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京都府

羅城門の鬼とはどんな妖怪か|姿と伝承・登場する作品・伝承地域

羅城門の鬼  / ラジョウモンノオニ

人型の妖怪 能・浄瑠璃軍記・物語

平安京の正門・羅城門に巣食ったとされる鬼。渡辺綱に片腕を斬り落とされた。

羅城門の鬼の姿を描いた図

鳥山石燕 「今昔百鬼拾遺 羅城門鬼」 1780年 / パブリックドメイン 出典

羅城門の鬼とはどんな妖怪か

羅城門の鬼はひとことで言えば、渡辺綱に腕を斬られた鬼です。

平安京の正門である羅城門に巣食っていたといわれます。室町時代の謡曲『羅生門』などに登場します。

源頼光が酒呑童子を討ったあと、屋敷で宴を催していたときのことです。座の一人が「羅城門に鬼がいる」と言い出しました。

四天王の一人渡辺綱は、王地の総門に鬼が住む謂れはないと言い、確かめるために一人で羅城門へ向かいます。

門の前で背後から兜をつかまれた綱は、太刀で応戦し、ついに鬼の片腕を斬り落としました。

鬼は「時節を待ちて、取り返すべし」と叫んで、空を覆う黒雲の彼方へ消えていったといいます。

羅城門の鬼の漢字表記と読み方

読みは「らじょうもんのおに」とも「らしょうもんのおに」ともいいます。

門の名は本来「羅城門」です。「羅城」とは都を囲む城壁のことで、その正面に開く門という意味になります。

一方、謡曲の題は「羅生門」と書かれます。この字が広まったため、鬼の名も「羅生門の鬼」と書かれることが多くなりました。

どちらの表記も用いられ、どちらかに決まってはいません。

なお、平安京の羅城門は現存しません。倒壊した後は再建されず、跡地に碑が立つのみです。

羅城門の鬼(らじょうもんのおに)

門の名を正しく書いた表記。

羅生門の鬼(らしょうもんのおに)

謡曲の題に合わせた表記。

茨木童子(いばらきどうじ)

しばしば同一視される鬼の名。

羅城門の鬼の姿と特徴

羅城門の鬼の姿は、話のなかでほとんど描かれません。

現れ方 … 背後から不意に兜をつかむ。
得物 … 鉄杖。太刀と激しくぶつかり合う。
去り方 … 空を覆う黒雲の彼方へ消える。
残したもの … 斬り落とされた片腕。

顔かたちの描写がほとんど無いことが、この鬼の特徴です。

見えないところから手が伸びてくる。振り返っても正体は判然としない。恐ろしいのは姿ではなく、その手の力です。

能の舞台では鬼の面を用います。これは演出上の姿にあたります。

残された「腕」だけが、確かな形をもって語られます。その腕は渡辺綱が持ち帰り、七日のあいだ厳重に守ったとされます。

姿を語らず、腕だけを語る。 そこにこの鬼の恐ろしさがあります。

羅城門の鬼の伝承物語

  1. 王地の総門に鬼が住む謂れはない
  2. 綱が腕を斬り落とす
  3. 舞台は一条戻橋だったのか羅城門だったのか
  4. 茨木童子と重ねられる
  5. 都の正門に鬼が置かれる
  6. くぐる場所に鬼が立つ

