飢えと渇きに苦しみ続ける亡者。腹だけがふくれ、喉は針のように細い。

作者不明 「餓鬼草紙」 11世紀 / パブリックドメイン 出典
餓鬼とはどんな妖怪か
餓鬼はひとことで言えば、永久に満たされない亡者です。
仏教の説く六道のひとつ、餓鬼道に落ちた者を指します。生前に貪りの心が強かった者が、ここに生まれ変わるとされます。
姿は極端です。腹だけが大きく膨れ、手足は骨と皮、喉は針の穴のように細い。食べ物を口に入れようとすると炎に変わり、水を飲もうとすると膿に変わる。
飢えと渇きが決して満たされないこと、そのものが罰になっています。
平安末期の『餓鬼草紙』は、この姿を絵にして残しました。人々の生活のかたわらに餓鬼が描かれており、生きている者には見えないという設定が視覚化されています。
日本では、この餓鬼が妖怪の側にも取り込まれました。山道で急に力が抜けて動けなくなるヒダル神の現象は、餓鬼が憑いたためと説明されます。
子供を「がき」と呼ぶ言い方も、この語から出ています。
餓鬼の漢字表記と読み方
読みは「がき」です。仏教の語で、もとは梵語の音を漢字で写したものにさかのぼります。
注目すべきは、この語が日常語になったことです。子供を指して「がき」と呼ぶ言い方は、餓鬼の姿になぞらえたものとされます。腹だけが出た痩せた子供の姿が、餓鬼の絵と重なったのでしょう。
「餓鬼大将」という言い方も同じ系統です。
仏教の厳しい教えの語が、親しみを込めた俗語として生き残ったという点で、餓鬼は珍しい例といえます。
餓鬼(がき)
もっとも一般的な表記。
餓鬼道(がきどう)
餓鬼が住む世界。六道のひとつ。
薜茘多(へいれいた)
梵語の音を漢字で写したもの。仏典で用いられる。
ヒダル神(ひだるがみ)
山道で力が抜ける現象を起こすとされる存在。餓鬼と結びつけて説明される。
餓鬼の姿と特徴
餓鬼の姿は、仏典と絵巻によって細かく定められています。
腹 … 太鼓のように大きく膨れる。
手足 … 骨と皮。極端に細い。
喉 … 針の穴のように細い。食べ物が通らない。
口 … 火を吐く、あるいは口から炎が出る。
肌 … 黒ずんでいる。
髪 … 乱れて逆立つ。
仏典では、餓鬼を三十六種にも分けて説明します。食べ物を得られないもの、得ても食べられないもの、少しだけ食べられるもの。それぞれに細かい分類があります。
『餓鬼草紙』の絵では、餓鬼は人々のすぐそばに描かれます。市場、路地、墓地。人は餓鬼に気づかず、日常を送っています。
見えないものとして、そこにいる。 この描き方が、餓鬼という存在の恐ろしさを最もよく伝えています。
餓鬼の伝承物語
飢えて食えない ─ 餓鬼道に落ちる
仏教では、生き物は死んだあと六つの世界のいずれかに生まれ変わるとされます。これを六道といいます。
天道 … 神々の世界。
人道 … 人の世界。
修羅道 … 争いの世界。
畜生道 … 獣の世界。
餓鬼道 … 飢えの世界。
地獄道 … 責め苦の世界。
餓鬼道は下から二番目です。地獄ほどの責め苦はありませんが、終わりのない飢えと渇きが続きます。
ここに落ちるのは、生前に貪りの心が強かった者とされます。物を惜しみ、人に施さず、自分だけ多く取ろうとした者です。
罰の形が、罪と対応しています。 貪った者が、永久に得られない。
欲しがった者は、永久に欲しがり続ける。
教えとしての明快さが、餓鬼という姿を長く残しました。
餓鬼草紙 ─ 見えない隣人
平安末期に描かれた『餓鬼草紙』は、日本の絵巻のなかでも異様な作品です。
描かれるのは、ごく普通の光景です。市場で商いをする人々。路地を歩く人。墓地で葬りをする人。
