長い舌で天井を嘗めるもの。天井の染みはこの嘗め跡という。

鳥山石燕 「百器徒然袋 天井嘗」 1784年 / パブリックドメイン 出典
天井嘗とはどんな妖怪か
天井嘗は、天井を嘗める妖怪です。鳥山石燕の『百器徒然袋』(1784年)にあります。
絵では、鱗のような衣をまとった痩せた者が、天井へ向かって長い舌を伸ばしています。舌は先が細く、鞭のように曲がっています。
『百器徒然袋』は、『徒然草』の文を多く題材にした本です。天井嘗にも、第五十五段の一節が引かれています。
天井の高きは冬寒く燈暗し
天井が高いと、冬は寒く、灯りが暗い。
そして石燕は、この「冬寒く燈暗し」という状況を、天井嘗が起こしていると書きました。
原因を、妖怪に付け替えています。 石燕らしい冗談です。
天井嘗の漢字表記と読み方
読みは「てんじょうなめ」です。
天井を嘗める。名前が、していることをそのまま表しています。
嘗めるも舐めるも、舌で嘗めることです。同じ系統の名に垢嘗があります。
『徒然草』第五十五段の一節が、この妖怪の出発点です。
天井の高きは冬寒く燈暗し
天井が高いと、冬は寒く、灯りが暗い。
兼好法師は、住まいのつくり方について書いていました。天井は低いほうがよいという話です。
石燕は、その「冬寒く燈暗し」を妖怪の仕業にしました。
実用の文が、妖怪の由来になっています。
天井嘗(てんじょうなめ)
鳥山石燕『百器徒然袋』での表記。
天井舐(てんじょうなめ)
「嘗」を「舐」と書く例もある。
いそがし(いそがし)
『百鬼夜行絵巻』(松井文庫所蔵)などで、同じ姿がこの名で描かれる。
天井嘗の姿と特徴
石燕の描く天井嘗は、次のような姿です。
舌 … 長く、天井まで届く。先が細い。
衣 … 鱗を並べたような襟と腰蓑。
体 … 痩せている。腹だけが白く膨れる。
姿勢 … 顔を上へ向け、身をよじる。
足 … 裸足。畳の上。
場所 … 座敷。天井板が斜めに見える。
顔は上を向いています。
天井を見上げ、舌だけを伸ばしている。 手は届いていません。
『百器徒然袋』の他の妖怪と同じく、姿は室町時代の『百鬼夜行絵巻』にある妖怪を下敷きにしたと考えられています。
顔を仰向けて舌を出した妖怪が、それにあたるとされます。
江戸の絵巻では、同じものが「いそがし」の名で描かれています。
天井嘗の伝承物語
徒然草の一節から
『百器徒然袋』は、その名のとおり『徒然草』を下敷きにした本です。
天井嘗に引かれたのは、第五十五段の一節です。
天井の高きは冬寒く燈暗し
天井が高いと、冬は寒く、灯りが暗い。
兼好法師は、家のつくりについて書いていました。夏を旨とすべし、天井は低いほうがよい、といった実用の話です。
石燕は、この「冬寒く燈暗し」を、天井嘗の仕業にしました。
天井が高いから寒いのだと兼好は書いた。石燕は、天井嘗がいるから寒いのだと言う。
原因の付け替えです。そして、これが冗談だとわかる人にしか通じません。
『百器徒然袋』は、そういう本です。古典を知っている人のための、絵の遊びでした。
絵巻から受け継いだ姿
天井嘗の姿を考え出したのは、石燕ではありません。
『百器徒然袋』の他の妖怪と同じく、室町時代の『百鬼夜行絵巻』にある妖怪をモデルにしたと考えられています。
顔を仰向けて舌を出した妖怪が、それにあたるとされます。
そして、同じ姿は江戸時代の絵巻でも描かれています。ただし、名が違います。
『百鬼夜行絵巻』(松井文庫所蔵)などでは「いそがし」と呼ばれています。
「いそがし」は、忙しいという語です。落ち着かず動き回るものを指したのでしょう。
同じ絵に、二つの名がついています。
石燕は「天井嘗」と名づけました。舌を伸ばす先を、天井と決めたのです。
天井の染みは嘗め跡
昭和・平成の妖怪の本では、天井嘗の性質が具体的に書かれます。
長い舌で、ほこりの集まった天井を嘗める。
そして、天井の板などにできる「しみ」は、この嘗め跡であると説明されます。
天井以外にも、柱や壁も嘗めるともいわれます。
さらに踏み込んだ説明もあります。
天井嘗のつけた染みは、ときには化け物や恐ろしい表情の人間の顔に見える。
寝床でそれを見上げている人は恐怖に駆られ、ついには発狂して死んだ者もいた、と。
民俗学者の藤澤衛彦も、古屋敷・古堂の天井にしみあるは此怪物の嘗めし跡と紹介しています。
