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全国に伝わるもの

実盛虫(さねもりむし)とはどんな妖怪か|姿と伝承・登場する作品

実盛虫  / サネモリムシ

幽霊と霊獣の妖怪 各地の伝説軍記・物語

武将・斎藤実盛が稲株に馬の足を取られて討たれ、その怨みが稲を害する虫になったという伝説から、ウンカなどの害虫についた呼び名。

実盛虫とはどんな妖怪か

実盛虫は、武将の怨霊とされた稲の害虫です。

斎藤実盛が篠原の戦いで稲株に馬の足を取られて討たれた。その恨みが虫になって田へ戻る、と語られました。

武将の最期の物語が、稲作の大敵である虫の名となり、共同体で虫害を送り出す行事へ組み込まれた伝承です。

実盛虫の漢字表記と読み方

「実盛虫」は「さねもりむし」と読みます。名の由来は平安時代末期の武将・斎藤別当実盛です。

実盛という一匹の妖怪がいるのではなく、害虫の呼称、怨霊伝説、虫送り行事が同じ名で結ばれています。

実盛虫(さねもりむし)

斎藤実盛の怨霊と結び付けられた稲の害虫の呼び名。

実盛送り(さねもりおくり)

実盛の人形などを送る虫送り行事の呼び方。

ウンカ(うんか)

稲の汁を吸い、大発生すると被害をもたらす昆虫群。実盛虫と呼ばれた代表。

実盛虫の姿と特徴

実盛虫の姿は、その土地がどの虫に名を当てたかで変わります。

代表は稲を吸うウンカです。甲虫やバッタ類を実盛虫と呼ぶ地域もあります。

虫送りでは、武者姿騎馬姿を思わせる藁人形を作る地域があります。これは斎藤実盛を象徴する祭具です。

虫そのものが武者の姿をしているわけではありません。人が武者の形を作って、虫を送り出します。

実盛虫の伝承と変遷

  1. 老武者・斎藤実盛は白髪を染めて出陣する
  2. 馬が稲株につまずき、田への怨みを残す
  3. 松明と声で、虫を田の外へ送る
  4. 害虫防除と怨霊供養が一つの行事になる
  5. 松明を立てて虫を送る ─ 擬葬式という呪い

老武者・斎藤実盛は白髪を染めて出陣する

斎藤実盛は源平争乱を生きた武将です。篠原の戦いでは、老武者と侮られないよう白髪を黒く染め、平家方として出陣したと語られます。

討たれた首を洗ったときに墨が落ち、かつて縁のあった木曾義仲方の武将たちが実盛だと知る場面は、『平家物語』や能「実盛」へ受け継がれました。

若く見せて最期の戦へ臨んだ老武者という像が、死後も名を残す強い土台になります。農村の虫害伝説は、このよく知られた実盛の悲劇を田の物語へ迎え入れました。

馬が稲株につまずき、田への怨みを残す

虫の伝説では、敗走する実盛の馬が刈った稲の株へ足を取られ、実盛は倒れたところを討たれます。そこで、稲への怨みが害虫となり、田を荒らすようになったと説明されました。

戦の史実と稲株の細部は別のものです。物語は、毎年繰り返す虫害に、非業の死を遂げた武将の名を与えました。

虫が増える理由を実盛の怨みとすれば、追い払うだけでなく霊を慰める必要が生まれます。害虫防除と怨霊供養が結び付く理由が、稲株での最期に集約されています。

松明と声で、虫を田の外へ送る

夏、ウンカなどが増える時期に、人々は松明をかざして田を巡り、鉦や太鼓を鳴らし、虫を村外へ送ります。実盛の名を唱える地域では、害虫を追うだけでなく、実盛の霊を慰めて鎮める意味が重なります。

鳥取県琴浦町の採録では、「送った 送った 稲の虫」「うんか 実盛」と歌い、田を回って川まで虫を送りました。

虫を殺す場面だけでなく、田から川や村境の外へ送り出す移動が行事の中心です。声、光、行列が田を一周することで、地域全体の災いを共同で外へ運びます。

害虫防除と怨霊供養が一つの行事になる

虫送りで虫が減るという話ではありません。村が一斉に同じことをする、その一日に意味がありました。それでも、虫害が生活を脅かした時代に、村人が同じ夜に田を巡り、被害が去ることを願う行事には共同体を支える役割がありました。