そのすぐそばに、餓鬼がいます。
腹の膨れた痩せた姿で、人々のあいだをうろつき、こぼれた食べ物を求めています。しかし人は誰も気づいていません。
有名な場面のひとつが、路地で用を足す人々のかたわらに餓鬼が群がる絵です。人の排泄物を食べるしかない餓鬼が描かれています。凄まじい絵ですが、これは餓鬼道の説明としてはきわめて正確です。
餓鬼がいるのは、人のすぐ隣です。 私たちのすぐ横にいて、見えないだけです。
この構図が、餓鬼を妖怪の側へ近づけました。
ヒダル神 ─ 山道で憑くもの
日本では、餓鬼が妖怪の側にも取り込まれました。
山道を歩いていると、突然、力が抜けて一歩も進めなくなる。手足が震え、意識が遠のく。これをヒダル神、あるいはダリ、ダラシと呼びます。
伝承では、行き倒れて餓えたまま死んだ者の霊が憑いたとされます。餓鬼が憑いた、という説明もなされます。
対処法は具体的です。
米粒を一粒でも口に入れる。 これで治るとされました。だから山道を歩くときは、必ず握り飯や米を持っていけと戒められます。
実際、この現象は低血糖の症状とよく一致します。山道を空腹で歩けば、力が抜けて動けなくなることがあります。米を口に入れれば回復する。
妖怪の対処法が、そのまま正しい応急処置になっている。 経験から得た知恵が、妖怪の形で伝えられた例です。
施餓鬼 ─ 餓鬼を養う行事
餓鬼に食べ物を施す行事があります。施餓鬼といいます。
寺で行われる法要で、餓鬼道に落ちた者に食べ物を施し、その苦しみを救おうとするものです。多くの寺で、盂蘭盆の時期に行われます。
由来として語られるのは、次の話です。釈迦の弟子が瞑想していると餓鬼が現れ、「お前は三日後に死んで餓鬼になる」と告げます。恐れた弟子が釈迦に相談すると、餓鬼たちに食べ物を施せば免れると教えられました。
施すことによって、貪りの報いから逃れる。罪と対になった救いの形です。
家の食事の前に少量を取り分けて供える習わしも、各地に伝わります。
恐ろしい亡者を、追い払うのではなく養う。ここに、日本の仏教が餓鬼をどう扱ってきたかがよく表れています。
土車で引かれる餓鬼阿弥 ─ 小栗判官の物語
餓鬼という語は、芝居の登場人物の名にもなりました。折口信夫が、大阪の子供時代を書いています。
ところの若い衆の祭文と言へば、きまつて「照手車引き近江八景」の段がかたられたものである。
(祭文=節を付けて語る語り物)
小栗判官の物語です。毒を盛られて死んだ小栗が、餓鬼阿弥という姿でよみがえります。骨と皮ばかりで口もきけない。それを照手姫が土車に乗せ、熊野まで引いていく。
ところが、折口はこう書き添えました。
芝居では、幾種類とある小栗物のどれにも「餓鬼阿弥」の出る舞台面は逃げて居た。
いちばん有名な場面が、舞台では避けられていた。 見せるには惨すぎる姿だった ということです。
餓鬼は、仏教では飢えに苦しむ亡者を指します。その姿が、蘇生の途中の人間に重ねられました。
餓鬼の伝承地域
餓鬼には、訪ねられる伝承地がありません。
餓鬼は仏教の六道に属する存在で、土地の言い伝えとしては伝わっていません。 塚も祠も、伝承地もありません。
ただし、施餓鬼の法要は多くの寺で行われています。盂蘭盆の時期に行う寺が多く、餓鬼に食べ物を施す行事として今も続いています。これは伝承地ではなく、行事です。
また、ヒダル神の伝承は山道に多く残ります。熊野の古道など、行き倒れの多かった道筋に話が集まります。
無い場所を、あるように書くことはしません。
餓鬼の正体と考えられているもの
餓鬼については、「正体」という問いの立て方が他の妖怪と少し違います。餓鬼は仏教の教義に属する存在であり、目撃譚から生まれたものではないからです。