王地の総門に鬼が住む謂れはない

源頼光が酒呑童子を討伐したあと、自分の屋敷で頼光四天王と平井保昌とともに宴を催していたときのことです。

平井、あるいは四天王の一人卜部季武が、「羅城門に鬼がいる」と言い出しました。

これに対して、四天王の一人渡辺綱は言い返します。

王地の総門に鬼が住む謂れはない、と。

羅城門は平安京の正門です。天皇の治める都の正面に、鬼などいるはずがない。綱の言い分はそういうものでした。

そして、確かめるために自ら出向くことにします。

鎧兜を着け、先祖伝来の太刀を帯び、馬に乗って、従者も連れずにただ一人で羅城門へ向かいました。

九条通に出て、羅城門が正面に見えてきた頃です。

綱が腕を斬り落とす

急に激しい風に見舞われ、馬が動かなくなりました。

綱が馬から降りて羅城門へ向かうと、背後から現れた鬼に兜をつかまれます。

すかさず綱が太刀で斬りつけましたが、逆に兜を奪われました。

綱の太刀と鬼の鉄杖が激しくぶつかり合った末、ついに綱は鬼の片腕を斬り落とします。

鬼は「時節を待ちて、取り返すべし」と叫んで、空を覆う黒雲の彼方へ消えていきました。

喜田貞吉は、鬼に付く「童子」の名をこう説いています。

かの酒呑童子や茨木童子の「童子」という名前も、やはり鬼を護法童子と見てからの称呼であるのだ。

(護法童子=行者に従う童形の霊)鬼でありながら、仏に仕える者の名を負っています。

舞台は一条戻橋だったのか羅城門だったのか

この話には、舞台の異なる別の伝えがあります。

平家物語』剣の巻にある一条戻橋の鬼の話です。

そこでは、綱が鬼の腕を斬り落とす場面の舞台は一条戻橋とされます。そして、この後に鬼が綱の乳母に化けて腕を奪い去るという続きがあります。

謡曲『羅生門』は、『平家物語』の綱と鬼との戦いまでの話をもとに、舞台を一条戻橋から羅城門に変えて作られたものとされます。

では、その後の鬼の報復の話はどうなったのか。

謡曲では、それは『羅生門』とは別の作品『茨木』になっています。

つまり一つの物語が、二つの曲に分けられたことになります。

茨木童子と重ねられる

この分割が、後に混乱を生みました。

腕を斬られた鬼と、腕を取り返しに来た鬼が別の作品に分かれたため、もとは同じ話であったことが見えにくくなったのです。

このことから、本来は別々の鬼である羅城門の鬼茨木童子が、しばしば同一視されるようになりました。

柳田国男は『山の人生』で、鬼の家の側から見た一文を残しています。

兇暴無類の評ある大江山の酒顛童子、その子分か義兄弟のごとく考えられた茨木童子なども、単に今まで見ず知らずの他人に対して残忍であったというのみで

「見ず知らずの他人に対して」 という限定が付いています。羅城門の鬼を、外から来た者として置く見方です。

都の正門に鬼が置かれる

羅城門は、平安京の正門でした。

朱雀大路の南端にあり、都に入る者が最初にくぐる門です。本来は都の威容を示すための建物でした。

その門に鬼が住むという話が生まれた背景には、いくつかの事情が指摘されています。

門が荒れ果てていたことが第一です。羅城門は暴風で倒壊した後、再建されませんでした。都の正面にありながら、荒れるにまかされた場所になっていきます。

くぐる場所に鬼が立つ

門が境目であることも関わります。門の内は都、外は都の外です。境目に立つ建物は、この世とあの世の境にも見立てられました。

日本の怪異には、門・橋・辻に現れるものが多くあります。羅城門と一条戻橋は、どちらも「渡る場所」「くぐる場所」にあたります。

綱が「謂れはない」と言い切ったことにも意味があります。

都の正門に鬼がいるはずがない、という言葉は、裏返せば「都の正門にすら鬼がいた」という話の効き目を強めます。

あるはずのない場所にあるからこそ、この話は恐ろしいのです。

羅城門の鬼の伝承地域

羅城門の鬼にゆかりの地は、京都府京都市南区の羅城門跡です。

平安京の正門があった場所で、現在は跡地を示す碑が立つのみです。門そのものは倒壊した後に再建されず、現存しません。

もう一つ、『平家物語』剣の巻での舞台である一条戻橋があります。こちらは京都市上京区の堀川に架かっています。

同じ一つの話が、二つの場所で語られてきました。 どちらが古いかは、謡曲が『平家物語』をもとにしたという点から、一条戻橋のほうが先とみられます。

鬼を祀る祠は確かめられませんでした。

羅城門跡(らじょうもんあと)

鬼が巣食ったとされる門の跡

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羅城門跡の所在地:京都府京都市南区唐橋羅城門町

平安京の正門羅城門があったとされる場所です。

朱雀大路の南端にあたり、都に入る者が最初にくぐる門でした。

門そのものは現存しません。 倒壊した後は再建されず、現在は跡地であることを示す碑が立つのみです。

謡曲『羅生門』の舞台にあたります。

門は現存せず、当時の姿を見ることはできません。

一条戻橋(いちじょうもどりばし)

