信濃の戸隠山に住んだ鬼女。紅葉狩りの宴で平維茂に討たれた。

鳥山石燕 「今昔百鬼拾遺 紅葉狩」 1781年 / パブリックドメイン 出典
紅葉とはどんな妖怪か
紅葉の漢字表記と読み方
読みは「もみじ」です。
紅葉は秋に葉が色づくことを指す言葉であり、また紅葉狩りという行楽の名でもあります。
この名前が効いているのは、物語の場面によります。平維茂が戸隠山へ赴くのは、紅葉狩りのためです。そこで紅葉という名の美女に出会う。名前と場面が重なっています。
明治中期の『戸隠山鬼女紅葉退治之伝』によれば、もとの名は呉葉でした。都へ上るときに紅葉と改めたとされます。
歌舞伎『紅葉狩』(河竹黙阿弥、1887年)では、紅葉に相当する鬼の名を更科姫としています。更科は信濃の地名です。
演目名と鬼の名が同じ「紅葉」であるため、混同されやすい点に注意が要ります。
紅葉(もみじ)
もっとも一般的な表記。鬼女紅葉とも。
呉葉(くれは)
『戸隠山鬼女紅葉退治之伝』での、都へ上る前の名。
更科姫(さらしなひめ)
歌舞伎『紅葉狩』(河竹黙阿弥、1887年)での鬼の名。
紅葉狩(もみじがり)
能・歌舞伎などでの演目名。
紅葉の姿と特徴
紅葉の姿は、二段構えで語られます。
紅葉狩りの宴の姿 … 美しい女性。侍女たちを従え、山中で紅葉見物の宴を開いています。維茂を招き入れ、酒を勧め、舞を舞います。この場面では、まったく人間です。
正体を現した姿 … 鬼女。角があり、髪を振り乱し、恐ろしい形相になります。
能『紅葉狩』では、この二つを面の掛け替えで見せます。鬼神を女と解釈する場合は般若の面を、男と解釈する場合は顰の面を用います。
演出によって、鬼の性別が変わります。 これは能の演目としては珍しいことです。
舞の場面が見どころとされます。美しい舞のあいだに維茂が酔って眠り込み、そこへ正体を現した鬼が襲いかかる。
『善光寺道名所図会』によれば、退治された紅葉の霊は八丈坊・九丈坊という大天狗・小天狗となり、日吉権現の眷属となって北向山を守護するようになったといいます。
紅葉の伝承物語
紅葉狩 ─ 能から歌舞伎へ
紅葉の物語は、芸能によって形が定まりました。
室町時代から江戸時代にかけて、能や浄瑠璃、歌舞伎で「紅葉狩」という題名で描かれ続けます。
筋立ては共通しています。平維茂が戸隠山へ赴き、紅葉見物をしている美しい女性たち一行に出会う。招かれて酒を受け、舞を見るうちに眠り込む。その女性たちの正体が、戸隠山の鬼だった。
能『紅葉狩』では、演出によって鬼神の性別が変わります。男と解釈する場合は顰の面、女とする場合は般若の面を用います。
能をもとにして作られた河竹黙阿弥の歌舞伎『紅葉狩』(1887年)は、紅葉に相当する鬼の名を更科姫としています。
この歌舞伎は、日本で初めて映画に撮影された歌舞伎としても知られます。1899年、九代目市川團十郎と五代目尾上菊五郎の舞台が撮影されました。
紅葉の物語は、日本の映像記録の最初期に残されています。
鬼女紅葉退治之伝 ─ 一生を描いた本
現在知られている紅葉の人物像は、明治中期の一冊の本によって固まりました。
『戸隠山鬼女紅葉退治之伝』です。
この本によれば、紅葉の一生はこうです。
会津出身の伴氏の子孫として生まれる。第六天の魔王の力を持つ鬼とされる。
もとの名は呉葉。後に紅葉と改めて都へ上る。
都で源経基に寵愛され、一子を宿す。
しかし戸隠の地へ流される。
里の者に尊崇される一方、徒党を組んで盗賊を働く。
冷泉天皇の勅諚によって派遣された平維茂の軍勢により、退治される。
紅葉の出所や戸隠以前の経歴を示している点が、この本の特徴です。
紅葉伝説はこの本の出版以後、『大語園』などその内容を典拠としたものが多くなりました。
現在広く語られる紅葉の一生は、明治の本によるものです。 近世に整えられた形です。
鬼を女とする形は後から来た
重要な点があります。戸隠山の鬼を女とする形は、後から加わりました。
戸隠山に鬼が存在し、それを武士が退治するという内容は、ほぼ一致しています。しかし、紅葉のような女の鬼であるとしない伝承も古くから見られます。
その最古の例は、十三世紀に記された『阿裟縛抄』です。これによれば、九世紀中頃に「学門」という人物にまつわる話として伝わっています。
女の鬼という設定は、後から加わった可能性があります。
もう一つの記録 ─ 別の顔が見える
もう一つ、注目すべき記録があります。長野市戸隠の大昌寺の位牌には、「当郡開闢」として余五将軍惟茂大居士とともに、「竈岩紅葉大禅定尼」の名前が刻まれています。
これは明和年間、当寺の住職であった通方和尚が荒倉山の一部を大昌寺の領地としたのを契機とするものです。そして紅葉は悪とはいえ山中に里を作った様は郷の「倡首」であり、維茂も柵村を解放したため、「民を済ふ」という点では同じであるとされました。
討った側と討たれた側が、並んで位牌に記されています。
紅葉の伝承地域