そのうえで、次の点が指摘されます。
飢餓の記憶です。日本では飢饉が繰り返し起こり、路上で餓死する人が実際にありました。腹だけが膨れて手足が細るのは、重度の栄養失調の症状そのものです。『餓鬼草紙』の描写は、絵師が実際に見た姿を写した可能性があります。
ヒダル神については、低血糖の症状とする説明が有力です。空腹で山道を歩くと力が抜けて動けなくなり、米を口に入れれば回復します。妖怪の対処法が、そのまま正しい応急処置になっている点は、この見方をよく支えます。
教えとしての働きも見逃せません。貪った者が永久に得られないという構図は、罪と罰が正確に対応した分かりやすい教えです。だからこそ長く残りました。
日本の妖怪への転化は、『餓鬼草紙』の描き方が大きく働いたと考えられます。私たちのすぐ横にいて見えないだけという構図が、餓鬼を妖怪の側へ引き寄せました。
餓鬼をめぐる妖怪のつながり
餓鬼が登場する作品
餓鬼は、言葉として日常に残った点で他の妖怪と違います。子供を「がき」と呼び、「餓鬼大将」と言う。もとの意味を知らずに使っている人がほとんどでしょう。
美術の側では『餓鬼草紙』が突出しています。見えないものを描くという試みとして、日本の絵巻のなかでも特別な位置にあります。
餓鬼が登場する美術・古典
餓鬼草紙
平安末期の絵巻です。人々の日常のかたわらに餓鬼が描かれ、生きている者には見えないという設定が視覚化されています。
六道絵
六道のありさまを描いた絵です。餓鬼道の場面が含まれます。
餓鬼が登場する漫画・アニメ
仏教の世界観を扱う各種の作品
六道のひとつとして繰り返し取り上げられます。
餓鬼が登場する行事
施餓鬼会
餓鬼に食べ物を施す法要です。多くの寺で盂蘭盆の時期に行われます。
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餓鬼についてよくある質問
餓鬼とは何ですか。
仏教の説く六道のひとつ、餓鬼道に落ちた者です。生前に貪りの心が強かった者が生まれ変わるとされ、飢えと渇きに永久に苦しみます。
なぜ子供を「がき」と呼ぶのですか。
餓鬼の姿になぞらえた言い方とされます。腹だけが出た痩せた子供の姿が、餓鬼の絵と重なったのでしょう。「餓鬼大将」も同じ系統の語です。
餓鬼はなぜ食べられないのですか。
喉が針の穴のように細いためです。また、食べ物を口に入れようとすると炎に変わり、水を飲もうとすると膿に変わるとされます。
ヒダル神とは何ですか。
山道で急に力が抜けて動けなくなる現象を起こすとされる存在です。餓鬼が憑いたと説明されます。米粒を一粒でも口に入れれば治るとされ、これは低血糖の応急処置と一致します。
施餓鬼とは何ですか。
餓鬼道に落ちた者に食べ物を施す法要です。多くの寺で盂蘭盆の時期に行われます。恐ろしい亡者を追い払うのではなく養うという形です。
餓鬼に会える場所はありますか。
ありません。仏教の教義に属する存在であり、特定の土地の伝承地はありません。
餓鬼と併せて覚えたい言葉・用語
六道(ろくどう)
仏教で説かれる六つの世界。天・人・修羅・畜生・餓鬼・地獄。
餓鬼草紙(がきぞうし)
平安末期の絵巻。人々の日常のかたわらに餓鬼を描く。
施餓鬼(せがき)
餓鬼に食べ物を施す法要。盂蘭盆の時期に行う寺が多い。
ヒダル神(ひだるがみ)
山道で力が抜ける現象を起こすとされる存在。餓鬼と結びつけて説明される。
餓鬼の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。