天井を破って巨大な足が降り、洗えと迫る怪異。本所七不思議の一つ。

三代歌川国輝 「本所七不思議之内 足洗邸」 1886年 / パブリックドメイン 出典
足洗邸とはどんな妖怪か
足洗邸はひとことで言えば、足だけが出てくる怪異です。
本所(いまの東京都墨田区)を舞台とする本所七不思議の一つ。
江戸時代の本所三笠町(いまの墨田区亀沢)にあった、味野岌之助という旗本の上屋敷での話とされます。
毎晩、天井裏からもの凄い音がしたあげく、「足を洗え」という声が響き、天井を突き破って剛毛に覆われた巨大な足が降りてきます。
言われたとおり洗ってやると天井裏へ消えますが、それが毎晩繰り返されました。
顔も体も現れません。足だけです。
足洗邸の漢字表記と読み方
読みは「あしあらいやしき」です。
一つ気になる点があります。怪物の台詞は「あらえ」なのに、怪談の名は「あらい」です。
これは、江戸言葉に特有の「え」と「い」の混同によるものと指摘されています。江戸の人は「え」と「い」をしばしば入れ替えて発音しました。
つまり「足洗い」と「足洗え」は、当時の耳には同じ音に近かったわけです。
名前そのものに、この怪談が生まれた土地の訛りが残っています。
足洗邸(あしあらいやしき)
もっとも一般的な表記。
足洗屋敷(あしあらいやしき)
「邸」を「屋敷」と書く表記。
蔵の大足(くらのおおあし)
六番町の御手洗家で起きた同種の怪異の呼び名。
足洗邸の姿と特徴
足洗邸に現れるのは、足だけです。
部位 … 足のみ。顔も体も現れない。
大きさ … 巨大。天井を突き破って降りてくる。
表面 … 剛毛に覆われている。
声 … 「足を洗え」と響く。
前触れ … 天井裏からもの凄い音がする。
体の一部だけが現れる妖怪は多くありませんが、足洗邸はその代表格です。
六番町の御手洗家で起きた同じ怪異では、右足が現れ、洗い終えると今度は左足が現れるという順序まで伝わっています。両足とも洗い終えると足は引っ込み、戸が閉まりました。
こちらでは、刀で斬りつけても煙を斬るように効果がありませんでした。
触れられるのに斬れない。 洗うことはできるのに、退治はできない足です。
足洗邸の伝承物語
屋敷を取り替えたら止まった
足洗邸の話には、ほかの怪談にない結末があります。
毎晩の怪異にたまりかねた味野岌之助は、同僚の旗本にこのことを話しました。
すると同僚は大変興味を持ち、上の許しを得て上屋敷を取り替えました。
ところが、同僚が移り住んだところ、足は二度と現れませんでした。
怪異が起きなくなった理由は語られていません。
住む人が変われば起きない。ならばこれは屋敷に憑いたものではなく、住人に憑いたものだったことになります。しかし味野がその後どうなったかも伝わっていません。
怪談が「解決」ではなく「移動」で終わるのは珍しい形です。恐ろしがった側が損をし、面白がった側が得をした、という後味の悪さも残ります。
タヌキの恩返しという別筋
足洗邸には、まったく別の由来を語る話があります。
本所七不思議の一つ置行堀の正体はタヌキであり、そのタヌキが足洗邸に似た怪異を起こしたというものです。
一七六五年(明和二年)、置行堀のタヌキが人に捕えられ、瀕死の重傷を負っていました。通りかかった小宮山左善が哀れに思い、金を与えて逃がしてやります。
その夜、タヌキが女の姿で左善の枕元に現れ、下女が悪事を企んでいると忠告して消えました。
しばらく後、左善は下女の恋人の浪人者に殺されてしまいます。
数日後、タヌキは左善の一人息子の膳一のもとに現れ、真相を教えました。膳一は仇討ちを挑みますが逆に追いつめられます。そこへタヌキが左善の姿に化けて助太刀し、膳一は仇を討つことができました。
以来、この家に凶事が起こる際には前触れとして、天井から足が突き出すようになったといいます。
この筋では、足は災いではなく知らせです。
家宝の守り手「ご隠居」
嘉永年間、六番町に住んでいた御手洗主計という旗本の家でも、同じ怪異が起きました。
「蔵の大足」または「御手洗氏の足洗い」と呼ばれます。
雑物庫の戸がひとりでに開いて巨大な右足が現れ、洗ってやると今度は左足が現れる。両足とも洗い終えると足が引っ込んで戸が閉まりました。
刀で斬りつけても効果がなく、祈祷で追い払おうとすれば大足が暴れ回って祈祷者を踏みにじりました。
ところがこの家では、大足は迷惑がられていませんでした。
