古い恋文の執念が変じたとされる女の妖怪。石燕が『徒然草』の一句から作り出したとみられる。

鳥山石燕 「百器徒然袋 文車妖妃」 1784年 / パブリックドメイン 出典
文車妖妃とはどんな妖怪か
文車妖妃はひとことで言えば、恋文から生まれた妖怪です。
鳥山石燕の妖怪画集『百器徒然袋』にあります。読みは「ふぐるまようひ」または「ふぐるまようび」。
文車とは、内裏や寺院、公家の屋敷などで、書物を運ぶために使われていた車のことです。失火などの非常時に備えるためのものでした。
石燕は、巻紙を手に持つ女性の妖怪を描いています。
そして、こう書き添えました。
執着の思ひをこめし千束の玉章にはかかるあやしきかたちをもあらはしぬべしと夢の中に思ひぬ
玉章とは手紙のことです。執着の思いをこめた千束もの手紙には、このような怪しい形も現れるだろう、と夢の中で思った、という意味になります。
ここから、古い恋文が変じたもの、恋文につもった執念がなったものと解されてきました。
文車妖妃の漢字表記と読み方
読みは「ふぐるまようひ」または「ふぐるまようび」です。どちらも行われています。
「文車」は「ふぐるま」と読みます。書物を運ぶための車のことです。
「妖妃」の「妃」は、きさきを意味する字です。恋文の執念が女の姿を取ったという理解に、この字はよく合っています。
なお、「文車妖鬼」という表記も見られます。「ふぐるまようき」と読みます。
混同から、文車妖妃を指して「ふぐるまようき」と読ませて紹介している例もあります。
字と読みが揺れているのは、この妖怪が口で語り継がれたものではなく、書物のなかで生まれたことを示しています。
作者不詳の『妖怪絵巻』には、石燕からの摸写と考えられる作例が「文章怪」の名で描かれています。
文車妖妃(ふぐるまようひ)
鳥山石燕が用いた表記。
文車妖妃(ふぐるまようび)
同じ字の別の読み。
文章怪(ぶんしょうのかい)
作者不詳の『妖怪絵巻』に見える名。石燕からの摸写とみられる。
文車妖妃の姿と特徴
姿は、石燕の一枚の絵によります。
姿 … 女性の妖怪です。
手にするもの … 巻紙を持っています。
背景 … 文車が描かれます。書物を運ぶための車です。
表情 … 恐ろしげというより、思いつめた風情で描かれます。
巻紙は、手紙を書くための細長い紙です。これを手にしているところが、この妖怪の核心にあたります。
古い恋文そのものが女の形を取った、という理解を、絵は素直に表しています。
石燕の『百器徒然袋』は、道具の妖怪ばかりを集めた画集です。そのなかで、文車妖妃は人の姿を取っている数少ないものの一つになります。
紙という道具が、人の思いを載せる道具であるからです。
道具の妖怪でありながら人の姿をしている。その点に、この妖怪の性格がよく表れています。
文車妖妃の伝承物語
徒然草の一句から生まれた
石燕の『百器徒然袋』は、道具の妖怪を集めた画集です。
石燕は詞書きに『徒然草』の文章を数多く引いています。書名の「徒然」もそこから来ています。
『徒然草』第七十二段には、こういう一文があります。
おほくて見苦しからぬは、文車〔下に車をつけた持ち運びの容易くできる書棚〕の文、塵塚〔ごみため〕のちり。
多くあっても見苦しくないものは、文車に積まれた手紙と、塵塚に集まった塵である、という意味です。〔 〕は、校註のついた本に添えられた語の説明です。
この「文車の文」から文車妖妃が、「塵塚の塵」から塵塚怪王が創作されたと考えられています。
つまり、この二体は同じ一文から生まれた兄弟のような存在です。
出どころは石燕の詞書です。石燕が古典の一句を読み、そこから妖怪の姿を起こしたのです。
石燕の絵を読むうえで、これは欠かせない前提になります。すべてが古い伝承ではないのです。
恋文の執念をめぐる説話
文車妖妃という妖怪そのものは石燕の創作とみられますが、恋文に執念がこもるという発想は、それ以前からありました。
新潟県燕市の国上寺に伝わる酒呑童子の縁起物語には、こんな話があります。
酒呑童子が稚児として寺に入っていた頃、寄せられたまましまい込んでいた数多くの女たちからの恋文を焼き捨てました。
すると煙が彼を包みこみ、その姿を人間から鬼に変えてしまったというのです。
恋文が執念を宿す
江戸時代の怪談集『諸国百物語』巻之三には「艶書のしうしん鬼となりし事」という話があります。
寺の稚児が寄せられた多くの恋文を捨てていたところ、恋文に込められた執念が鬼と化して人を襲っていた、というものです。
どちらも、捨てられた恋文が怪異になるという筋です。
石燕がこれらの説話を直接踏まえたかどうかは分かっていません。
ただし、これらの話のどこにも「文車妖妃」という名は出てきません。この妖怪が石燕の創作であることを、逆に裏づけています。
書物の中で生まれた妖怪
文車という道具は、公家や寺の側にあるものです。内裏、寺院、公家の屋敷といった場所で使われた車です。
書物や手紙を積んで運ぶためのもので、失火などの非常時に備えるものでした。
火が出れば、まず書物を運び出す。それだけ紙が貴重であり、失われれば取り返しがつかないものだったのです。
つまり文車は、紙に書かれたものを守るための道具でした。
