を祀るツルギ様の祠があります。
同じ名の妖怪は、幡多郡宿毛市や土佐郡土佐山村にも伝わり、こちらは夜の深山で姿を見せずに笑い声をあげるものといわれます。
芸西村白髪のタカサデ山、西土佐山村など、高知県内の各地に似た話が広がっています。
土佐山村、現在の高知市では、麦の熟す時分に現れるといいます。
山北(やまきた)
『土佐化物絵本』での伝承地
山北の所在地:高知県香南市
『土佐化物絵本』が笑い女の伝承地とする土地です。
毎月一日、九日、十七日に山に入るとこれに遭い、半死半生になってしまうといわれました。
樋口関太夫が言い伝えを無視して山に入り、笑い声に襲われたのもこの一帯です。
土佐の三大妖魔の一つとされます。
山に入ったとされる正確な場所は伝わっていません。
ツルギ様(つるぎさま)
退治に使った剣を祀る祠
ツルギ様の所在地:高知県香南市
旧香我美町の土居城の跡地にある祠です。
笑い女を退治した際に用いたという剣が祀られていると伝えられます。
姿の無い笑い声の怪異でありながら、それを退治した物が残っている珍しい例です。
祠の名も、剣にちなむものとみられます。
剣そのものを確かめた記録は見つかりませんでした。
笑い女の正体と考えられているもの
笑い女の正体については、次のように考えられています。
タヌキとする見方があります。四国はタヌキの話が非常に多い土地で、姿を見せずに音だけを立てる怪異は、しばしばタヌキの仕業とされてきました。
山に入る日を守らせるための話とする見方もあります。毎月一日、九日、十七日という決まった日に遭うとされ、樋口関太夫はその言い伝えを無視して山に入りました。 日を守らなかったことが災いの原因になっています。
笑い返す危険を語る話とする見方は重要です。芸西村白髪では、つられて笑った老婆たちが何日も熱病に侵されました。山姫の伝えとも共通する形です。
音の怪異とする見方もあります。宿毛市や土佐山村では姿を見せず、笑い声だけが聞こえます。古杣と同じく、山中の音に形を与えたものと読むこともできます。
男とも女とも語られます。 『南路志』では同じ話が「笑い男」となっており、登場するのは十代半ばの少年です。どちらが古いかは分かっていません。
笑い女をめぐる妖怪のつながり
笑い女が登場する作品
笑い女は、絵巻によって伝わってきた妖怪です。
『土佐化物絵本』の記述がなければ、この妖怪の姿と話は残らなかったとみられます。
同じ話が『南路志』では「笑い男」となっていることは、伝えがまだ固まっていなかったことを示しています。
鳥山石燕の「倩兮女」は、笑い声が恐怖を与えるという趣向で描かれており、同種のものと解釈されています。
笑い女が登場する絵巻
土佐化物絵本
江戸末期から明治初期の作とみられる妖怪絵巻。笑い女の記述があります。
笑い女が登場する書物
南路志
文化年間の土佐の地誌。同じ話を「笑い男」として載せます。
あの世・妖怪・陰陽師
高知県立歴史民俗資料館の編。県内の怪異を扱っています。
笑い女が登場する絵
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笑い女についてよくある質問
笑い女とは何ですか。
土佐国山北、現在の高知県香南市に伝わる妖怪です。妖怪絵巻『土佐化物絵本』に記述があります。毎月一日、九日、十七日に山に入るとこれに遭い、半死半生になってしまうといわれました。
どんな話が伝わっていますか。
樋口関太夫という者が言い伝えを無視して山に入ったところ、十七、八歳ほどの女性が指差して笑い、笑い声は石や植物、水、風までもが大笑いするように轟きました。関太夫が死ぬまで、その笑い声は耳に残っていたといいます。
つられて笑うとどうなりますか。
芸西村白髪では、若い女につられて笑った二人の老婆が、女がいなくなった後も笑いこけ、何日も熱病に侵されたといいます。西土佐山村では、一緒に笑うと食われるといわれます。
笑い男とは何ですか。
文化年間の土佐の地誌『南路志』に載る、笑い女とまったく同じ話です。ただし登場するのは女ではなく十代半ばの少年です。どちらが先かは分かっていません。
正体は何だとされていますか。
タヌキが正体とされることがあります。また、旧香我美町の土居城跡にあるツルギ様という祠には、笑い女を退治した際に用いたという剣が祀られていると伝えられます。
笑い女と併せて覚えたい言葉・用語
土佐化物絵本(とさばけものえほん)
江戸末期から明治初期の妖怪絵巻。笑い女の記述を載せる。
南路志(なんろし)
文化年間の土佐の地誌。同じ話を「笑い男」として収める。
倩兮女(けらけらおんな)
鳥山石燕が描いた妖怪。笑い女と同種と解釈されている。
土佐の三大妖魔(とさのさんだいようま)
笑い女、勝賀瀬の赤頭、本山の白姥を並べた呼び方。
笑い女の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。