荒れた墓所で、梵字の欠けた五輪塔に燃え上がる炎。

鳥山石燕 「今昔画図続百鬼 墓の火」 1779年 / パブリックドメイン 出典
墓の火とはどんな妖怪か
墓の火は、墓に燃える怪火です。鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』(1779年)にあります。
絵では、藪に囲まれて荒れ果てた墓所が描かれています。
そこに五輪塔が立ち、その塔から炎が燃え上がっています。
そして、この五輪塔には特徴があります。
梵字が欠けています。
五輪塔には、地・水・火・風・空の五つの輪があり、それぞれに梵字が刻まれます。
その梵字が欠けているため、梵字によって断たれるべき煩悩が炎となって燃え上がっている、などと解釈されています。
手入れされなくなった墓が、燃えています。
墓の火の漢字表記と読み方
読みは「はかのひ」です。
墓に燃える火。 名前が、そのまま景色を言っています。
五輪塔は、地・水・火・風・空の五つを、下から順に積み上げた供養塔です。
四角、円、三角、半月、宝珠。形が五つの要素を表します。
そして、それぞれの輪に梵字が刻まれます。
梵字は、古代インドの文字です。仏や教えを表す一字として用いられます。
その梵字が、この五輪塔からは欠けています。
欠けた理由は書かれていません。 削れたのか、初めから無かったのか。
荒れているということだけが、確かです。
墓の火(はかのひ)
鳥山石燕『今昔画図続百鬼』での表記。
墓火(はかび)
「の」を入れない書き方。
ハカノヒ(はかのひ)
カタカナで書くこともある。
墓の火の姿と特徴
石燕の描く墓の火は、次のような姿です。
炎 … 五輪塔から立ち上る。何条にも分かれる。
五輪塔 … 傾き、輪が崩れかけている。
梵字 … 欠けている。
周囲 … 藪。枯れ草。倒れた卒塔婆。
手前 … 折れた板。石。
背後 … 供物台らしきもの。
人はいません。
訪れる者のいない墓所です。
炎は五輪塔を包むように立ち上り、上へ向かって細く分かれています。
燃えているのに、石は焦げていません。
そして、周囲には倒れた卒塔婆が散らばっています。
誰も直していません。
荒れているということが、絵の隅々まで描き込まれています。
墓の火の伝承物語
梵字が欠けている
墓の火の絵で、いちばん大事なのは五輪塔の梵字です。
五輪塔は、地・水・火・風・空の五つを積み上げた供養塔です。
そして、それぞれの輪に梵字が刻まれます。
梵字は、仏の教えを一字で表すものです。
そこには、煩悩を断つ力があるとされました。
その梵字が、欠けています。
梵字によって断たれるべき煩悩が、炎となって燃え上がっている。
そう解釈されています。
断つものが無くなれば、断たれるはずのものが出てきます。
石燕の絵は、その理屈を一枚に収めています。
欠けた文字と、立ち上る炎。それだけです。
西寺町の墓
江戸時代の怪談本『古今百物語評判』(1686年刊)に、近い話があります。
「西寺町に墓の燃し事」という題です。
京都の西寺町(仁王門通の西寺町通)でのことです。
そこで、切腹した人の墓から炎が燃え出すという怪異が述べられています。
切腹です。
大量の血が流れる死に方です。
そして、同書はその理由を説明しています。
人間の体からこぼれ落ちた血が、燐火となって燃え上がるもの。
血が、火になる。
石燕は、古戦場火でも同じ考え方を使いました。死者の血が地面に滴り、そこから発生する、と。
血と火は、江戸の怪火をつなぐ理屈です。
燐という説明
手入れされない墓
墓の火の絵で、静かに恐ろしいのは荒れ具合です。
藪に囲まれ、卒塔婆は倒れ、五輪塔は傾いています。
訪れる者がいません。
墓は、参られることを前提にした場所です。
花を替え、水をかけ、草を抜く。そうして維持されます。
それが止まったとき、墓はただの石になります。
そして、梵字も欠けました。
供養が届かなくなった。 それが、この絵の状態です。
石燕は、火よりも先に荒れた墓所を描きました。
火が出るのは、その結果です。
忘れられることが、この怪異の原因になっています。
墓の火の伝承地域
墓の火に近い記録が残る土地としては、京都の西寺町(仁王門通の西寺町通)が挙げられます。
江戸時代の怪談本『古今百物語評判』の「西寺町に墓の燃し事」に記された、切腹した人の墓から炎が燃え出すという怪異の場所です。
ただし、それは『古今百物語評判』の怪異であって、石燕の墓の火そのものの伝承地ではありません。
石燕は、場所を書いていません。荒れた墓所という条件だけが描かれています。
碑も祠も、この名では見つかっていません。
無い場所を、あるように書くことはしません。この欄は空のままにしてあります。
墓の火の正体と考えられているもの
墓の火の正体については、次のように整理できます。
一つめは、断たれなかった煩悩です。五輪塔の梵字が欠けているため、梵字によって断たれるべき煩悩が炎となって燃え上がっている、と解釈されています。
二つめは、血の燐火です。『古今百物語評判』は、人間の体からこぼれ落ちた血が燐火となって燃え上がるものと説明します。切腹した人の墓の話です。
三つめは、燐です。骨には燐が含まれ、その化合物は湿った場所で自然に光ることがあります。 墓地は条件が揃った場所です。
四つめは、手入れの途絶えです。石燕の絵は、藪に覆われ、卒塔婆が倒れ、五輪塔が傾いた墓所を描いています。供養が届かなくなった状態です。
墓の火が何であったかは、わかっていません。 ただ、忘れられた墓が光るという一場面は、いまでも起こりえます。
墓の火をめぐる妖怪のつながり
墓の火が登場する作品
墓の火が登場する古典
墓の火が登場する研究
墓の火が登場する漫画・アニメ
妖怪をまとめて扱う作品
怪火の一種として、鬼火や古戦場火と並べて取り上げられます。
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墓の火についてよくある質問
なぜ梵字が欠けているのですか。
石燕は理由を書いていません。ただし、梵字によって断たれるべき煩悩が炎となって燃え上がっている、と解釈されています。断つものが無くなれば、断たれるはずのものが出てきます。
五輪塔とは何ですか。
地・水・火・風・空の五つを、下から順に積み上げた供養塔です。四角、円、三角、半月、宝珠の形が五つの要素を表し、それぞれの輪に梵字が刻まれます。
『古今百物語評判』にはどんな話がありますか。
「西寺町に墓の燃し事」という題です。京都の西寺町で、切腹した人の墓から炎が燃え出すという怪異が述べられ、人間の体からこぼれ落ちた血が燐火となって燃え上がるものと解説されています。
古戦場火と似ていますか。
理屈が同じです。 石燕は古戦場火でも、死者の血が地面に滴り、そこから発生すると書きました。血と火は、江戸の怪火をつなぐ理屈です。
墓の火と併せて覚えたい言葉・用語
五輪塔(ごりんとう)
地・水・火・風・空の五つを積み上げた供養塔。各輪に梵字が刻まれる。
梵字(ぼんじ)
古代インドの文字。仏や教えを一字で表すものとして用いられる。
燐火(りんか)
燐が燃える火。骨に含まれる燐が光ると説明された。