木の上から落ちてきて人を襲う妖怪。生首の姿で語られることが多い。

山岡元隣 「古今百物語評判 釣瓶下し」 1686年ごろ / パブリックドメイン 出典
釣瓶落としとはどんな妖怪か
釣瓶落としは、近畿と東海に伝わる妖怪です。
京都府、滋賀県、岐阜県、愛知県、和歌山県などに伝わります。釣瓶下ろしとも呼ばれます。
木の上から落ちて来て、人間を襲う、人間を食べるなどといわれます。
大正時代の郷土研究資料『口丹波口碑集』によれば、京都府南桑田郡曽我部村字法貴(現在の亀岡市曽我部町)では、釣瓶下ろしはカヤの木の上から突然落ちてきてゲラゲラと笑い出し、こう言って再び木の上に上がっていくといいます。
夜業すんだか、釣瓶下ろそか、ぎいぎい
また同じ曽我部村の字寺でいう釣瓶下ろしは、古い松の木から生首が降りてきて人を喰らうといいます。飽食するのかしばらくは現れず、二、三日経つとまた現れるそうです。
大木の下を通ることへの畏れが、この妖怪の底にあります。
釣瓶落としの漢字表記と読み方
読みは「つるべおとし」です。「つるべおろし」とも呼ばれます。
釣瓶は、井戸で水を汲むために縄や竿の先につけた桶のことです。井戸に落とすときの、まっすぐ速く落ちる動きが名前のもとです。
「秋の日は釣瓶落とし」という言い方があります。秋の日暮れが早いことのたとえで、釣瓶が井戸に落ちるように、あっという間に日が沈むという意味です。
妖怪の釣瓶落としも、突然、まっすぐ落ちてくるという点が名前に表れています。
伝承のなかでは、実際に釣瓶を落としてくるとされる土地もあります。岐阜県揖斐郡や滋賀県彦根市では、木の枝にいる釣瓶下ろしが通行人めがけて釣瓶を落とすといいます。
落ちてくるものが、妖怪自身か、釣瓶か。 土地によって違います。
釣瓶落とし(つるべおとし)
もっとも一般的な表記。
釣瓶下ろし(つるべおろし)
同じものの呼び方。京都府の伝承ではこちらが多い。
坪井の榧の木(つぼいのかやのき)
兵庫県丹波篠山市の怪談七不思議のひとつ。生首が落ちてくるとされる。
釣瓶落としの姿と特徴
釣瓶落としの姿は、土地によって違います。
生首 … もっとも多く語られる姿です。京都府曽我部村の字寺では、古い松の木から生首が降りてきて人を喰らうといいます。兵庫県丹波篠山市の「坪井の榧の木」でも、夜にこの木の下を通ると生首が落ちてくるとされます。
笑うもの … 曽我部村字法貴では、カヤの木の上から突然落ちてきてゲラゲラと笑い出し、また木の上に上がっていくとされます。姿の描写はありません。
釣瓶を落とすもの … 岐阜県揖斐郡久瀬村津汲や滋賀県彦根市では、木の枝にいる釣瓶下ろしが通行人めがけて釣瓶を落とすといいます。妖怪自身ではなく、道具が落ちてきます。
釣瓶そのもの … 和歌山県海南市黒江の伝承では、古い松の大木の根元に釣瓶があり、覗くと光る物があります。
妖怪画では、木の上から下がった大きな生首として描かれることが多いものです。
釣瓶落としの伝承物語
夜業すんだか ─ 木の上からの声
釣瓶落としの伝承でもっとも印象的なのが、声です。
大正時代の郷土研究資料『口丹波口碑集』に、口丹波(京都府丹波地方南部)の口承が記録されています。
京都府南桑田郡曽我部村字法貴(現在の亀岡市曽我部町)では、カヤの木の上から突然落ちてきてゲラゲラと笑い、こう言って再び木の上に上がるといいます。
夜業すんだか、釣瓶下ろそか、ぎいぎい
夜業は、夜の仕事です。農作業や内職を夜遅くまでしていた人に向けた言葉です。
「ぎいぎい」は、釣瓶を下ろす縄が鳴る音でしょう。
仕事は終わったか。では釣瓶を下ろそうか。
遅くまで働いて、暗くなってから帰る人。その頭上から、こんな声が降ってくる。働く人の疲れと、夜道の暗さが、この一言に凝縮されています。
京都府船井郡富本村(現在の南丹市八木町)では、ツタが巻きついて不気味な松の木があり、そこに釣瓶下ろしが出るとして恐れられました。
釣瓶に引き込まれる ─ 和歌山の話
和歌山県海南市黒江に、元禄年間の妖怪譚が伝わります。
古い松の大木の根元に、釣瓶がありました。通行人がそれを覗くと、なかに光る物が見えます。
小判かと思って手を伸ばすと。
釣瓶の中へ引き込まれて、木の上へ引き上げられてしまいます。
そして木の上に住む釣瓶落としに脅かされたり、そのまま食い殺されたり、地面に叩きつけられて命を落としたりしたといいます。
罠です。
光る物を見せて手を伸ばさせ、引き込む。欲を出した者が捕まるという構造になっています。
この型の話は、日本の怪談にしばしば見られます。小豆洗いが音で人を川べりへ誘うのも、同じ形です。
釣瓶という日常の道具が、罠として使われている点が、この話の不気味さを増しています。井戸端は、毎日通う場所です。
本物ではなかった ─ 篠山の七不思議
兵庫県丹波篠山市には、「篠山の怪談七不思議」のひとつとして「坪井の榧の木」が伝わります。
