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山梨県

蟹坊主とはどんな妖怪か|姿と伝承・登場する作品・伝承地域

蟹坊主  / カニボウズ

獣の妖怪 各地の伝説

無人の寺で僧に問答を仕掛ける巨大な蟹。山梨市の長源寺の話がよく知られる。

蟹坊主の姿を描いた図

作者不明 「長源寺 蟹坊主図」 1885年 / CC0 出典

蟹坊主とはどんな妖怪か

蟹坊主はひとことで言えば、謎かけを仕掛けてくる巨大な蟹です。

日本各地の寺院などに伝えられている蟹の妖怪で、「化け蟹」「大蟹」ともいいます。

話の形は決まっています。無人の寺に旅の僧が泊まると、何者かが現れて問答を仕掛け、僧がその者を蟹の妖怪だと正体を暴いて退治する、というものです。

山梨県山梨市万力の長源寺に伝わる話がよく知られます。

雲水が住職に「両足八足、横行自在にして眼、天を差す時如何」と問い、答えに詰まった住職を殴り殺して立ち去りました。代々の住職が同じように死に、寺は無人になります。

旅の僧・法印がここに泊まり、同じ問いに「お前は蟹だろう」と言って独鈷を投げつけると、雲水は巨大な蟹の正体を現して逃げ去りました。

蟹坊主の漢字表記と読み方

読みは「かにぼうず」です。

「坊主」は僧のことです。蟹が僧の姿に化けて現れることから、この名になりました。

つまり名前そのものが、この妖怪の正体と化けた姿の両方を表しています。

「化け蟹」「大蟹」とも呼ばれます。土地によって呼び方は違い、一つに定まってはいません。

なお、化けて現れる者は伝えによって異なります。長源寺の話では雲水、つまり諸国を巡り歩く修行僧の姿です。別の伝えでは身長三メートルもある怪僧とされます。

いずれにせよ、僧の姿で寺に来るという形は共通しています。

蟹坊主(かにぼうず)

もっとも一般的な呼び方。

化け蟹(ばけがに)

同じものを指す別の呼び方。

大蟹(おおがに)

巨大さを表す呼び方。

蟹坊主の姿と特徴

蟹坊主の姿は、化けているときと正体を現したときで大きく違います。

化けた姿 … 雲水、あるいは身長三メートルもある怪僧。
正体 … 巨大な蟹。長源寺の伝えでは二間四方とも、全長四メートルともいわれる。
正体を現す時 … 問いの答えによって見破られたとき。
残すもの … 砕けた甲羅からの血。爪跡とされる穴。

四メートルという大きさは、寺の本堂を埋めるほどです。

長源寺には、蟹の爪跡とされる二つの穴があいた石や、蟹が投げつけたという一メートル以上もの巨石が残されています。

かつては蟹の甲羅も残されていたといいますが、後に紛失しています。

別の伝えでは、独鈷で刺されて逃げ去った翌朝、法印が村人たちと血痕を辿ると、そこには巨大な蟹が死んでいたとされます。

逃げた話と死んだ話の両方が伝わっています。

蟹坊主の伝承物語

  1. 両足八足、横行自在にして眼、天を差す時如何
  2. 独鈷を投げつける
  3. 死んだ蟹から現れた千手観音
  4. いつ生まれた話なのか
  5. 珠洲や小矢部の寺にも同じ話