実盛虫は、自然の虫を架空の生物へ置き換えた名ではなく、害虫の発生を歴史上の人物の怨みと供養の物語で理解した呼称です。

現在の農業では発生予察や防除技術を使いますが、虫送りの記録は、虫害が共同体の飢えに直結した時代の切実さを伝えます。祭りの賑わいだけでなく農作への願いが根にあります。

松明を立てて虫を送る ─ 擬葬式という呪い

実盛虫の名は、稲の害虫ウンカに付けられました。南方熊楠が来歴を短くまとめています。

紀州などで稲の害虫ウンカを実盛と呼ぶ。稲虫の一名稲別当、それを斎藤別当に因んで実盛というに及んだ由

(斎藤別当=斎藤別当実盛。稲別当という虫の名に、別当つながりで実盛の名が寄せられた)

そして、虫を追う行事があります。

この虫盛んな年は大勢松明行列して実盛様の御弔いと唱え送り出す。まず擬葬式をして虫を死絶すべき禁厭だ。

(禁厭=まじない)

虫を追い払うのではなく、葬式を出して送る。 討たれた武将の弔いという形をとることで、虫が去る という理屈です。

折口信夫も、稲虫と怨念が地続きで語られたことを書いています。

稲虫――其他、田の凶害――と怨念、或は刑罰とは、常に一続きに、聯想せられたのである。

田の不作には、必ず誰かの恨みが割り当てられました。

実盛虫の伝承地域

実盛虫と虫送りは鳥取、和歌山、北陸など各地に伝わり、一つの田や地区を全国の代表地点にしません。行事を見学する場合は、現在の開催情報と地域の案内に従う必要があります。

実盛虫の正体と考えられているもの

実盛虫と呼ばれたものの中心は、稲へ被害を与える現実の昆虫です。その発生原因は生態と気象で説明されます。

一方、斎藤実盛の非業の死、稲株への怨み、虫送りによる供養は、農作物を失う不安を共有し、田から災いを送り出すための伝承です。虫の正体と行事の意味は両立します。

実盛虫をめぐる妖怪のつながり

実盛虫が登場する作品

斎藤実盛の人物像は『平家物語』や能に、実盛虫の名と虫送りは各地の農耕行事に残ります。武将の最期そのものと、後に稲株への怨みを語った害虫伝説は時代の異なる層です。

虫送り歌の実盛は、稲を荒らす虫を歴史上の人物の霊として呼び、供養しながら田の外へ送るための名です。

実盛虫が登場する物語・民俗記録

『平家物語』・能「実盛」

白髪を染めて戦った老武者の最期と亡霊を描き、実盛伝説の人物像を形作る。

各地の虫送り歌と行事

ウンカなどを実盛と呼び、松明や人形とともに田の外へ送る民俗行事。

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実盛虫についてよくある質問

実盛虫とは何ですか。

斎藤実盛が稲株に馬の足を取られて討たれ、その怨みが虫になったという伝説から、ウンカなど稲を害する虫についた呼び名です。

斎藤実盛はなぜ虫になったのですか。

篠原の戦いで馬が刈った稲株に足を取られて討たれ、非業の死を遂げた実盛の稲への怨みが害虫になったと伝えられたためです。

虫送りでは何をしますか。

松明や鉦、太鼓、歌、人形などとともに田を巡り、害虫を村境や川へ送ります。実盛の霊を供養する意味を持つ地域もあります。

実盛虫は特定の昆虫ですか。

代表は稲の汁を吸うウンカですが、地域によって甲虫やバッタ類など別の稲作害虫へも名が使われました。土地ごとに、別の虫を指します。

実盛虫と併せて覚えたい言葉・用語

斎藤実盛(さいとうさねもり)

平家方として篠原の戦いに出陣し、討たれた老武者。

ウンカ(うんか)

稲の汁を吸う昆虫群。大発生すると稲作へ大きな被害を与える。

虫送り(むしおくり)

田の害虫を村外へ送るため、行列や歌、松明などを用いる民俗行事。

実盛虫の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 鳥取県「送った 送った(虫送り歌)琴浦町大熊」
  2. 和歌山県文化情報アーカイブ「川原河の虫送り」
  3. 青空文庫 南方熊楠『十二支考』「鼠に関する民俗と信念」
  4. 青空文庫 折口信夫「偶人信仰の民俗化並びに伝説化せる道」