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山口県

硯の魂(すずりのたましい)とはどんな妖怪か|姿と伝承・登場する作品

硯の魂  / スズリノタマシイ

器物と草木 軍記・物語鳥山石燕の絵

赤間ヶ関の硯に海が現れ、源平の合戦が繰り広げられるというもの。

硯の魂の姿を描いた図

鳥山石燕 「今昔百鬼拾遺 硯の魂」 1781年 / パブリックドメイン 出典

硯の魂とはどんな妖怪か

硯の魂は、硯の中で合戦が起こるという怪異です。鳥山石燕の『今昔百鬼拾遺』(1781年)にあります。

絵では、硯の上に小さな武士たちが並んでいます。舟に乗り、弓を構え、旗を掲げています。硯の海には波が立っています。

石燕の解説文は、こういう内容です。

赤間ヶ関産の石硯を文具として愛用していた者が、『平家物語』を読みながらまどろんでいると、硯の中に海が現れ、やがて源平の合戦のような様子になった。

赤間ヶ関は、現在の山口県下関市です。

そこは、壇ノ浦の戦いで平家が滅びた地です。

硯の産地と、平家の終焉の地が、同じ場所でした。

硯の魂の漢字表記と読み方

読みは「すずりのたましい」です。「すずりのせい」とも呼ばれます。

は、墨をするための道具です。石を彫ってつくります。

硯には、部分ごとに名前があります。

墨をする平らな部分を「(おか)」、すった墨がたまる窪みを「(うみ)」といいます。

硯には、はじめから海があります。

石燕は、そこに本当の海を現しました。そして、その海で合戦が起こります。

赤間ヶ関は、現在の山口県下関市です。ここで採れる石でつくる硯を「赤間硯」といい、名産品として知られました。

硯の名産地が、平家の滅びた海の岸でした。

硯の魂(すずりのたましい)

鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』での表記。

硯の精(すずりのせい)

同じものを指す呼び方。

赤間硯(あかますずり)

赤間ヶ関産の石硯の名。

硯の魂の姿と特徴

石燕の描く硯の魂は、次のような姿です。

… 長方形。海の部分に波が立つ。
武士 … 数十人。粟粒ほどの大きさ。
… 数隻。武士が乗っている。
旗と弓 … 掲げられ、構えられている。
そば … 筆立て。筆と羽根が立てられている。