そこに積まれた手紙のなかに、返されなかった恋文がある。読まれなかった思いがある。
石燕はそこに目を付けました。
守られた紙のなかに、行き場を失った思いが溜まっている。 それが怪異になるという着想です。
この発想は、道具の妖怪という枠を超えています。
古びた道具が化けるという付喪神の考えでは、時が経つことが化ける理由でした。文車妖妃の場合は、時ではなく思いが理由になっています。
そこがこの妖怪の新しいところです。
後の時代に付けられた説明
文車妖妃は、昭和や平成以降の妖怪の本でも取り上げられています。
そこでは、古い恋文にこもった怨念や情念などが変化した妖怪である、という解釈から説明がなされています。
これは石燕の詞書きから素直に導かれる読みです。
一方で、注意すべき点もあります。
「文車妖鬼」という表記が見られること、混同から文車妖妃を「ふぐるまようき」と読ませて紹介している例があることです。
同じ妖怪が違う名で流通している状態です。
さらに大切なのは、石燕自身の創作とみられるという点が、しばしば省かれることです。
古くから伝わる妖怪として紹介されれば、読む側は当然そう受け取ります。
分かっていないことは、分かっていないままにしておく。石燕が作ったとみられるものは、そう書く。
それが、この妖怪について書くときの最も大切な作法です。
文車妖妃の伝承地域
文車妖妃は、特定の土地に結び付いていません。
鳥山石燕が『百器徒然袋』のために起こしたものとみられ、土地の言い伝えのなかにこの名を探しても、いまのところ見つかっていません。
恋文の執念にまつわる説話としては、新潟県燕市の国上寺に伝わる酒呑童子の縁起物語があります。ただしこれは酒呑童子の話です。
そのため、この寺を文車妖妃にゆかりの場所として挙げることはできません。
この妖怪をたずねて行ける場所はありません。
文車妖妃の正体と考えられているもの
文車妖妃の成り立ちについては、次のような見方があります。
石燕の創作とする見方が最も有力です。『徒然草』第七十二段の「多くて見苦しからぬは、文車の文、塵塚の塵」という一文から、文車妖妃と塵塚怪王が起こされたと考えられています。
恋文の執念の説話を背景とする見方もあります。国上寺の酒呑童子の縁起や『諸国百物語』には、捨てられた恋文の執念が鬼になる話があります。ただし、そこに文車妖妃の名は出てきません。
付喪神の考えの延長とする見方もできます。ただし、古びた道具が時を経て化けるという通常の付喪神とは異なり、時ではなく思いが化ける理由になっています。
紙という道具の性質によるとする見方もあります。紙は人の思いを載せるものです。だからこそ、道具の妖怪でありながら人の姿を取りました。
どれか一つに決めることはできません。 ただ、この妖怪が古い言い伝えではなく、石燕が書物のなかで作り出したものであることは、はっきり書いておく必要があります。
文車妖妃をめぐる妖怪のつながり
文車妖妃が登場する作品
文車妖妃は、書物から生まれ、書物のなかで育った妖怪です。
石燕が『徒然草』の一句から起こし、絵巻の作者がそれを写し、昭和以降の本が解釈を重ねました。
口で語られた形跡が一度もないという点で、他の妖怪と大きく異なります。
それでも、この妖怪には芯があります。返されなかった手紙が積み重なるという光景は、いつの時代の人にも通じます。
石燕の絵は、そのことをよく分かって描かれています。
文車妖妃が登場する書物
文車妖妃が登場する漫画・アニメ
妖怪を扱う各種の作品
恋文の執念という着想が扱いやすく、繰り返し取り上げられています。
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文車妖妃についてよくある質問
文車妖妃とは何ですか。
鳥山石燕の妖怪画集『百器徒然袋』にある妖怪です。巻紙を手にした女性の姿で描かれ、古い恋文が変じたもの、恋文につもった執念がなったものと解されてきました。
文車とは何ですか。
内裏や寺院、公家の屋敷などで、書物を運ぶために使われていた車です。失火などの非常時に備えるためのものでした。
古くからの言い伝えですか。
そうとは考えられていません。『徒然草』第七十二段の「多くて見苦しからぬは、文車の文、塵塚の塵」という一文から、石燕が作り出したものとみられています。同じ一文から塵塚怪王も生まれました。
恋文の執念の話はほかにありますか。
あります。新潟県燕市の国上寺に伝わる酒呑童子の縁起では、焼き捨てた恋文の煙が彼を鬼に変えたとされます。『諸国百物語』には、寺の稚児が捨てた恋文の執念が鬼となって人を襲う話があります。
読み方はどれが正しいのですか。
「ふぐるまようひ」と「ふぐるまようび」の両方が行われています。また「文車妖鬼」という表記も見られ、混同から「ふぐるまようき」と読ませている例もあります。
文車妖妃と併せて覚えたい言葉・用語
文車(ふぐるま)
書物を運ぶための車。失火などの非常時に備えるもの。
玉章(たまづさ)
手紙のこと。石燕の詞書きに用いられている。
百器徒然袋(ひゃっきつれづれぶくろ)
鳥山石燕の画集。道具の妖怪を集めたもの。
塵塚怪王(ちりづかかいおう)
同じ『徒然草』の一文から起こされたとされる妖怪。