染みが顔に見えるというのは、誰にでも覚えのあることです。
館林城の大掃除
山田野理夫の解説には、変わった話が記されています。
館林藩(現・群馬県館林市)の武士が、天井嘗を捕まえたというのです。
そして、館林城の天井のクモの巣や汚れを嘗めとらせ、大掃除をさせたといいます。
妖怪を掃除道具にした話です。
長い舌は、確かに天井掃除に向いています。
ただし、この話には難があります。
天井嘗は、石燕の創作物と考えられています。
とすれば、館林城の話は少なくとも『百器徒然袋』刊行後に発生したものであろうと指摘されています。
妖怪が先で、伝説が後です。 順番が逆になっています。
天井嘗の伝承地域
天井嘗には、訪ねられる伝承地がありません。
石燕が『徒然草』を下敷きに仕立てた妖怪であり、土地の言い伝えとして採られたものではないためです。
山田野理夫の解説には、館林城(現・群馬県館林市)で天井嘗に大掃除をさせたという話があります。館林城の跡は市内に残ります。
ただし、この話は『百器徒然袋』刊行後に生まれたものと指摘されています。 天井嘗が石燕の創作である以上、それより古い伝説にはなりえません。
無い場所を、あるように書くことはしません。この欄は空のままにしてあります。
天井嘗の正体と考えられているもの
天井嘗の正体については、次のように整理できます。
一つめは、徒然草の絵解きです。第五十五段の「天井の高きは冬寒く燈暗し」を、石燕が妖怪の仕業に付け替えました。『百器徒然袋』全体が、この遊びで組まれています。
二つめは、絵巻の「いそがし」です。姿は室町時代の『百鬼夜行絵巻』にある、顔を仰向けて舌を出した妖怪が下敷きとされます。江戸の絵巻では「いそがし」と呼ばれました。
三つめは、天井の染みです。昭和以降の本では、天井にできる染みは天井嘗の嘗め跡とされます。染みが顔に見えるという体験は、誰にでもあります。
四つめは、天井にまつわる怪談です。村上健司は、天井の怪談が多いことから、石燕がそれをもとに創作したと述べています。枕返しも、寝床の上で起こる怪異です。
天井嘗は、伝承として語られてきた妖怪ではありません。 石燕が古典を下敷きに仕立てた一体と考えられています。
石燕は、天井をもう一度描いています。天井下りです。髪を振り乱した老女が、天井から逆さまにぶら下がっています。
天井嘗をめぐる妖怪のつながり
天井嘗が登場する作品
天井嘗は、古典を下敷きにした絵です。
『徒然草』の一節を知っていることが、この絵を読む前提になっています。 当時の人には通じた冗談が、いまは注釈なしには通じません。
そのため、資料は石燕の絵と、その典拠にあたるものが中心になります。
天井嘗が登場する古典
天井嘗が登場する研究
天井嘗が登場する漫画・アニメ
妖怪をまとめて扱う作品
家のなかの妖怪として、垢嘗と並べて取り上げられます。
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天井嘗についてよくある質問
天井の染みは天井嘗の跡ですか。
昭和以降の本にある説明です。 長い舌でほこりの集まった天井を嘗め、その跡が染みになるとされます。藤澤衛彦は「古屋敷・古堂の天井にしみあるは此怪物の嘗めし跡」と書いています。
徒然草とどう関係がありますか。
『百器徒然袋』は『徒然草』を多く題材にした本です。天井嘗には第五十五段の「天井の高きは冬寒く燈暗し」が引かれ、石燕はこの状況を天井嘗が起こしているとしました。
「いそがし」とは何ですか。
江戸時代の『百鬼夜行絵巻』(松井文庫所蔵)などで、天井嘗と同じ姿がこの名で描かれています。 姿は室町時代の絵巻にさかのぼり、石燕はそれを下敷きにしたと考えられています。
館林城の話は本当ですか。
山田野理夫の解説にある話で、館林藩の武士が天井嘗を捕まえ、城の天井の大掃除をさせたというものです。ただし天井嘗は石燕の創作と考えられるため、『百器徒然袋』刊行後に生まれた話と指摘されています。
天井嘗と併せて覚えたい言葉・用語
百器徒然袋(ひゃっきつれづれぶくろ)
鳥山石燕の妖怪画集。1784年。『徒然草』を多く題材にする。
徒然草(つれづれぐさ)
兼好法師の随筆。第五十五段に住まいのつくりについての記述がある。
いそがし(いそがし)
江戸の絵巻で、天井嘗と同じ姿につけられた名。