夜道を歩く者の前に現れ、近づくと消える提灯のような明かり。

三代歌川国輝 「本所七不思議之内 送り提灯」 1886年 / パブリックドメイン 出典
送り提灯とはどんな妖怪か
送り提灯はひとことで言えば、追いつけない明かりです。
提灯を持たずに夜道を歩く者の前に、提灯のように揺れる明かりが、人を送るかのように現れます。東京都墨田区に伝わる本所七不思議の一つでもあります。
あの明かりを目当てに行けば夜道も迷うまい。そう思って近づくと、不意に明かりが消えます。離れるとまた灯り、近づくとまた消える。
これが繰り返され、いつまで経っても追いつけません。
害はありません。ただ、頼りにならないだけです。
送り提灯の漢字表記と読み方
読みは「おくりちょうちん」です。
「送り」は、人を見送る、後をついていくという意味です。同じ「送り」を名に持つ妖怪には、送り犬・送り雀・送り拍子木などがあります。
いずれも人の後や前について移動する点で共通します。
なお、同じ本所七不思議の「送り拍子木」は、提灯が拍子木に変わっただけで中身は同じ怪異です。
送り提灯(おくりちょうちん)
もっとも一般的な表記。
提灯小僧(ちょうちんこぞう)
石原割下水での呼び名。同じ怪異とみられる。
送り提灯火(おくりちょうちんび)
向島に伝わる似た怪異の呼び名。
送り提灯の姿と特徴
送り提灯の姿は、明かりだけです。
形 … 提灯のように揺れる明かり。
動き … 近づくと消え、離れるとまた灯る。
位置 … 前方。石原割下水では前後左右に自在に動く。
時刻 … 夜。
条件 … 提灯を持たずに歩いていること。
提灯を持っている者の前には現れません。 明かりを持たない者にだけ現れる、という条件がはっきりしています。
石原割下水の「提灯小僧」では、小田原提灯が現れ、振り返ると後ろへ回り込み、追いかけると姿を消すといいます。前後左右に自在に動く点が加わります。
向島の「送り提灯火」は、足元を照らしてくれる親切なものです。同じ形でも、こちらは害がありません。
送り提灯の伝承物語
近づくと消える ─ 怪異の仕組み
この怪異には、はっきりした手順があります。
まず、提灯を持たずに夜道を歩いていることが条件です。
すると前方に、提灯のように揺れる明かりが現れます。人を送っていくかのように進みます。
あの明かりを目当てに行けば夜道も迷わない。そう思って近づくと、不意に明かりが消えます。
しばらくするとまた灯るので近づくと、また消える。これの繰り返しで、いつまで経っても追いつけません。
害はありません。襲われもしなければ、連れ去られもしません。
しかし夜道を歩く者にとって、頼れると思ったものが頼れないという経験は、それだけで十分に不安なものです。
明かりのない夜道で、灯りが一つ見える。そちらへ行けば人がいる、家がある。そう考えるのは自然なことです。その期待だけを裏切るのが、この怪異です。
提灯小僧と送り拍子木
送り提灯には、近い形の怪異がいくつかあります。
提灯小僧 … 石原割下水に伝わります。夜道を歩いている者のそばに小田原提灯が現れ、振り返ると後ろに回りこみ、追いかけると姿を消すといった具合に、前後左右へ自在に動き回ります。本項と同じ怪異とみられています。
送り拍子木 … 同じ本所七不思議の一つです。提灯が拍子木になったのみで、中身は送り提灯と同じです。拍子木は火の用心の見回りで打つものですから、これも夜道に現れる、人を導くはずのものです。
明かりであれ音であれ、頼りにしようとすると逃げていく。 これが本所七不思議に共通する形の一つです。
向島の送り提灯火 ─ 親切なほう
江戸時代の向島(いまの東京都墨田区向島)には、送り提灯火と呼ばれる似た怪異が伝わりました。
こちらは中身がまったく違います。
ある者が提灯も持たずに夜道を歩いていると、提灯のような灯火が足元を照らしてくれます。
誰の灯火かと思ってまわりを見ても、人影はなく、ただ灯火だけがあります。
男はこれを牛島明神の加護と思い、提灯を奉納したといいます。
そして興味深いのは、次の一文です。もしも提灯を奉納しないと、この提灯火に会うことはないといわれました。
つまり、先に奉納した者だけが助けられるという仕組みです。
