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京都府

宗旦狐(そうたんぎつね)とはどんな妖怪か|姿と伝承

宗旦狐  / ソウタンギツネ

狐と狸 各地の伝説

千宗旦に化けて茶席に現れた、相国寺の古狐。

宗旦狐の姿を描いた図

Hyppolyte de Saint-Rambert 「相国寺の境内社(京都市上京区)」 2023年 / CC BY 出典

宗旦狐とはどんな妖怪か

宗旦狐は、京都・相国寺の化け狐です。

千家茶道の基礎を固めた千宗旦に化けて、しばしば茶席に現れたといわれます。

あるとき、相国寺で千宗旦の茶会が開かれました。

その点前は見事で、出席した茶人たちはもちろん、普段から見慣れている弟子たちですら見とれるほどでした。

ところが、宗旦がその場を去った後。

また宗旦が現れ、遅刻して来たことを詫びました。

そのようなことが何度かあり、弟子たちは宗旦に偽者がいると考え始めます。

そして、正体が明らかになります。

宗旦狐の漢字表記と読み方

読みは「そうたんぎつね」です。

千宗旦(せんのそうたん)は、千利休の孫にあたり、千家茶道の基礎を固めた人物です。

表千家・裏千家・武者小路千家の三千家は、宗旦の子らに始まります。

その宗旦に化けたから、宗旦狐です。

相国寺(しょうこくじ)は、京都市上京区にある臨済宗の大本山です。金閣寺・銀閣寺を山外塔頭に持ちます。

そして、宗旦は相国寺と縁が深い人物でした。

茶と禅は、深く結びついています。

化けるなら茶人、住むなら禅寺。 筋が通っています。

宗旦狐(そうたんぎつね)

もっとも一般的な表記。

宗旦稲荷(そうたんいなり)

相国寺境内に祀られている祠の名。

ソウタンギツネ(そうたんぎつね)

カタカナで書くこともある。

宗旦狐の姿と特徴

宗旦狐の姿は、伝承のなかで変わります。

茶席では … 千宗旦そのもの。見分けがつかない。
幕末には … 雲水。他の僧と共に座禅を組む。
碁を打つとき … 熱中すると、尻尾が出る。
最期は … もとの狐の姿。

