信太の森の白狐。人の妻となり、安倍晴明を産んだのちに正体を知られて去った。

竹原春泉 「絵本百物語 葛の葉」 1841年 / パブリックドメイン 出典
葛の葉とはどんな妖怪か
葛の葉は、信太の森に住んだとされる狐です。
和泉国、いまの大阪府和泉市にあたります。人の姿となって安倍保名の妻となり、のちの安倍晴明を産んだと語られます。
物語はこうです。保名は、狩人に追われていた狐を助け、その際に自分が傷を負います。そこへ現れた女に介抱され、二人は夫婦になりました。童子丸という子が生まれ、七年が過ぎたある日、妻の正体が保名に助けられたあの狐であることが知れてしまいます。
狐は歌を残して森へ帰っていきます。
恋しくばたづね来てみよ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉
この下句が、そのまま名前になりました。葛の葉と呼ばれるようになったのは、1699年の歌舞伎『しのだづま』以降で、それ以前の物語では名前がありません。
童子丸は成長して晴明と名乗り、天文道を修めて陰陽頭に任じられます。
葛の葉の漢字表記と読み方
読みは「くずのは」です。葛はマメ科のつる草で、風が吹くと葉の裏の白い面が見えることから、「うら見(恨み)」に掛けて和歌に使われてきました。
別れの歌が「うらみ葛の葉」と結ばれるのは、この掛詞によります。葉の裏が見える、心の恨みが見える。 二つを重ねた言い方です。
信太は「しのだ」と読みます。信田とも書きます。物語の題名としては『信太妻』『信田妻』が用いられ、歌舞伎では『蘆屋道満大内鑑』の四段目「葛の葉子別れ」がとりわけよく知られています。
葛の葉(くずのは)
もっとも一般的な表記。1699年の歌舞伎以降の呼び名。
葛葉(くずのは)
同じものの表記。神社名などに使われる。
葛の葉狐(くずのはぎつね)
狐であることを示す呼び方。
信太妻(しのだづま)
物語そのものの題名。信田妻とも書く。
葛の葉の姿と特徴
葛の葉の姿は、二重になっています。
女としての姿 … 上品で美しい女房。保名を介抱し、機を織り、子を育てます。特別な描写はなく、ふつうの人間として描かれるのが特徴です。
狐としての姿 … 白い狐。信太の森に住む古狐で、稲荷大明神の使いともされます。
芝居でいちばんの見せどころは、その境目です。歌舞伎「葛の葉子別れ」では、別れの歌を障子に書く場面があります。子を抱いたまま筆を持ち替え、左手で書き、口に筆をくわえて書き、裏文字で書くという演出が積み重ねられてきました。人の姿を保ちながら、人ではない動きが混じる。
去っていく場面では、狐罠に引かれて化けの衣装を脱ぎ捨て、狐の姿に戻って森へ帰るとされます。
人と狐の境目を、姿ではなく動きで見せる。 これが葛の葉の描かれ方です。
葛の葉の伝承物語
信太の森 ─ 助けた狐が妻になる
物語の発端は、狐狩りです。
河内国の石川悪右衛門は、妻の病を治すため、兄の蘆屋道満の占いによって野狐の生き肝を求めます。狩人を率いて向かったのが、和泉国の信太の森でした。
そこへ、摂津国安倍野に住む安倍保名が通りかかります。追われていた狐を逃がしてやりますが、その際に傷を負い、悪右衛門に捕らえられそうになります。危ういところを僧に助けられ、その僧もまた狐の姿に戻って去っていきました。
やがて保名のもとに女が現れ、家まで案内して介抱します。二人は夫婦になり、童子丸が生まれました。
助けた相手が姿を変えて恩を返す。この形は『鶴女房』をはじめ日本の昔話に数多くありますが、生まれた子が実在の有名人であるという点で、葛の葉の話は際立っています。
子別れ ─ 障子に書かれた歌
童子丸が七歳になったある日、妻の正体が知れます。
語りによって細部は違いますが、うたた寝のあいだに尾が見えた、子に見られた、という形が多く伝わります。
狐は、すべては稲荷大明神の仰せであったと告白し、歌を残して去ります。
恋しくばたづね来てみよ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉
芝居ではこの一首を障子に書きつけます。子を抱いているので右手が使えず、左手で書き、口に筆をくわえ、ついには裏返しの文字で書く。 舞台の見せどころとして磨き上げられた場面です。
保名は書き置きから、妻が恩返しに来ていたことを知ります。童子丸を連れて信太の森へ行くと、狐は姿を現し、黄金の箱と水晶の玉を渡して別れました。
別れの場面が物語の中心にあるという点が、葛の葉の話をほかの狐女房の話と分けています。
晴明の母 ─ 誰がこの話を作ったのか
葛の葉の物語は、誰が語ったかがはっきり研究されている珍しい例です。
担い手とされるのは、声聞師と呼ばれた民間の下級陰陽師たちです。彼らは安倍晴明の名声を借りて生業を営み、自分たちの由来を語りました。
信太の森のすぐそばには、散所の民を起源とする集落があり、そこには声聞師の呼称である太夫を名乗る者が何人もいました。この地に住んだ遊芸の民や陰陽師の語りによって、物語はふくらんでいったと考えられています。
注目されるのは、他の社会の人と婚姻することが許されなかった彼らの境遇です。素性が知れたために愛する夫と子と別れなければならないという筋書きは、その境遇と重なります。
晴明が狐の子であるという話の初出は、中世末に成立した陰陽道の書の注釈書『簠簋抄』です。信太妻の物語は室町時代中期に成立し、近世初期には多くの類話が仮名草子にまとめられました。
狐と稲荷 ─ 信太明神という土台
物語の土台には、信太明神への信仰があります。
もとは聖神という、狐を使役する神でした。社伝によれば白鳳三年(675年)に渡来系の信太首の勅願によって祀られたとされ、平安時代末には信太の森にちなんで信太明神と呼ばれるようになりました。
重要なのは、信太妻の物語ができる前から、信太の森には古狐が住むという伝えがあったことです。近世初期の文献からそれが読み取れます。
研究者の諏訪春雄は、民間の陰陽師が自分たちの祖師にあたる安倍晴明の出自を、渡来系の神である信太明神や稲荷信仰と結びつける過程で、狐と人の婚姻の話が組み込まれたと述べています。
1700年に出た和泉国の地誌『泉州志』には、「安倍晴明の母が信太森の狐だとするのは奇怪な説だ」という趣旨の記述があります。当時の地元にも、この話を疑う声はありました。
葛の葉の伝承地域
葛の葉の伝承地は、信太の森(大阪府和泉市)と、安倍野(大阪市阿倍野区)の二か所に分かれます。狐が帰った森と、夫婦が暮らした土地です。
和泉市側には葛葉稲荷神社と聖神社があり、どちらも歩いて回れます。ただし、この二社の関係は時期によって語られ方が変わっており、どちらが「本来の信太明神」かは資料によって食い違います。ここでは両方を挙げ、どちらか一方に決めることはしていません。
このほか、京都市の晴明神社は安倍晴明を祀る社として広く知られますが、葛の葉の伝承地ではありません。晴明の屋敷跡とされる場所であり、性格が違うためここには挙げていません。
信太森葛葉稲荷神社(しのだのもりくずのはいなりじんじゃ)
葛の葉伝説の中心となる社
信太森葛葉稲荷神社の所在地:大阪府和泉市葛の葉町
信太の森にある稲荷の社で、葛の葉の物語をそのまま縁起として伝えます。社伝は「葛の葉物語」として掲げられています。
境内には、葛の葉が別れの歌を書いたと伝わる姿見の井戸や、楠の大木があります。
この社の縁起は、近代になって整理されたものです。1700年の『泉州志』では信太明神を舞台としており、後に「信太森葛葉稲荷」へ置き換えられて語られるようになりました。縁起の形が新しいこと自体は、物語の力を損ないません。
和泉市の北部にある。信太山の一帯が信太の森にあたる。
聖神社(ひじりじんじゃ)
信太明神とされてきた社
聖神社の所在地:大阪府和泉市王子町
信太の森一帯の古い社です。社伝では白鳳三年(675年)の創建とされ、狐を使役する聖神を祀ってきました。
平安時代末には、信太の森にちなんで信太明神と呼ばれるようになります。民間の陰陽師が語った系統の信太妻では、この信太明神との関わりが強調されていました。
本殿など複数の建物が国の重要文化財に指定されています。
