木曽三川の増水時に「ヤロカ」と声がする。答えると村が水に呑まれる。
ヤロカ水とはどんな妖怪か
ヤロカ水は、声の怪異です。
江戸時代、尾張国、美濃国に出現したとされ、愛知県、岐阜県の木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)流域一帯、特に木曽川流域で伝承されます。
現れる条件が決まっています。
激しい雨の夜、川が増水するとやがて、「ヤロカヤロカ」(欲しいか欲しいか)という声が川の上流から聞こえてきます。
問いです。
答えてはいけません。
この声に答えて「ヨコサバヨコセ」(貰えるのなら頂戴)と叫ぶと、瞬く間に川の水が増し、その答えた村人のいる村は一瞬のうちに水に飲み込まれるといいます。
川面に赤い目や口が見えることもあるといいます。
ヤロカ水の漢字表記と読み方
読みは「やろかみず」です。
「ヤロカ」は「遣ろうか」、つまり「欲しいか」という意味です。
上流からの問いかけです。
答えの言葉も決まっています。
「ヨコサバヨコセ」は「寄こさば寄こせ」、つまり「貰えるのなら頂戴」です。
欲しいと言えば、来ます。
この形は、言葉遊びのようでもあります。
しかし、実際に答えた村が流されたという話がついています。
冗談では済みません。
ヤロカ水(やろかみず)
もっとも一般的な表記。
遣ろか水(やろかみず)
字を当てた形。
ヤロカの水(やろかのみず)
言い方の違い。
ヤロカの大水(やろかのおおみず)
洪水そのものを指す言い方。
ヤロカ水の姿と特徴
ヤロカ水は、姿を持ちません。
現れるのは、次のものです。
声 … 川の上流から「ヤロカヤロカ」。
時 … 激しい雨の夜。
兆し … 川が増水する。
まれに … 川面に赤い目や口が見える。
目と口だけが見えることがあります。
それも、川面にです。
問いかけてくる相手が、水そのものであるという形になっています。
そして、答えれば水が来ます。
ヤロカ水の伝承物語
上般若村が流れる
ヤロカ水には、実際の洪水が対応します。
江戸時代の1650年(慶安3年)9月に、尾張国、美濃国で発生した大洪水です。
規模が伝わっています。
このとき、堤防はほとんどが決壊し、木曽三川流域は海のようになったといいます。
記録によれば、大垣藩及びその周辺での死者は、3,000人以上だと伝えられています。
そして、一つの村が消えました。
この洪水で、木曽川沿いの尾張国丹羽郡上般若村が完全に流出し、村民は全滅に近い被害を出したと伝えられています。
ヤロカ水で「ヨコサバヨコセ」と叫んだ村民は、この村の村民と伝えられています。
尾張国丹羽郡上般若村とは現在の愛知県江南市の一部です。 現在も中般若町、般若町は存在しますが、上般若の地名は無くなっています。
その後も声がした
ヤロカ水の声は、一度きりではありません。
1687年(貞享4年)8月26日に木曽川が雨で増水した際には、淵から「ヤロカヤロカ」と声が聞こえ、川を警戒していた者が「ヨコサバヨコセ」と叫ぶと、川はさらに増水し、大洪水が発生したといいます。
また答えてしまいました。
そして、明治にも記録があります。
1873年(明治6年)に愛知県犬山町(現・犬山市)で洪水が起きたときも、実際に「ヤロカヤロカ」と声が聞こえたといわれます。
二百年以上にわたって、同じ声が聞かれています。
大水のたびに、その声を聞いた者がいたと語られました。
警戒に出た者が聞いています。
川を見張る役目の人が、いちばん近くにいたからです。
石が転がる音か
ヤロカ水の正体には、推定があります。
河川の洪水の初期段階は侵食が主体であるため、川岸や川底が濁流に洗われ大きな石が流れ転がる際の音を「ヤロカヤロカ」と表現したと考えられます。
石の音です。
そして終盤には上流で発生した土石流に伴う土砂が堆積し、水が溢れる際の状況を「ヨコサバヨコセ」と表現したものとみられます。
