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群馬県

茂林寺の釜(もりんじのかま)とはどんな妖怪か|姿と伝承

茂林寺の釜  / モリンジノカマ

狐と狸 怪談・百物語

湯の尽きない茶釜を使った僧。正体は数千年生きた狸。

茂林寺の釜の姿を描いた図

月岡芳年 「茂林寺の文福茶釜」 1889年ごろ / パブリックドメイン 出典

茂林寺の釜とはどんな妖怪か

茂林寺の釜は、江戸の随筆にある化け狸の話です。

松浦静山の随筆『甲子夜話』に登場します

昔話『分福茶釜』のモデルとされます

話は、応永年間です。

応永年間のこと。上州(現・群馬県の茂林寺という寺に守鶴という優秀な僧がいました

守鶴という僧です。

その僧の茶釜が、変わっていました。

彼の愛用している茶釜はいくら汲んでも湯が尽きないという不思議な釜で、僧侶の集まりがあるときはこの釜で茶を振舞っていました

茂林寺の釜の漢字表記と読み方

読みは「もりんじのかま」です。

茂林寺は、群馬県館林市にある寺です。

話の中では「上州の茂林寺」とあります。

そして、昔話のもとになりました。

昔話『分福茶釜』のモデルとされます

この説話をもとにして、昔話の『分福茶釜』が創作されたといわれています

「分福」は、福を分けるという意味です。

湯が尽きない釜が、その名に合っています。

もとの話には、綱渡りの場面はありません。

茂林寺の釜(もりんじのかま)

もっとも一般的な表記。

守鶴(しゅかく)

茶釜を使っていた僧の名。

分福茶釜(ぶんぶくちゃがま)

この話をもとに作られたとされる昔話。

茂林寺の釜の姿と特徴

守鶴の姿は、です。

茂林寺という寺に守鶴という優秀な僧がいました

優秀な僧でした。

正体は、昼寝で見つかります。

守鶴が昼寝をしている様子を別の僧が覗くと、なんと守鶴の股から狸の尾が生えていました

狸の尾です。

そして、途方もない年月を生きていました。

守鶴の正体は狸、それも数千年を生きた狸でした。

かつてインドで釈迦の説法を受け、中国を渡って日本へ来たのでした

茂林寺の釜の伝承物語

  1. いくら汲んでも湯が尽きない
  2. 股から狸の尾が生えていた
  3. 屋島の戦いと釈迦の入滅を見せた

いくら汲んでも湯が尽きない

守鶴の茶釜は、尽きませんでした。

彼の愛用している茶釜はいくら汲んでも湯が尽きないという不思議な釜でした

いくら汲んでもです。

そして、役に立ちました。

僧侶の集まりがあるときはこの釜で茶を振舞っていました

大人数に茶を出せます。

寺には、ありがたい釜でした。

その仕掛けは、後でわかります。

不思議な茶釜も狸の術によるものであったのだといいます。

釜そのものが不思議だったのではありません。

使う僧が、狸でした。

股から狸の尾が生えていた

正体は、昼寝で知れました。

あるときに守鶴が昼寝をしている様子を別の僧が覗くと、なんと守鶴の股から狸の尾が生えていました

尾が出ていました。

そして、素性が明かされます。

守鶴の正体は狸、それも数千年を生きた狸でした。

数千年です。

来歴も語られます。

かつてインドで釈迦の説法を受け、中国を渡って日本へ来たのでした

インドから中国、日本へ来ています。

仏教の伝来と同じ道すじです。

そこが、この話を大きくしています。

屋島の戦いと釈迦の入滅を見せた

正体が知れて、守鶴は去ることにしました。

正体を知られた守鶴は寺を去ることを決意しました

去ります。

そして、最後に見せました。

最後の別れの日、守鶴は幻術によって源平合戦の屋島の戦いや釈迦の入滅を人々に見せたといいます。

屋島の戦いです。

釈迦の入滅です。

どちらも、自分が見てきたものです。

数千年を生きた証拠になっています。

そして、寺を去りました。

この説話をもとにして、昔話の『分福茶釜』が創作されたといわれています

茂林寺の釜の伝承地域

茂林寺の釜は、上州(現・群馬県の茂林寺に伝わります。

応永年間のこととされます。

茂林寺は、群馬県館林市にある曹洞宗の寺です。

守鶴という優秀な僧がいたとされます。

訪ねる際は、現地の案内をご確認ください。

青龍山 茂林寺(せいりゅうざん もりんじ)

守鶴の茶釜を伝える曹洞宗の寺

地図で開く

青龍山 茂林寺の所在地:群馬県館林市堀工町1570

分福茶釜の寺として知られます。

応永33年(1426年)、大林正通大和尚によって開山された曹洞宗の寺院です。

守鶴の茶釜と伝えるものが、いまも寺にあります。

茂林寺の釜の正体と考えられているもの

茂林寺の釜については、次のように整理できます。

一つめは、出どころです。松浦静山の随筆『甲子夜話』に登場する化け狸の話で、昔話『分福茶釜』のモデルとされます

二つめは、茶釜です。いくら汲んでも湯が尽きないという不思議な釜で、僧侶の集まりがあるときはこの釜で茶を振舞っていました

三つめは、正体です。守鶴の股から狸の尾が生えており数千年を生きた狸でした。

四つめは、来歴です。かつてインドで釈迦の説法を受け、中国を渡って日本へ来たのでした

五つめは、別れです。守鶴は幻術によって源平合戦の屋島の戦いや釈迦の入滅を人々に見せたといいます。

この話は、昔話のもとになりました。 分福茶釜は、ここから作られたとされます。

茂林寺の釜をめぐる妖怪のつながり

茂林寺の釜が登場する作品

茂林寺の釜は、昔話のもとになった話です。

湯の尽きない茶釜を使った僧の正体は、数千年生きた狸でした。

資料は江戸の随筆と、昔話の研究に分かれます。

茂林寺の釜が登場する古典

甲子夜話

松浦静山。守鶴と茶釜の話を載せます。

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茂林寺の釜が登場する研究

妖怪事典

村上健司編著、2000年。化け狸の話を整理しています。

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日本昔話大成

『分福茶釜』の各地の型を集めています。

茂林寺の釜が登場する漫画・アニメ

分福茶釜

この説話をもとに作られたとされる昔話です。

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化け狸を扱う作品

僧に化ける狸として取り上げられます。

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茂林寺の釜についてよくある質問

茂林寺の釜とは何ですか。

松浦静山の随筆『甲子夜話』に登場する化け狸の話で、昔話『分福茶釜』のモデルとされます

どんな釜ですか。

いくら汲んでも湯が尽きないという不思議な釜で、僧侶の集まりがあるときはこの釜で茶を振舞っていました

守鶴の正体は何ですか。

守鶴の正体は狸、それも数千年を生きた狸で、かつてインドで釈迦の説法を受け、中国を渡って日本へ来たのでした

最後はどうなりましたか。

守鶴は幻術によって源平合戦の屋島の戦いや釈迦の入滅を人々に見せたといいます。

茂林寺の釜と併せて覚えたい言葉・用語

応永(おうえい)

1394年から1428年までの年号。

入滅(にゅうめつ)

釈迦が亡くなったこと。

幻術(げんじゅつ)

幻を見せる術。