葛葉稲荷神社とは別の社。歩いて回れる距離にある。
安倍晴明神社(あべのせいめいじんじゃ)
晴明の生誕地と伝わる場所
安倍晴明神社の所在地:大阪府大阪市阿倍野区阿倍野元町
安倍晴明の生誕地と伝える社です。物語のなかで保名が住んでいたとされる安倍野にあたります。
境内は広くありませんが、晴明の出自を伝える石碑が立ちます。すぐ近くに阿倍王子神社があり、こちらの末社という位置づけです。
葛の葉が保名と暮らしたのはこの地とされ、別れの物語の始点と終点が、和泉と大阪市内に分かれていることになります。
阪堺電車の東天下茶屋停留場から近い。
葛の葉の正体と考えられているもの
葛の葉の正体は、物語のなかでは明快です。信太の森の狐であり、稲荷大明神の使いです。作品によっては吉備真備の生まれ変わり、唐の碁打ちの妻の生まれ変わりともされます。
議論があるのは、この物語がなぜ作られたかです。
一つめは、陰陽師の由緒作りとする見方です。声聞師と呼ばれた民間の下級陰陽師たちが、祖師にあたる安倍晴明の出自を語ることで、自らの生業に権威を与えたという見方で、現在もっとも支持されています。
二つめは、身分を語る物語とする見方です。他の社会の人と婚姻することが許されなかった人々の境遇が、素性が知れたために別れなければならないという筋書きに重ねられているという読み方です。
三つめは、既存の話の組み合わせとする見方です。安倍晴明の説話に、狂言『釣狐』と仮名草子『鶴女房』が結びついたものと考えられています。
そして、信太の森に古狐が住むという伝えは、物語より先にありました。 土地の言い伝えが先にあり、そこへ晴明の名が結びついたという順序です。
安倍晴明の母が狐であったという証拠はありません。 晴明は実在の人物ですが、その母についての確かな記録は残っていません。
葛の葉をめぐる妖怪のつながり
葛の葉が登場する作品
葛の葉の物語は、芝居によって形が定まった妖怪です。名前そのものが1699年の歌舞伎以降のもので、障子に歌を書く演出も舞台で磨かれました。
近年は安倍晴明を主人公とする作品の増加にともなって、その母として名を知られるようになっています。妖怪としてより、晴明の物語の一部として受け継がれている点が特徴です。
葛の葉が登場する古典芸能
しのだづま(歌舞伎)
1699年の上演です。この作品以降、狐に「葛の葉」という名が用いられるようになりました。
信太妻(説経節)
物語の古い形を伝える語り物です。
葛の葉が登場する小説・映像
葛の葉が登場するゲーム
陰陽師(ゲーム)
平安京を舞台とする作品で、葛の葉が式神として登場します。
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葛の葉についてよくある質問
葛の葉とは何ですか。
和泉国の信太の森に住んだとされる狐です。人の姿となって安倍保名の妻となり、安倍晴明を産んだと語られます。
安倍晴明の母は本当に狐なのですか。
伝説です。晴明は実在の人物ですが、母についての確かな記録はありません。狐の子とする話の初出は中世末の『簠簋抄』です。
「うらみ葛の葉」とはどういう意味ですか。
葛の葉は風で裏返ると白い裏が見えるため、「裏見」と「恨み」を掛けた言い方です。別れの歌の結びに使われています。
なぜ葛の葉という名前なのですか。
別れの歌の下句をそのまま名にしたものです。この名が使われるのは1699年の歌舞伎『しのだづま』以降で、それ以前の物語では狐に名前がありません。
葛の葉に会える場所はありますか。
大阪府和泉市の信太森葛葉稲荷神社が中心です。同市の聖神社、大阪市阿倍野区の安倍晴明神社もゆかりの地です。
葛の葉と併せて覚えたい言葉・用語
信太の森(しのだのもり)
和泉国の森。現在の大阪府和泉市。物語の中心となる土地。
声聞師(しょうもんじ)
民間の下級陰陽師。葛の葉の物語を語り広めたと考えられている。
蘆屋道満(あしやどうまん)
晴明と術くらべをしたとされる陰陽師。物語では狐狩りを占う役で登場する。
異類婚姻譚(いるいこんいんたん)
人と人以外のものが夫婦になる話の型。鶴女房や蛇女房も同じ型。