篠山城の東馬出の付近に坪井という旧士族の屋敷があり、幽気を出す榧の大木がありました。夜にこの木の下を通ると、生首が落ちてくるといいます。
ところが、この伝承には続きがあります。
これは本物の妖怪ではなかったというのです。
城下町の怪談には、こうした「種明かし」が付くことがあります。誰かが仕掛けたもの、見誤ったもの、あるいは何かを隠すために流された噂。
怪談が語られる場所には、たいてい理由があります。通ってほしくない道、近づいてほしくない屋敷。恐ろしい話は、人を遠ざけるのにもっとも効きます。
釣瓶落としが出るとされるのは、大木のある道です。夜、大木の下は特に暗くなります。頭上で葉が鳴り、何かが落ちてくるような音がする。
実際に落ちてくるものもあります。 枝、実、鳥の糞。
釣瓶落としの伝承地域
釣瓶落としには、訪ねられる伝承地を挙げません。
伝承の記録がある土地としては、次のものが挙げられます。
京都府亀岡市曽我部町(旧南桑田郡曽我部村) … カヤの木、松の木の伝承。
京都府南丹市八木町(旧船井郡富本村) … ツタの巻きついた松の木。
京都府亀岡市大井町(旧大井村字土田) … 人を食うとされました。
岐阜県揖斐川町(旧揖斐郡久瀬村津汲) … 大木の上から釣瓶を落とすとされました。
滋賀県彦根市 … 同じく釣瓶を落とすとされました。
和歌山県海南市黒江 … 釣瓶に引き込まれる話。
兵庫県丹波篠山市 … 「坪井の榧の木」。
いずれも「大木のある道」です。 そして、その木が現在も残っているとは限りません。
古い大木は、伐られたり倒れたりします。 どの木が伝承の木かを確かめられませんでした。
確かめられなかったものを、あるように書くことはしません。この欄は空のままにしてあります。
釣瓶落としの正体と考えられているもの
釣瓶落としの正体については、次の見方があります。
一つめは、大木への畏れです。夜、大木の下は特に暗くなります。頭上で葉が鳴り、枝が軋み、何かが落ちてくるような音がする。実際に、枝も実も落ちてきます。 大木の下を通ることの不安が、この妖怪の底にあります。
二つめは、夜道を避けさせるためです。「夜業すんだか、釣瓶下ろそか」という言葉は、遅くまで働いて暗くなってから帰る人に向けられています。早く帰れ、という戒めとして働きます。
三つめは、欲を戒めるためです。和歌山県海南市黒江の話では、釣瓶のなかの光る物を小判かと思って手を伸ばした者が引き込まれます。欲を出した者が捕まるという構造です。
四つめは、人が仕掛けたものです。兵庫県丹波篠山市の「坪井の榧の木」については、本物の妖怪ではなかったとされています。怪談が、人を近づけないために使われることがあります。
五つめは、木の実や果実です。カヤ、松、榧。いずれも実のなる木です。夜、頭上から実が落ちてくれば、驚きます。
釣瓶落としが何であったかは、決められていません。 ただし、大木のある夜道という条件は、どの伝承にも共通しています。
釣瓶落としをめぐる妖怪のつながり
釣瓶落としが登場する作品
釣瓶落としは、落ちてくるという一点で成り立つ妖怪です。上から来るという方向が、絵にしても映像にしても効きます。
「秋の日は釣瓶落とし」という言い方のほうが、妖怪としての釣瓶落としより広く知られています。言葉が先に定着した例です。
釣瓶落としが登場する記録
口丹波口碑集
大正時代の郷土研究資料です。「夜業すんだか、釣瓶下ろそか、ぎいぎい」という言葉が記録されています。
篠山の怪談七不思議
兵庫県丹波篠山市に伝わる怪談です。「坪井の榧の木」が釣瓶落としにあたります。
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釣瓶落としについてよくある質問
釣瓶落としとは何ですか。
京都府や滋賀県などに伝わる妖怪です。木の上から落ちてきて人を襲う、人を食べるなどといわれます。
なぜ釣瓶落としというのですか。
釣瓶は井戸で水を汲むための桶です。井戸に落とすときのまっすぐ速く落ちる動きから、突然落ちてくる妖怪の名になりました。
どんな姿ですか。
土地によって違います。生首とする伝承がもっとも多く、ゲラゲラ笑うもの、釣瓶を落としてくるものなどがあります。
「夜業すんだか」とはどういう意味ですか。
「夜の仕事は終わったか。では釣瓶を下ろそうか」という意味です。京都府亀岡市の伝承で、木の上から降ってくる言葉として記録されています。
釣瓶落としに会える場所はありますか。
特定の場所は挙げません。伝承地はいずれも大木のある道ですが、その木が現在も残っているかを確かめられませんでした。
釣瓶落としと併せて覚えたい言葉・用語
釣瓶(つるべ)
井戸で水を汲むために縄や竿の先につけた桶。
夜業(よぎょう)
夜の仕事。農作業や内職を夜遅くまですること。
口丹波口碑集(くちたんばこうひしゅう)
大正時代の郷土研究資料。釣瓶下ろしの言葉を記録する。
榧(かや)
実のなる大木。釣瓶落としが出るとされた木のひとつ。