同じ「送り提灯」の名でも、本所のものは人を惑わせ、向島のものは人を助けます。土地が変われば、同じ明かりの意味も変わります。
送り提灯の伝承地域
送り提灯の伝承地は、東京都墨田区の本所です。本所七不思議の一つとして語られました。
石原割下水では「提灯小僧」と呼ばれます。向島には、足元を照らしてくれる「送り提灯火」が伝わります。
割下水はすでに埋め立てられており、当時の水路を見ることはできません。
なお、追いつけない明かりの怪異は本所に限らず、各地に伝わります。
本所(墨田区)(ほんじょ(すみだく))
送り提灯が現れたとされる土地
本所(墨田区)の所在地:東京都墨田区 両国・亀沢・石原一帯
江戸時代の本所です。本所七不思議の舞台にあたります。
石原割下水では「提灯小僧」と呼ばれ、前後左右に自在に動くとされました。
割下水はすでに埋め立てられ、いまは道路になっています。
両国駅・錦糸町駅から歩ける範囲に、七不思議ゆかりの地が点在します。
当時の水路は残っていません。通りの位置がかつての水路にあたります。
向島(むこうじま)
送り提灯火の伝わる土地
向島の所在地:東京都墨田区向島
足元を照らしてくれる「送り提灯火」が伝わる土地です。
これに助けられた男は牛島明神の加護と思い、提灯を奉納したといいます。提灯を奉納しない者は、この火に会えないとされました。
隅田川の東岸にあたり、料亭や寺社が残る地域です。
牛島明神は現在の墨田区内にあたります。
送り提灯の正体と考えられているもの
送り提灯の正体については、次のように考えられています。
遠くの明かりの見え方とする見方が、もっとも現実的です。夜道で遠くの明かりを見ると、距離感がつかめません。近づいたつもりでも実際には遠く、途中の建物や木立に遮られて見えなくなる。離れるとまた見える。この繰り返しが、明かりが逃げているように感じられます。
提灯を持っていない者にだけ現れるという条件も、この見方を支えます。自分が明かりを持っていれば、遠くの小さな明かりは目に入りにくくなります。
灯火の類とする見方もあります。当時の江戸周辺には湿地や堀が多く、狐火や怪火と呼ばれる現象が各地で報告されていました。
戒めとして働いていた面もあります。夜道は提灯を持って歩け。持たずに出れば、頼れるはずのものに裏切られる。そう読むことができます。
なぜ「送り」なのかは、人の前を進んで導くように見えるためです。ただし、実際には送り届けてはくれません。
送り提灯をめぐる妖怪のつながり
送り提灯が登場する作品
送り提灯は、本所七不思議のまとまりとして語られる怪異です。
明かりだけの怪異であり、単独で作品の主題になることは多くありません。
一方、夜道に浮かぶ提灯という図は絵にしやすく、七不思議を描く絵では必ずといってよいほど入ります。
送り提灯が登場する浮世絵
本所七不思議を描いた諸作
七つのうちの一つとして取り上げられます。
送り提灯が登場する漫画・アニメ
本所七不思議を扱う諸作
七不思議をまとめて扱う話の中に現れます。
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送り提灯についてよくある質問
送り提灯とは何ですか。
夜道を提灯なしで歩く者の前に現れる、提灯のような明かりです。近づくと消え、離れるとまた灯り、いつまでも追いつけません。本所七不思議の一つです。
送り提灯はどこに出ますか。
東京都墨田区の本所です。石原割下水では「提灯小僧」と呼ばれました。向島には足元を照らしてくれる「送り提灯火」が伝わります。
送り提灯は危ないのですか。
襲われたり連れ去られたりする話はありません。害はなく、ただ頼りにならないだけです。夜道は提灯を持って歩け、という戒めとして働いていたとみられます。
送り拍子木とは何ですか。
同じ本所七不思議の一つで、提灯が拍子木に変わっただけの同じ怪異です。追いかけても追いつけません。
送り提灯と併せて覚えたい言葉・用語
提灯小僧(ちょうちんこぞう)
石原割下水での呼び名。前後左右へ自在に動き回る。
送り拍子木(おくりひょうしぎ)
本所七不思議の一つ。提灯が拍子木になっただけで中身は同じ。
小田原提灯(おだわらぢょうちん)
折りたためる筒形の提灯。提灯小僧が持つとされる。