描かれているのは、硯と、その上の合戦だけです。 化物は一体も出てきません。

武士たちは細かく描き分けられ、甲冑の形まで見て取れます。

大きさの比が、この絵のすべてです。

筆立てが硯の何倍もあります。つまり武士たちは、筆の穂先より小さい。

それでも、戦っています。

硯の魂の伝承物語

  1. 赤間ヶ関という土地
  2. 平家と硯の縁
  3. 徐玄之が見たもの
  4. 波音と語りが聞こえる

赤間ヶ関という土地

硯の魂を読むには、赤間ヶ関を知る必要があります。

現在の山口県下関市です。本州の西端、関門海峡に面しています。

そして、ここは壇ノ浦の戦いで平家が滅びた地です。

1185年、平家は源氏に敗れ、幼い安徳天皇は海に沈みました。

赤間ヶ関は、石硯の名産地でもありました。

赤間石でつくる硯は「赤間硯」と呼ばれ、広く用いられました。

つまり、平家が沈んだ海の岸から採れる石が、硯になっています。

かつて壇ノ浦で滅びた平家の怨霊が、硯に宿ったものである。そう推察されるのは自然なことです。

土地が、話をつくっています。

平家と硯の縁

平家と硯の結びつきは、地名だけではありません。

平清盛が宋から賜った硯に、「松陰」という名のものがありました。

そして、その硯を平重盛法然の手に帰したという逸話が伝えられています。

清盛の子が、名硯を僧に渡した。

重盛は、平家の中で穏健な人物として描かれることの多い人です。

硯は、書くための道具です。

経を書き、歌を書き、手紙を書く。武の一族が、文の道具を手放したという筋になります。

赤間ヶ関の名産であることと、清盛の名硯の逸話。

平家一門との関わりは、二重にあります。

石燕が硯に平家を見たのには、こうした下地がありました。

徐玄之が見たもの

硯の魂には、中国の下敷きがあるとみられます。

徐玄之(じょげんし)の説話です。

夜中に読書をしている最中、粟や米ひと粒ほどの大きさの甲冑をつけた数百の人物を、案(つくえ)や硯の上に見たというものです。

この説話は『異聞実録』などに記載されています。

石燕の絵と、そのまま重なります。

粟粒ほどの武士。机と硯の上。夜。読書の最中。

石燕は、この骨組みを借りて、中身を源平に入れ替えました。

中国の甲冑の兵が、日本の武士になります。舞台は、赤間ヶ関の硯になります。

借りたものを、日本の話に置き換える。 石燕が繰り返した手つきです。

芭蕉精も、蛇帯も、同じように漢籍から来ています。

波音と語りが聞こえる

昭和・平成以降の妖怪の本では、硯の魂に性質が加えられました。

この硯を使うと、素晴らしい字が書けるようになる。

あるいは、使っていると硯の中から海の波音や、激しい合戦の音が聞こえてくる

さらに、人の声や『平家物語』の語りが聞こえてくるとも説明されます。

『平家物語』は、語られるものでした。

琵琶法師が琵琶を弾きながら語り伝えました。

硯から語りが聞こえるという話は、その芸能の記憶とつながっています。

また、付喪神(器物が変化して生まれた妖怪)の一つとする解釈も見られます。

石燕の絵に、音はありません。しかし、絵の中の合戦には、確かに音があるはずです。

硯の魂の伝承地域

硯の魂に関わる土地は、赤間ヶ関、現在の山口県下関市です。

ここは石硯の名産地であり、同時に壇ノ浦の戦いで平家が滅びた地です。

下関市には、安徳天皇を祀る赤間神宮があり、境内には平家一門の墓とされる七盛塚があります。耳なし芳一の像も置かれています。

ただし、硯の魂そのものを祀った碑や祠は確かめられていません。 石燕の絵は、赤間ヶ関産の硯を持っていた者の身に起きた出来事として書かれており、場所を訪ねる怪異ではありません。

確かめられていない場所を、伝承地として挙げることはしません。この欄は空のままにしてあります。

硯の魂の正体と考えられているもの

硯の魂の正体については、次のように整理できます。

一つめは、平家の怨霊です。赤間ヶ関は壇ノ浦で平家が滅びた地であり、そこで採れる石が硯になっています。 かつて滅びた平家の霊が硯に宿ったものと推察されています。

二つめは、徐玄之の説話です。夜中の読書中に、粟や米ひと粒ほどの甲冑の人物数百を机や硯の上に見たという中国の話です。『異聞実録』などにあります。

三つめは、硯の「海」です。硯には、すった墨がたまる窪みを「海」と呼ぶ習わしがあります。はじめから海がある道具です。

四つめは、『平家物語』です。石燕の解説では、読んでいる最中にまどろんで見たことになっています。読んだものが、そのまま道具の上に現れます。

五つめは、付喪神です。昭和以降の本では、器物が変化して生まれた妖怪の一つとする解釈も見られます。

硯の魂が何であったかは、わかっていません。 ただ、墨のたまりを海と呼んできたという言葉の習慣が、この怪異を生んでいます。

硯の魂をめぐる妖怪のつながり

硯の魂が登場する作品

硯の魂は、土地と書物が重なった怪異です。

赤間ヶ関という硯の名産地が、平家の滅びた海の岸でした。 そこに『平家物語』と中国の説話が重なっています。

そのため、資料は石燕の絵と、平家をめぐる記録に分かれます。

硯の魂が登場する古典

今昔百鬼拾遺

鳥山石燕、1781年。硯の魂の絵と、赤間ヶ関の硯を記す解説文があります。

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平家物語

石燕の解説では、これを読みながらまどろんだときに硯の中に海が現れます。

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異聞実録

徐玄之が机や硯の上に粟粒ほどの甲冑の人物を見た説話を載せます。

硯の魂が登場する研究

妖怪事典

村上健司編著、2000年。平家との関わりを整理しています。

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硯の魂が登場する漫画・アニメ

妖怪をまとめて扱う作品

器物の妖怪として、付喪神と並べて取り上げられます。

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硯の魂についてよくある質問

赤間ヶ関とはどこですか。

現在の山口県下関市です。石硯(赤間硯)の名産地であり、同時に壇ノ浦の戦いで平家が滅びた地です。 この二つが重なることが、この怪異の出発点です。

硯の「海」とは何ですか。

硯で、すった墨がたまる窪みのことです。墨をする平らな部分は「陸(おか)」といいます。硯には、はじめから海があります。

徐玄之の説話とは何ですか。

中国の話です。夜中に読書をしている最中、粟や米ひと粒ほどの大きさの甲冑をつけた数百の人物を、机や硯の上に見たというものです。『異聞実録』などに記載されています。

この硯を使うとどうなりますか。

昭和以降の本にある説明です。 素晴らしい字が書けるようになる、あるいは硯の中から海の波音や合戦の音、『平家物語』の語りが聞こえてくるとされます。石燕の絵に音の記述はありません。

硯の魂と併せて覚えたい言葉・用語

赤間ヶ関(あかまがせき)

現在の山口県下関市。赤間硯の産地であり、壇ノ浦の戦いの地。

硯の海(すずりのうみ)

硯で、すった墨がたまる窪み。平らな部分は「陸」という。

壇ノ浦の戦い(だんのうらのたたかい)

1185年の海戦。平家が源氏に敗れて滅びた。