火の中に人の顔が見える怪火。殺された山伏の恨みとされる。

荻田安静 「宿直草 仁光坊といふ火の事」 1687年 / パブリックドメイン 出典
二恨坊の火とはどんな妖怪か
二恨坊の火は、大阪に伝わる怪火です。
摂津国二階堂村(現・大阪府茨木市二階堂)と、同国高槻村(現・同府高槻市)に伝わります。
三月から七月頃までの時期に出没しました。
大きさは、一尺ほど。
そして、火の中に人の顔のように目、鼻、口のようなものがあります。
鳥のように空を飛び回り、家の棟や木にとまります。
人には、危害を加えません。
特に曇った夜に出没し、近くに人がいると、火のほうが恐れて逆に飛び去ってしまうともいいます。
火のほうが、逃げます。
二恨坊の火の漢字表記と読み方
読みは「にこんぼうのひ」です。
名前の由来には、いくつもの説があります。
『本朝故事因縁集』では、二階堂村の山伏が一生の内に二つの怨みを抱いていたために「二恨坊」とあだ名されたといいます。
二つの恨み。
『諸国里人談』では、日光坊という山伏の名が「二恨坊」に転じたとされます。
『古今百物語評判』『宿直草』では、仁光坊という美しい僧の名です。
そして、大阪府吹田市には「二魂坊」という、読みは同じで字の違う伝説があります。
二つの魂です。
二恨坊の火(にこんぼうのひ)
もっとも一般的な表記。
仁光坊の火(にこんぼうのひ)
『古今百物語評判』『宿直草』での表記。
日光坊の火(にっこうぼうのひ)
『諸国里人談』の話に出る、もとの呼び名。
二魂坊(にこんぼう)
大阪府吹田市に伝わる、読みが同じ怪火。
二恨坊の火の姿と特徴
二恨坊の火は、次のように現れます。
時期 … 三月から七月頃まで。
大きさ … 一尺ほど(約30センチメートル)。
中身 … 人の顔のように、目、鼻、口のようなものがある。
動き … 鳥のように空を飛び回る。
とまる先 … 家の棟や木。
天気 … 特に曇った夜。
顔があります。
一尺の火の中に、目と鼻と口。 近づいて見なければ、わからない大きさです。
そして、鳥のように飛びます。
家の棟にとまる。木にとまる。
火が、鳥のようにふるまいます。
近くに人がいると、火のほうが恐れて飛び去ります。
二恨坊の火の伝承物語
祈祷して殺された山伏
『諸国里人談』(寛保時代の雑書)に、由来が記されています。
かつて二階堂村に、日光坊という名の山伏がいました。 病気を治す力があると評判でした。
噂を聞いた村長が、自分の妻の治療を依頼します。
日光坊は、祈祷によって病気を治しました。
ところが、村長はそれを感謝しませんでした。
日光坊と妻が密通したと思い込み、日光坊を殺してしまいます。
そして、日光坊の怨みは怨霊の火となりました。
夜な夜な村長の家に現れ、遂には村長をとり殺してしまったといいます。
この「日光坊の火」が、やがて「二恨坊の火」と呼ばれるようになりました。
二つの怨み
由来には、別の話もあります。
『本朝故事因縁集』(江戸時代の書物)です。
二階堂村に山伏がおり、一生の内に二つの怨みを抱いていたために「二恨坊」とあだ名されていました。
彼は死んだ後に魔道に堕ちます。
そして、その邪心は火の玉となって現世に現れ、「二恨坊の火」と呼ばれるようになったといいます。
さらに、もう一つ。
『古今百物語評判』『宿直草』(江戸時代の怪談本)です。
かつて仁光坊という美しい僧侶がいましたが、代官の女房の策略によって殺害されました。
以来、仁光坊の怨みの念が火の玉となって出没するようになりました。
三つの話に共通するのは、殺された僧が火になるという一点です。
吹田の二魂坊
大阪府吹田市には、表記は異なるが読みは同じ「二魂坊」の伝説があります。
月のない暗い夜に、二つの怪火が飛び交うといいます。
話は、こうです。
かつて高浜神社の東堂に日光坊、西堂に月光坊という、親友同士の修行僧がいました。
二人の仲を妬んだ村人が、間を裂きます。
日光坊のもとへ行き、月光坊が彼を蔑んでいると吹き込む。月光坊のもとへ行き、日光坊が彼を蔑んでいると吹き込む。
月光坊は疑心暗鬼となり、次第に日光坊を憎み始めます。
村人たちはさらに、日光坊が月光坊を殺しに来ると告げました。
そして、月光坊は錫杖を日光坊の胸に突き立てました。
仲直りに来ただけだった
刺した後、月光坊は知りました。