問いと答えが、洪水の前半と後半にあたります。
別の説もあります。
暴風雨の夜、暴風による風の音が「ヤロカヤロカ」と聞こえたためとも推測されます。鉄砲水がその正体であるという説もあります。
そして、備えの話でもあります。
木曽三川流域は常に洪水の危険性があり、洪水に対する人々の不安から、もしくは後世への注意喚起のため創られたともいわれます。
ヤロカ水の伝承地域
ヤロカ水は、愛知県、岐阜県の木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)流域一帯、特に木曽川流域に伝わります。
尾張国丹羽郡上般若村は、この洪水で完全に流出したと伝えられ、現在の愛知県江南市の一部にあたります。 現在も中般若町(旧・中般若村)、般若町(旧・下般若村)は存在しますが、上般若の地名は無くなっています。
1873年(明治6年)の洪水では、愛知県犬山町(現・犬山市)でも声が聞こえたといわれます。
川と流域そのものが舞台であり、ヤロカ水を祀った社や碑は確かめられていません。 この欄は空のままにしてあります。
ヤロカ水の正体と考えられているもの
ヤロカ水については、次のように整理できます。
一つめは、問いと答えです。「ヤロカヤロカ」(欲しいか欲しいか)に「ヨコサバヨコセ」(貰えるのなら頂戴)と答えると、村は一瞬のうちに水に飲み込まれるとされます。
二つめは、実際の洪水です。1650年(慶安3年)9月の大洪水で堤防はほとんどが決壊し、大垣藩及びその周辺での死者は3,000人以上、上般若村は完全に流出しました。
三つめは、石と土砂の音です。洪水の初期に大きな石が流れ転がる音を「ヤロカヤロカ」、終盤に土砂が堆積して水が溢れる状況を「ヨコサバヨコセ」と表現したと考えられます。
四つめは、注意喚起です。木曽三川流域は常に洪水の危険性があり、後世への注意喚起のため創られたともいわれます。
ヤロカ水は、地名の消えた村を残した怪異です。 上般若という地名は、いまありません。
ヤロカ水をめぐる妖怪のつながり
ヤロカ水が登場する作品
ヤロカ水は、実際の水害と結びついた妖怪です。
1650年の大洪水、1687年の増水、1873年の洪水。三度とも声が聞かれたと語られます。
資料は柳田以来の民俗学と、木曽三川の水害史に分かれます。
ヤロカ水が登場する研究
ヤロカ水が登場する漫画・アニメ
妖怪をまとめて扱う作品
水害の妖怪として、水の怪異と並べて取り上げられます。
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ヤロカ水についてよくある質問
ヤロカ水とは何ですか。
激しい雨の夜、川が増水すると「ヤロカヤロカ」(欲しいか欲しいか)という声が川の上流から聞こえてくるという怪異です。
答えるとどうなりますか。
「ヨコサバヨコセ」(貰えるのなら頂戴)と叫ぶと、瞬く間に川の水が増し、その答えた村人のいる村は一瞬のうちに水に飲み込まれるといいます。
実際の洪水はあったのですか。
あります。 1650年(慶安3年)9月の大洪水で堤防はほとんどが決壊し、大垣藩及びその周辺での死者は3,000人以上、木曽川沿いの尾張国丹羽郡上般若村が完全に流出しました。
声の正体は何ですか。
洪水の初期に川岸や川底が濁流に洗われ大きな石が流れ転がる音を「ヤロカヤロカ」、終盤に土砂が堆積して水が溢れる状況を「ヨコサバヨコセ」と表現したものと考えられます。暴風の音や鉄砲水とする説もあります。
ヤロカ水と併せて覚えたい言葉・用語
木曽三川(きそさんせん)
木曽川・長良川・揖斐川。濃尾平野を流れる。
上般若村(かみはんにゃむら)
尾張国丹羽郡の村。1650年の洪水で流出し、地名も消えた。
鉄砲水(てっぽうみず)
急激に押し寄せる出水。ヤロカ水の正体とする説がある。