以前に雑物庫へ忍び込んだ泥棒を踏みつけて捕まえたことがあり、御手洗家ではこの足を家宝の守り手として「ご隠居」と呼び、大事なものはすべてその庫にしまっていました。
いつしか女性が洗わないと足は引っ込まなくなり、主計が女を雇ってもすぐ辞めてしまったといいます。
この怪異は明治前期まで語り伝えられ、やまと新聞の一八八七年四月二十九日付の記事でも報じられました。
足洗邸の伝承地域
足洗邸の伝承地は、東京都墨田区亀沢、江戸時代の本所三笠町です。
同じ怪異は六番町の御手洗家でも起きたと伝わります。こちらは「蔵の大足」と呼ばれました。
屋敷はいずれも残っておらず、会いに行ける建物はありません。 本所七不思議をたどる散策の一点として訪ねる形になります。
亀沢(旧・本所三笠町)(かめざわ(きゅう・ほんじょみかさちょう))
足洗邸があったとされる土地
亀沢(旧・本所三笠町)の所在地:東京都墨田区亀沢
味野岌之助という旗本の上屋敷があったとされる場所です。
江戸時代には本所三笠町と呼ばれました。本所七不思議のうち、屋敷の場所がここまで具体的に伝わっている話は多くありません。
現在は住宅と商業の混在する市街地です。両国駅から歩ける範囲にあります。
屋敷そのものは残っていません。
当時の屋敷の正確な位置を示す標識は確認できませんでした。
足洗邸の正体と考えられているもの
足洗邸の正体については、次のように考えられています。
タヌキの仕業とする見方が、伝えの中に含まれています。置行堀のタヌキが恩返しとして凶事を知らせるようになった、という筋がそれです。この筋では、足は災いではなく知らせになります。
足だけが現れる意味については、はっきりしていません。体の一部だけが現れる妖怪は多くありませんが、手だけが出る「小袖の手」など、いくつか例があります。
「洗え」という要求にも注目できます。この怪異は害を加えるのではなく、言うことを聞かせるものです。洗えば引っ込む。洗わなければ暴れる。要求に従えば済むという点が、ほかの怪談と違います。
御手洗家の例では、これが守り手として扱われました。 泥棒を踏みつけて捕まえたことから「ご隠居」と呼ばれ、家宝を預ける庫に住まわせています。
名前の由来は江戸言葉です。 「あらえ」という台詞が「あらい」という名になったのは、江戸言葉特有の「え」と「い」の混同によると指摘されています。
足洗邸をめぐる妖怪のつながり
足洗邸が登場する作品
足洗邸は、本所七不思議のまとまりとして語られることが多い怪異です。
単独で作品の主題になることは少なく、七不思議を扱う話の中の一つとして現れます。
足だけが天井から降りてくるという絵になりやすい形は、挿絵や浮世絵で好まれました。
足洗邸が登場する書物
岡崎柾男『両国・錦糸町むかし話』
一九八三年。本所の怪談を伝えています。
やまと新聞の記事
一八八七年四月二十九日付で、六番町の「蔵の大足」を報じています。
足洗邸が登場する漫画・アニメ
本所七不思議を扱う諸作
七不思議の一つとして取り上げられることがあります。
Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。
足洗邸についてよくある質問
足洗邸とは何ですか。
天井を突き破って巨大な足が降り、「足を洗え」と迫る怪異です。本所七不思議の一つで、江戸時代の本所三笠町にあった旗本の屋敷での話とされます。
足洗邸はどこにありましたか。
東京都墨田区亀沢、江戸時代の本所三笠町です。屋敷そのものは残っていません。同じ怪異は六番町の御手洗家でも起きたと伝わります。
足を洗わないとどうなりますか。
足の主が怒り、家じゅうの天井を踏み抜いて暴れたといいます。六番町の例では、刀で斬りつけても効果がなく、祈祷者を踏みにじったと伝わります。
なぜ「あらえ」なのに「あらい」なのですか。
江戸言葉に特有の「え」と「い」の混同によると指摘されています。当時の耳には、二つはほとんど同じ音でした。
足洗邸と併せて覚えたい言葉・用語
本所七不思議(ほんじょななふしぎ)
江戸の本所を舞台とした奇談・怪談の集まり。足洗邸、置行堀、送り提灯などが数えられる。
蔵の大足(くらのおおあし)
六番町の御手洗家で起きた同種の怪異。家では守り手として「ご隠居」と呼ばれた。
上屋敷(かみやしき)
武家が主に住まいとした屋敷。味野岌之助はこれを同僚と取り替えた。