紅葉の伝承地は、長野市の西部にまとまっています。戸隠、鬼無里、荒倉山です。
鬼無里という地名は、鬼のいない里と読めることから紅葉伝説と結びつけて語られてきました。ただし、地名の由来としてはほかの説もあります。
旧戸隠村大中の清水家は、維茂の家臣・河原太郎定信の子孫とされます。
このほか、別所温泉(長野県上田市)にも紅葉伝説が伝わります。
長野市戸隠の大昌寺には、紅葉の名を記した位牌があります。ただし拝観の可否を確かめられなかったため、ここには挙げていません。確かめていない場所を、訪ねられるように書くことはしません。
松巌寺(しょうがんじ)
紅葉の菩提寺と伝わる寺
松巌寺の所在地:長野県長野市鬼無里
鬼無里にある寺で、紅葉の菩提寺と伝わります。
鬼無里という地名そのものが、鬼のいない里、あるいは鬼が無くなった里という意味に読めます。紅葉伝説と結びつけて語られてきました。
寺には紅葉の墓と伝わるものがあり、紅葉にまつわる資料が伝えられています。鬼無里には紅葉伝説にちなむ場所が点在します。
長野市の西部、旧鬼無里村にあたる山間の地。
荒倉山(あらくらやま)
紅葉が住んだとされる山
荒倉山の所在地:長野県長野市戸隠・鬼無里
戸隠の南にある山で、紅葉が住んだ岩屋があると伝わります。
山中には「鬼の岩屋」と呼ばれる岩窟があり、紅葉の隠れ家とされてきました。
大昌寺の位牌に紅葉の名が記されたのは、明和年間に住職が荒倉山の一部を寺の領地とした際のことです。紅葉の伝説は、この山と寺のあいだで受け継がれてきました。
登山道がある。鬼の岩屋までは山道を歩く。
紅葉の正体と考えられているもの
紅葉の正体については、次のように整理できます。
まず、戸隠山に鬼がいたという伝承は古くからあります。 ただしその鬼を女とする形は、後から加わりました。 十三世紀の『阿裟縛抄』には、女の鬼としない伝承が記されています。
一つめは、山に住んだ集団とする見方です。大昌寺の位牌に記された言葉が示唆的です。紅葉は悪とはいえ、山中に里を作った様は郷の「倡首」(指導者)であったとされています。山中に集落を作った人々の指導者が、鬼として語られたという読み方が可能です。
二つめは、盗賊です。『戸隠山鬼女紅葉退治之伝』では、里の者に尊崇される一方で徒党を組んで盗賊を働いたとされます。鈴鹿山の立烏帽子と同じ型です。
三つめは、都から流された者です。都で源経基に寵愛され一子を宿し、戸隠へ流された、という筋立てです。中央から追われた者が、地方で鬼になるという物語の型です。
四つめは、明治の創作です。現在知られている紅葉の一生は、明治中期の『戸隠山鬼女紅葉退治之伝』によって固まりました。それ以前の伝承には、これほど詳しい経歴はありません。
紅葉が実在の誰かを指すのかは、わかっていません。
紅葉をめぐる妖怪のつながり
紅葉が登場する作品と記録資料
紅葉は、能と歌舞伎によって知られた鬼女です。とくに歌舞伎『紅葉狩』は、日本で初めて映画に撮影された歌舞伎として記録に残っています。
地元の長野市では、鬼無里や戸隠に伝説にちなむ場所が点在し、土地の物語として大切にされてきました。 討たれた鬼が寺の位牌に記されるという扱いは、そう多くありません。
紅葉が登場する能・古典芸能
紅葉狩(浄瑠璃)
同じ題材を扱った演目です。
紅葉が記録された文献
戸隠山鬼女紅葉退治之伝
明治中期の刊行です。紅葉の一生を詳しく描き、以後の紅葉伝説の典拠となりました。
善光寺道名所図会
退治された紅葉の霊が八丈坊・九丈坊という天狗になったと記します。
紅葉が登場する漫画・アニメ・ゲーム
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紅葉についてよくある質問
紅葉とは何ですか。
長野県の戸隠山に住んだとされる鬼女です。紅葉狩りの宴で平維茂に討たれる物語で知られます。
戸隠山の鬼は必ず女なのですか。
いいえ。戸隠山に鬼がいて武士が退治したという伝承は古くからありますが、女の鬼としない伝承も見られます。最古の例は十三世紀の『阿裟縛抄』です。
更科姫とは誰ですか。
歌舞伎『紅葉狩』(河竹黙阿弥、1887年)で、紅葉に相当する鬼につけられた名です。
紅葉の一生はどこに書かれていますか。
明治中期の『戸隠山鬼女紅葉退治之伝』です。会津の伴氏の子孫で、もとの名は呉葉、都で源経基に寵愛されて戸隠へ流されたとされます。
紅葉に会える場所はありますか。
長野市鬼無里の松巌寺が紅葉の菩提寺と伝わります。戸隠の荒倉山には紅葉が住んだとされる鬼の岩屋があります。
紅葉と併せて覚えたい言葉・用語
平維茂(たいらのこれもち)
紅葉を討ったとされる武将。余五将軍とも呼ばれる。
鬼無里(きなさ)
長野市西部の地名。鬼のいない里と読め、紅葉伝説と結びつけて語られる。
顰(しかみ)
能面のひとつ。鬼神を男と解釈する場合に用いる。
荒倉山(あらくらやま)
長野市戸隠の山。紅葉が住んだ鬼の岩屋があると伝わる。