日光坊は殺しに来たのではなく、最近の月光坊の心変わりを疑問に思い、誤解を解こうと来ただけでした。
わかったときには、すでに日光坊は息絶えていました。
月光坊は罪となります。
そして、自分たちを騙した者を取り殺すと叫びながら死んでいきました。
以来、この村には怪火が飛び交うようになりました。
村人たちは「二魂坊の祟り」と恐れたといいます。
二つの魂。二つの火。
なお、高浜神社の社伝によれば、河内の豪族が祖神の火明命と天香山命を祀ったのが神社の起こりとされ、二魂坊や日光坊とは、この二柱の神を指しているとの説もあります。
神が、僧の話に姿を変えたのかもしれません。
二恨坊の火の伝承地域
二恨坊の火が伝わるのは、摂津国二階堂村(現・大阪府茨木市二階堂)と、同国高槻村(現・大阪府高槻市)です。
読みが同じ「二魂坊」の伝説は、大阪府吹田市に伝わります。かつて高浜神社の東堂に日光坊、西堂に月光坊という修行僧がいたという話です。
高浜神社は吹田市高浜町に現存します。
社伝によれば、河内の豪族が祖神の火明命と天香山命を祀ったのが起こりとされ、二魂坊や日光坊とはこの二柱の神を指しているとの説もあります。
ただし、二恨坊の火そのものを祀った碑や祠は確かめられていません。この欄は空のままにしてあります。
二恨坊の火の正体と考えられているもの
二恨坊の火の正体については、次のように整理できます。
一つめは、殺された山伏の怨みです。『諸国里人談』では、病を治したのに密通を疑われて殺された日光坊の怨みが火になり、村長をとり殺したといいます。
二つめは、二つの怨みです。『本朝故事因縁集』では、一生の内に二つの怨みを抱いていたために「二恨坊」とあだ名された山伏の邪心が火になったとされます。
三つめは、策略で殺された僧です。『古今百物語評判』『宿直草』では、代官の女房の策略によって殺害された仁光坊の怨みとされます。
四つめは、二魂坊です。吹田市の伝説で、騙し合いによって親友を刺し殺した月光坊と、刺された日光坊の二つの魂とされます。
五つめは、二柱の神です。高浜神社の社伝から、二魂坊や日光坊とは火明命と天香山命を指すとの説もあります。
二恨坊の火が何であったかは、わかっていません。 ただ、人がいると火のほうが逃げるという一点は、どの話にも似合いません。それが面白いところです。
二恨坊の火をめぐる妖怪のつながり
二恨坊の火が登場する作品
二恨坊の火は、由来の話が複数残る怪火です。
日光坊、二恨坊、仁光坊、二魂坊。同じ火に、四つの名と四つの話があります。 どれも、殺された僧の怨みという点で共通します。
資料は江戸の雑書と怪談本に分かれます。
二恨坊の火が登場する古典
本朝故事因縁集
二つの怨みを抱いた山伏が「二恨坊」とあだ名されたと記します。
摂津名所図会
寛政時代の地誌。二魂坊の記述があります。
二恨坊の火が登場する研究
二恨坊の火が登場する漫画・アニメ
妖怪をまとめて扱う作品
怪火の一種として、鬼火や人魂と並べて取り上げられます。
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二恨坊の火についてよくある質問
二恨坊の火は人を襲いますか。
人間に対して特に危害を加えることはないとされます。 それどころか、近くに人がいると火のほうが恐れて逆に飛び去ってしまうともいいます。
どんな形ですか。
大きさは一尺ほどで、火の中に人の顔のように目、鼻、口のようなものがあります。 鳥のように空を飛び回り、家の棟や木にとまります。
名前の由来は何ですか。
説が分かれます。『本朝故事因縁集』では一生の内に二つの怨みを抱いていたために「二恨坊」とあだ名された山伏、『諸国里人談』では日光坊という山伏の名が転じたとされます。
吹田の二魂坊とは何ですか。
読みは同じで字の違う伝説です。高浜神社の東堂の日光坊と西堂の月光坊という親友同士の修行僧が、村人の騙し合いによって殺し合ったとされ、以来この村には怪火が飛び交うようになったといいます。
二恨坊の火と併せて覚えたい言葉・用語
山伏(やまぶし)
山に入って修行する修験道の行者。祈祷で病を治すこともあった。
錫杖(しゃくじょう)
僧が持つ杖。頭部に金属の輪がついている。
高浜神社(たかはまじんじゃ)
大阪府吹田市高浜町の神社。二魂坊の伝説が伝わる。