両足八足、横行自在にして眼、天を差す時如何

山梨県山梨市万力の長源寺には、次の伝説が伝えられています。

かつて甲斐国万力村にあった同寺の住職のもとを、一人の雲水が訪ねて問答を申し込みました。

そして、こう問います。

両足八足、横行自在にして眼、天を差す時如何

答えに詰まる住職を、雲水は殴り殺して立ち去りました。

その後も代々の住職が同じように死に、とうとう寺は無人となります。

話を聞いた法印という旅の僧が、ここに泊まりました。

例の雲水が訪ねて来て、同じ問答を仕掛けます。

独鈷を投げつける

法印は「お前は蟹だろう」と言って独鈷を投げつけました。

すると雲水は巨大な蟹の正体を現し、砕けた甲羅から血を流しつつ逃げ去りました。

以来、寺には何も起こることはなくなったといいます。

問いの中身を読めば、答えは示されています。

足が八本、横に自在に動き、目が天を向いている。これは蟹そのものです。問いはすでに正体を明かしていました。

難しい謎を解いたのではなく、目の前のものをそのまま言い当てたのです。

死んだ蟹から現れた千手観音

この伝説には、別の形もあります。

法印が寺に泊まると、夜中に身長三メートルもある怪僧が現れて問答を仕掛けました。しかし正体を見破られたうえに独鈷で刺され、逃げ去ります。

翌朝、法印が村人たちと共に血痕を辿ると、そこには巨大な蟹が死んでいました。

さらに、長源寺の本尊にまつわる伝えがあります。

長源寺の本尊は千手観音ですが、このカニの死体から千手観音の姿が現れた、というのです。

法印はそれに感激して、千手観音を寺の本尊にしたと伝えられます。

また、法印は救蟹法師と名を改めて寺の住職となったともいいます。

退治した相手を弔い、その名を自分の名にする。 蟹坊主の話が、ただの退治譚では終わっていないことを示す部分です。

長源寺には、この伝説にもとづく一八八五年作成の「救蟹伝説掛軸」二幅が伝わっています。

蟹が逃げ去ったといわれる場所には蟹追い坂蟹沢といった地名が残されています。

いつ生まれた話なのか

蟹坊主の伝説が、いつごろ語られ始めたのか。この点については手がかりがあります。

長源寺の山号は「蟹沢山」です。

しかし、享保十一年、一七二六年までの山号は「富向山」でした。

つまり、蟹にちなむ山号に改めたのはそれ以降ということになります。

そこから、蟹坊主の伝説が語られたのは享保十一年より後と考えられています。

山号の変更という記録が、伝説の年代を絞る手がかりになっているわけです。

同じ形の話は、各地の寺に伝わります。

珠洲や小矢部の寺にも同じ話

石川県珠洲市の永禅寺富山県小矢部市の本叡寺などにも、無人の寺に泊まった旅の僧に蟹の化け物が問答を仕掛け、僧がこれを暴いて退治する伝説や昔話が見られます。小矢部市には伝説にちなんで「北蟹谷」の名が残されています。

福岡県福津市の祥雲寺では、問答に負けた和尚は大蟹に食い殺されたとされます。

岩手県の伝承では、甲橋という橋で巨大な蟹が僧に化けて問答を仕掛けたが、寛法寺の住職に鉄扇で退治されたといいます。

このような問答を仕掛ける蟹の話は、狂言の『蟹山伏』がもとになっているとされます。

蟹坊主の伝承地域

蟹坊主の伝承地は、山梨県山梨市万力の長源寺がもっともよく知られます。

境内には蟹の爪跡とされる石や、蟹が投げつけたという巨石が残り、蟹が逃げた先には蟹追い坂・蟹沢という地名があります。

同じ形の話は各地にあります。石川県珠洲市の永禅寺、富山県小矢部市の本叡寺、福岡県福津市の祥雲寺、岩手県の甲橋などです。

兵庫県明石市の北方には「和坂」、別名かにが坂があり、大きな蟹の化け物を弘法大師が封じたという類話が『播磨名所巡覧図絵』に載ります。

長源寺のほかは、この図鑑では出現地として挙げていません。

長源寺(ちょうげんじ)

蟹坊主の伝説でもっとも知られる寺

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長源寺の所在地:山梨県山梨市万力

蟹坊主の伝説がもっともよく知られる寺です。山号は蟹沢山といいます。

享保十一年までの山号は富向山であったため、蟹坊主の伝説が語られたのはそれより後と考えられています。

境内には、蟹の爪跡とされる二つの穴があいた石や、蟹が投げつけたという一メートル以上もの巨石が残されています。

一八八五年作成の「救蟹伝説掛軸」二幅が伝わります。

かつてあったという蟹の甲羅は紛失しています。

蟹沢・蟹追い坂(かにさわ・かにおいざか)