『平家物語』での鬼との戦いの地

地図で開く

一条戻橋の所在地:京都府京都市上京区

『平家物語』剣の巻では、渡辺綱が鬼の腕を斬り落とす場面の舞台はこの橋です。

謡曲『羅生門』は、この舞台を羅城門に移して作られたとされます。

同じ話が二つの場所で語られてきたことになります。

橋は現在も堀川に架かっています。

現在の橋は後の世に架け替えられたものです。

羅城門の鬼の正体と考えられているもの

羅城門の鬼の正体については、次のように考えられています。

茨木童子と同じものとする見方が広く行われています。腕を斬られた鬼と、腕を取り返しに来た茨木童子は、もとは一つの話の前半と後半でした。謡曲で『羅生門』と『茨木』に分けられたため、別の鬼のように見えるようになりました。本来は別々の鬼とされるものが、この事情から同一視されています。

荒れた門そのものが生んだ話とする見方もあります。羅城門は倒壊後に再建されず、都の正門でありながら荒れるにまかされました。人の来ない大きな建物は、それだけで恐れの対象になります。

境目に現れるものとする見方も有力です。門・橋・辻は、内と外を分ける場所です。日本の怪異にはこうした場所に現れるものが数多くあります。

武勇伝を成り立たせるための相手とする見方も忘れられません。この話の主役は渡辺綱であり、鬼は綱の武勇を示すために置かれた存在でもあります。

姿かたちが語られないことが、この鬼の性質をよく表しています。分かっているのは、斬り落とされた腕があったということだけです。

羅城門の鬼をめぐる妖怪のつながり

羅城門の鬼が登場する作品

羅城門の鬼は、能によって形を与えられた鬼です。

もとになった『平家物語』の話が、舞台を移して謡曲になり、さらに後半が別の曲に分けられました。

この分割が、羅城門の鬼と茨木童子を同じものと見なす習慣を生みました。

作品のなかでは、姿よりも「腕を斬られた」という一点が受け継がれています。斬られた腕という具体物があることが、この話を長く生き延びさせました。

羅城門の鬼が登場する能・浄瑠璃

羅生門

室町時代の謡曲。渡辺綱と鬼との戦いを描きます。舞台は羅城門です。

茨木

腕を取り返しに来る後半の話にあたる謡曲です。

羅城門の鬼が登場する書物

平家物語

剣の巻に一条戻橋の鬼の話があります。謡曲『羅生門』のもとになりました。

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羅城門の鬼が登場する漫画・アニメ

鬼と武者を扱う各種の作品

渡辺綱と鬼の腕の場面は、繰り返し取り上げられてきました。

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羅城門の鬼についてよくある質問

羅城門の鬼とは何ですか。

平安京の正門である羅城門に巣食っていたといわれる鬼です。渡辺綱に片腕を斬り落とされ、「時節を待ちて、取り返すべし」と叫んで黒雲の彼方へ消えたと伝えられます。室町時代の謡曲『羅生門』などに登場します。

茨木童子と同じものですか。

本来は別々の鬼とされますが、しばしば同一視されます。『平家物語』では腕を斬られた鬼が後に綱の乳母に化けて腕を取り返しますが、謡曲ではこの後半が『茨木』という別の曲になったためです。

舞台は羅城門ですか、一条戻橋ですか。

『平家物語』剣の巻では一条戻橋、謡曲『羅生門』では羅城門です。謡曲は『平家物語』をもとに舞台を移して作られたとされるため、一条戻橋のほうが先とみられます。

羅城門はいま行けますか。

門そのものは現存しません。京都府京都市南区唐橋羅城門町に跡地を示す碑が立っています。羅城門は倒壊した後、再建されませんでした。

渡辺綱はなぜ一人で行ったのですか。

「王地の総門に鬼が住む謂れはない」と言って、それを確かめるためです。鎧兜と先祖伝来の太刀で武装し、従者も連れずに馬で向かいました。

羅城門の鬼と併せて覚えたい言葉・用語

羅城門(らじょうもん)

平安京の正門。朱雀大路の南端にあった。倒壊後は再建されず現存しない。

渡辺綱(わたなべのつな)

源頼光四天王の一人。鬼の片腕を斬り落とした。

剣の巻(つるぎのまき)

『平家物語』の一部。一条戻橋の鬼の話を収める。

卜部季武(うらべのすえたけ)

頼光四天王の一人。羅城門に鬼がいると言い出したとする伝えがある。

羅城門の鬼の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 青空文庫 喜田貞吉「憑き物系統に関する民族的研究」
  2. 青空文庫 柳田国男『山の人生』