普段は、見分けがつきません。

点前は見事で、弟子たちすら見とれるほどでした。

ただし、碁のときは別です。

門前の家で碁を打つこともあり、熱中するあまり狐の尻尾を出してしまうこともありました。

それでも、人々は正体を知りつつ付き合っていました。

追い出していません。

宗旦狐の伝承物語

  1. 二人の宗旦
  2. 雲水として働く
  3. 鼠の天婦羅
  4. 僧堂の守護神

二人の宗旦

あるとき、相国寺で千宗旦の茶会が開かれました。

その点前は見事で、出席した茶人たちはもちろん、普段からそれを見慣れている弟子たちですら見とれるほどでした。

ところが、宗旦がその場を去った後。

また宗旦が現れ、遅刻して来たことを詫びました。

そのようなことが何度かあり、弟子たちは宗旦に偽者がいると考え始めます。

後日、茶室に宗旦が現れたときを見計らい、弟子たちは宗旦本人が自宅にいることを確かめた上で、偽宗旦を問い詰めました。

すると偽宗旦は、素直に明かしました。

自分は寺の藪に住む古狐であり、ずっと宗旦の点前に憧れていた。いつか自分もそのような点前をしてみたかった。もう二度と悪さをしない。

そう詫びて、狐の姿となって逃げ去りました。

弟子たちは、その腕前に感心し、追いませんでした。

雲水として働く

時は流れて、幕末

宗旦狐は、雲水に化けて相国寺で勉強をしていました。

他の雲水たちと共に座禅を組み、托鉢に回りました。

そして、時には寺の財政難を建て直すべく力を尽くしたといいます。

門前の家で碁を打つこともありました。

碁に熱中するあまり、狐の尻尾を出してしまうこともありました。

しかし、人々は狐の正体を知りつつも付き合っていました。

化かす狐ではなく、寺のために働く狐です。

この一段が、宗旦狐の話をやわらかくしています。

鼠の天婦羅

ある年の盆のことです。

門前の豆腐屋が、資金難から倒産寸前に陥っていました。

宗旦狐は、蓮の葉をたくさん集めて来ました。

そして、それを売って金に換え、大豆を買うよう勧めました

豆腐屋は、そのお陰で店を建て直すことができました。

お礼をしようと考えた豆腐屋は、狐の大好物である鼠の天婦羅を作って贈りました。

しかし宗旦狐は、それを食べると神通力が失われるといって遠慮します。

とはいうものの、目は大好物に釘付けでした。

つい我慢できずに、食べてしまいます。

途端に、宗旦狐はもとの狐の姿に戻りました。

僧堂の守護神

もとの姿に戻った宗旦狐を見て、近所の犬たちが激しく吼え始めました。

狐は咄嗟に藪の中に逃げ込みました。

しかし、慌てたために井戸に落ち、命を落としてしまいます。

別説もあります。

猟師に鉄砲で撃たれた、または自ら死期を悟って別れの茶会を開いたともいいます。

相国寺は、寺のために尽くしてくれた宗旦狐の死を哀れみました。

そして、宗旦稲荷として祠を築き、狐を僧堂の守護神としました。

現在でも、宗旦稲荷は相国寺境内に祀られています。

化かした狐が、守り神になりました。

宗旦狐の伝承地域

宗旦狐が祀られているのは、京都市上京区の相国寺です。

臨済宗相国寺派の大本山で、金閣寺・銀閣寺を山外塔頭に持ちます。

境内には、いまも宗旦稲荷が祀られています。

相国寺は、寺のために尽くしてくれた宗旦狐の死を哀れみ、祠を築いて僧堂の守護神としました。

そして、宗旦狐が住んでいたのは寺の藪です。

門前で豆腐屋を助け、碁を打ち、井戸に落ちた。話に出てくる場所は、すべて相国寺とその門前です。

参拝の際は、境内の案内に従ってください。

相国寺(宗旦稲荷)(しょうこくじ)

宗旦狐を祀る社のある寺

地図で開く

相国寺(宗旦稲荷)の所在地:京都府京都市上京区今出川通烏丸東入

境内に宗旦稲荷社があります。

千宗旦は、千利休の孫です。

白狐が宗旦に化けて、雲水にまじって坐禅を組み和尚と碁を打ったと伝わります。

宗旦狐の正体と考えられているもの

宗旦狐については、次のように整理できます。

一つめは、寺の藪の古狐です。正体を問い詰められた偽宗旦は、自分は寺の藪に住む古狐であり、ずっと宗旦の点前に憧れていたと明かしました。

二つめは、憧れです。いつか自分もそのような点前をしてみたかったという理由です。 化かすためではありません。

三つめは、寺の働き手です。幕末には雲水に化けて座禅を組み、托鉢に回り、寺の財政難を建て直すべく力を尽くしたといいます。

四つめは、守護神です。相国寺は宗旦狐の死を哀れみ、宗旦稲荷として祠を築き、僧堂の守護神としました。 現在でも境内に祀られています。

宗旦狐は、悪さをした狐として終わりませんでした。 憧れて真似をし、寺のために働き、そして祀られました。

宗旦狐をめぐる妖怪のつながり

宗旦狐が登場する作品

宗旦狐は、寺に伝わる話です。

相国寺の境内に宗旦稲荷があり、いまも祀られています。 書物より、場所そのものが資料になります。

資料は寺の伝承と、後世の研究に分かれます。

宗旦狐が登場する古典

相国寺の伝承

寺に伝わる宗旦狐の話。茶席から僧堂の守護神となるまでを伝えます。

宗旦狐が登場する研究

妖怪事典

村上健司編著、2000年。相国寺の化け狐として整理しています。

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宗旦狐が登場する漫画・アニメ

妖怪をまとめて扱う作品

化け狐の話として、稲荷の狐と並べて取り上げられます。

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宗旦狐についてよくある質問

千宗旦とは誰ですか。

千利休の孫にあたり、千家茶道の基礎を固めた人物です。表千家・裏千家・武者小路千家の三千家は、宗旦の子らに始まります。

なぜ宗旦に化けたのですか。

ずっと宗旦の点前に憧れていたので、いつか自分もそのような点前をしてみたかったと、狐自身が明かしています。

どうして死んだのですか。

豆腐屋が礼に贈った鼠の天婦羅を我慢できずに食べ、もとの狐の姿に戻ってしまいました。 犬に吼えられて藪に逃げ込み、慌てて井戸に落ちて命を落としたといいます。猟師に撃たれたとも、自ら死期を悟って別れの茶会を開いたとも伝わります。

いまも行けますか。

行けます。 京都市上京区の相国寺境内に、宗旦稲荷が祀られています。 相国寺は臨済宗相国寺派の大本山で、金閣寺・銀閣寺を山外塔頭に持ちます。

宗旦狐と併せて覚えたい言葉・用語

千宗旦(せんのそうたん)

千利休の孫。千家茶道の基礎を固めた人物。

相国寺(しょうこくじ)

京都市上京区の臨済宗大本山。金閣寺・銀閣寺を山外塔頭に持つ。

雲水(うんすい)

諸国を巡って修行する禅僧。