蟹が逃げ去ったとされる地

地図で開く

蟹沢・蟹追い坂の所在地:山梨県山梨市

独鈷を投げつけられた蟹が、血を流しながら逃げ去ったといわれる場所です。

その伝説にちなんで、蟹追い坂蟹沢という地名が残されています。

地名として残っていることは、この伝説がその土地に根を張っていた証しといえます。

地名の範囲を正確に示すものはありません。

蟹坊主の正体と考えられているもの

蟹坊主の正体については、次のように考えられています。

狂言から出たとする見方が有力です。問答を仕掛ける蟹の化け物の話は、狂言の『蟹山伏』がもとになっているとされます。舞台の芸が土地の伝説に変わった例といえます。

寺の由来を語る話とする見方もあります。長源寺の山号が蟹沢山に改まったこと、本尊が千手観音であること、掛軸が伝わること。これらを説明する物語として機能しています。

大きな蟹への畏れとする見方も無視できません。伊豆地方には、滝壺に三・三メートル四方もの巨大な蟹が住みつき、それが動くと地震が起こるという言い伝えもあります。

謎かけそのものを楽しむ話とする見方も成り立ちます。「両足八足、横行自在にして眼、天を差す」という問いは、答えを問いの中に隠しています。聞く者が自分で解ける形になっています。

旅の僧を主役とする話とする見方もあります。土地の者では解けない問題を、外から来た者が解く。この形は日本の伝説にしばしば見られます。

いつ生まれたかは、山号の変更から享保十一年より後と絞られています。 妖怪の話としては珍しく、年代の下限がはっきりしています。

蟹坊主をめぐる妖怪のつながり

蟹坊主が登場する作品

蟹坊主は、問いと答えのある妖怪です。

姿の恐ろしさより、「両足八足、横行自在にして眼、天を差す時如何」という一句によって記憶されてきました。

この問いは、読む者が自分で解ける形になっています。 答えが問いの中に隠されているため、話を聞いた者が納得できます。

寺に伝わる掛軸や石、地名という具体物が残っていることも、この伝説が長く語り継がれた理由の一つです。

蟹坊主が登場する能・浄瑠璃

蟹山伏

狂言の演目。問答を仕掛ける蟹の化け物の話のもとになったとされます。

蟹坊主が登場する書物

播磨名所巡覧図絵

播磨のかにが坂の大蟹を弘法大師が封じたという類話を載せます。

日本妖怪散歩

村上健司の著。蟹坊主にゆかりの地を扱っています。

蟹坊主が登場する漫画・アニメ

妖怪を扱う各種の作品

寺で問答を仕掛ける僧の姿と、正体である巨大な蟹の対比で描かれます。

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蟹坊主についてよくある質問

蟹坊主とは何ですか。

日本各地の寺院などに伝えられている蟹の妖怪です。無人の寺に旅の僧が泊まると現れて問答を仕掛け、僧が正体を暴いて退治するという形の伝説や昔話として知られます。「化け蟹」「大蟹」ともいいます。

問答の中身は何ですか。

「両足八足、横行自在にして眼、天を差す時如何」という問いです。足が八本、横に自在に動き、目が天を向いている。つまり蟹そのものを言い表しており、答えは問いの中に示されています。

どこの寺の話ですか。

もっともよく知られるのは山梨県山梨市万力の長源寺です。ほかに石川県珠洲市の永禅寺、富山県小矢部市の本叡寺、福岡県福津市の祥雲寺、岩手県の甲橋などにも同じ形の話があります。

いつごろの伝説ですか。

長源寺の山号は蟹沢山ですが、享保十一年までは富向山でした。そのため、蟹坊主の伝説が語られたのは享保十一年より後と考えられています。

もとになった話はありますか。

問答を仕掛ける蟹の化け物の話は、狂言の『蟹山伏』がもとになっているとされます。

蟹坊主と併せて覚えたい言葉・用語

長源寺(ちょうげんじ)

山梨県山梨市万力の寺。山号は蟹沢山。蟹坊主の伝説でよく知られる。

雲水(うんすい)

諸国を巡り歩く修行僧。蟹坊主はこの姿で現れる。

独鈷(とっこ)

両端がとがった仏具。法印がこれを投げて正体を暴いた。

蟹山伏(かにやまぶし)

狂言の演目。問答を仕掛ける蟹の話のもとになったとされる。